第47話 ブラックな会社でした

 薬師ギルドの真ん前で繰り広げられた悪徳勧誘バトル?は、薬師ギルドマスターが問題の雇用契約書を押収し、しかるべき所へ報告するということで幕を閉じました。


 力ない足取りで去り行く勧誘者に対して、水龍ちゃんは、あんたたちのところとは絶対に雇用契約しないですからね、とはっきりと言っていました。


 薬師ギルドマスターにお茶にしようと誘われて、水龍ちゃんは薬師ギルドへ逆戻りです。おばばさまと共に、ギルマスの執務室へ招かれ、暖かいお茶をいただき一息つきました。


「あの悪徳勧誘者が、まさか、オーパール薬局の者だったとはな」

「知ってるんですか?」


 薬師ギルドマスターの言葉に、水龍ちゃんが問いかけました。


「ああ、オーパール薬局という会社はな、——」


 薬師ギルドマスターの話によると、オーパール薬局は、かなりブラックな会社だと噂されているそうです。安い給料で長時間労働、残業はサービスが当たり前で、パワハラが横行しているなど様々な黒い噂があり、最近では、ポーション職人を次々と引き抜いて軟禁状態で働かせていると言う噂が流れていたそうです。


 悪質な労働環境を取り締まるべきお役所も目を光らせているらしいのですが、これといった証拠がないまま、過去に訴え出た社員が不審死を遂げたなどという噂が流れると、社員が口を噤んでしまって調査がほとんど進まなくまったそうです。


「だが、このような契約書を使っていたとなれば、事態も大きく進展するだろう。ましてや、薬師ギルド会員を狙ってきたのだ、ギルドとしても黙っているわけにはいかんな」


 薬師ギルドマスターは、口角を上げてそう言いました。


「ふむ、じゃが、奴らも黙ってはいないじゃろうのう。動くなら早い方がええ」

「そうだな。既にうちの職員を動かして、各所へ連絡を入れさせている。すぐにでも動き出す連中がいるだろうな」


 おばばさまの指摘に、薬師ギルドマスターは、悪い笑みを浮かべてそう言うと、ゆっくりとお茶を飲むのでした。


「お前さんも、あ奴の勧誘から逃げ回る必要はなくなったのう」

「そうね。でも、駆けっこする相手がいなくなって、ちょっと寂しいかも」


 おばばさまの言葉に、水龍ちゃんが膝の上でトラ丸をなでながら答えると、薬師ギルドマスターとおばばさまに呆れた顔をされた後、笑われてしまいました。




 お茶の時間が終わると、水龍ちゃんは薬師ギルドを出ました。


「トラ丸、勧誘者はもういないけど、図書館まで駆けっこしようか」

「なー♪」


 水龍ちゃんとトラ丸は、楽しそうに駆けっこしながら図書館へと向かいました。図書館に着いたのは、いつもよりも遅い時間でしたが、ちゃんと薬の勉強をしてから屋台でラーメンを食べて家路につきました。




「さぁ、今日も元気に毒消しポーションの研究よ」

「なー!」


 調合室へと入った水龍ちゃんは、いつものように毒消しポーションの研究を始めました。実験が一段落したところで、水龍ちゃんは、研究データを記した資料をテーブルに広げて、腕を組んで考え込みました。


「う~ん、苦みとか、あまり出さずに有効成分だけを抽出したいんだけど、どうしたらいいのかしら……」


 研究資料には、アオドクダミンとアカレギョウンのポーション錬成に関する基礎データが記されています。どちらも有効成分を多く抽出するためには、ある程度の時間煮込みながら錬成する必要があるという結果が得られています。つまりは、同時に苦みやえぐみ、辛みなどの成分も多く抽出することになるのです。


「治癒ポーションみたいに、薬草茶にしてからポーション錬成してもダメだったしなぁ……。 ん?」


 水龍ちゃんは、研究資料を見て何かに気付いたようです。資料の1枚を手に取り、まじまじと見つめています。


「これって、70度でも有効成分が溶け出してるってことよね。だけど、薬草茶では全然有効成分が溶け出していなかったはず……」


 水龍ちゃんは、アオドクダミンを70度で錬成したときのデータを見ながら呟きました。以前、薬草茶にしてからポーション錬成したとき、温度は測っていませんでしたが、沸騰した魔法水で薬草茶を入れたので、70度よりは高い温度だったはず。なのに有効成分がほとんど溶け出していなかったことに思い至ったのです。


「もしかして……」


 水龍ちゃんは、追加の実験を始めました。条件を少し変えて、2種類の実験ポーションを作り、ポーション鑑定魔道具にかけて有効成分量を比較しました。


「やっぱりそうだわ。有効成分量が全然違うもの。ふふっ、これは新しい発見よ!」


 水龍ちゃんは、少し興奮気味に言いました。


「なー?」


 テーブルの隅で寝そべっていたトラ丸が起き出して、水龍ちゃんのようすを見て、どうしたの?とでも言うように鳴き声を上げました。


「ふふっ、トラ丸、新しい発見があったのよ。楽しくなってきたわ」

「なー」


 水龍ちゃんが嬉しそうに微笑みながら、トラ丸を抱え上げて新たな発見について報告すると、トラ丸は、良かったねー、とでも言うように嬉しそうに鳴きました。そして新たなる気づきを得た水龍ちゃんは、嬉々として実験に没頭するのでした。

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