第56話 試練 パルテの町

 9月14日。AM08:00

 幌馬車はガラゴロとパルテの町の門に進んでいく。

 商人は行き交ってない。そういえば道中でも行きあわなかった。


「こんにちは、商人がいませんね。この町は自給自足で成り立ってるんですか?」

 声をかけた衛兵は不愛想だが応じてくれた。

「ここだけじゃなくて、ウストもバルトルもそうだよ」

 俺たちが先に進む試練を受けたいと言うと、変人を見る目で見て来た。

「じゃあ、宿は「月下のサボテン亭」に行ってくれ」

「はーい、ありがとうございまーす」

 場所を教えられた俺たちは、素直に言われた場所に向かう。


 この町もアザンの町と同じく―――いやそれ以上に―――瘴気が濃い。

 大変に居心地がいい。

 取り合えず宿に目的を報告したうえで泊まったが「ごゆっくり」としか言われなかった。かえって不気味なんだが。

 とりあえず、広い部屋を、と要求すると割増しですけどいいですか?と言われた。

 スイートのようなものなのだろう、構わないからその部屋を、と返した。

 せめて、たる風呂が置けないと、水玉が不機嫌になって困るのだ。


 部屋に入ったら、まずはたる風呂の設置と入浴だ。

 俺も入れ、と水玉がもう一つたる風呂を作る。

 なのでたる風呂の中で、巨大フルーツのブロックを食べて、まったりすることに。

「水玉、宿の主、何も言わなかったな」

「ええ、何か起こるまで好きにしていていいという事なんでしょうね」

「気付いてると思うけど、この宿かなり瘴気が濃いだろ?」

「それだけ強力な悪魔が巣くっているという事でしょうね」

「この瘴気………ベールゼブブ領の腐魔か食魔だな。両方かも」

「雷鳴、考えても何が起こるかは分かりませんよ」

「そうだな、それより、やっておかないといけない事がある」

「?何です?」

「シンを呼ぶんだよ、シンー!呼んだかからなー!」

「ああ、なるほど、でもすぐに何かあるわけじゃなさそうですね」

 俺たちは、とりあえず昼ご飯に意識を向けることにした。

 宿は素泊まりだから、夜の分もだな。


♦♦♦


 夜遅くまで飲んでいた水玉を連れてようやく宿にご帰還だ。

「自給自足の生活という割には、結構いい店がありましたね」

「地元のめし屋さん、って感じだったな。パルテの町はあまり大きくないみたいだ」

 そんな事を言いながら、宿に足を踏み入れる俺たち。部屋は2階だ。

 俺たちが部屋に入ると、窓の外からガラガラガラガラという音が聞こえてきた。

 窓をすり抜けて入って来る、濃密な瘴気。

 俺たちは窓に駆け寄って外を見る。ありていに言ってちょっとビックリした。


 窓の下の道の上に人一人分に分厚く人二人分の高さのあるタイヤホイールがある。

 そういうものの側面に、これまた巨大な男女一人づつの顔がついているのだ。

 ホイールはクロムメッキでピカピカ。ごつい奴だ。

 側面の顔は両面ともすごい形相をして正面を睨みつけている。

 瘴気が塊となって、周囲を舞い飛んでいる。

 確実に悪魔、それも上級だろう。


 それだけなら、俺たちがその悪魔を始末するのにためらいはなかったのだが。

 問題はホイールの悪魔が強い呪いの気を発している事だった。

 多分、どっちかの面が戦闘能力、もう一つが呪いを発する2人一組の悪魔なのだ。

 呪いの面を何とかしないと、俺は呪い無効のコートを着ているが水玉が………と思っていると、ノックもせずにガチャリと部屋の扉が開いて誰かが入ってきた。


「誰だ………ってシンじゃないか。ここに泊まってたのか?」

「違う!俺様はシン、つまりシンだ!この辺一帯を治める神なのだ!お前たちは俺に親切にした。だから加護を受け取る資格がある!」

「ほお、具体的に言うと何ですか?」

「今一番困っているのは何だ?」

「呪いですよね、雷鳴?あれがあると危なくて私が参戦できません」

「その通りだな」

「ならそれを俺様が消してやる」

「素直にありがたいですね」

「良し!………では消したぞ!」


 確かに呪いの波動は消えていた。ホイールの動揺する気配が伝わって来る。

 地面に俺たちが降り立つとホイールは猛スピードで突進してきた。

 真正面から斬るには、少々相手の図体が大きいか。

「水玉は女の、俺は男の面を担当しよう」

 それぞれ炎を吐く面を担当したのだが、戦う前に音を上げられた。

「待って下さい公爵様!戦魔領の上級役人のイレーズですって」

 え、何?知り合いなのコイツ?

