第51話 魔王とは?

 04月10日。PM13:00。

 今日の予選も無事に通過した。あとは本戦だけだな。

 俺たちはいまや、闘技場の覇者として名を馳せている。

 特にユーフェイウの召喚の時に、能力が戻ったのが大きかった。


「あと2カ月だな、水玉」

「もうそんなに経ちましたか?」

 何があと2か月なのか?

 ジャミル教徒の偉いさんがレルルートを訪問してくるまでの日数だ。

 ゴムレスが「魔王」の事を聞いてくれる事になっている。

 遠くバルトルの地から来るらしく、時間がかかるのだとか。


「ユーフェイウはまともに力を振るったらしいな、ゴムレスの機嫌がいい」

「宝石は全て最高品質になっていたらしいですよ」

「ああ、取引もとんとん拍子に進むってな」

「あの後悪魔召喚のやり方を本にして渡しておきましたし、私たちがいなくなっても大丈夫でしょう。ゴムレスの心臓は強そうですしね」

「違いない。ユーフェイウあくまともうまくやるだろう」

 

 そんな会話をしながら、俺たちがしていることはといえば買い食いだ。

 まともな食堂もあるのだが、闘技場の周りはこういう屋台が目を引くのである。

 俺はのフィッシュアンドチップス。

 水玉は紫卵のオム焼きそばだ。紫や青の食材の色にはもう慣れた。

 俺たちはそれを食べながらゴムレスの屋敷への帰路についた。


 14時。

 ゴムレス邸に帰り着くと「おかえりなさい」と柔らかな声がする。

 この声は、メイさんだな。

「ただいまもどりました………あぁ?」

 俺の声は変な音程にうわずった。

「どうしたんです、雷鳴………えぇ?」

 水玉も同じく。


 何故かと言うと、二階の窓からのぞくメイさんの姿は………首だけだったからだ。

 自分の部屋から身を乗り出している………とでも言わんばかりに首はそこに鎮座している。切断面は………ない。滑らかな皮膚に覆われている。

 俺は『浮遊』を使って窓辺へ飛んだ。出窓の上できょとんとしているメイさん。

「失礼、メイさん。自覚ありますか?」

「何の?」

「今、自分が首だけだという事です」

 キョトンとしたメイさんの首を持ち上げ、空中に出して軽く振ってみる。

 最初キョトンとしたメイさんだが、次第に青ざめ、パニックを起こす。

 とちあえず、水玉も一緒に窓からメイさんの部屋に入った。

「わ、わたっ、から、からだがっ」

「無駄でしょうけど落ち着くのです、メイさん。雷鳴、体とつなげてみましょう」

 俺はベッドの上にあった体にメイさんの首をつなげてみる。

 あっさりとつながって、くたりと気絶するメイさん。


「起こしてみましょう、メイさん、メイさん」

「うーん、あら?水玉ちゃんと雷鳴くん。なぜ私の部屋に?」

「さっきの事は覚えていないのですか」

「………?変な夢を見たような気がするわ」

 俺は気は進まなかったが、さっきの出来事をメイさんに話した。

「………思い出しました。何であんなことに………」

「俺たちにもよくわかりません。とりあえずゴムレスさんの帰りを待ちましょう」

 不安がるメイさんに水玉をつけておいて、俺は部屋の外に出た。

 メイさんに難しい事を言っても仕方ないだろう、念話で会話する。


((水玉、お前も感じただろう))

((もちろんですよ、瘴気ですね。質からして中級金魔でしょう))

((それと同時に、妖気を感じなかったか?))

((妖気?妖怪ですか?私は不慣れなのでわかりませんでした))

((そうか、俺は妖気も感じた。悪魔、妖怪どっちにしても調査がいるな。俺が後を辿ってくるからメイさんを頼んだぞ、水玉))

((はい、承知です))


