第57話 パルテの町~ウストの町

 シンが空間に溶けて消えてから。


 俺たちはかけっぱなしだった『フライト』で、大渦の上に浮上する。

「倒したぞ!」

 というと兵士たちが召喚主らしい男の方を振り返った。

 倒されたことを非難されると思ったのだろうか?

 召喚主の男は曖昧にごにょごにょいうだけでらちが明かない。

「ふざけるな!こっちは痛い思いしてるんだ。誰でもいいから見てこい!」

 俺が渦に蹴り込もうとしたので、召喚主はやっとヒュドラが倒されたのを認めた。

「倒された、倒された!2体ともチリに帰った!わーっ!」

 仕方ない、蹴り込むのは勘弁してやろう。

「やめるのですか?雷鳴は寛大ですね。私はまだ許していませんよ」

 水玉は片手で召喚主をぶら下げて、大渦の上にぶらんと吊るしている。

 兵士が止める気配がないのを見ると、さてはコイツ人望ないな。

 水玉はひとしきり悲鳴を上げさせると、岸の方にぽいと召喚主を放り投げた。


「で、兵士の方々、判定は?」

 そういうと、今まで奥の方にいたらしき身なりのいい兵士が出て来た。

「まごうかたなき合格です。この書状を持って行って下さい」

「アザンでは貰ってませんよ?」

「あそこは通り抜けた事が証明ですからな」

「ああ………言いたい事は分かる」

「と、いうわけで大事に持って行って下さい。いつ出発されますか?」

 俺は水玉と顔を見合わせた。

「疲れたし、明日の昼でいいか?」

「同感ですね、再生中の手がびりびりしますし」

「大丈夫か?」

「それは私のセリフですよ?」

 見つめ合ってから2~3秒、心は通じ合った「休もう」「ええ、休みましょう」

「「明日の昼10時に出発します」」

 俺たちは、綺麗にハモって返事したのであった。


♦♦♦


 14時。俺たちは着替えて市場に来ていた。もちろん旅の糧を買うためである。

 地元の人たちが困らないように加減しながら並ぶ店のほとんどの物を買っていく。

 この後の旅はもう、短いかもしれないが念のためだ。

 帰って、今回の事を記念したパーティとかもやりたいしな。

 俺の予想が当たっていれば、今の亜空間収納は置いてきた亜空間収納と融合する。

 なので、旅の記録は無くならないと思うのだ。


 15時。買い物を終えて、宿に帰ってきた。ベッドに突っ伏す。

「雷鳴、私は手が痛いです。あなたは?」

「俺は全身がまだ痛いです………」

「夜食べに行くのは止めた方がいいでしょうか?」

「俺が何か作るから、それで我慢して………」

「大丈夫ですか?私が作りましょうか?」

「水玉、ハムエッグとトーストしか作れないじゃないか」

「何か文句でもありますか?」

「ないけど、ここにフライパン………は作れるけど、コンロとトースターはない」

「そうでした………」


 20時。結局俺が作り置きしていたパスタの麵を使い、カルボナーラになった。

 水玉は麺なら「うどん」か「そば」が食べたいという。

 ので、材料は買ったから道中で作るよと答えた。

 俺も水玉が気に入ったのは察していたので、市場で材料を仕入れていたのだ。

 喜ぶ水玉の声を聞きながら、疲れていた俺の意識は闇の中へ………


(雷鳴、雷鳴、どこの世界に行ったの!?)

(姉ちゃん?俺はここだよー)

(そんな所にいたの?自力で出て来れそう?)

(助けて、なんて言えないよ。待ってて、姉ちゃん)

(待ってるから攻略して来なさい)

(うん)


