第二章 水龍ちゃんの毒消しづくり

1.水龍ちゃん、もふもふを連れ歩く

第30話 目覚めのひと時

 水龍ちゃんは、今日も今日とて日の出と共に起き出して、朝ご飯の前にポーション作りに励んでいます。最近、水龍ちゃんは新鮮なポーションを届けるのだと言って、その日に売却する分は朝一で作ることにしているのです。


「よし、できたわ。今日も順調ね」


 出来立てのポーションが入った大瓶を前にして、水龍ちゃんは、腰に手を当てにっこり笑顔です。


「あら?」


 器材を片付けていた水龍ちゃんは、何かに気付いたようすで手を止めて、自身の胸に視線を下ろしました。


「精霊の卵が魔力を吸わなくなったみたいだわ?」


 精霊の卵は、水龍ちゃんが、ここ、ロニオンの街へ来る前に見つけたもので、胸の大きなリボンの中で、ずっと水龍ちゃんの魔力を吸い続けていた卵です。十分な魔力を得ると卵が孵って、精霊や妖精が生まれるといいます。


「そろそろ、卵が孵るのかしら? とりあえず、リボンをほどいて見てみましょ」


 水龍ちゃんが、そう言うやいなや、胸のリボンの部分が淡く光を発して、しゅるしゅるとほどけてゆき、淡く光を放つ精霊の卵が現れました。精霊の卵は、鶏の卵ほどの大きさで、水色をしており、水龍ちゃんの胸元にぴったりとくっついています。


「ふふふっ、少し見ないうちに、色が変わったみたいね」


 水龍ちゃんが、精霊の卵を優しく見つめて話しかけるように言うと、それに答えるかのように、卵の光が楽し気にゆらゆらと揺らめきました。


「あら? 私の声が分かるのかしら?」


 精霊の卵は、そうだと言わんばかりに、ふるふると揺れてみせると、表面にぴきぴきとひび割れが生じました。


「あっ! いよいよ生まれるわ!」


 精霊の卵は、ひび割れから強い光を放出し、眩い光となってふわりと水龍ちゃんの体から離れると、テーブルの上へと静かに降り立ち、子猫の形となりました。


「なー」


 子猫は、パチパチと瞬きをして水龍ちゃんを見つめると、かわいらしい鳴き声を上げました。


「ふふっ、トラ縞模様の子猫ちゃんね。私は、水龍、よろしくね」

「なー」


 水龍ちゃんが、嬉しそうに精霊の子猫へ手を伸ばすと、子猫は、小さく鳴いて、水龍ちゃんの手に頬をすりすりしてきました。


「かわいいわね。でも、あなた、卵よりも大きいのね」

「なー」


 子猫は、水龍ちゃんの両の手の平を並べたよりも少し大きいくらいで、元の卵から比べたら数倍の大きさです。普通ならばちょっと信じられないことです。


「精霊だし、そんなもんかな?」

「なー」


 話し掛けると返事を返してくれる子猫ちゃんに、水龍ちゃんはにこにこです。


「そうだ、名前を付けないとね。どんな名前がいいかなぁ」

「ぅな?」


「トラ縞模様だし、トラ丸でどう?」

「な~♪」


「ふふっ、気に入ってくれたみたいね」


 水龍ちゃんは、トラ丸と名付けた精霊の子猫の首元を優しくなで回したあと、ポーション作りで使った器材の片付けを再開しました。


「なー」


 テーブルの上を片付け始めた水龍ちゃんへと、トラ丸はトコトコと近づいて行き、ぴょいぴょいっと水龍ちゃんの腕から肩へと軽やかに登りました。


「あら? 生まれたばかりなのに、随分と元気なのね」


 水龍ちゃんは、肩に乗って頬へとすりすりしてくるトラ丸へ、にっこり笑顔をみせながら、ちょいちょいと軽くなでると、ささっと器材を片付けてしまいました。



「ばばさま、おはよう」

「おはよう……。って、子猫じゃないか、どうしたんじゃ?」


 キッチンへ入った水龍ちゃんが、朝食の準備を始めていたおばばさまに挨拶をすると、おばばさまが水龍ちゃんの肩に乗るトラ丸に気付きました。


「ついさっき、精霊の卵が孵ったのよ。かわいいでしょ」

「精霊の卵じゃと? お前さん、そんなものをどこでみつけたんじゃ?」


 精霊の卵だと聞いて、おばばさまが、目を丸くして、素朴な疑問を投げかけてきました。


「ん? この街へ来る旅の途中で見つけたのよ」

「はぁ……。いろいろと驚かせてくれるのう」


 水龍ちゃんが首を傾げて答えると、おばばさまは、呆れたように肩を竦めてみせるのでした。


「見たところ、普通の子猫と変わらないようじゃ。お前さん、人前で子猫が精霊の卵から孵ったとか、実は精霊だなんて言うんじゃないよ」

「ん?」


 水龍ちゃんは、おばばさまの言うことがピンとこないようで首を傾げました。


「精霊は街では珍しいのじゃよ。だから、良からぬことを考える馬鹿が現れるやもしれぬからの」

「はっ!? もしかして、この子が攫われちゃうとか!?」


 はっとして、口を突いた水龍ちゃんの言葉に、トラ丸はギョっとした顔を見せました。


「そういうこともあり得るということじゃよ。だから、余計なことは言わずに、気付かぬ者には普通の猫だと思っていてもらうのじゃ」


 おばばさまの言葉に、水龍ちゃんとトラ丸は、お互いに顔を見合わせ、コクリと頷いていました。

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