第39話 気配でわかる

 水龍ちゃんは、アーニャさんと共にハンターギルドを出て図書館へと向かっていました。アーニャさんから、勧誘してきた人を見かけたら、すぐに知らせるように言われています。


 すぐ先に見える交差点を曲がれば、図書館が見えてくるというところで、水龍ちゃんがピタリと立ち止まりました。


「勧誘者がいるわ!」

「えっ? どこに!?」

「なう!?」


 水龍ちゃんが、眉根を寄せて勧誘者の存在を告げると、アーニャさんとトラ丸がキョロキョロと辺りを見回しました。


「図書館の前、向かい側の歩道にいるわ」

「えっ? ここからじゃ見えないわよね?」

「なぅ?」


 水龍ちゃんの言葉に、アーニャさんが驚きながら尋ねます。トラ丸も可愛らしく首を傾げました。それもそのはず、今いる場所からは建物が邪魔して図書館は全く見えないのです。すぐ先の交差点を曲がれば図書館前の通りとなるのですが、まだ少し距離があります。


「気配で分かるわ。勧誘者の気配は、はっきりと覚えているから間違いないわよ」

「気配でって……。水龍ちゃん、すごいわね」


 淡々と気配で分かると言う水龍ちゃんに、アーニャさんは、今更ながらに驚かされたようです。そして、なぜかトラ丸がドヤ顔です。


「とにかく、確認しましょうか」

「はい!」

「なー!」


 アーニャさんの言葉に、水龍ちゃんとトラ丸は元気に返事をしました。なんだか、やる気満々みたいです。3人は、交差点の建物の陰から、ひょい、ひょい、ぴょこんと首を出して、図書館の方を覗き見ました。


「街灯の柱の陰にいます」

「よく分かるわねぇ。私には、ちょっと遠くてよく見えないわ」


「気配で分かりますよ」

「なぅ!」


 交差点からは、図書館はまだ距離があるため、アーニャさんが勧誘者を見つけられないのも普通のことです。気配ではっきり分かるという水龍ちゃんがすごいのです。まぁ、水龍ちゃんはドラゴンですから、それくらいはなんてことないのでしょう。そして、やはりというか、なぜかトラ丸がドヤ顔です。


「う~ん、別に悪いことをしてるわけじゃないし、堂々といきましょうか」

「えっ? 勧誘攻撃がきちゃうわよ?」


「大丈夫よ。お姉さんに任せなさい!」

「アーニャさん、なんか頼もしいです!」

「なー!」


 拳を握りしめて、頼もしいセリフと共にウインクするアーニャさんに、水龍ちゃんとトラ丸は、まるで救世主を見るような視線を向けるのでした。


 水龍ちゃんはトラ丸を肩に乗せ、頼もしいアーニャさんと並んで堂々と歩き始めました。図書館へ近づくにつれて、街灯の柱の陰に隠れるようにして図書館入り口を伺う黒ぶちメガネのスーツ男の姿が普通に視認できるようになってきました。


「あれが、勧誘者ね」


 アーニャさんが確認するように小さく尋ねると、水龍ちゃんがコクリと頷きます。


「大丈夫よ。話しかけてきたら、私が相手をするわ」

「お願いします」

「なー」


 水龍ちゃん達は、いつこちらに気付いて勧誘しに来るのかと、どきどきしながら歩いていましたが、黒ぶちメガネの勧誘者は、なかなか気付きませんでした。


 ようやく勧誘者が、水龍ちゃん達に気付いたのかと思うと、彼は、なぜだか分かりませんが、そそくさと逃げ出すように遠ざかって行きました。


「なんか、離れて行きますね……」

「私が一緒にいたからかしら? そうだとすると、ますます怪しいわね」


 水龍ちゃんが、遠ざかる勧誘者の背中を見送りながら呟くと、アーニャさんが怪訝な顔で言いました。


「はっ!? 怪しい勧誘者!?」

「なっ!?」


 そして、なぜか、はっとする水龍ちゃんとトラ丸なのでした。



 黒ぶちメガネの勧誘者が通りを曲がって見えなくなると、水龍ちゃんは、アーニャさんと顔を合わせ、なんだかなぁと肩を竦めて一息ついてから、そのまま図書館へと入りました。


「まぁ! かわいらしい子猫ちゃんね」

「なー」


 ここでもトラ丸は大人気でした。受付のお姉さんの声に、トラ丸はぴょいっとカウンターの上に飛び乗ると、かわいらしく挨拶しました。その愛くるしさに受付のお姉さんはメロメロです。


「トラ丸です。この子も一緒ですけどいいですか?」

「もちろんよ。だけど、本を傷つけたり、ほかのお客様のじゃまをしないように気を付けてね」


「はい。トラ丸は賢いから大丈夫です」

「なー」


 受付のお姉さんからトラ丸に対して一般的な注意事項を受けると、水龍ちゃんがトラ丸なら大丈夫と自信をもって答えました。そして、トラ丸自身も任せてーとばかりに声を張り上げるのでした。

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