第46話 書面に記されたこと
薬師ギルドの出入口の真ん前で、水龍ちゃんが出て来るのを待ち構えていた勧誘者は、横柄な態度で水龍ちゃんに迫りましたが、突如背後から薬師ギルドマスターに声を掛けられ、顔を引き攣らせてしまいました。
もちろん薬師ギルドマスターが現れたのは作戦通りです。
「あ、いやぁ……、ちょ、ちょっと署名をお願いしていてですね……」
「ほう、署名活動か。ご苦労なことだな。どれ、内容によっては、私も署名してやろうじゃないか。どういう内容だ?」
額の汗をハンカチで拭いながら、署名と言い張る勧誘者に対し、薬師ギルドマスターは、興味を持ったような口ぶりで、しかし、鋭い視線で問いました。
「え、あ、いやぁ……、そのう……」
「どうした? 署名を集めてるのではないのか? 書面を見せてみろ」
「あっ……」
「どれどれ……」
しどろもどろな勧誘者に詰め寄って、薬師ギルドマスターは、勧誘者の手から書面を剥ぎ取るように奪うと、すぐさま書面に目を通します。
勧誘者は、しまったとばかりに声を漏らすと、一気に顔が青ざめましたが、もうどうにもなりません。
「これは、雇用契約書じゃないか? 署名活動ではなかったのか?」
「くっ……、わ、私は、ただ……、う、うちの薬局で働かないかと誘っていただけですよ。そ、それで雇用契約を結ぶために、契約書に署名を求めていたのです」
書面に目を通したギルドマスターが、眉間に皺を寄せ、訝し気に問いただすと、勧誘者は、苦虫を噛みつぶしたような顔を浮かべながら、苦し紛れに言いつくろいました。
「は!? まさかの契約書だったとは!?」
勧誘者の苦し紛れの説明を聞いて、水龍ちゃんが、はっとして驚きの声を上げました。その声を聞いて、薬師ギルドマスターとおばばさまは、更に疑いを深めた顔をして勧誘者を睨みつけました。黒ぶちメガネの勧誘者の額や首筋からは、玉のような汗を流れ出てきました。
「どうやら、この子は契約書だとは思っていなかったようだぞ。ちゃんと説明はしたのか?」
「ももも、もちろんですとも。そそそ、それはもう、しっかりと――」
「なんの説明も無かったですよ。いきなりサインしろって言われました」
薬師ギルドマスターが問い詰めると、勧誘者が、しどろもどろに言い訳を始めましたが、すぐさま水龍ちゃんが事実を述べると、勧誘者は口を噤んでしまいました。話を聞いていたおばばさまやギルド職員達の冷たい視線が勧誘者に向けられます。
「当人は、こう言っているが?」
「い、いやだなぁ、こんな子供の言うことを真に受けるなんて。私はちゃんと説明したんですよ。もう、これだから分別の付かない子供は……」
「ほう、まさか、その分別の付かない子供相手に、雇用契約書にサインをさせようとしていたのではないだろうな」
「うっ……」
薬師ギルドマスターの詰問に、勧誘者はとうとう墓穴を掘るような発言をしてしまい、またもや言葉に詰まってしまいました。
黙りこくってしまった勧誘者を前に、薬師ギルドマスターは、大きく溜め息を吐いてから書面に目を落として、口を開きました。
「この契約書に書いてある給金だが、安すぎないか? うちの新人職員の半分以下だぞ? これは問題じゃないか?」
「え、あ、いや、そ、それは基本給でして、個人の実績に応じて貢献金が支払われるのですよ。ほら、契約書にもしっかり書いてありますよ」
薬師ギルドマスターが、給金の安さを指摘すると、勧誘者は、しどろもどろな様子で何とか言い繕いました。
「ふむ、確かに書いてあるな。だが、雇用主が認めた貢献実績に対して貢献金が支払われるとある。やはり、問題じゃないか? 私が雇用主ならば、経費削減の為にも実績など認めないぞ」
「ぐぬぅ……、そ、そんなことにはならないでしょう。ほら、そんなことをすれば、雇用契約を解消されてしまいますからね。ははははは……」
さらに薬師ギルドマスターが、ブラックな経費削減の手口の可能性を指摘すると、勧誘者は、苦虫を噛み潰した顔で呻き声をあげ、とってつけたような言い訳とともに引き攣った笑い声を上げました。
「そうか? しかし、この隅に小さく目立たぬように書かれた内容が、かなり問題だぞ。雇用契約を解消する場合は、とんでもない金額を払わねばならぬと書いてある」
「ぎっくぅ!!!」
止めとばかりに、薬師ギルドマスターが鋭い視線で睨みつつ、解約金の話を告げると、勧誘者は飛び上がらんばかりに驚いていました。
雇用契約の解消に伴う解約金の記載は、契約書の体裁を整える枠線の一部に、虫眼鏡で見なければ読めないほどに小さく、一見すると枠線に見えるように巧妙に書き込まれていました。それゆえ、勧誘者は、薬師ギルドマスターがそこに気付いたことに驚愕したのでしょう。
「このような書面を用いた雇用契約が行われているなど大問題だな。しかるべき所へ報告せねばなるまい」
薬師ギルドマスターが、眉根を寄せて、そう告げると、勧誘者はガックリと膝をついて倒れ込むように蹲ってしまいました。
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