コンクリート・フリーク
奥 未道
第1話 co-herence
波間から覗く海底は思いのほか、白い。
姫島は、もうながらく延ばしていない石灰質の腕をまじまじと眺める。最後に腕を延ばしてから半世紀が経ったものの、ともに暮らす少しの人と藻がいるうちは、まだこれも生きているということなのだろう。
姫島が腕を延ばさなくなったことにこれといった理由はない。海はおそらく狭かったし、これ以上、コライトの団子を増やすだけのクリンカも周りに見当たらなかった。ただ、それは結果であって理由ではなかった。
記憶にある限り、姫島は海底に向かおうとした。それが自然なことだったし、重力に逆らうよりも浮力に逆らうことのほうが姫島には重要だと思えた。
一度だけ、向かう先が自然ではなくなったことがある。確か、人が姫島にクリンカを与え始めてから少したったころだ。
それが何故だったのかを姫島は知らない。
* * *
腕を高く挙げ大きくのびをすると、姫島文香はバケツ2杯のクリンカを持ち、灯台に向かって歩き出した。いつものことだ。バケツ2杯は基材にはいささか少ない量だが、この老灯台を守るにはこれでちょうどよいらしい。姫島が歩く防波堤も、その脇の海も、それぞれが真っ白でなだらかに波打っていた。
灯台の中は薄暗く、潮と埃の混ざった匂いがする。帳簿にチェックをして右隅の急な階段を下る。防波堤のなだらかな曲面を裏返したような床に降り立つと、姫島は今日のハッチの扉を探す。ハッチの場所は動くのが常だ。
身を屈めて階段下にハッチを見つけると、中に持ってきたクリンカを放り込んだ。
ハッチから3歩ほど離れた小窓から外を覗くと、海底に向かって続いていく白い腕のそばをメバルの群れが泳いでいる。
昼は焼き魚がいいかもしれない。
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