第52話 バルトルへの道のり~パメロ

 6月21日。AM06:00。

 すっかりお世話になったゴムレスの館を引き払う準備を進めている。

 すると、ゴムレスからダンの結婚式までいいてくれないか?来月なのだが。

 という申し出を受けた。ダンアレの結婚式なんて御免なのだが………

 何かあるのか?と聞いたところ、仲の悪かった同業者との手打ちの意味で結婚なのだそうだ。今後は両家を融合させて、ひとつになってやって行く事になったとか。

 ダンには今後、この2つの家をまとめられる子供が期待されているそうだ。

 確かに、そんな大事な場なら何かあったら大変だろう。

 ゴムレスには長い事世話になったので仕方ないな。

 水玉と一緒に了承する。

 ちなみに水玉は、風呂のある生活が長引くのは歓迎だそうだ。


 闘技場へも近々旅に出ることを断っておかなければならないな。

 闘技場の上層部は、見栄えのいい出し物がなくなるので落胆していた。

 だが、いいものをくれた。レルルート闘技場のチャンピオンの証の腕輪である。

 10回以上優勝した者にだけ渡される物で、身分書代わりに丁度良さそうだ。


 それからは特にする事もなく。

 俺たちは闘技場の観客側になってみたり、長旅に備えて備えて本を買ってみたり。

 そう、長旅なのだ。

 魔都バルトルのあるイベリルト地方にはテレポート禁止の術がかかっているのだ。

 地図もその辺りは大雑把だったし、最初から普通に旅するつもりではあった。

 なんにせよ、道中は退屈したくないものだ。

 それより先に、ダンの結婚式があるが。


 7月19日。AM11:00。

 結婚式の前日。親族の顔合わせの日である。

 ダンはこの期に及んで「ううっ、結婚したくねえよう」とか言っているが。

 場所はゴムレス邸。俺たちは護衛として参加だ。

 ゴムレスは親とはもう死別したとの事で、メイさんとダンだけを伴っていく。

 向こうは両親と花嫁とその兄2人、護衛が3人である。

 長いテーブルの前で向かい合って、お辞儀する。

 花嫁さんは可愛かった。

 ダンのやつ、ちゃんと幸せにできるんだろうな?

 花嫁さんを見た時にやけていたので、嫌だとは言わない気がするが………

 そんな事を考えつつお辞儀を終えて、相手の顔を見………る?


