第55話 試作品です
今日、水龍ちゃんは、商業ギルドでミリアさんとシンボルマークの打ち合わせをする約束をしています。
水龍ちゃんは、いつものように、薬師ギルドでポーションを売却すると、商業ギルドへと向かいました。もちろんトラ丸も一緒です。
シュリさんから直接101番窓口へ来るように言われていたので、水龍ちゃんは商業ギルドへ入ると、てくてくと窓口へ向かいました。101番窓口にはシュリさんの姿がありました。
「シュリさん、おはようございます」
「おはようございます、水龍様。シンボルマークの件ですね」
「はい」
「担当の者を呼んできますので、少々お待ちください」
にこやかに挨拶を交わすと、シュリさんは、ミリアさんを呼びに受付の奥へと入って行きました。
シュリさんがミリアさんを連れて来ると、挨拶もそこそこに、ミリアさんがデザインした猫の手マークを見せてくれました。
「こ、こちらが、猫の手をデザインしてみたものです。ご、ご、ご覧ください」
ミリアさんが、なぜか緊張した面持ちで広げて見せてくれた大きなスケッチブックには、いくつもの猫の手のデザインが描かれていました。
「うわぁ、かわいい~♪」
「な~♪」
水龍ちゃんとトラ丸が、デザインを見て大喜びしていると、ミリアさんは嬉しそうに笑顔をみせてくれました。どうやらミリアさんの緊張もほぐれたようです。
「たくさんありますけど、これ全部ミリアさんが描いてくれたんですか?」
「えへへ、初めての依頼でしたので、ついつい張り切ってしまいました」
3つくらい描くと聞いていたのですが、その倍以上のデザインが描かれていて、水龍ちゃんが少し驚いていましたが、ミリアさんが、はにかみながらその理由を教えてくれました。
「ありがとうございます。どれも素敵なデザインですね」
「ゆっくり見てくださいね。それで、もっとこうした方がってところがあったら言ってください。できる限りご希望に沿ったデザインにできるよう頑張りますので」
どこまでも依頼主である水龍ちゃんの意見を盛り込んだデザインをしようというミリアさんの意気込みが感じられます。
水龍ちゃんは、あれもいい、こっちもかわいい、などと呟きながら、じっくり時間を掛けてデザインを見比べましたが、なかなか決めることができないでいました。
「う~ん、どれも素敵なデザインで迷っちゃうわね」
「なー」
水龍ちゃんが悩んでいると、トラ丸が、デザイン画の1つにぺしっと前足を乗せて水龍ちゃんの顔を見上げました。
「ん? トラ丸は、それが気に入ったの?」
「なー♪」
「ふふっ、肉球がとってもかわいいわね。よし、これに決めちゃおう」
「な~♪」
トラ丸の一声で、肉球が映えるデザインに決まりました。トラ丸はとっても嬉しそうに尻尾をゆらゆら揺らします。
「えへへ、嬉しいです。それ、私の一押しだったんですよ」
「そうだったんですね。さすが、トラ丸、見る目があるわね」
「な~♪」
どうやら、トラ丸が選んだデザインは、ミリアさん的にも会心の出来だったようです。特に変更する点も無く、水龍ちゃんの商標は、肉球がみえてかわいい猫の手マークに決まりました。
商標登録の手続きと合わせて、ミリアさんが、ポーション瓶に貼るシールサイズの猫の手マークを作ってくれるというので、是非ともと、お願いしました。
シュリさんも交えて、猫の手マークの商標登録やシールの手配などについていろいろ話をしてから、水龍ちゃんは商業ギルドを後にしました。
商業ギルドを出た水龍ちゃんは、ハンターギルドへと向かいました。いつものように2階受付へと向かうと、受付の奥にギルドマスターの姿がありました。
「こんにちはー」
「やぁ、水龍ちゃん、よかったら飯でも食べに行かないか?」
「ギルマス、お昼ご飯のお誘いはいいのですが、先に用件をきくべきでは?」
挨拶もそこそこに、ニカっと笑顔で水龍ちゃんを食事に誘うギルマスに、アーニャさんが溜息交じりに苦言を零します。
「むぅ……」
「そんな顔してもダメですよ。もう少し、ギルマスらしくしてください」
口先を尖らせるギルマスをアーニャさんが軽くあしらっているようすを見て、水龍ちゃんは、ちょっと苦笑いです。
「あの、赤毒ポーションが不足してるって話ですけど、何とかなりそうですか?」
「う~ん、困ったことに、しばらく品不足の状態が続きそうよ」
「商業ギルドと薬師ギルドを交えた会議もかんばしくなかったしなぁ……」
水龍ちゃんが、赤毒ポーションの話を切り出すと、アーニャさんとギルマスが悩まし気な顔で答えてくれました。
「では、提案なんですけど、赤毒ポーション不足の対策として、私が研究している赤毒ポーションの試作品とか使ってみませんか?」
「「え?」」
水龍ちゃんの突然の提案に、ギルマスとアーニャさんの驚きの声が重なりました。
「えーっと、提案はありがたいんだけど、試作品なのよねぇ……」
アーニャさんは、そう言いながら、ちらっとギルマスの方へ視線を向けると、ギルマスは顎髭を擦りながら何やら思案顔をしていました。
「ふむ、赤毒ポーション不足は深刻だからな。特例として検討してみるのもいいかもしれん。水龍ちゃん、今度、その試作品を持ってきてくれないか?」
「持ってきてますよ」
水龍ちゃんは、にっこり笑顔でバックパックからポーションケースを取り出しました。中にはもちろん、研究中の赤毒ポーションが入っています。
さらに、水龍ちゃんは、紙に包まれた細長い紙包みをいくつも取り出して、受付カウンターの上へと並べてゆきました。
「えっと、ポーションケースの中身は赤毒ポーションだと思うけど、こっちは何かしら?」
アーニャさんが、細長い紙包みを指さして尋ねました。
「試作品です」
「「えっ?」」
水龍ちゃんが自信満々に答えると、またもやギルマスとアーニャさんの声が重なるのでした。
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