エクソイド
いおにあ
エクソイド
午前十時。我が部署に怒鳴り込んできた桐谷専務に、同僚の入山がペコペコ頭を下げている。
「この前のあの件はいったいなんだ!!責任者は誰だ!」
桐谷専務は、怒りを露わにする。
「申し訳ございません、申し訳ございません。しかし専務。これには深いわけがありまして・・・・・・」
「なんだ、言ってみろ」
「はい。実はこれは社長のご子息の学校のご友人が関わっている事件に関連するのですが・・・・・・」
入山はペコペコと頭を下げながら弁明を始める。
「まーた、始まったよ・・・・・・」
隣の席の久藤が、呆れたように漏らす。
久藤のつぶやきに、俺も小声で返す。
「今週に入ってすでに三回目だよな」
「ああ。ったく、うちのお偉いさんたちも懲りないねえ。入山がすでにエクソイドだってことを知らないのかな」
「結構ニュースとかで話題になっているのにな。まあ、所詮は他人事だと思っているんだろう」
「ったく、いっそのこと教えてやろうかな」
「よせよせ。そんなこといっても信用されないだろうし、俺たちの立場が悪くなるだけさ」
入山がいつエクソイドになったのか、正確なところはよく分からない。だが、ここ半年の間くらいのことだろうと、俺は勝手に予想している。
エクソイド。いいわけアンドロイド。エクスキューズ・アンドロイドの略。
エクソイドは、元々はスマホやスマートウォッチといった携帯端末のとあるアプリケーションに過ぎなかった。
少し昔に、文章生成AIが急速に発展して、大学でのレポートを代わりに作成してくれるなどの話題があった。
その後、とある大手IT企業がずばり「いいわけの文章」作成に特化したAIをリリースした。仕事でミスをしたとき、学校に遅刻したとき、果ては裁判での被告の言葉や、告解での政治家の答弁まで、ありとあらゆる場面で、適切かつ最適な言葉を紡いで「いいわけ」をしてくれるAIが登場、瞬く間に広まった。
とはいえ、当初は単なる文章生成AIに過ぎなかった。その生成されたいいわけを発話するのは、あくまでも人間に限られていた。
しかしまあ、楽な方向へと流れるのが人間の技術の必然。ほどなくして、その本人の声でいいわけをしてくれるアプリが登場した。最早、適当に口パクをしておけば、すべてのいいわけが済んでしまう。
そうなると、そもそも自分がわざわざ出向いていいわけするのも、人々は面倒になってしまう。いいわけなんて、アンドロイドにでもさせておけ。こうしてエクスキューズ・アンドロイド、略してエクソイドの誕生となった。
「アンドロイドって、今や人間と見た目の区別がつかねえからなあ」
「そうだよな・・・・・・てか、入山ご本人はなにしているんだろうな。会社の出勤はエクソイドに任せておいて」
「さあな。副業にでも精を出しているんじゃねえの」
「本業の会社勤めはすべてエクソイドに丸投げ・・・・・・それはもう、本業って呼べないよな」
「だな」
俺たちは仕事に戻る。
正午。お昼休み。俺は二階の食堂で手軽な食事をとって、部署に戻ろうとしていた。
そのとき、「キャァァァァァッ!」という女性の悲鳴が聞こえてきた。
なんだなんだ。俺は声のした方を振り向く。 悲鳴をあげていたのは、面識のある女性社員だった。
俺は階段近くにいるその女性社員に近づいて、声をかける。
「どうした、なにがあった?」
「き、桐谷専務が・・・・・・」
彼女は半ばパニック状態で、ガクガクブルブルと身体を震わせながら、階段の下を指さす。
彼女の指し示す方を見る俺。
「せ、専務!?」
階段の下。そこには、午前中に我が部署に怒鳴り込んでいた桐谷専務が、バラバラになって転がっていた。
「ひいっ!?」
俺ものけぞった。なんだ、バラバラ殺人事件か!?
「わ、わたし桐谷専務とぶつかったんです・・・・・・そしたら、専務がまるで紙切れみたいに、階段から転がり落ちて・・・・・・」
なにがどうなっているんだ?その程度のことで、人間があんな風になるか。
そのとき、背後から声がした。
「あーあ、君たち。壊しちゃったみたいだね」
「専務!?幽霊!?」
俺は大混乱だ。階段下でバラバラになって死んでいるはずの桐谷専務が、そこにいたからだ。
桐谷専務は苦笑しながら、俺たちを見る。
「幽霊ではないよ。下にいるのは、私のエクソイドだ」
「え・・・・・・専務もエクソイドを使っているのですか」
「ああ、そうだよ。この際だから、隠しても仕方あるまい。私も少し前から、エクソイドを使っているのだよ」
「専務ほどの偉い立場の人が・・・・・・あ、ひょっとして社長とか株主に対して使うのですか?」
桐谷専務はゆっくりと首を振る。
「いや。それも時折使うが、基本的には部下たちを叱らないといけないときに使うよ。君もそれなりの立場につけば分かるだろうが、人を怒るというのも結構エネルギーを使うからね。まあ、いいわけするのがエクソイド本来の役目だから、中々上手く叱ることはできていないみたいだが」
俺はあることに気付く。
「あ、ということは、今朝俺の部署に来たのは・・・・・・」
桐谷専務は首肯する。
「ああ、そうだ。あれも当然、私のエクソイドだ」
なんということだ。では、午前中我が部署で繰り広げられていたのは、エクソイドがエクソイドを怒り、そしていいわけをしているという状況だったのか。
桐谷専務は言う。
「君たち、別に弁償しろとかは言わないから、あまりおおっぴらに広めないでくれよ。エクソイドを使っているというのは、あまり体裁がよくないのでな」
午後六時。仕事が終わる。
俺は地下鉄に乗って、家へと帰る。
地下鉄で、ボーッと周りの風景を見る。帰宅の時間帯なので、どこを見ても人だらけだ。
だが、この中の何人が本当の人間で、どれくらいの割合がエクソイドなんだろうな。
みんなが、それぞれの目的地へと向かっている。きっと今からいいわけをしにいく人も、沢山いるのだろう。
午後八時。俺は帰宅する。ドアを開けると、飼い猫のキュータが、「にゃー」とお出迎えしてくれる。
俺は風呂に入り、リビングでひとり晩酌をして、くつろぐ。キュータがじゃれついてくるので、持ち上げる。ほのかな体温が、もふもふとした手触りと共に伝わってくる。
俺はキュータを見ながら言う。
「キュータ、お前はエクソイドなんかじゃないよな」
キュータは退屈そうにあくびをして、「にゃー」と鳴いた。その鳴き声は、今日聞いてきた声のなかで、最も意味のあるもののように感じられた。
エクソイド いおにあ @hantarei
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