 15時。俺は感じた瘴気の痕跡を辿る。

 『インビジビリティ(透明化)』と『浮遊』を組み合わせてフワフワ移動していく。

 痕跡を探知し、たどり着いたところはスラム街だった。

 だが、瘴気を徹底的に隠蔽しているらしく、それ以上の居場所が分からない。

 中級にしてはよくやっているといったところか。

 俺は周囲に俺の瘴気を振りまいて帰る事にする、脅しのためともうひとつ。

 瘴気にはメッセージを込めることができる。簡単なもので、同族限定ではあるが。

 今回のメッセージは「出向いてこい」である。

 帰りは『フライト』で素早く帰った。


 帰ったらゴムレスが開口一番「何かわかったか」と聞いてきた。

 水玉によると、またメイさんが頭だけになってしまったらしい。

 俺は今分かった事を話す。メッセージについてもだ。

「まともな悪魔で、召喚主とのつながりも薄ければ今夜中に顔を出すだろうと思う」

「悪魔が動きやすい夜を待つことですね」

「ムウ………分かった。水玉よ、メイについててはくれんか?」

「いいですよ」


 22時。そろそろなので俺、水玉、メイさん、ゴムレスが応接室に集まっている。

 コンコン、と応接室の扉が開いた。

 今回の場合、呼びつけたものが応じるのが正解である。俺だ。

「入れ」

 入ってきたのは、長い黒髪の女の生首だった。

 瘴気と同時に妖気も漂わせるそいつに席を進めてから問う。

「ハーフか?」

「はい、ワタクシは悪魔と妖怪「抜け首」のハーフです。頭だけで失礼します。完全体で来る度胸がなかったもので………」

「そうか。召喚主はやはりゴムレスさんを恨んで?」

「はい、同じ宝石商で細々とやっていたのですか、つぶされて」

「そんなことはどうでもいい!メイを元に戻せ」

 ゴムレスの言葉にプイとそっぽを向く悪魔。

「すまんが、ここには世話になってるんだ。俺から頼む。どうやったら治る?」

 俺はいつでも力に訴えられる、それをしないで、あくまで頼むのである。

「………わかりました。魔法は効きませんが、病気を治す魔道具が効きます」

「ゴムレスさん、それなら俺が作れますよ。丸一日かかりますけど」

「………そうか。頼みたい」

「はい、それよりお前、これで召喚主を見限って魔界に帰るのか?」

「ここに手出しするのは止めさせると誓いますけど、まだ帰りません。あんなに落ちぶれた召喚主が不憫で………しばらく付いていてやろうとおもいます」

 ゴムレスが「なるほど、これが悪魔が好意を寄せるという奴か」と呟いている。

 その通りなのでノーコメント。こいつは美人だ、召喚主も悪い気はしないだろう。

 頭と体がくっついていたら、だけど。

「ここに手出ししないならそれでいい、誓ってくれたことだし、もう帰っていいよ」

 悪魔は器用に頭だけでペコペコしながら帰っていった。


「じゃあゴムレスさん、おれは「治癒の人形」の制作に入りますので」

「わかった、頼むぞ!ワシはなんとしても召喚主を突き止める」

「突き止めてどうするんです?もう相手はどん底ですよ?」

「レルルートから追放するのだ!側にいられたくない!」

「気持ちはわかるけど、止めといた方がいいですよ。悪魔も怒るでしょうし………」

「ムムムム………」

「俺は止めましたからね。ここは無事でも仕事の方に支障が出るかもですよ」

「仕方ないのか………」

「諦めた方がいいと思います」


 23時。水玉は念のために、というより安心させるためにメイさんについている。

 俺は東方大陸以来の「タナトスのイバラ」の召喚を試みていた。

 以前と同じくタナトスの洞窟につながり、イバラを大量にむしり取る事ができた。

 あいかわらず、えげつなく痛い棘である。一瞬気絶するかと思った。

 それを以前と同じ手順で痛い思いをしながら棘を抜き、繊維に加工していく。

 加工した繊維で作った人形は3体になった。1体はゴムレスにやる事にしよう。

 ゴムレスに、だいぶ愛着が湧いたのだな、俺も。


 4月11日。AM08:00。

 朝食の席で、ゴムレスに人形を渡す。

「メイさんに押し付けて下さい。病を吸い取りますから」

「わかった。水玉に聞いたがこれを作るのは随分大変らしいな。助かった」

 ゴムレスが礼を言うとは、驚いた。

「あなたに礼を言われると面はゆいですね、確かに並大抵の根性では作れないものです。常人では気の狂う痛みのある棘を指に刺さないといけないので。だから大変な貴重品ですよ、回数制限はないので差し上げますから持っててください」

