第44話 勧誘者の動き

 水龍ちゃんが、おばばさまと一緒に薬師ギルドへ向かうと、ギルドの向かいの街灯の陰に、例の勧誘者がいました。


「あやつ、こっちに気付いたようじゃが、近づいては来ないようじゃのう……」

「そうみたいね」


 おばばさまが、勧誘者のようすを訝しげに話すと、水龍ちゃんも軽い口調で肯定します。先ほどから、黒ぶちメガネのスーツ男が、街灯の陰に隠れるようにして、ちらちらと水龍ちゃん達の方を見ているのです。


「のこのこ勧誘に来るようなら、わしが話を聞いてやろうと思ったのじゃが……」

「おばばさまが怖いのかしら?」


「ふはははは、この老いぼれを怖がるわけがなかろうて。おそらく、お前さんが1人のところを狙っているのじゃろう」

「私が子供に見えるから?」


「そうじゃろうのう。小さな子供じゃから簡単に騙せるとでも考えておるのじゃな」

「殴っていいかしら?」


「やめておけ、慰謝料を請求されるのが落ちじゃ」

「はっ!? 高額慰謝料請求!? 恐ろしいわね……」

「ぅな!?」


 そんな話をしながら、水龍ちゃんとおばばさまは、てくてくと薬師ギルドへ向かって歩いて行きます。やはり、勧誘者は近づいて来ないまま、水龍ちゃん達は薬師ギルドへ辿り着きました。


 水龍ちゃんは、おばばさまと別れて、いつものようにポーションを売却すると、薬師ギルド職員のお姉さんにお礼を言って、ふんすと気合を入れました。


「トラ丸、行くよ!」

「なー!」


 気合の入った水龍ちゃんの声に、トラ丸も答えます。


 薬師ギルドから出た水龍ちゃんは、いつも向かう図書館の方とは反対方向へトトトと、小走りで駆け出しました。トラ丸も水龍ちゃんの肩から飛び降りて一緒に走ります。


 水龍ちゃんの遥か後方では、待ち構えるようにしていた黒ぶちメガネの勧誘者が、水龍ちゃんの走り去る後姿を見て、慌てて追いかけてきます。


「ふふっ、勧誘者が追いかけて来るわ。だけど、駆けっこだったら負けないわ!」

「なー!」


 ちょっと楽しげな水龍ちゃんに、並走するトラ丸も気合を入れてスピードを上げました。


「よし、トラ丸、一気に引き離すわよ!」

「なー!!」


 水龍ちゃんが、トラ丸へ声を掛けると、呼応するようにトラ丸の返事が返ってきます。すぐ先の交差点を曲がると、水龍ちゃんとトラ丸は、ばびゅんと一気に加速してあっという間に勧誘者を引き離してしまいました。


 十分引き離したところで、水龍ちゃんとトラ丸は、さらに交差点を曲がったところで走るスピードを緩めました。


「ふふっ、これだけ離せば十分だわね。ちょっと遠回りだけど、ぐるっと回って図書館へ向かいましょ」

「な~♪」


水龍ちゃんはちらりと振り返り、トトトと駆け足でトラ丸へ声を掛けました。トラ丸は、ちょっと楽しそうに水龍ちゃんの隣を走りながら、そうだね~とでも言うように鳴き声を返してくれました。




「大回りしたけど、無事に図書館に着いたわね」

「な~♪」


 水龍ちゃんが、陽気に話すと、トラ丸が、機嫌よく鳴いて、ぴょいぴょいっと水龍ちゃんの肩へと登りました。そして、いつものように図書館へと入り、薬の勉強をするのでした。


 図書館で勉強を終えた水龍ちゃんは、お昼ご飯にと、薬師ギルド近くのパン屋さんに寄ってサンドイッチを買って帰りました。


 お気に入りの卵サンドとカツサンドをトラ丸と分けて美味しくいただいた水龍ちゃんは、ハーブティーで一服してから、調合室へ入ると、毒消しポーション研究の続きを始めました。


 水龍ちゃんが、淡々と実験を繰り返す中、トラ丸はテーブルの片隅で丸くなってお昼寝していました。


「う~ん、ぐつぐつ煮込みながら時間を掛けて錬成するほど、有効成分が増えたのだけど、どう見ても苦みやえぐみもひどくなってるわよねぇ。どうしたものかしら?」


 ある程度の実験結果を得られたところで、水龍ちゃんは、腕を組んで唸りました。目の前にはアオドクダミンだけで作ったひどく濁った実験ポーションがあります。


 おばばさまの話では、煮込みながらポーション錬成すると、とてもひどい味になるというので、味見はせずにポーション鑑定魔道具でポーション等級を示すアナログメーターを確認しただけです。


「とにかく、アオドクダミンだけで作ったときに、最大限に効果が得られる条件を調べましょ。味については……、うん、そのうち何か思いつくかもしれないわ」


 水龍ちゃんは、当面、味の事は棚に上げておいて、アオドクダミンの有効成分抽出量に関して、もう少し研究を続けることに決めたのでした。

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