第31話 めんどうな手続き
水龍ちゃんは、トラ丸を肩に乗せ、おばばさまと一緒に薬師ギルドへ向かいます。水龍ちゃんは、ポーションの売却が目的で、おばばさまは、ギルドの仕事のお手伝いをしているのです。
「ばばさま、そろそろ特許の申請手続きが完了するかしら?」
「さぁ、どうじゃろうかのう。今、ギルマスが全力で当たってくれておるから、今しばしの辛抱じゃよ」
「早く苦くないポーションを作りたいわ」
「お前さんの作ったポーションは、夢の1級ポーションじゃからな、慎重に手続きをせんとのう」
水龍ちゃんが研究して作った苦くない1級ポーションは、特許を取得してレシピを公開するために、薬師ギルドマスターが手続きを進めてくれているのです。その間、水龍ちゃんは、その手法でポーションを作らないようにと言われています。
なんでも、薬やポーションのレシピを盗んで、先に申請してしまうという悪い人間がいるらしく、慎重に対応する必要があるそうです。もちろん、盗まれた側は、レシピが盗まれたということは分かるのですが、気付いたときには先に特許登録されてしまっていて利権を取られてしまっているというのです。たとえ、訴え出たとしても相手が盗んだという明確な証拠を示すことは出来ずに、訴えを退けられてしまう事例もあるのだそうです。
「特許ってめんどくさいのね」
「ふはははは、確かにのう。じゃが、特許を取得して、薬師ギルドを通してレシピを公開すれば、ギルドが特許使用料を徴収してくれるのじゃから、特許を取得しない手はないのじゃよ」
渋い顔をして面倒くさいと言う水龍ちゃんに、おばばさまは、薬師ギルドを通して特許レシピを公開するメリットを持ち出しました。薬師ギルドでは、より良い薬やポーションを普及するため、特許レシピの公開を推奨し、代わりに特許使用料の徴収を請け負っているのです。
「それは、分かっているのよ。でも、せっかくの研究成果が作れないっていうのは、なんか、こう、やきもきするのよね」
「ふはははは、気持ちは分からないでもないのう。じゃが、今はじっくり待つのじゃな。その間は、いろいろな薬の勉強をするとええ」
「ふっふ~ん、毎日図書館へ行って勉強しているわよ」
「そうかそうか、頑張っとるのう。ならば、試しに、ほかの薬やポーションを作ってみてもええじゃろう。すぐに販売とはいかんがの」
「そうね、それもいいかもしれないわね」
水龍ちゃんは、おばばさまの提案に納得顔です。まだ薬師の資格を取得していない水龍ちゃんは、ほかの薬やポーションを作っても、薬師ギルドを通して販売するには別途手続きが必要なのです。
薬師ギルドへ着くと、水龍ちゃんは、おばばさまと別れて、いつものようにポーションを売りにカウンターへ向かいました。先日、カウンターの1つに踏み台が用意され、背の低い水龍ちゃんは、荷物の出し入れが楽になりました。
「まぁ! かわいい子猫ちゃんねぇ」
ギルド職員のお姉さんが、水龍ちゃんの肩に乗ったトラ丸を見て目じりを下げました。トラ丸が、ぴょいっとカウンターに飛び乗ると、お姉さんは、嬉々としてトラ丸をあやし始めました。トラ丸は、お姉さんに もふもふされて、気持ち良さそうに目を細めています。
水龍ちゃんは、そんなトラ丸を微笑ましく見ながら、バックパックからポーションの入った大瓶を取り出してカウンターへ置きました。
「ポーションの買取をお願いします」
水龍ちゃんが依頼すると、トラ丸のもふもふ効果でしょうか、お姉さんは、上機嫌で対応してくれました。
いつものようにポーションを売却したあと、水龍ちゃんが、余ったポーションの入った大瓶をバックパックへ入れようと手に取ると、お姉さんから声が掛かりました。
「水龍ちゃん、その余ったポーションはどうするの?」
「ん? 家に帰ってから棄てちゃいますよ?」
「あぁ、やっぱり棄てちゃうのね……」
「ん?」
「ぅな?」
余ったポーションを棄てると聞いて、お姉さんが、おでこに手を当てこの世の終わりのような顔をして呟いたので、水龍ちゃんとトラ丸は首を傾げてしまいました。
「ねぇ、水龍ちゃん! 棄てるくらいなら、私達に譲ってもらえないかな?」
「んん??」
「ぅなな??」
突然、背後から別の職員のお姉さんに食い気味にお願いされて、水龍ちゃんとトラ丸は、振り返って目をパチクリさせてしまいました。
「ど・う・か・な?」
「お姉さん、目がヤバいです……」
なおも、にじり寄って、圧を掛けてくるお姉さんに、水龍ちゃんは、じっとりとした目を向け呟きました。
「はっ!? ひょっとして、この余ったポーションを手に入れて、闇取引で一儲けするつもりでは!?」
「「しないから!!」」
水龍ちゃんが、はっとして犯罪まがいの行為を想像して口走ると、お姉さん達から鋭い突っ込みが入るのでした。
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