「………有難くもらっておく。押し当てるだけでいいのなら今からメイの部屋に行く事にしよう。お前と水玉は闘技場だろう?」

「そうですね、水玉を回収して、行ってきます」


 メイさんの「病」はその後出る事もなく、完治した。


♦♦♦


 6月20日。PM18:00。

 俺と水玉は、闘技場での試合をこなして帰るところだ。

 最近では、俺と水玉は特別枠で、優勝したものが望んだ時だけ戦えるという特別ポジションになっている。座っていて、時々実力者と戦うだけのお仕事。

 服装などに気を使う必要が出て来たものの、ポジションとしてはおいしい。

 座っているだけで給料が出るのだから。


 それより、今日の夕食は特別だった。ジャミル教徒のお偉いさんが来るのだ。

 なので夕食前の買い食いをして帰る。

 ゴムレスの家の食事は、ゴムレスがケチなせいで普通の家と同じような感じ。

 そこはむしろ俺たち的にはOKなのだが、さすがに今日は気合が入るだろう。

 「中途半端に上品な味」は俺たち的にはNOなのである。

 というわけで、水玉と一緒にでっかい腸詰めにかぶりつく。

 この世界に来てから、大きな腸詰めは俺の好物の一つになっていた。

 トッピングが充実していればなお良し!今回はチーズをセレクトだ。

 水玉はスタンダードにマスタードとケチャップを選択したようだ。

 かろうじて夕食が入る程度の胃を残して―――水玉は底なしだが―――俺たちは家路についたのだった。ゴムレスの館にも愛着が出てきたなあ。


 20時。この館での夕食の時間だ。

 見慣れない長い銀髪の美女、30歳ぐらいが客だろう。

 もう一名は普通に見覚えがある。上級悪魔の中でも、最上級に近い実力を持っていると噂される、上級悪魔リンコムである。

 20歳ぐらいの美女の姿で茶色のボブヘアに赤い瞳をしている。

 俺は思わず『念話』で話しかけてしまった。


((ちょ、リンコムちゃん、こんな所で何やってんの?))

((それをアナタが聞きますぅ!?私は吹くかと思ったんですよぅ!?))

((俺たちはゴムレスに召喚されたんじゃないよ!空間事故でこっち来たの!))

((ああ………じゃ、帰ろうとしてるんですね?))

((そのために、リンコムちゃんの召喚主の持ってる情報が必要なんだよ))

((なるほど!じゃあ協力したらぁ、私の株、上がりますっ?))

((すごく!!))

 リンコムは小さくガッツポーズをとった。協力してくれる気らしい。


 和やかに会食は進んだ。

 が、リンコムの召喚主エーアさんが

「そこの2人、闘技場の戦いは見事だったわ。ゴムレスの召喚している悪魔なの?」

 と聞いてきたことで話がややこしくなった。リンコムがフォローする。

「エーア、このお二人はね、魔界ではやんごとなきお方だから、召喚とか軽々しくいっちゃダメかな。魔王様と同じぐらいヤバいよ」

「俺たち、空間事故でこの世界に来てしまった悪魔なんです」

「魔王と会えれば魔界に帰れるかもしれないので………情報を知りたくて」

「そんなにヤバい悪魔には見えないんだけど?」

「公爵様、水玉様『特殊能力:威厳』いけます?」

 能力が戻っている状態なのでいける、とアイコンタクトで答える。

 だが2人分は脆弱な人間の精神で耐えられるかな?

 魔界では常時発動している能力だが、こちらではオフにしている。

 まあいい、ややソフト気味にして―――発動。


 エーアさんは目をかっぴらいて立ち上がり、壁まで後ずさった。

「公爵様、水玉様、もういいです!エーアも分かったと思います!」

 ソフト気味にしたのだが、かなりビビらせてしまったようだ。OFFにする。

「わっ、わかりました!私の知ってることは全部話すから今のは止めて!」

 視界の端ではゴムレスも顔色を青くして深呼吸をしている。

「………と、言っても魔王に会いたい、としか」


 以下はエーアさんの語ってくれたことである。

 まず、ジャミル教は自分たち以外の宗教を認めていない。

 だからといって世界をジャミル教徒で埋めつくすのが最終目標ではない。

 自分たちだけになってしまうと、悪魔への供え物がなくなるからだ。

 ゴムレスも生贄の有用性は認識してなかったようだが、悪魔に生贄はつきものだ。

 ジャミル教はあくまで悪魔を利用していい暮らしをしよう、な教えなのだ。

 なので総本山バルトルにも、一般人は沢山いる。

 で、魔王だが。魔王の召喚は10年に1度だ。今からだとあと6年である。

 魔王に会いたいなら、それまでに大司教に会って許可をもらう必要がある。

 貴方たちの境遇を話せば、許可は貰えるだろうが問題はバルトルへの道のりだ。

 イベリルト地方にはバルトルしか町がない。

 何故か?真竜が多く住み着くからだ。

 バルトルは魔王の力で、今まで平和を保って来たのだ。

 バルトルに向かうなら真竜との遭遇を覚悟するしかない。

 ちなみに、一定以上の位を持っていれば『テレポート』の巻物が貰える。

 自分はその位を持っているが、残念ながら譲ることはできない。

以上だ。


 魔王の情報よりジャミル教の情報の方が多かったがまあいい。

 旅をして、真竜が出たら狩って、大司教に会う。明確な目的ができたのだ。

 エーアさんには感謝してもし足りないぐらいである。


「一つだけ。見た事あるなら魔王の外見は?」

「正視はできなかったけど、背の高い凛々しい感じの女性だったわ。真竜を一刀両断にしてたのを見た………すさまじかったわ。普段でもバルトルは魔王様に守られてるの。竜が襲ってきたら現れて、倒して帰られるのよ」

 リンコムがフォローを入れる

「74大魔王じゃなかったのは確実ですけど、見覚えのない方でした」


 リンコムが見覚えなくて真竜を一刀両断か………候補は絞られたな。

 7大魔王のだれか………で、武闘派の女性と言うと2人に絞られる。

 その上でその外見………俺のヴァンパイア的な大叔母様じゃないだろうか?

 

 会うのが不安なような、楽しみなような………

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