第54話 玄関口・アザンの町
8月25日。PM14:00。
ウーナさんと別れパメロの町を後にして。
俺たちは幌馬車に乗ってアザンの町目指し、ガラゴロと進んでいく。
暑いので幌の中に引っ込んで、ピンクの操縦に任せていたのだが。
「ゴシュジンサマガタ、ゼンポウニショウガイブツアリ、ドウシマスカ?」
そうピンクが聞いてきたので、前方のカーテンを開き、熱気と眩しさに顔をしかめつつ前方のカーテンを開いて「障害物」の正体を見極める。
それは、滅茶苦茶に壊された馬車と荷車だった。
馬車からは逃げようとして殺されたのだろう、馬車の主らしい男の姿がある。
暑いのは嫌だったが、一応死因を確かめる。
うん、こりゃ巨大な怪物に襲われたんだな………サイズ的には亜竜とか。
っておいおい、町まであと1日しかない距離で、亜竜が出るって何だよ?
ウーナさんも試練があるとか言ってたが、この先の町人間みんな亜竜が倒せたりしないだろうな。イヤすぎるぞそんな町………
そんな考えを吹き飛ばすように烈風が吹き付けてくる。
あれは………エアロドラゴン。亜竜だ。まだこの場にいたらしい。
だが戦いになるはずもなく。
俺の『オーラソード』で首を刎ねて終わり、である。街道の障害物にならないように、街道脇の木立の方に蹴飛ばしておく。
水玉は、馬車の残骸を同じく木立の方へ避けた。
弔い?俺たちは悪魔である。
同族同士でも滅多にやらないのに人間にやるはずがない。
気持ちとして、その場に酒を置いていくぐらいだ。これでも甘いのだが。
結局、アザンの町に着くまでに、さっきのを入れて4回襲撃があった。
2回目の襲撃では俺たちが寝ていたので幌馬車の幌が壊れた。
これで怒ったのは水玉である。亜竜を始末するや否や、幌馬車を自分の体でコーティングしたしたのだ。
ショッキングピンクの馬車が、輝くショッキングピンクの馬車にレベルアップ!
「更に目立つようにしてどうするんだ、水玉!?」
「愛着の出てきたこの馬車を壊されるのは嫌なんです!」
「はぁ、街に入る度に何か言われるだろうな、これは」
4回目―――最後の襲撃では珍事が起きた。
深夜(だろう、多分)亜竜が食いついたまま、馬車は普通に走り続けていたのである。水玉、馬とピンクにもコーティングしてたからなぁ。
確かに亜竜ごときでは何ともならなかっただろうが………
寝起きのインパクトとしては大きかった。
なんか馬車がもたついてるなと思ったら屋根を齧っている竜がいるのである。
思わず叫んだ「何だお前!」と。
レッドドラゴンはブレスで答えた。俺は幌馬車に引っ込んだ。
ブレスは来ない、遮断されたようである。
寝起きの頭で考えた結果、やっつければいいんじゃね?と短絡的に思う。
『オーラソード』を纏った青龍刀は、苦もなくレッドドラゴンの首を刎ねたが、その後がいけなかった。寝ぼけていた俺は、勢いあまって馬車も切ったのだ。
レッドドラゴンの死骸は転がり落ちたが、半分になった荷台から「雷鳴!」という怒りの声がする。これはマズイ。
「すまん、すぐ直す『生活魔法:リペア 強度・範囲×10』」
馬車はなんとか元通りになった。
「びっくりするでしょう!何の騒ぎだったんですか!?」
寝ぼけて対処した事をわびつつ、先程の事態の説明をする。
「はあ………?そのレッドドラゴンは何がしたかったんでしょうね?」
「多分貝をこじ開けるような感覚で取りついてたんじゃないか?」
「中身が私と貴方ですか。いずれにせよ、迷惑極まりないですね」
「さっきリペアした時に分かったんだけど、結構削ってたから夜通し………」
「暇な竜、じゃなくて亜竜ですね」
「ちょっと悲哀を誘うな………」
♦♦♦
8月26。AM10:00
亜竜の襲撃をぺぺぺのぺっと退けて、俺たちはアザンの町にやって来た。
煉瓦と石材で造られた町だ。両方近くに産出地があるのだろう。
何だかふとした時にうっすらと瘴気の香る街で、居心地はいいのだが。
門兵のお兄さんに、水玉から情報収集をしてもらった。女子の方がいいだろう。
結果―――
悪魔の気配はもちろん悪魔召喚をする者がいるからだ。
よくいままでそれで、大惨事が起きていないな………と思ったらここの町にいるのは少数の例外を除いて、小悪魔を呼べる程度の能力しかないものだそうだ。
あの繭型の石像は、大きさに応じて呼べる悪魔の位が上がる。理屈は不明だ。
