第33話 薬草の買い出し

 水龍ちゃんは、毒消しポーションの原料となる薬草を買いにエメラルド商会を訪れました。エメラルド商会は、各地に支店を置く大きな商会で、水龍ちゃんがやって来たのは、ロニオンの街にある支店です。


「おや? 水龍ちゃんじゃありませんか」

「トーマスさん、こんにちは」


 エメラルド商会の入口の前で、ちょうど竜車からの荷下ろし指示をしていたトーマスさんに会いました。


「私共の商会へお越しいただき、ありがとうございます。今日は、どういったご用件でしょうか?」


 トーマスさんは、お得意の商人スマイルともみ手のコンボで水龍ちゃんの下へと歩み寄ると、用件を尋ねてきました。


「毒消しポーション用の薬草を買いに来ました」

「さようでございますか。それならば、私が承りましょう」


「いいんですか? なんか忙しそうですけど……」

「ちょうど指示が終わったところですので大丈夫ですよ。ささ、こちらへどうぞ」


 トーマスさんは、そう言って、にこやかに微笑みながら水龍ちゃんを案内してくれます。


「かわいい子猫ですね」

「ふふっ、トラ丸です。とってもおりこうさんなんですよ」

「なー」


 トーマスさんが、水龍ちゃんの肩に乗っているトラ丸のことを話題に上げたので、水龍ちゃんがトラ丸を紹介します。トラ丸は、紹介されると、まるで挨拶するかのようにかわいく鳴き声を上げました。


「ほほう、挨拶してくれたようですな。私はトーマス。今後ともよろしくお願いします」

「なー」


 トーマスさんの自己紹介に、トラ丸は、かわいい瞳でトーマスさんを見ながら鳴き声を上げました。そんなトラ丸に、水龍ちゃんとトーマスさんは笑みを浮かべます。


 水龍ちゃんは、商談用のソファとローテーブルが置かれた応接室へ通されて、さらにお茶が出てきたことに、目をパチクリさせました。


「あのう、薬草を買いに来ただけなんですけど……」


 お茶を前にして水龍ちゃんは、おもわず呟いていました。


「お気になさらず、さぁ、どうぞ」

「はっ!? もしかして、お茶代として後で高額請求がくるのでは!?」


 お茶を勧めるトーマスさんに、水龍ちゃんは、はっとして詐欺まがいの手口に警戒の声を上げました。


「いえいえ、お茶代の請求なんてしませんよ。そんなことをしたら、おばばさまに殺されてしまいますからね」

「でも、お茶だって、タダではないですよ? それに、こんな立派な部屋に案内されるとは思ってませんでしたし、なにかあるのかなって警戒しちゃいますよ?」


 水龍ちゃんが、あっけらかんと、気になったことを素直に口に出すと、トーマスさんは苦笑いを浮かべました。


「まぁ、そうですねぇ。実のところ、応接室へとご案内したのは、毒消しポーションに使う薬草について、お話しておかなければならないことがあるからですよ」

「ん? お話ですか?」


「はい、少し長くなるかもしれませんので、お茶をお出ししたのです」

「そうですか……。それで、そのお話というのは?」


「はい、実は――」


 トーマスさんの話によると、最近、赤毒消しポーション用のアカレギョウンという薬草が徐々に値上がりしてきていて、現在、通常の2割ほど高くなっているということです。


 そして、まだ不確かな情報ゆえ、ここだけの話と前置きし、とある商会が薬草を買い占め、値段を吊り上げているのではないかというのです。


 エメラルド商会も手をこまねいている訳にはいかないので、いろいろ対策を考えていると説明がありました。


「そういう訳で、アカレギョウンの方は少々お高くなりますが、在庫はございますのでご用意はできます。それぞれの薬草のお値段は、こちらになります」


 薬草相場の事情を教えてくれたトーマスさんは、最後に水龍ちゃんが希望する薬草の値段を紙に記載して提示してくれました。薬草は、筒状の金属缶に入れて売られていて、1缶あたりの価格が書いてありました。


「それじゃぁ、2缶ずつください」

「かしこまりました。今、ご用意させますので、お待ちください」


 水龍ちゃんが購入量を決めると、トーマスさんは、すぐに商会の人へ薬草を持ってくるようにと指示を出してくれました。そして、薬草が運ばれてくるまでの間、トーマスさんが別の話題を持ち出しました。


「水龍ちゃんは、とても優秀なポーション職人だと、おばばさまから聞いておりますゆえ、悪い連中からの勧誘にご注意ください」

「勧誘ですか?」


「はい、最近、若手のポーション職人を狙って、専属契約を持ち掛ける者達がいるようです。よい条件の話をしておいて、実際の契約書にはそんな話はいっさい書かれておらず、後ほどトラブルになっているようです。騙されないようにご注意ください」

「嘘つきなんですね」


「ええ、話が違うといって解約を訴え出ても、違約金として高額請求されるので、泣き寝入りする者もいるといいます」

「高額請求! なんて恐ろしいことを!」


 高額請求という言葉に、水龍ちゃんは、強く反応するのでした。

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