第53話 バルトルへの道のり~パメロ・2

 町を探検の結果、この町パメロには本屋が多い事が分かった。

 理由は、この町から有名な小説家が多数出ているから、らしい。

 俺はその小説を読んだことがないのだが………え、何?水玉はある?

「私は何人か、ありますよ。有名な著者との事だったので買ってみたんです」

「ジャンルは?」

「何故か皆、恋愛小説ですね」

 俺がその小説を読んだことがなかったのは、恋愛小説だったからだった。

 恋愛小説家を量産する町って一体?

 まあいいか………他のジャンルの本も売っていたのでそれを買おう。

 水玉は喜んで恋愛小説を買いに行ったが………


 13時。昼食を食べようという事になった。

 暑いので、そしてこの世界はクーラーが無いので、日陰の店を探したいところだ。

 『縮小国家』まで使って探した結果、いい店が見つかった。

「ああ………ちょっとは涼しいですね」

「本当………「ない」とか出たら宿でクールダウンを使ってまだまだある巨大果物で食事―――とか言おうかと思ったよ」

「涼しい店が見つからなかったらそれもアリでしたね」

「良かったよ。メニューこれかな?」


 メニューを見た結果―――

 俺はナポリタン、水玉がオムライスだ。喫茶店の定番メニューである。

 しっかし………何でこんな細かい事が元の世界に似ているのか………

 答えは既に頭の中にあるのだが、今は考えずにおこう。

 考えると、ちょっと怖いので。

 

 とにかく俺たちは昼食を終えた。

 ウーナさんの『コロコロ亭』にチェックインしてゆっくり過ごすとするか。

 もちろん部屋には『クールダウン』をかけてである。


「そうです、雷鳴。ひざまくらで耳掃除してあげましょう」

 ベッドに深く腰掛けた水玉がカモン!と膝を叩く。

「いや、おれ疑似人間だから。その前はヴァンパイアだし。そういうもの出んよ?」

「私がやってみたいんです!」

「はいはい、わかりましたよ………っと、これでいいか?」

 俺は水玉の膝枕に頭を預ける。

「はい」

 水玉はそろそろと、耳かきを俺の耳に下ろす。こしょこしょ………

「うはっ!」

 我慢できずに体をはねさせると、耳かきは俺の耳の底部に直撃した。

「痛ってぇ!」

「馬鹿ですね、動くからいけないのです!」

 こんな感じで馬鹿な騒動はしばらく繰り広げられた。

 世の男共は、どうやってあのくすぐったさを我慢しているのであろうか?

 やっぱり、動いたら刺さる!という恐怖からだろうか?

 それとも上手な人のはくすぐったくないのだろうか。


 19時。

 あれからも部屋でじゃれていた俺たちは、疲れて同じベッドで横になっていた。

 コンコン「ご飯ですよー!」

「あ、はーい、すぐ出ますー」

 俺は水玉を促して立ち上がる。

「くだらない事で時間を消費してしまいました………」

「大半の時間はお前が買い込んだその「ラブラブv心理学ゲーム」にとられたな」

「だって雷鳴は浮気性だって出るから………」

「これ以上妾を増やす気はないって言ってるだろー!?」

「一応信じてあげますが、増やすなら私も気に入った娘でなければダメですよ」

「わかった、わかったからご飯に行こう、なっ?」

「しょうがありませんね。誤魔化されてあげるとしますか」


 ごはんはこの近隣でとれるものを使った心尽くしの料理だった。

 森からは様々な木の実。川からは魚、山からは別の木の実と肉だ。

 御前などという形式ではない。

 客の前にドン、ドン、と大盛りのお皿が置かれていく。豪快だ。

 どうもこの食堂は、泊っている人だけでなく、外部からの客も来るようで賑わっている。ビュッフェのような感じで、大皿から自分の皿に料理を取るのだ。


 他の客の人たちと雑談しつつ食事する。特にここには飲みに来ているのだというおじさんと話がはずんだ。

「いやぁ~兄ちゃんたち美男美女だねえ。え?婚約者?まだ結婚はしてないのかい」

「ありがとう、結婚は故郷に戻ってからって決めてるんだ。今は旅人だしね」

「おお、そりゃ故郷の父ちゃん母ちゃんに見してやった方がいいわなぁ」

「おじさんはここの生まれなんですか」

「いやー俺の出身地は遠くてなー。もうこのパメロに居ついちまってて帰らねぇよ」

「そうなんですか、私たちは帰りたいですけどね。ね、雷鳴」

「そうだな、近々帰りたいもんだ」


「おぉーそうかいそうかい。………そういえば、パメロと言えば、知ってるかい?」

「なんですか?」

「五人行軍てのを知ってるかい?」

「いえさっぱり」「初めて聞く言葉です」

「昔パメロが戦火にさらされた時に、絶望的な状況で無理やり放り込まれた兵隊の部隊があったんだ。奴らは敵だらけの中を行軍した………100人近い兵士の中、残ったのは5人だけ。その5人は今も敵を探してさ迷ってるんだ」