 向こう側でも水玉が同じことを言われているな。


 巨大ホイールは、人型をとった。

 女性でも男性でもない、いわゆる中性という性別で、魔界では珍しくない。

 その顔は、確かに魔帝城で顔を合わせた事のある、役人のイレーズだった。

 蛇足だが付け加えておくと男女どっちにも見えるが、かなりの美形だ。

「えっと………試練は終わり?」

「いえ、私は戦魔ですよ?………と言いたいですが強がりは止めておきます。試練の免除の代わり、帰ったらぜひ手加減ありでお手合わせを願います!」

「それくらいなら、喜んで」「私も構いませんよ」

「ふふふ、お二人にコネができたなら、今日出て来たかいがありました。ところで、私の呪いの能力を止めるのはもうやめて頂けません?」

「あ、そうだった。シン、もういいぞ!」

 シンの顔が窓からのぞく

「もうか?ならもう一つの試練でも加護を授けてやる」

 そう言ってシンはふっと消え失せた。


「あのひと、土地神のシン様じゃあないですか。どこで仲良くなったんです?」

 俺たちはイレーズにここまで来た道のりを説明する。

「わがままで大酒飲みで有名なんですけど、さすが懐が深いですね!」

「ヨイショはいいから」

「本音なんですけど………詳細を話すなら部屋に上げてくれませんか。ここ道のど真ん中なんですよね。気付いてました?」

「そりゃ気付いてるよ!イレーズがホイールの姿で進んできたからだろ!」

「だって私の本性大きいんですもん」

「訳の分からない掛け合いしてないで、とっとと部屋に帰りますよ、人が出てきたらどうするんですか、恥ずかしい」

「大丈夫です、水玉様。ここの連中チキンなんでそんなことしません」

「あなたの召喚主は?」

「この町の領主です。領主館で私の帰りを待ってると思います。召喚されましたが弱いので、食おうかと思ったのですが、強くなりたい欲が凄かったので、気に入って弟子にしました。今日はお願いを聞いてあげた形ですね。家畜とかを捧げさせて」