♦♦♦


 9月15日。AM06:00。


 昨日の夢は………そう言う事だろうなあ。

 俺は水玉とたる風呂に入り、フルーツをもりもりと食べながら思案する。

 この世界は間違いなく、俺の「育て親」であり「創世神」でもありついでに「超越者オーバーロード」である「姉ちゃん」こと「レイズエル」が作った世界だ。

 普通の世界と違うのは、期間は長いが、同じ時間軸を何度も繰り返すという事。

 中に外部からの侵入者がいる場合は、時間軸は巻き戻らないという事。

 他の星に行こうとしてもバリアで外には出れない事もそうだ。

 そして、外に出るには条件がある。


「それが魔王の帰還陣なんだと思うんだけど」

 俺は水玉に全部ぶっちゃけて言ってみる。

「ここは、元の世界の要素が強すぎるだろ?」

「言語や悪魔召喚などがそうですね」

「食事もそうなんだけど」

「えっ?」

「えっ?」

 見つめ合う二人。

「い、いやそれは置いといて、外の要素が強いんだ。だから姉ちゃんの作品の一つに迷い込んだかなーって思ってたんだけど。この夢で確認できた感じ」

「ほう、では魔王は誰か分かりましたか?」

「100%じゃないけどイザリヤ姉ちゃんだと思う」

「七大魔王の一柱、ベフィーモス殿ですね。確かに魔王です」

「うちの姉ちゃんとイザリヤ姉ちゃん、仲いいからね。それにバルトルに行くための試練があんまり性格悪いのがないからってのもある」

「わたしはイザリヤ殿がどういう性格なのか知りませんが、そうなのですか」

「厳格で老練な領主で武人でもあるって感じ」

「はあ………なるほど」

「姉ちゃんに頼まれたら、ちょっとした仕事は引き受けてくれるんじゃないかな」

「なるほど………とりあえず今は強敵として認識しておけばいいですね」

「勝てるかわからないぐらいのね」


 9時。イザリヤ姉ちゃんとうちの姉ちゃんの事を色々語っていたら時間が過ぎた。

 そろそろ出立すると言った時間なので、さっさと片づけをする。

 と言ってもたるを片付けるだけだ。あとは手荷物と亜空間収納。

 見送りにはイレーズが来ていた。

 彼女の正体を知っているらしい兵士たちは遠巻きにしている。

「じゃあイレーズ。帰ったら魔帝城で」

「はい、水玉様がご帰還との報を受けましたら、馳せ参じます」

 イレーズの手の身分書は、水玉が保証したものなのでそうなるだろうな。

「では次は魔界で!」

「じゃあな!」

 俺たちはウストに向けての街道を、ピンク操縦の幌馬車で走り出した。


♦♦♦


 9月30日。PM10:00。

「少しは過ごしやすくなってきましたが暑いですねー。ウストはまだなんですか?」

「あぁ、少しは涼しいなー。ウストまではまだ道半ば………川でも探そうかー?」

「それ、いいですねー。クールダウンの魔法は効きが悪い気がします」

「そりゃ、閉じこもるのが嫌だからってカーテン全開にしてるからだろ。御者台の方まで開けっ放しだもんな―――っておや?」

「ん?どうかしました」

「いや、道の真ん中に、農家のカッコした女の人が―――」

「え?あ、本当です。何だかフラフラしていませんか?あ、倒れた」

 俺は慌てて馬車を止めると馬車から出て女の人に駆け寄った。

「どうです?」

 あとからおっとりと駆けつけた水玉が聞く。

「熱中症だわ。意識はある。川の方向を教えて貰ったから川に行こう」


 靴を脱がし川に足をつけ、上半身は『クールダウン』で冷やす。

 苦しそうだった顔が、普通になってきて、安らかになる。

「もう話してもよさそうだな」

「そうですね」

「お姉さーん?大丈夫ー?」

「うぅ………?」

「近くの農家の人かな?あんまり無理しない方がいいよ」

「熱中症らしいですよ?気をつけなさい。仲間は?いないのですか?」


「私は、1人でして………」

お姉さん―――シーラさんの話はこうだった。

昔はこの辺りに小さな集落があったが、最近になってシーラさんの家だけになった。

それも親兄弟が流行り病で死んでしまうまでで、今はシーラさん一人で自給自足の生活をしている。今日は芋を掘っていたのだが、無理をしてしまったようだ。


「うーん………そうだ、シーラさん、俺たちを泊めてくれる?」

 本当は手伝いを申し出たかったのだが、悪魔たるもの代償が必要だ。

 シンの時は何故か思いつかなかったのだが。

「え………何のおもてなしも出来ませんよ?」

「食料ならこっちから提供するよ」

「それは申し訳が………」

「嫌なのかいいのかはっきりしなさい」

「いい………です。汚い所ですが」

 当然だが、シーラさんの謙遜であって、普通の木造建築だ。汚くはなかった。

 家族で住めるだけあってそれなりの大きさもある。


 食料を提供すると、シーラさんは素朴な料理にそれをまとめてくれた。

 ただ絵面はあまりおいしそうでない。もう慣れたけど。

 青魚と紫ダイコンの煮込み。緑米が三膳。羊肉(紫)と赤豆の炒め物。

 大丈夫だ、口に入ってしまえば美味しいから。


 次の日から、芋の収穫が終わるまでという事で、俺たちはシーラさんを手伝った。

 シーラさんは遠慮したのだが、手伝った方がいいと『勘』が言っている。

 俺は芋掘り、水玉は大豆という豆の収穫だ。

 これは熱中症にもなるわ。

 俺は亜空間収納の中で、麦わら帽子を作ってシーナさんに手渡した。

「ありがとう………」

 彼女は消え入りそうな声でお礼を言ってくれた。


