第56話 卵サンド

 水龍ちゃんが、赤毒ポーションといっしょに出した細長い紙包みも試作品だと言うと、ハンターギルドマスターとアーニャさんが頭にハテナを浮かべました。


「えっと、どういうことか、説明してもらえるかしら?」

「もちろんです。これは赤毒を消す成分を混ぜ込んだ卵サンドですよ」


 アーニャさんの問いに、水龍ちゃんは、にっこり笑って答えると、紙包みを開けて見せました。マヨたまをこれでもかというほどたっぷりと挟んだバゲットサンドは、とても美味しそうです。


「何でまた卵サンドなんだ?」

「毒消し成分の辛みを抑えて美味しく食べれそうなもので、なおかつ手軽に作れるものって考えたら卵サンドだったんです」


 ギルマスの疑問に、水龍ちゃんは淡々と答えました。


「なるほど、赤毒ポーションって辛いからなぁ。それで辛みを抑えようとしたのか」

「食べ物に混ぜ込んでしまうなんて、すごい発想だわ」


 ギルマスとアーニャさんが、それぞれ卵サンドを見ながら感心しています。


「食べてみてもいいかな?」

「私も食べてみたいわ」

「もちろんですよ」


「おっ、これは美味いな」

「ほんのりピリ辛だけど、それがまた美味しいわ」


 ギルマスとアーニャさんが、水龍ちゃんの了解をとって、卵サンドを一口食べると2人とも絶賛でした。そのようすを見ていた水龍ちゃんはとても嬉しそうです。そして、トラ丸はカウンターの上でドヤ顔で鼻を鳴らしていました。


「よかったら、みなさんも試食してみませんか?」

「いいんですか?」

「もちろんですよ。食べた感想を聞かせてもらえるとありがたいです」


 さらに水龍ちゃんは、受付の奥の方からこちらを伺っていたギルド職員たちに試食を勧めると、ギルド職員たちが集まって来て、ちょっとした試食会となりました。


 卵サンドが職員たちに行き渡るように切り分けて食べて貰い、感想を聞くと、もう少し辛みが強くてもいいという意見が多くありました。


「う~ん、美味しいんだけど、毒を受けるたびに卵サンドを食べるというのもねぇ」

「うむ、ハンターなら1つや2つぺろりと食べちまうだろうが、ポーションに比べてかさばるよな」


 試食会の後、アーニャさんとギルマスが、赤毒消し卵サンドの懸念点をズバリと指摘しました。


「もう少し辛くても大丈夫みたいなので、毒消し成分を多くすれば、少量で効果が見込めると思いますよ」

「でも、ポーションに比べたらやっぱりかさばるでしょう」

「だよな」


 水龍ちゃんが、卵サンドの改善案を出しましたが、アーニャさんもギルマスもちょっと否定的です。そもそもポーションと比較すれば、どうしてもかさばってしまうのです。


「使えそうにないですか?」

「せっかく作ってくれたんだけどねぇ……」

「普通に赤毒ポーションの方がいいだろうなぁ……」


 水龍ちゃんが尋ねると、アーニャさんもギルマスも少し残念そうな顔で答えてくれました。


「そうですか……。ポーション1個分の薬草で、ポーション2個分くらいの毒消し成分が使えるようになるので、お得だと思ったんだけど、残念です」

「「えっ?」」


 とても残念そうに呟く水龍ちゃんに、ギルマスとアーニャさんの驚きの声が、またまた重なりました。


「ちょ、ちょっと待って、水龍ちゃん。ポーション1個分の薬草で、毒消し卵サンドが2つ作れるってこと?」

「ん? えーっと、4級ポーション相当でよければ2つ作れるかな?」


 アーニャさんが、慌てた様子でガバッと顔を近づけて尋ねると、水龍ちゃんは、あれっという顔をした後、淡々と答えました。トラ丸もあれっという顔で首を傾げています。


「4級相当であれば十分だな」

「それが2つも作れるのなら、同じ材料で倍の毒消しが手に入るってことになるわ」


「効果の確認が必要だが、上手くいけば赤毒ポーション不足が解消できるかもしれないぞ」

「きっと行けますよ。ギルマス!」


 ギルマスとアーニャさんが顔を見合わせ、赤毒ポーション不足の問題解決に明るい未来を口にします。


「ん? 卵サンドは、これまで赤毒ポーションを作ったときに捨てていた薬草の出涸らしを使っているので、単純に卵サンドの分だけ毒消しが増えることになりますよ」

「「えっ?」」


 さらに、水龍ちゃんが話した衝撃の事実に、またまたギルマスとアーニャさんの声が重なりました。


 どうやら、水龍ちゃんは、ポーション1個分で、ポーション2個分くらいの卵サンドが出来ると言いたかったようで、ちょっと言葉足らずだったためにギルマス達が誤解していたようです。


「それが本当なら、試してみない手は無いな。よし、今からダンジョンへ行って試してみようじゃないか!」

「ギルマス、落ち着いてください。すぐに試そうにも、試食で全部食べてしまいましたよ」


「そうだった!」

「それに、ギルマスはダンジョンへ行ってる場合じゃありませんよ」


「いや、しかし、これはとても重要な案件でだな――」

「溜まった書類を片付けてからにしてくださいね?」


「……はい」


 ギルマス自身が、卵サンドの毒消し効果を確認しようと、張り切って声を上げたのですが、アーニャさんに止められてしまいました。ギルマスは、どうやら書類が山のように溜まっているようで、ちょっとしょんぼり顔でした。


 なにはともあれ、水龍ちゃんの赤毒消し卵サンドが、ちゃんと解毒効果を発揮するのかどうか、ハンターギルドの方で確認することとなりました。

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