第38話 勧誘者との遭遇

 今日も水龍ちゃんは、おばばさまと一緒に薬師ギルドへやって来て、朝一番に作ったポーションを売りました。少し多めに余るように作ってきたので、余剰分のポーションを手に入れた女性職員達は大喜びです。


「水龍ちゃんのポーションって、苦みが少ないから飲みやすくていいわ!」

「果実水で割ると、すっきり飲めるから、気分的にも美容効果が高いと思うの」

「水龍ちゃん、ありがとね。あめちゃんあげるわ」

「トラ丸ちゃんの癒しもいいわ~」


 女性職員達がきゃいきゃいと集まって来て、次々と褒めそやしてくれたので、水龍ちゃんも嬉しそうでした。



 薬師ギルドを出た水龍ちゃんは、図書館へ向かって歩き出しました。


「さぁ、トラ丸、図書館へ行くわよ。毒消しポーションについて書かれている本があれば読んでみたいわ」

「なー」


 水龍ちゃんが、肩に乗ったトラ丸に行先を告げると、了解とばかりにトラ丸が鳴き声を返してくれました。



「お嬢さん、ちょっとお話したいのですが、よろしいでしょうか?」


 水龍ちゃんの後ろからぬうっと追い越してきた男が、横から声を掛けて来ました。男は黒ぶち眼鏡を掛けていて、紺色のスーツをビシッと着こなしています。


「ん?」

「ぅな?」


 水龍ちゃんが立ち止まり、トラ丸と揃って首を傾げると、男はすっと水龍ちゃんの前へ出て、行く手を遮るように向かい合わせに立ちました。


「私は、オーパール薬局の者です。お嬢さんが、素晴らしいポーションを作ると聞き及び、是非、うちの薬局で働いていただきたく、お声を掛けさせていただきました」

「はっ!? これは、まさかの勧誘では!?」


 はっとした水龍ちゃんの反応に、男は一瞬、黒ぶちメガネをキラリと光らせて、ニヤリと口角を上げましたが、すぐに営業スマイルを顔に張り付けて口を開きます。


「ええ、私共の薬局では、破格の待遇で――」

「お断りします! では!!」


 男が話し始めた矢先、水龍ちゃんは勢いよく断って、トラ丸を連れて、ぴゅいーっと一気に走り去って行きました。置き去りにされた黒ぶちメガネの男は、どうして?と言う顔で立ち尽くしていました。



「あれが、うわさの勧誘者ね。危ないところだったわ」

「なー!」


 走りながら呟く水龍ちゃんの隣で、トラ丸は、だね!っと言わんばかりに鳴き声を上げて並走します。


「とにかく、一度、アーニャさんに報告しましょ」

「なー!」


 水龍ちゃんは、行先を図書館からハンターギルドへと変更し、そのままトラ丸と一緒に駆けて行きました。



「アーニャさん! 勧誘者が現れたわ!」


 ハンターギルド2階の受付へ飛び込むなり、水龍ちゃんはすぐにアーニャさんを捕まえて報告しました。


「それで? 乱暴なこととかされなかった?」

「すぐに逃げたから大丈夫よ!」


「無事に逃げて来たのね。怖い目にあったでしょう。可哀そうに……」


 アーニャさんが、心配顔で優しく抱きしめてくれました。


「ん? ぜんぜん怖くなかったわよ?」

「えっ? そうなの?」


 水龍ちゃんの発言に、アーニャさんは、目をパチクリさせていました。


「なんか言ってたみたいだけど、アーニャさんから教えてもらったように、速攻でお断りして逃げ出してやったわ」


 水龍ちゃんは腰に手を当て、えっへん、と胸を張りました。隣でトラ丸もシャンと姿勢を正してドヤ顔です。


「ま、まぁ、何事もなかったのだからいいのよね……。えっと、詳しい話を聞かせてくれる?」

「えーっとね、——」


 水龍ちゃんは、可能な限り詳しく話しましたが、声を掛けられてからすぐに逃げ出したため、たいした話はできませんでした。すぐそばで、トラ丸は、のんきに顔を洗っていました。


「う~ん、薬局で働いて欲しいって言われたのよね」

「そうよ。だから、勧誘って思ったの」


「まぁ、小さな女の子にする話じゃないわよね。うん、たぶん逃げて正解よ」

「えへへ」


 アーニャさんも、水龍ちゃんが取った行動はおおむね正解だったと判断したようです。水龍ちゃんは褒められたと思ってちょっと嬉しそうでしたが、なぜかトラ丸はドヤ顔でした。


「だけど、今日は、もう1人で出歩かない方がいいかもしれないわね」

「えぇー、図書館に行きたかったんだけどなぁ……」


 アーニャさんがアドバイスをしてくれましたが、水龍ちゃんは、ちょっとしょんぼり顔です。


「ふふっ、水龍ちゃんは図書館が好きなのね」

「えへへ、いろんな本があって楽しいの」


「ちょっと待ってて、私も図書館に行きたいから、一緒に行きましょう」

「えっ、ほんとに? やったー」

「なー」


 思いもよらぬアーニャさんからの申し出に、水龍ちゃんとトラ丸は大喜びなのでした。

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