第2話 co-operation
島の住人は20人ほどだと聞く。姫島が運転員として島に移り住んでから、まだ1年が経っておらず島の中では最も若い。姫島が把握している限り、住人のうち13人は島の中に暮らす漁師、残りはまだ島が若かった頃を知る技術者だ。
技術者は、島の中には住まない。別の島で勤務していたときも、ここほどではないが島の上にクリンカを人の手で流して建てた家に住む技術者がいたため、姫島自身はそこまで驚かなかったが、数ある島暮らしの住人の中で彼らが少数派なことは確かだろう。
灯台には竣工年を刻んだプレートが据えられている。
「定礎 姫島試験島 1936年 陸技研第三課」
陸技研は、橋浜の街から向かいの駅までクリンカを送り込んでくる組織の前身である。姫島の勤める陸研テクニカは民間企業だが、その頃の陸研は国営であった。
島で唯一の食堂に入り、定食を頼む。カウンターに座ると斜向かいの老人がこちらを見て、
「運転員かい?」とつぶやく。
老人は姫島が運転員だと見抜くと、これまでに育てた島はいくつだと聞く。
「これでみっつめです。ひとつめの時は3ヶ月で異動だったので育てたとは呼べないかもしれませんが。」
「島は人工物だからはじめは皆明確な役割があるが、老いた島ほどそれがぼやけてくる。人間とは逆だ。加えて姫島は少し経緯が特殊かもしれない。みっつめでこれというのはなかなか骨が折れるな。」
「運転員だったのですか?」
「いや、設計だった」
「設計ですか。いまでは聞かなくなった職種で。」
「設計者が入った最後の島は、端島第二だったか、串本海底だったか。60年代を境に島の作り方は変わってしまった。海杭という呼び方もその頃からだ。」
設計は、基材の石灰質の物性を目的に合わせて組成し、組み立てられる全体像までをもただひとりで決定していたらしい。初期にはセメントやコンクリート、クリンカも設計された基材の原始的なものだ。60年代、コライトとファジライトのペアが開発されてから設計の役割は変質していった。co-fazzi相補性のなかで次々と現れる新基材の物性を読み取り、適所に誘導することに追われるようになった設計者は次第に運転員と同一化していった。
コライトは生長する石灰質の団子のようなものだ。周囲のイオンを取り込んで繭のようなかたちに膨らんでいくが、直径が30センチを超えたあたりで、自己分解により内部に空洞ができ始める。記録には最大で直径が50メートルに達したものもあるらしい。
対するファジライトは、コライト表面にのみ発生し、コライトを侵食しつつ自らも周囲から石灰質を取り込んで膨張する。複数のコライト粒子が集まった環境下でファジライトが発生すると、コライト同士の隙間が埋まり、スポンジの断面のような多孔質の構造体になる。これが海杭の基本的な構造だ。ファジライトは、他のコライトからある程度離れたところで性質がコライト化することが知られている。海杭のファジライト端部ではコライトが生成され、海杭は組織を拡大することができる。
海杭の運転員の主な仕事は、この端部のコライト生成を適切にコントロールすることである。
これからの海杭に必要な空間のサイズと構造の密実さを予見し、コライトの生育サイズを抑え、適切なタイミングでファジー化させる。不要なコライトは刈り取ってしまうこともある。乾燥させて非ファジー化したコライトは島の貴重な生産物でもある。
「島は、海喰いではないんですけどね。」
「その認識は正しいよ。海杭が海を食べていると見るのは我々の都合でしかない。」
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