第45話 真正面で待ち構え
最近の水龍ちゃんは、日課の2級ポーション売却から、迫りくる勧誘者との駆けっこを制して、図書館で薬の勉強ほか読書、そして、毒消しポーションの研究を続け、たまにアーニャさんとお昼ご飯を食べに行くなどなど、実に充実した日々を送っていました。
毒消しポーションの研究においては、アオドクダミン単独でのポーション錬成研究に続き、アカレギョウン単独でのポーション錬成研究を実施、着々と基礎データを積み上げています。
そんなある日のこと、水龍ちゃんが薬師ギルドで、いつものように2級ポーションを売却して帰り支度をしてから、勧誘者との駆けっこの前に屈伸体操をして準備を整えました。そして、ふんすと気合を入れて出入口へと向かい歩き出したかと思うと、すぐにピタリと立ち止まってしまいました。
「むぅ、今日は、とうとう真正面で待ち構えているわね」
「ぅな?」
水龍ちゃんが眉間に皺を寄せて呟くと、肩に乗ったトラ丸が目をパチクリさせて、マジで?とでも言うように鳴き声を上げました。
ここ数日の間、例の勧誘者は、薬師ギルドから離れた場所で待ち構えていて、水龍ちゃんが出て来たところで声を掛けながら追いかけて来るというのが毎度のパターンとなっていました。日を追うごとに待ち伏せ場所が近くなってきていましたが、出入口の真ん前で待ち構えるのは今日がはじめてのことです。
「う~ん、さすがに、これだと、聞こえないふりして走り去るのも難しいわね。どうしようかなぁ……」
「なー……」
水龍ちゃんが頬に手を当て、難しい顔をしていると、トラ丸も一緒に難しい顔をして唸っています。
「水龍ちゃん、どうしたの?」
「それが、――」
いつもは、颯爽と出て行く水龍ちゃんが、立ち止まって唸っているのをおかしいと思ったのでしょうか、薬師ギルド職員のお姉さんが声を掛けてきたため、水龍ちゃんは事情を説明しました。
「なるほどねぇ。水龍ちゃんが1人の時を狙っているのがいやらしいわね」
「ばばさまと一緒だと、どこかへ行っちゃうんですよ」
ギルド職員のお姉さんが困り顔で呟くと、水龍ちゃんもやれやれと肩を竦めてみせました。
「う~ん、こういう時は……。うん、ちょっと待っててね」
「ん?」
ギルド職員のお姉さんが、何かを思いついたように水龍ちゃんを待たせてどこかへ行ってしまいました。残された水龍ちゃんは、トラ丸と共に頭にハテナを浮かべていました。
しばし待つこと、ギルド職員のお姉さんに連れられてやって来たのは、薬師ギルドマスターとおばばさまでした。
「話は聞いたぞ。そんな奴は、堂々と叩きのめしてやろうじゃないか」
「堂々と叩きのめす? はっ!? つまり、殴っていいということね!」
薬師ギルドマスターの堂々たる発言に、水龍ちゃんは、はっとして物理的に殴るという対応に思い至りました。これまでは、アーニャさんやおばばさまに止められていたのですが、薬師ギルドマスターがいいと言うなら、たぶんいいのでしょう。
「いや、殴っちゃダメだけどな」
「えーっ」
しかし、すぐに薬師ギルドマスターが暴力を否定したので、水龍ちゃんはがっかり顔です。そんな水龍ちゃんに、薬師ギルドマスターとおばばさまが、いろいろとアドバイスをしてくれました。いわゆる作戦会議的な感じです。
話がまとまったところで、水龍ちゃんは、ふんすと気合を入れて、薬師ギルドから1歩外へと踏み出しました。
「ふぅ、ようやく話が出来ますな」
黒ぶちメガネの勧誘者が、1人で出て来た水龍ちゃんへと声を掛けてきました。ちらりと薬師ギルドの出入口へと視線を向けたのは、ほかに誰か出てこないかを気にしてのことでしょう。
水龍ちゃんが、何事もなかったかのように目を逸らして、そろりと脇へと歩みを進めると、勧誘者はすぐに行く手を塞いできます。
「おっと、逃がしはしませんよ」
「……」
無言で眉を顰める水龍ちゃんに対して、勧誘者はニヤリと下卑た笑みを浮かべて、くいっと黒ぶちメガネを押し上げると、鞄から1枚の紙を取り出しました。
「さぁ、ここにサインしてください」
「えっ!? いきなり何を言ってるんですか!?」
いきなり書面にサインを求められて、水龍ちゃんは目を見開くほどに驚いてしまいました。いくらなんでも、何の説明も無しに書面にサインをしろとは、非常識にもほどがあります。
「なぁに、慈善事業みたいなものです。そう、署名を集めているんですよ。ご協力ください」
「お断りします!」
「なー!」
見下した態度で、慈善事業だの署名だのという勧誘者に対して、水龍ちゃんは、はっきりとサインを断りました。トラ丸もちょっと怒ったように鳴き声を上げました。
「あん? 今まで散々逃げ回っておいて、今更サインできないだと? 大人を舐めてんじゃねぇぞ、こら!」
勧誘者は、いきなり態度が悪くなり、水龍ちゃんを脅すように怒鳴り声を上げてきました。対して、水龍ちゃんは、眉間に皺を寄せますが、全く怯えるようすはありません。
「おい、うちのギルドの真ん前で何をしているのだ?」
勧誘者の背後から、薬師ギルドマスターが腕を組み、眉間に皺を寄せてドスの効いた声を上げました。
黒ぶちメガネの勧誘者は、その声にギクリとして、顔を引き攣らせながら、ギギギと擬音が聞こえてきそうな感じで、ゆっくりと首を回して背後を振り返るのでした。
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