♦♦♦


 10月10日。PM06:00

 収穫も全て終わって、手伝う事がなくなった。

 彼女は心配だが、今日立とうと水玉と相談して決めたのだ。

「これからは過ごしやすい季節だろうけど、熊には気を付けて。その後の冬、また無理して遭難とかしないでね」

 この辺の冬は厳しいと何かの本で読んだので、心配になったのである。

「はい。何から何までありがとうございます」

「好きでやったから気にしないで。シーラさん消えてしまいそうな雰囲気あるし」

「そうですよ、シーラ。私たちの勝手です」

 ありがとうございました、と深々と頭を下げるシーラさん。

「パルテの町の宿屋に入ったら、私を読んで下さい。お手伝いします」

「え?もしかしてシーラさん、シンの同類?」

 だとしたら、俺の勘が働くわけだ。

「一応そうですが、あそこまで強くはありません。出来るのは補助だけで。熱中症で倒れるような土地神ですから、力もそれなりです」

「いや、卑下しなくていいよ。必ず呼ぶから!」

 そう言いおいて、馬車はウストの町に向かって進んでいったのだった。


♦♦♦


 10月25日。AM06:00。

「ゴシュジンサマガタ ナニカオオキナモノガアリマス」

 んー?と御者席側のカーテンを開けてみて納得した。

 でっかい看板に「試練の希望者は南西へ。ウストの町あと5日」と彫ってある。

「まあ行くしかないよな、ピンク、南西の道を進んでくれ」

「リョウカイイタシマシタ ゴシュジンサマ」


 11月1日。AM06:00。

 6日かけて、ウストの町までやってきた。街道が貧弱で難儀したためである。

 ウストの町は、これまで以上に瘴気の濃い町だった。

 とはいえ人間の町の事だ、一時慣れるまでに体調は崩しても、その程度である。

 俺たちにとっては居心地のいい街なのだ。


 門兵さんに「試練で来たんだけど、どこに泊まればいいかな?」と聞くと。

「止めといた方がいいと思うぞ?ここをクリアできたのはごく少数だ」

「ならそのごく少数に入りますよ」

「ええ、まあそういうことで、どこに泊まればいいですか?」

「止めたからな、俺は………「海風亭」だ」

「場所は?」

「海辺だ。現地で聞いてみろ」

「了解でーす」


 さて、海と言っても崖の上か浜辺かによる。

 とりあえず崖の上を探したが、そこは飲み屋ばっかりだった。

 

 7時。海辺に行くと、そこには海の上に浮かぶ船に「海風亭」とあった

 なるほど、その手があったか。取り合えず「客なんですけど」と呼びかける。

「うぃーす、入ってくださいっす!」

((チャラ男?))

((チャラ男って何ですか?雷鳴))

((ええと、はい記憶球))

((はい。………なるほど))


「どーしましたか?ロープを上がって、受付前でくつろいでくださいっす!」

「あ、ああ。その前に馬車を止めたいんだけど」

 チャラ男はひょいっと入り口から体をだして、ブフォッ!?と言った。

 アイアンゴーレムであるうちの馬が、浜辺にめりこんだまま、力ずくで前進しているからであろう。これはチャラ男を怒れないな。俺でも吹く。だが水玉は違った。

「笑う所ではありません!はやく馬車を止める場所に案内しなさい!」

 泡を食ったチャラ男(ケラトというらしい)は、固い地面の馬車置き場に案内した。

 水玉も体重にコンプレックスがあるからなあ。ここは黙っていよう


「いやー、アイアンゴーレムの馬と御者とは!サビに気を付けて下さいっす!」

 水玉がひきつる。うちのかわいい子たちは錆びません!と言いたいのだろう。

 けど現実は錆びる可能性があるので言い出さないのだ。俺は苦笑して、

「その時は錆び取りの道具を貸してくれます?」

「いっすよー。てか手伝いますって、久しぶりのお客さん。領地に金貰って宿屋やってますけど、試練の挑戦者なんて何年かに一度ですからねー。食事の準備しとくのは不可能なんで、他の所もそうだったでしょーけど、うちも素泊まりっすわ」


「いいよ、それは。泊まる部屋はどこ?」

「ここっす。船にしては大きいでしょ?」

 確かにかなり大きかった。5人ぐらいのパーティを予想しているからだろう。

 ベッドをどければたる風呂が置けるので、水玉がちょっと機嫌をよくする。

「どうぞ入ってください、お客さん荷物少ないっすねー」

「亜空間収納に入れてるからな」

「ああ………お客さん魔力持ちでしたか、道理で」

「で、何時に宿にいればいいの?」

「じゃあ0時ぐらいにいて下さい調節しますんで」

 ケラトは、へらへらと笑いながら階下に去っていった。


 8時。水玉はさっそく、たる風呂を設置して浸かっていた。

「ああ、彼女を呼んでおかないといけませんねえ」

 俺もたる風呂に浸かりながら返事する。

「ああ、シーラさんか。よし、呼ぶぞ」

「「シーラさーん!」」

「と、これでよし。ところで昼飯はどうする?」

「あっても大衆食堂でしょうね、まあ、それでいいので探しましょう?」

「夜は、崖上の飲み屋で済ませるか」

「私はそれでかまいません」


試練の話はしなかった。前回のでパターンは読めている。

まずは夜0時に船の中か外で、何か起きるのだろう。

それをクリアしたらもう一つの試練へと続くのだ。

とりあえず今は食事の心配をするのが健全というものであった。

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