「怪談ですか?」「聞いたことがない話だな」

「怪談は怪談でも実在する怪談って奴だ」


「え?実害が出ているのですか?」

「やつらは成仏したがっててな、自分たちに近付いた人間を取りこんじまうのさ」

「それだと成仏どころかどんどん増えていきません?」

「いや、1人取り込むごとに1人成仏するから数は5人のままなんだ」

「タチ悪いなそれは」

「実害も出ててな、ここのウーナさんの妹さんも………」

「えぇ?本当にタチ悪いですねそれは………」

「0時をまわったら外に出るんじゃねえぞ、遭遇したら助からねえからな」

「「出ない事にします」」


 食事が終わった後、俺と水玉は部屋に引き上げて早めに休んだ。

 今日は一緒のベッドだ、理由は『勘』である。


 8月6日。AM02:00。

 夜中に喉の渇きで俺は目が覚めた。食堂に常備してあったお茶が飲みたい………

 そう思ってベッドから下りようとすると水玉が目を覚ます。

「悪い、起こしたか?」

「起きちゃいましたね。雷鳴はどうしたんです?」

「喉乾いたから、常備されてたお茶を貰いに行こうと思って」

「あ、それ私も行きます」


 食事処兼受付に行くと、そこはしんと静まり返っていた。

 夜半になってから降って来た雨が、何故か開けっ放しの木戸から入って来る。

 不審に思って外を覗くと、そこには―――


 兵士の恰好をした5人の亡霊―――ここまで存在感が濃いともはやモンスタ―――が、腕をのばしてウーナさんを取り込もうとしている光景が。

 俺は咄嗟に『特殊能力:オーラソード』を素手に纏いつかせ、切りつける。

 ウーナさんは手から解放されて尻もちをつく。

 が、すぐに「五人行軍」を睨みつけ言った

「妹を返して!シーナ!お姉ちゃんなのよ!」

 そう一際背丈の低い「五人行軍」に縋りつこうとするウーナさん。


「危ない!」

 「妹だったもの」を掴んで揺さぶるウーナさんを助けようとした俺たち。

 だが、俺たちは、無数の手に邪魔されて、間に合わなかった。

 ウーナさんの最期の意思だろうか?