だが、最低限5つ全部の石に『特殊能力:力を込める』ができないと、石像を製造してもらえないのだそうだ。そりゃそうだ。
この先に行く試練の事を聞くと、とても驚かれた。
ジャミル教徒なら、力を示すだけでいいのだが(詳細は不明)、一般人だと厳しい試練を課されるらしい。衛兵に水玉が私とこの人で希望しますと言ったら、
「駄目だよ、そこの御者のお嬢ちゃんも参加しないと。規則だからね」
と言われた。一瞬何のことかわからなかったが、水玉は真顔で
「あの娘はゴーレムですよ、自我はありませんし、御者以外のことはできません」
と衛兵に説明した。衛兵は嘘だと思ったらしい、身体検査をすると言ってきた。
本当の女の子ならセクハラなのだが、アイアンゴーレムなので問題ない。
………かと思いきや、水玉はクレームをつけた。
「人形とはいえセクハラです!女性の衛視を寄越しなさい!」
「なんだとう!このわたしのどこがいけないというんだ!?」
「男だからに決まってるでしょう!」
不毛な言い合いは女性衛視が騒ぎを聞きつけ、同僚の頭をドついた事で終わった。
「ね、ゴーレムでしょう?」
「確かにゴーレムです、全身カチカチ。こちらの呼びかけに一切反応なし、瞳孔は動かない。呼吸も脈も鼓動もなし。立派なゴーレムですね」
「そんなぁ!こんなに可愛いのに詐欺だ!」
とか言い出した同僚の脳天を、女性衛視は無言でドついた。
女性衛兵は簡単な宿までの地図を描いて、
「同僚が困らせたようですみません。えーと、町長の使いがそちらまで行くと思いますので、こちらの宿に滞在するようにお願いします。1日はかかると思います」
と言って、俺たちを通してくれた。
「ピンクを戦力に数えられた時は、呆れて声が出なかったぞ」
「何を言うのです、2人で手をかけた娘ではないですか、間違えられて当然です」
「そうだなあ………あれ触った衛兵が男なら完全に危ない人に見えるなぁ」
「それでハァハァ言い出したら終わりでしょうね」
「世の中にはどうしようもない奴も多いからなあ………」
12時。馬鹿な会話を続けながら、市街地を進む。
「あっ、あれじゃないでしょうか?」
水玉が指さしたのは、決してボロくはないが瘴気の強い、淀んだ建物だった。
「おお………なんか
俺たちだとどれだけ不吉な建物でもこうなる。
店主は愛想のいい人で、広い、いい部屋に案内してくれた。
たる風呂ぐらいなら出せそうだったので、水玉が喜ぶ。
ちなみにこの宿、冷房が要らないくらい涼しい。
あの主人も悪魔召喚主で、呼んだ悪魔がこの冷気を発散しているのだろうか?
まあ、詮索できる身分でもない。
俺たちは早速たる風呂を2つ設置し、まだまだある巨大果物のカットフルーツで昼食を済ませるのだった。宿は食事はやってないらしいから後で探検だな。
風呂を上がって、6時。そろそろ探検に行く頃合いだ。
俺たちは、暑い夕日をうっとおしく思いつつ外に出た。
「何食べに行く?」
「あなたの『勘』にお任せで」
「俺の『勘』?そうだなあ、じゃあ『勘』のままに歩くからついてこい」
「はい、ついていきます」
結果、たどり着いたのは―――
「「亜竜肉」・「ワイバーン肉」専門店。豪快焼肉!ドラゴンバスター」
という店だった。俺は自分の『勘』にツッコミを入れつつも
「ここが美味いらしい」
と、水玉に指し示す。水玉はすごく喜んでいた。
「ワイバーンは美味しかったですし、亜竜も食べてみたいと思っていたのです!早く入りましょう雷鳴!」
「わかったわかった」
肉が亜竜やワイバーンな事を除けば、普通の焼き肉屋さんだ。
店主や店員さんの威勢がやたらいいのも、あるところにはある。
だが物からして、単品で頼むのがハードル高かったので、コース料理で頼む。
タンから始まって、特上ロースを塩とワサビで頂いたり、炙り肉の握りが出て来たり、各種肉(味付け済み)の刺身とか、ガッツリ大きなサーロインが出て来たり。
ちなみに肉の部位はこの店命名だ。もちろん牛肉のパクリである。
亜竜肉のユッケも美味しかった。付け合わせにナムルも出てきたが美味かったな。
本当に美味しいと、美味いという言葉しか出て来なくなるな。
いや、宮廷で鍛えられているので、持ってまわった褒め方はできるのだが。
今は無粋だろう。
「「ごちそうさまでした!!」」
色々追加注文していたのでもう9時だ。
「雷鳴、この店『ボリバリー塩店』に並んで気に入りました」
