第58話 毒消し革命

 早朝、水龍ちゃんは、営業前のハンターギルドを訪れました。背中に背負ったバックパックには、今日から販売が始まる試作の赤毒ポーションと赤毒消し卵サンドが入っています。


 水龍ちゃんは、事前に教えてもらっていた通用口から入ると、閑散としたギルド内を通り抜け、2階の受付へと向かいました。


「おはよう、水龍ちゃん」

「アーニャさん、おはようございます。なんかギルド内が寂しいですね」


「まだ営業前だからね。いつもこんなもんよ」

「なんか新鮮です」

「な~♪」


 水龍ちゃんと、アーニャさんが挨拶がてら軽く話をしていると、トラ丸が受付カウンターへぴょいっと飛び乗って、アーニャさんへと近寄り、かわいらしく挨拶をしました。アーニャさんは、寄って来たトラ丸の姿に頬を緩めて、なでなでしています。


「ふふっ、今日は、記念すべき毒消しアイテムの発売初日ね」

「はい、予定通り商品を持ってきました」


 水龍ちゃんは、バックパックから赤毒ポーションの入ったケースを出し、続いて赤毒消し卵サンドの紙包みを出して、カウンターへと並べてゆきました。初日ということで赤毒ポーション6個と赤毒消しサンド12個を用意しています。


 これらは、全てハンターギルドで買い取り、毒持ち魔物の討伐依頼を受けるハンター達に販売することになっています。


 赤毒ポーションの小瓶と卵サンドの紙包みには、かわいらしい猫の手マークのシールが貼ってあります。なんと、昨日商業ギルドへ行ったら試作品が出来上がっていたのです。


 ミリアさんが他の仕事をそっちのけで作ってくれたらしく、シュリさんに怒られていましたが、おかげで初日の販売から猫の手シールを貼ることができ、水龍ちゃんは大喜びでした。


 アーニャさんが、商品を確認し、水龍ちゃんとの間で伝票とお金のやり取りを行って売買完了です。


「そうそう、水龍ちゃんが依頼を出していた青毒ポーションの効果確認の件、ちゃんと効果があったと報告があったわよ」

「本当ですか!」


「ええ、十分な解毒効果が認められたし、すごく飲みやすいって好評だったわよ」

「えへへ、飲みやすいって言ってもらえて嬉しいな」


 水龍ちゃんは、飲みやすさを求めて研究したので、その成果を評価されたことに喜びました。これで、青毒ポーションも売りに出すことができます。


 そして、この日、猫の手印の赤毒ポーションと赤毒消し卵サンドは、毒持ち魔物の討伐依頼の受注とともにあっという間に売り切れてしまったそうです。





 それから数日、水龍ちゃんの毒消しポーションおよび毒消し卵サンドはハンター達からたいへん好評で、順調に販売数を増やしてゆきました。


 早朝、水龍ちゃんが、ハンターギルドへ販売品の納品にやってくると、アーニャさんがとてもいい笑顔で対応してくれました。


「水龍ちゃん、猫の手印の赤毒消し卵サンドがすごく人気なの。さらに販売数を増やして欲しいんだけど対応できるかしら」

「えっ、まだ増やすんですか?」


 にっこり笑顔のアーニャさんの言葉に、水龍ちゃんが、目をパチクリさせて聞き返しました。


 水龍ちゃんの毒消しアイテムは、販売初日から完売続きで何度か販売数を増やしていて、ようやく落ち着いてきたと思っていたところだったのです。


「それがね、卵サンドを食べたあと、しばらくの間、毒が効かなくなるって話が広がっているようなの」

「えっ? どういうことですか? 詳しく教えてください」


「う~ん、私もよく分からないんだけど、卵サンドを食べたハンター達がやってきてね、『一定時間毒無効なんて、毒消し革命だぜ!』って興奮気味に熱く語ってくれたのよ」


 どうやら、アーニャさんも詳しいことは分からないようです。水龍ちゃんは、かわいらしく腕を組んで小首を傾げて考え込みました。トラ丸も一緒に小首を傾げているのがかわいいです。


「う~ん、卵サンドは薬草のまま食べているようなものよね……」

「何かわかったの?」


 小さく呟く水龍ちゃんに、アーニャさんが尋ねました。


「えーっと、たぶんだけど、卵サンドは薬草を食べているようなものなので、液体であるポーションを飲むのと違って、効果が出るのが遅い代わりに効果時間が長くなるのかなーって」

「なるほど、薬草だと消化してから吸収するから、消化のいらないポーションとは効果の出方が違うってことなのね。さすが水龍ちゃん、考えることが違うわ」


 水龍ちゃんの推測を聞いて、アーニャさんが、ものすごく納得していました。


「それで? もっと販売数を増やすことはできそう?」

「あー、それがね、薬草が手に入らなくて、増やすどころか、あと3日くらいで手持ちの薬草が切れそうなの」


 水龍ちゃんは、頬を指先で掻きながら苦笑いして答えました。赤毒消しアイテムの原料となるアカレギョウンという薬草は、今や高値どころか手に入れるのも難しくなっているのです。


「ああ、それなら大丈夫よ。はい、これ、アカレギョウンよ」

「ええっ!? どうやって手に入れたんですか!?」


 ポンっと、アーニャさんが差し出してきた薬草の缶を見て、水龍ちゃんは、目を見開いて驚きました。


「毒持ち魔物の討伐依頼とセットで、この薬草の採集も依頼しているのよ。取れた薬草で水龍ちゃんが赤毒ポーションと赤毒消し卵サンドを作れば、効率がいいでしょってことでね」


 ハンターギルドの方も、根本的な問題である薬草不足に対して、すでに対策を打っていたようです。せっかく手に入れた貴重な薬草ですから、同じ量でほぼ3倍の毒消しアイテムを作る水龍ちゃんに頼むのが1番です。


「まぁ、薬草さえあれば、頑張って作りますよ。どれくらい作ればいいですか?」

「そうねぇ、今日納品してくれた分の5割増しで、どうかしら?」

「が、頑張ります……」


 いきなり5割の増産を頼まれて、既に結構な数を作って持ってきていた水龍ちゃんは思わず顔を引き攣らせるのでした。

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