 輝いて天に上った魂は、ウーナさんの面影のある少女の姿だった。


 そこでこいつに関わるのは止めるべきだったのだが、俺たちは既にロックオンされていた。無数の手が迫って来るのを全部切って捨てる。

 しかし、まったく数を減らさずに迫ってくる手。

 このままでは押し切られる。

「水玉!『特殊能力:結界』を張り、本体へ直接攻撃!手は痛打にならない!」

「了解です!」

 俺たちは「五人行軍」の真っ只中に切り込んだ。


 先頭の「五人行軍」をとらえたオーラソードは、そいつを一刀両断してのけた。

 だが泣き別れになった半身と半身は、ゆっくりくっ付いていく。

 水玉は2番目の「五人行軍」の首を飛ばした。

 が、首はふわりと浮いて胴体に戻った。

 それなら、と「上級:火属性魔法:呑み込む火柱」を使ってみる。

「GYAAAAAAA!」

 「五人行軍」の1体が灰になった。魂は輝いて天に上る。

「なるほど、魔法の方がいいのですね、それなら!」


 続けて水玉が火属性魔法も放つも「五人行軍」には通じなかった。

「『教え:観測:弱点看破』!」

 この術の特徴は、弱点の位置ではなく何が弱点かを知らせるというものだ。

「水玉!そいつの弱点は風属性だ!あいつは水、土、無属性、全員違うんだ!」

「うわ、めんどくさいですね、それ」

 とはいえ、タネが割れてしまえば対処はできるというもので。

 ウーナさんだった一体を残して、「五人行軍」は全滅した。

 全ての魂は天に昇って行った。


 なったばっかりのウーナさんなら戻らないかと思って残したのだが………

 魂は全て灰色になり切らずに、輝いている部分が残っているのだ。

「水玉、全身は無理そうだから、心臓を取り出してみよう。それが汚れてなければ『器の創造』で、作った器(体)に心臓を移そう。そしたら蘇る」

「わかりました!やってみましょう!」

 はたして、心臓は汚れていなかった。

 それを見ると、用済みとなった穢れた器をみじん切りにしてしまう。

 「五人行軍」は、これで終わりだ。

 もう人々が目にすることもなくなるだろう。


 4時。「五人行軍」が滅んだのを確かめた俺たちは、心臓を持って自室へ。

 「女性だから」という理由と「造形は水玉が得意」ということもあって、ウーナさんの器は水玉が作る。俺は心臓を活性化させたままにすることに注力する。


 ウーナさんの器ができた。細部で違うかもしれないが勘弁してもらおう。

 胸を裂いて、偽の心臓を取り出し、本物の心臓を入れ、回復魔法をかける。

 ………よし、鼓動し始めたな。

 水玉が不寝番するというので、おれは有難く寝かせて貰った。


♦♦♦


 6時。短い睡眠から目覚める。

「ウーナさん、まだ目が覚めないか?」

「心臓だけで、この器を物にするには時間がかかるでしょう」

「しょうがないな、食事に来た宿泊客には、女将が病気だと説明してくる」

「ええ、私はウーナさんを見ています」


 7~8時。

 俺は客―――といっても5~6人―――に夜中に倒れていた女将を部屋に運んだが、まだ目が覚めない事を説明する。

 疑う人には、まだ寝ているが見舞いに来るかと聞いたら、来ると言うので部屋を教えた。そっちは水玉が対応してくれるだろう。口裏は合わせているのだ。

 それだけで、客への対応は終わりだ。

 朝食を食べに来た近所の人も、この説明で帰ってもらう。


 9時。部屋に帰る。

 水玉はウーナさんの対面のベッドに腰かけて本を読んでいる。

「うぅ………シーナ………」

 ウーナさんがそう呻いて目を開けた、顔を覗き込む俺たち。

「えっ………?あなたたち?五人行軍は?シーナは?」

「シーナさんはあなたが身代わりになったので成仏しましたよ」

「えっ?」


 混乱するウーナさんに、今に至るまでの経緯を話して聞かせる俺たち。

 理解するにつれて、ウーナさんの目に涙が浮かんでくる。

「あの子も、心臓を取り出せば蘇ってたのかしら?」

「無理ですね。ウーナさんの心臓もギリギリだったと思います」

「そう………なら、成仏してくれて良かったと思うしかないわね………」

 俺たちは顔を見合わせた。かける言葉がないのだ。

 

 ウーナさんはしばらく泣いていた。

 が、ゴシゴシと目を拭い、頬を両手でパンっと叩く。

「あの子が成仏したのに、私がいつまでも泣いてるわけにはいかないね!」

 そう言っていまは何時か聞いてきたので9時だと答えると。

「あ………朝食が!」

「ウーナさん、それなら倒れているって説明してあります」

「えぇ!?何から何までゴメンね」

「いいんですよ」


 そう言って俺たちはウーナさんの動きにおかしなところがないかなどをチェック。

 どうも完全に元通りだと思えたところで解放した。

 何より魂が元に戻っている。これなら大丈夫だろう。

「あなたたちはこれからアザンの町からバルトルへ?」

「ええ、そうですけど」

「気をつけてね、アザンの町の試練はきついって噂よ」

「試練?」

「聞いた事ないかしら?バルトルに行くには3つの試練があるのよ」

「聞いた事ないです。どんなのですか?」

「それぞれアザンの町、パルテの町、ウストの町で、強敵を倒す試練とその他にもうひとつあるって聞いてるけど、それ以上は知らないわ」

「また面倒な………」

「一度クリアすれば終わりだし、商人には適用されないんだけどね」

「分かりました、心して向かいます」


 近所の皆に無事を知らせて、臨時で昼ご飯を出すというウーナさんを見送る。

「バルトルの事―――魔王のことを知ってる奴が少ないのも納得だな」

「バルトルに行くまでにそんなややこしい手順があるとは………」

「まあ、ぶつぶつ言っても仕方ない、昼食はここで頂いて、午後には町を出よう」

「そうですね。お昼御飯は何でしょうか?」


 お昼ご飯は、とろろご飯と唐揚げでした。

 大きな鉢に入れたとろろを、好きに自分の椀に取っていく形式だ。

 醤油とだしの比率が絶妙で、とても美味しい。

 うん、助けて良かったなあ………


 俺は晴れやかな気分で食事を口に運んだのだった。

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