「俺の『勘』が確かで何より」
「今度も頼ってみましょう」
「いいけどな、別に。グルメマップ扱いするんじゃないよ?」
会話をしつつ、昼間よりはるかに薄暗くなった宿屋に入る。
俺たちが常人なら肝試しの気分が味わえたろう。
だが俺たちはオバケ役の方なので、気にせず部屋に戻った。
静かないい夜だ。
ベッドに腰かけてくつろぐ俺の隣に水玉が来る。
そのまま寄り添って、時間が過ぎ―――なかった。
雑巾を引き裂くような男の絶叫が、扉の前で発されたのである。
即座に扉を開ける水玉。無視しようかと思った俺とは大違いだ。
ふわりと白いものが3F(ここは2F)に飛んでいく。人魂だな。要は魂だ。
水玉は魂を引っ掴んでから「何事です?」と言った。
「残念だけど、聞いてる人がいない。一人は仮死状態、オーナーは泡を吹いてる」
「オーナーさんは演技でしょう?」
「ずばりいうなよ、水玉、ちくちくいこうかとおもったのに。で、演技ですね?」
「あ………そうです。お客さん達全然驚きませんね」
「人間の魂なんて普段から近くにありますからね」
「魔界では、転生待ちの人間の魂が、貨幣に封入されて転生まで待つんですよ。中身の魂が無くなったら役所が新しい魂を入れる。悪魔の俺たちが人魂で驚くわけない」
「ええーっと?一応これは先に進むための試練のひとつなんですがぁー?」
「俺たちは召喚されてきた悪魔じゃないから、試練を受けてるんだ」
「どうすればいいんです?この男の魂を元に戻せばいいんですか?」
「それも試練の一部ですが、元凶を止めて欲しいなぁーと」
「そう言えばさっきから視線を感じるな。よし、水玉、急ぐぞ。魂を抜かれた人たちはこっちで俺が蘇生させる。水玉は元凶の元へ向かえ」
「了解です!」
水玉は魂を俺に押し付けると、足早に階段の方へ向かっていった。
俺は、失神した中年男性―――多分エキストラ―――の口から魂を突っ込んだ。
悪魔なら生得の特殊能力『魂使い』の効果で、魂は男の肉体と融合した。
隣で「な、なんでそれだけで蘇生―――」とかいうオーナーの声がするが無視。
「このあとどこで、この怪現象が起こるか分かります?分かりますよね?」
笑顔で詰め寄ってみる。普通はシラを切りとおすのだろうが、彼はもう俺たちが悪魔だと知っている。コクコクと頷いてガイドを買って出てくれた。
自発的だよ?本当だよ?
とりあえず、物質をすり抜けてどっかに行こうとする魂を、こっちも『物質透過』で対応して集めて回り、片っ端から蘇生して回った。
エキストラは最初のを除いて3名おり、部屋か廊下で倒れていた。
予想はしていたが、魂はこの建物からは出ることができないようだった。
エキストラを殺してしまう訳にはいかないからだ。
悪魔には、そうだな、試練を失敗した者の魂をやればいいのだ。
というわけで、比較的簡単に捕獲できた。
そして誰が誰の魂なのかを見分けるのは天使悪魔のお家芸、苦労しなかった。
ちょうど全部終わった頃、水玉が戻ってきた。
黒猫の首の後ろをつかんでぶら下げている。という事は元凶はあれか。
「ベールゼブブ領の食魔さんで、人間の魂が好物なんだそうです。それでああいう芸を身に着けたとか。好きこそものの上手なれですね」
ニッコリとほほ笑まれた黒猫は「にゃ………」と言うのが限度のようだ。
「とりあえず、試練の一つはこれで合格でいいんですよね?」
オーナーに確認を取ると、
「今回は惨敗です………休めなかったでしょうから、明日はタダでお泊めします」
俺と水玉はニッコリと笑い合い、水玉はオーナーに黒猫を放り投げた。
8月26。AM08:00
部屋でプチ朝風呂とフルーツの食事を楽しんだ俺たちは、オーナーさんの事務室に来ていた。もう一つの試練の情報を得るためである。
「ああ、それでしたら………命名「亜竜の屍を超えてゆけ」だったかと」
耳がおかしくなったのかと思った。
「はい………?」
「無数の亜竜の中を突っ切って、セーフティゾーンの街道までたどり着く試練です」
考えた奴、何考えてるんだ。
「やるしかないんだろうな」
「でしょうね」
「明日の朝、お迎えが来ると思います」
普通に考えたら冥土へのお迎えだろうけど………俺たちならできるだろう。
水玉と二人、頷き合ったのだった。
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