 全員のっぺらぼうだった。


「うわああああ!!」

 ダンが花嫁を指さして絶叫する。

 花嫁は訳が分からないというようにキョトンと(多分)している。

「かっ顔、皆さん顔が!」「目鼻がついておらんぞ!」

 これはダンのような醜態を晒さなかったメイさんとゴムレスだ。

 客は自分たちの顔を触ってみて、騒ぎだしたり、気絶したり、へたり込んだり。


 その後は、ひとしきりパニックだった。

 何とか正気を取り戻した向こうの父親が、これが治るまでゴムレス邸に匿ってくれと言ってきた(どうやって喋ってるんだろう)ので、ゴムレスは了承。

「これから親族になる連中が顔なしなどと、世間に知れてたまるか」

「ゴムレスさん、これメイさんを「抜け首」にした悪魔と同じ匂いがします」

「今回は私も一緒に探しに行ってきます」

「頼む、祝言までに何とかしてくれ」

「あ、先に「治癒の人形」を試しておいてください」


 そう言い置いて、瘴気の痕跡を辿る。妖気と瘴気の混合なのでわかりやすい。

 そして俺たちがスラム街の一定の区域に辿り着いた時。

 ぶわっと瘴気が膨れ上がって、おさまった。迷わずそこを目指す。

 そこは小さなあばら家だった。

 扉を開けて中に踏み込む。

 ぴちゃ………ぴちゃ、ずるるるぅ。

 濡れた物がたてる音。

 そこには、召喚主だろうと思われる男の、はらわたを喰らう半妖半魔の女がいた。


「あ………お早いお着きで」

 そう言って死体を「亜空間収納」に大事そうにしまい、顔を上げる半妖半魔の女。

「………そいつが今回の事をやれって言ったのか?」

「ええ、前回の誓いすれすれだから、止めて欲しいと言ったんですけど―――」

「いまさら食うわけは何だ?」


「今回の事、やるにはやりましたけど、前と一緒だから。

 強い魔道具があれば治されちゃいますよって言ったんです。

 そしたらね、やくたたず、がつんって。

 大きな石で私を殴って。

 身を守るための誓いも何もしてないですのにね。

 私が言う事聞くのは儀式魔法の本当にゆるーい強制力と。

 それからそれから、この人が私に優しくしてくれるからだったのに。

 この人は私が出す『クリエイトフード』がなければ飢えて死んでいたのにねぇ。

 召喚で誓わされてない悪魔が、人間を「害する」のは、ね。

 人間が悪魔を攻撃した時、だなんて知らなかったでしょうねえ。

 どうせ今回の事で処分されるでしょうし。

 それは私の力じゃ止められないだろうし。

 だから、ちょっとでも彼に情を移した私がその体を全部もらってあげたい。

 そう思ったんですよ」


「歪んだ愛だな。だが悪魔らしい」「そうですね、理解できなくもありません」

「愛だなんて………嫌ですよぉ。照れくさいじゃありませんか」

「悪魔にしてみれば立派な愛だと思いますよ。彼は幸せですね」

「で、今度こそ「ゴムレスにかかわること一切に手を出すな」と言いたいわけだが?理由は亡くなったようだが一応な」

「え?今誓わないと私、絶対にこの人を追い込んだゴムレスさんに報復しますが」

「………それも愛か?まあいい、ゴムレスにかかわること一切に手を出すな」

「はいはい、分かりました。誓います。ではもう魔界に帰りますね………ゆっくりと彼の体を味わいつくしたいので………うふふ」


 半妖半魔の悪魔は帰還陣に消えていった。

「海魔(嫉妬の悪魔)ハーフだったのかもな、あいつ。海魔の執着心は凄いから」

「ありえますね。でも、私が彼女の立場だったら、同じことをしたかもですよ?」

「水玉が恋人おれへの執着心が凄いのは分かってるよ。気を付けるとしよう」

「普段から気をつけているものとばかり」

「つけてるよ。闘技場でファンの女の子に冷たくするのは可哀そうだったんだよ?ファンレターも受け取らなかったか、闘技場関係者からどっさり渡されてもその場で燃やしたろ?俺には水玉がいるからってさ」

「当然のことですね。私はファンの男に手紙をもらいましたが、目の前でびりびりに引き裂きましたよ?覚えているでしょう?」

「少し可哀そうだなと思ったよ」

「あんなのは害虫で十分なのです」

「ま………まぁ、治療もきっと終わってるだろうし、ゴムレス邸に帰ろう」

 俺は無理やり話を終わらせて、ゴムレス邸に帰ったのだった。


♦♦♦


 18時。ゴムレス邸はピリピリしていた。

 全員、顔は元に戻り犯人の末路も伝えた。

 なので、ピリピリしているのはそのせいではない。

 新郎のダンが、花嫁に「化け物女はごめんだ。見る度に思い出す」とケチをつけたせいだ。さすがに即効ゴムレスに殴り倒されていたそうだが。

 花嫁は、泣いて部屋に閉じこもってしまい、どうしようもない。


 妥協案として、メイさんが今後生むであろう女の子か男の子を、年齢の合う相手商会の子供と婚姻させて、ゆくゆくはその二人の生んだ子に家を二つとも任せる、という気の長い案に落ち着いた。