 召喚主との関係を聞きながら宿に入る俺たち。


 宿に入り、亜空間収納からテーブルセットを出し、別卓でお茶を淹れる。

 ちょっと高級な紅茶だ。アフザルにいた時皇帝オズワルドから大量に貰ったのだ。

 それにフルーツを添えて出したら、イレーズに感激された。

「公爵様、女子力ありますね!」

「じょしりょく、とは何ですか、イレーズ?」

「それはですね………」

 などとガールズ?トークに花を咲かせる女子?たち。

 どうもイレーズの本体としての意思は女性よりなようだな。

 褒めらているらしいので、一礼して席に着く。

 話が本筋に戻ってくるまでには30分かかった。


「あっ………で、試練の話でしたっけ?」

「最初からそうだよ?」

「いやあ、水玉様とこんなに話が弾むとは思っていませんでした」

「お前、今度から登城してくる身分を与えます。友人を名乗りなさい」

 水玉の手が光ると、イレーズの手も光る。水玉の紋章が浮かんでいる。

 これでイレーズは魔帝城に登城する事が可能になった。

「感激です!これで優秀な伴侶を探しに行ける………!」

 そういう理由かい。

「ゴホン!本筋!」

「あっ、しまった。ええとですね、もう一つの試練は召喚術で呼び出されたヒュドラを2体相手どれ………つまり倒せ!というやつです。単純明快でしょう?」

「待てい。ヒュドラの首は何本?」

「9本ですが」

「今の俺たちでも厳しいぞ、それ2体は」


「安心しろ!俺様が1体引き受けてやる!」

 いつの間にか部屋の入口に立っていたシンの台詞である。

 俺はシンの分も茶とフルーツを用意しながら

「おお、そりゃ助かる。情けは人の為ならず、だな」

 シンはどかどかとテーブルに着く。

「で、戦いの舞台はどこ?」

「海中です」

「サラっと爆弾発言ありがとう。海中行動できない奴はどうするんだよ」

「失格ですよ。やり直してこいというやつですね」

「ちなみにイレーズは海中行動できるのか?」

「できますけど、動きにくいので本性では、ちょっと。今の姿で戦います」

「水中は………私は沈みますので、水中で『フライト』ですね」

 そうか、いくら柔らかくても水玉は「水晶」だった。体の中に空気もない。

「まあ水中でも『フライト』は使えるんだ、大丈夫だろう」

 そう結論付けた後も、夜中のお茶会は盛り上がった。

 ちなみに人外ばっかりなので、寝不足は俺だけだ。


♦♦♦


 9月14日。AM11:00

 コンコン。宿の部屋のドアが音を立てる。

 ちなみに、客はどこへともなく帰った後で、俺は睡眠不足を取り戻している最中。

 水玉はベッドで本を読んでいたようだな。

 水玉がノックに反応しないので、けだるいが俺が動く。

「はーい」

 鍵を外して扉を開けると、兵士の服装をした男が2人。

「これから第2の試練の場所に行く、装備を整えてこい」

「わかりました」

 ドアを閉めて二人とも、水着にローブと剣、槍を背負った格好になる。

 もちろんローブは海に入る前に脱ぐ。

 ドアを開けたら兵士たちは困惑顔になった。

 もう舞台を知っているとは思うまい。

「これでいいです、行きましょうか」

「あ、ああ」


 ついた場所は断崖絶壁だ。飛び降りただけで人が死ぬやつだ、これ。

 眼下の大渦にヒュドラが潜んでいるのだろう。

「あの大渦に入れば、試練の敵がいる。どうする?やめるか?」

「いえ、行きますよ?な、水玉」

「これくらいで怖気づくとは思わない欲しいですね『フライト×2』」

 俺たちはローブを取り払い、水着になった。武器はそのままだ。

 『特殊能力:結界』と『特殊能力:オーラソード』をかけつつ大渦へ。


 水中に没したら、各種強化呪文(教え)もかけつつ、ヒュドラの姿を探す。

 さいわい、渦の中は視界が遮られるほどには強く渦巻いていなかった。

 だが、フライトの制御が狂う程度には厄介だ。

 いつの間にか、傍らにはシミター(湾曲した剣。円月刀とも)を携えたシンがいる。

 いた、ヒュドラが2体。青色と赤色がいる。

((赤い方を貰うぞ!))

 シンから念話が届き、シンは赤い方のヒュドラに向かっていく。

 

((水玉、首を切り落とすから、再生しないよう傷口を焼いてくれ!))

((わかりました、この環境でどこまで火魔法が出るか不安ですが………))

((でも必須だからな。最悪の場合断面に触れて焼いてくれ!))

((了解です!任せて下さい!))


 さて、首を切り落とすと言っても、海流のせいで少々大変だ。

 刀身が波に持って行かれてしまうのである。

 そのせいで、何度もヒュドラに噛まれた。結界を貫通してきた(!)ので結構痛い。

 だが最終的には1本目の首を落とした。

 水玉が断面に直接手をついて『ファイアボール』を叩き込んでいる。

 苦痛に身もだえするヒュドラ。その隙にもう1本もらった!

((そっち、うまくいったか!?こっちも頼む!))

((私の手まで若干焦げますがね………大丈夫です!))

 うまく海流に乗り、ヒュドラの攻撃を減らす事に成功した俺。

 とはいえ、結界の内部は自分の血でべったりだ。

 だが水玉に気を向けさせてはいけない、俺の方で引き付けなければ!


 俺はヴァンパイアに戻りつつ、結界内を『キュア』できれいにする。

 腕を切り裂かれつつ、俺は、3本目と4本目の首を落とす事に成功した。

 即座に断面に取りつく水玉。

 見た目からは分からないが、水玉も結構攻撃を受けているようだ。

 早く終わらせなくては―――と焦った結果だろう、ヒュドラの首の先端だけ切り落としてしまった。即座に再生されてしまう。

 胴体を噛まれて痛いのを我慢しつつ、攻撃してきたヒュドラの首を落とした。

 返す刃で、さっき先端だけ切った首ももっと深く切る。5本目と6本目だな。


((ちょっと雷鳴!血まみれですよ、大丈夫ですか!?))

((もう再生が始まっているし、血は血の麦で補給するから大丈夫だよ))

((それならいいんですけど………ヴァンパイアの戦闘って心臓に悪いです))

((大丈夫、あと3本しかないんだし))


 しかし、3本は絡まり合いながら、まとめて俺の方に来た。

 ちょっと厄介だ。2本なら何とかさばけるのだが。

 大丈夫だと言った端から大けがをしてしまった、胸が牙でいくつも切り裂かれ、肋骨越しに心臓があるはずの場所が見える。

 俺の心臓は元の世界に置いてきたままなので大丈夫だが。

 ぶっちゃけこっちの世界で死んでも、俺は心臓を起点に蘇ることができる。

 水玉がいるからやらないし、内緒だけどな。

 ともあれ、突っ込んできたヒュドラにも深手を与えた。このまま攻める!


 俺は、オーラソードの切れ味に任せて、3本の首を同時に刈り取る事に成功した。

 水玉に頼むと合図を送る。

 自分でも接触してのファイアーボールをやりたい所なのだが。

 それをすると俺は大火傷する。

 ヴァンパイアの火傷は自然治癒でしか治らないので厄介なのだ。

 多分、俺がやったら両手が丸コゲになる、だからできない。

 頼むぞ水玉!


 水玉が最後の首の断面を焼き終わったので、俺も疑似人間モードに戻る。

((手伝えなくてすまないな、水玉))

((いいんですよ、これぐらい。しかし、ヒュドラが結界を破壊できるだけの攻撃力を持っていたのは驚きでしたね。こっちの生物ではドラゴンだけかと))

((まあ、ドラゴンの亜種みたいなもんだからな。ところで、シンはどうした?))


 隣の戦場を見てみると、ヒュドラはみじん切りになって海流の中を巡っていた。

((ここまで、しぶといのも逆に哀れだな))

 海流に流されず、呼吸もしてないシンが、俺たちに向かってそう言う。

((俺はスゲーって言葉で一杯だよシン。協力してくれてありがとう))

((恩義に報いたまで。最後の町、ウストでは頑張れよ))

((ああ、もちろんだ))

 俺たちはがっちりと握手をした。シンは空間に溶けるように消えていった。

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