第32話 余ったポーション
水龍ちゃんは、薬師ギルドのお姉さん2人に挟まれて、いつも余って棄てているポーションを譲って欲しいと迫られました。
「実はね、お肌にいいからって、美容のために薄めたポーションを飲むのが流行しているのよ」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。でも、ポーションって苦いから、なるべく苦くないポーションを買って、お茶で薄めて飲んでいるの」
「確かに、苦いですよねぇ」
味の話になると、水龍ちゃんも苦い顔をして同意します。
「それで、苦みが少ないって噂になっている水龍ちゃんのポーションを試してみたいんだけど、数も少ないし、効果も高いから人気があって買えないのよ」
「私、まだ資格取り立てだから、販売数を制限されてますもんね」
水龍ちゃんの言うとおり、ポーション錬成技術の資格を取ったばかりの新人は、無理して品質を落とさないようにと、薬師ギルドが買い取る本数を1日あたり12本までと制限しているのです。そして、ポーションポンプで大瓶から販売用の小瓶へ小分けしているため、どうしても若干の余剰分が出てしまうのです。
「そうなのよ。それでね、余ったポーションなら、なんとか譲ってもらえないかなって思ったの」
「なるほど、闇取引ではなかったんですね。安心しました」
水龍ちゃんの闇取引発言に、お姉さんたちは、苦笑いを浮かべました。
「タダでとは言わないわ。ギルドの買取額ほどではないけれど、多少ならお金を出すから譲ってもらえないかな?」
「う~ん……」
お姉さんたちは、美容に対する執念じみた圧を放って頼み込んできましたが、水龍ちゃんは腕を組んで何やら考えているようす。トラ丸は、お姉さん達から距離を取って、カウンターの隅っこで怯えています。
「どうせ棄てるものなので、お金はいりませんが、譲るには条件があります」
「「条件?」」
「ええ、条件というのは――」
水龍ちゃんは、余ったポーションを譲るのに対して次のとおり条件を出しました。
・なにかあっても、水龍ちゃんは関知しないので、薬師ギルド内で解決すること。
・譲ったポーションは、薬師ギルドの外へは持ち出さないこと。
・適度に薄めて、みんなで分け合うこと。
・ギルマスやおばばさまに何か言われた場合は、それに従うこと。
水龍ちゃんは、ポーションは美容目的に作られたものではないため、効果が無いとか言われても困りますからと説明しました。つまり、何かあった場合に備えて予防線を張ったのです。ちなみに3つ目の条件は、周りの女性職員からの視線をひしひしと感じたからのようです。
「わかったわ。その条件は必ず守ると誓うわ」
お姉さんが拳を握りしめて、そう言うと、周りで注目していた全ての女性職員たちが、仕事をそっちのけで、うんうんと頷いていました。
こうして、余ったポーションは、薬師ギルドの女性職員たちへと譲渡されることになったのでした。
余ったポーションを薬師ギルドのお姉さんに渡して帰宅した水龍ちゃんは、そのまま調合室へと入りました。そして、棚の引き出しから薬のレシピ集を取り出し、テーブルの上に広げました。
「ばばさまは、赤毒ポーションか青毒ポーションを作ってみるといいって言ってたわね。たしか、治癒ポーションと作り方がほぼ一緒だったはず……」
水龍ちゃんが、レシピ集をパラパラとめくってゆくのをトラ丸が首をかわいらしく動かしながら目で追いかけています。
「あったわ。赤毒ポーション。作り方は……、うん、治癒ポーションと一緒ね。材料の薬草が2つ必要だけど、作り方は同じだわ」
水龍ちゃんは、赤毒ポーションのページに栞を挟んで、さらに青毒ポーションのレシピを探します。やはりトラ丸は、めくられる紙を追うように、かわいく首を動かしています。
治癒ポーションとは、いつも水龍ちゃんが作っているポーションの正式名称で、外傷の治癒目的で使われるため、最も需要が大きいポーションです。単にポーションと言うと、治癒ポーションを指すのが慣例となっています。
赤毒ポーションとは、赤毒消しポーションの略称で、魔物毒の1つである赤毒を解毒する効果があるポーションです。同じく、青毒ポーションは、青毒消しポーションの略称で、こちらは、魔物毒の1つである青毒を解毒する効果があります。
「これね。青毒ポーションのレシピ。作り方は……、うん、思った通りね。治癒ポーションと一緒だけど、薬草が2つ。赤毒ポーションと青毒ポーションでは使う薬草が違うだけね」
水龍ちゃんは、青毒ポーションのレシピも確認しました。そして、それぞれのポーションに必要な薬草をメモしました。
「よし、必要な薬草は確認したわ。さっそく、買いにいきましょ」
「なー」
水龍ちゃんが買い出しに出掛けると聞いて、トラ丸は、かわいく一声鳴くと、ぴょいっと水龍ちゃんの肩へと飛び乗るのでした。
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