 俺的には、そういうのは貴族の家でよくあることだし、我が家でもあった事なので違和感はない。もちろん水玉にも違和感はないようだ。

 結局ダンは跡取りにはなれず、捨てぶちを貰って館の隅で生きてゆく。

 だが、それが性に合っていたのか本人は「自由だ―」と叫んでいたが。


♦♦♦


 7月20日。AM06:00。

 結婚式が無くなったので、予定より一日早くなったが今日中に出発するつもりだ。

 水玉は朝風呂に入りに行っている。誘われたのだが今日は断った。

 来客があると『勘』が告げていたからだ。


 7時。コンコンとドアが鳴り「ワシじゃ」と一言。ゴムレスである。

 「どうぞ」「うむ………」

「うむ、どう言ったらいいのか。子宝を授けてくれて家内安全の能力を持つ悪魔を知らんか?その召喚陣や、好むものも教えてくれれば嬉しい」

 商売第一のゴムレスにしては珍しい。

 いや、メイさんとの子はさらなる発展のために必要なんだったな。

「ええ、いいですよ?」


 俺は、俺の妾であるミルアかルルアの召喚を勧めておいた。

 羊皮紙にかりかりと彼女たちの召喚陣を描く。

 2人共簡単な陣だし、気立てがいいので召喚の時の問答も面倒くさくないはずだ。

 生贄は人間はもちろん、家畜の肉や、こちらの作物(果物)を喜ぶと思う。

 そう告げておいた。


「あと、あの魔法の杖とやらの入手方法を教えてくれんか?陣が書けんだろう」

「普通の杖でもいいんですけど………自動的に魔力が充電されるタイプのやつを作って渡しましょう。そんなしょっちゅう使わないでしょうし」

 俺は『クリエイト』系魔法を駆使して赤い宝石のついた杖を作る。

 それに儀式魔法を行って、自動充てん式の儀式用の杖を作った。

 ついでに、2人に似せた、繭型の石のひな型も作って渡しておく。

 扱いやすいように手のひらサイズだ。

「何から何まで、すまんかったな」

「ダンは残念でしたけど………新しい子はしっかり教育してください」

「そのつもりじゃ」

 ゴムレスはため息をつき、出る時には呼べよ、と言って退室していった。


 8時。水玉が朝風呂から帰ってきた。

「水玉、ここでもう用事はないか?」

「ないですね、メイには挨拶をすませましたし」

 それなら、と俺は『特殊能力:分身』を3人、各部屋に知らせに行かせる。

 分身は俺とそっくりだが、戦闘能力で大きく劣る。

 今回は知らせに行かせるだけなので、まったくもって問題にはならない。


 俺たちは馬車庫から「レディー・ピンク号」を取り出し、正門前に持って行く。

 この馬車も久々だ。

「オカエリナサイ、ゴシュジンサマ」

 ピンクの可愛い挨拶も久しぶりだな。

「バルトルまで、たくさん時間があるのでゆっくり教育できます」

「そうだな、ああ、見送りの人が出てきた」


 ゴムレスたちは出発していく俺たちに、長い事手を振っていた。


♦♦♦


 8月5日。AM06:00。

 暑い………ひたすらに暑い。南方大陸の欠点だなこれは。

「ねえ雷鳴。小川でもあったら水浴びしませんか?」

「そうだな、探そう。飯はその後だ」

 俺は『教え:観測:縮小国家』を発動。この辺りの地形が縮小模型のようになって手のひらの上に現れる。川は………あった!

 俺は川辺に向けて「レディー・ピンク号」を走らせたのだった。


 馬車から下りて、適当な場所で水浴びしようとしたところ、別の気配が。

 思わずそっちを振り向いてしまったのだが、水浴び中の女性だった。

 かなりのナイスバディ………ってそうじゃなくて!

 即座に後ろを向いて「悪かった!俺たちも水浴びに来たんだ!」と謝罪。

 そうするとカラカラと笑い声がして

「いいのよ、ウブね!ちょっと見られたからって減るもんじゃなし」

「雷鳴、寛容な人で良かったですね。私も許してあげましょう」

「水玉!お前が何で怒るんだ!」

「のぞきは女の敵ですよ?」

「だからいいって、悪気はなかったんだろ?」

「そのようです」


 そのあと、水玉とその女の人―――ウーナさんというそうだ―――は楽しそうに奥の方の水場に移動してくれたので、俺は反対方向に行って水浴びする。

 普通の汗と一緒に、冷や汗まで洗い流されるような冷たい水だった。


 ウーナさんは朝早く徒歩で来たそうなので、同乗していきますかと誘う。

「有難いねぇ、厚意に甘えさせてもらうよ」

 ウーナさんはこの先の町、パメロに住んでいるのだとか。

 ああ、イベリルト地方への玄関口、アザンとの中継点だな。

 宿屋を経営していて、そこで出す朝摘みのベリーを、森に採りに来た帰りらしい。


「良かったら一晩泊っていく?こんな早くに来る人は、そのまま出てっちゃうことが多いけど………庶民的な宿だけど、食事は美味しいのよ?」

「泊まりましょう、雷鳴」

((なあ水玉、それ嫌な『予感』がするんだけど、泊まらなくてもするから同じかな))

((うーん、それなら泊まってしまいませんか?どっちにしても災難なんでしょう?))((うん、同種のものだと思う………))

「いいよ、泊まろうか、水玉」

「よしっ、じゃあ晩ごはん楽しみにしててよ!」


 8時。ウーナさんと一緒に、パメロの町に着いた。

 アザンの町との宿場町が発展して町になった所で、特に特徴がない町だ。

 そんな街並みの中で、カラフルなのぼりの出ている木造の宿屋。

 『コロコロ亭』というのがウーナさんの宿だ。

 飾りつけもカラフルで、小物がいっぱい置いてある。

 とりあえずベッド2つの部屋を確保してもらっておいた。


 預かり所に馬車を預け―――ピンクが笑顔で「バイバイ」をしている―――町を一通り回る事に。店がまだ開いている時間ではないが、朝市があった。

 10時には畳むそうなので、急いで見て回る。

 闘技場では定番だった家畜の串焼き肉(紫)を買って頬張る。

 甘味としてはこの時期限定だという「ふんわり氷」がいい。

 要はかき氷なのだが、名称はどうでもいいだろう。


 その他にも焼き芋などがあったので食べる。朝ごはんならこんなものだろう。

 

 10時。店が開く時間になったので、何かないかと探索しに行く事にした。

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