第50話 ゴムレス接近・2


 02月02日。AM09:00。

 朝、メイさんの部屋に顔を出す。

 水玉が立ち上がって退室しますと、ゴムレスに頭を下げる。

 なんでもメイさんは、自分じゃない自分じゃないと言ってうなされているそうだ。

 ゴムレス一人に任せるのは心配だったが、予選には行かないといけない。

 サッサと行って、サッサと終わらせて来よう。


 13時。今回は人数が多くて手間取ったが、何とか早めに帰ってきた。

 メイさんの所に行くと、メイさんの手を取って泣くゴムレスと、戸惑ったような顔をしているメイさんがいた。意識は戻ったが、何が起こったのか分からないようだ。

「大丈夫ですか?あなたは鬼女に襲われたんですよ?」

 水玉の言葉にハッとするメイさん。

「あの男の………ダンの浮気相手と間違われたんです!次はダンだと………」

「なに、本当かメイ!すぐにその女を追わせる!特徴は!?」

「ただ、鬼女だとしか言いようがありませんでした」

「なにっ………ううむ、では警備を厳重に………」

「闘技場の用事がない時は、私がメイさんの側にいます」

「なら雷鳴、お前はダンについてくれ」

 心底嫌だったが、俺は分かった、と言った。


 『教え:観測:縮小国家』で居場所を突き止める。何と闘技場の賭場だった。

 急行して、とっ捕まえて事情を話す。この一年で顔見知りにはなっている。

「その鬼女に心当たりはあるんだろう?」

「な、ないねそんなの。人違いさ」

 思いっきり目が泳いでるぞ、この野郎。刺されても自業自得だ。

「結婚の約束をして裏切ったとか?」

「人違いだって言ってるだろ!」

「あっそ、なら大丈夫だな、俺は帰る」

「まっ待て、待ってくれ。悪気はなかったんだ。別れると言ったのに聞き入れないからメイが本命だと言った。そうしたら殺してやると………ひ弱な女一人何もできないと思っていたんだ。そうしたらあんたが鬼女だなんていうからホラだと………」

「最初からそう言えよ………守ってやるから離れるな。屋敷に帰るぞ」

「え、いや俺はスケベバーのミノンちゃんのところに………」

「俺も行くのか、それ………?」

「仕事なんだろう?」

「襲撃があるまではな」

 俺は変装する事を心に決めたのだった。


 20時。俺は変わらずダンに張り付いている。

 スケベバーからはさっき出たばっかりだ。

 ダンは女の子を侍らせて豪遊していた。ゴムレス、甘やかしすぎだ。

 俺はダンの後ろに立って、ずっとボディガードに徹していた。

 なのでやましい事はない。


 屋敷に戻る帰り道―――高級住宅街に挟まれた坂を下りていた時である。

 影からゆらりと、白装束の女が出てきたのだ。

 あの時と同じ、やはり面ではなく顔そのものが鬼女になってしまっているようだ。

 肉切り包丁をダンにロックオンし

「信じてたのに、義母ははおやなんかと………」


「誤解だ。キミをふるための嘘だよ。こんな男のために人生を捨てるんじゃない」

「私は本当に好きだったのよ!やっぱり殺してやる!」

 突進してくる。ダンはヒイッと声を上げ尻もちをついた。

 おれは彼女の腕を掴んでいた。

「可哀想に、呪いを解いてあげたいけど、それは自分が変わらなきゃ解けないんだ」

 そしてもう片方の手で青龍刀を持ち、首を落とすつもりで切りつけた。

 が、鬼女は雲を霞とその場から消えた。

「直接殺せないなら、呪ってやる」との声を残して。


♦♦♦


 02月03日。AM06:00。

 朝、執事に叩き起こされた。水玉は風呂に行っているので呼びに行く。

 今日の予定は空いている(他の予選チームの日)ので、何かあっても大丈夫、と思ってはいたが………早速何かあったみたいだ。


 3人―――ゴムレス、メイさん、ダンは皆、吐血して苦しんでいた。

「明らかに呪いの効果だな。幸いなことに俺は呪いの道筋が見えるから、行ってカタをつけてくる。1日で帰って来ると思うけど、水玉、彼らの体力回復を頼むぞ」

「行ってらっしゃい、あいつ(ダン)も治さないといけません?」

 あー、セクハラまがいの言動を繰り返しされて、怒りを溜めてたもんな。

「よし!って言いたい所だけど我慢してくれ、ゴムレスさんにとっては大事だろう」

「ぶー。早く帰って来て下さいね」

「はいはい」


 俺は呪いの気配を辿って、街に出ていった。

 一度目は橋のたもとだった。

 俺は鬼女に剣で切りかかる。痛打を与えた手ごたえがあった。

 二度目は廃墟だった。

 俺は鬼女の足を片方切り飛ばした。

 最後は町の外の森だった。

 足の再生していない鬼女はそれでも俺に立ち向かい―――心臓を抉られた。

 彼女は普通の女性の死体になった―――綺麗な人だった。

 俺はその場で、彼女を埋葬することにした。

 持って帰っても、ろくでもない扱いを受けそうだったからだ。


 12時。俺は帰還した。

 3人の容体はだいぶ良くなっており、やや寝苦しそうにするだけだ。

 顛末の報告は明日になりそうだった。

「こんなクズに引っかかったためにそれとは………可哀想ですね」

「俺もそう思う」

 冷ややかな視線がダンに降り注いだのは仕方のない事であろう。


♦♦♦


 02月04日。AM08:00。

 朝食を食べ終わったところで、メイドさんが「ゴムレス様が起きられまして、お呼びです」と言ってきた。ゴムレス、回復の早い人である。

 水玉と一緒に病人部屋(に急遽した客室)に着くと、ゴムレスに事の顛末を語る。

 当然だがゴムレスは頭から湯気を出さんばかりに怒った。

 眠っていた息子を叩き起こすと、顛末を語って聞かせ、今後は自分の決める婚約者以外との付き合いを禁じる、スケベな店もダメだ!と怒鳴った。

 そりゃないぜ親父………と食い下がったダンだが

「黙れぃ!守れなければ勘当だ!」

 と言われて、父親の本気を悟ったらしい。一応大人しくなった。


 俺たちは予選のために、その騒ぎを聞きながら家を出たのであった。


 12時。予選だが、今回は俺と水玉がかち合ったので、長引いた。

 本戦に残ったのは俺だ。

 戦闘をを終え、闘技場の周りに出ている屋台で食事になった。

 何というか、ここ一年で良く分かった事だが、この大陸の食べ物は紫色が多い。

 たこ焼きも小麦が紫なので紫色。芋も紫色。肉も多くは紫や青だ。

 水玉は全く気にはしていないが、俺は最初は気になった。

 ………と紫たこ焼きを口に運びながら思う。うん、この屋台のは美味いなあ。

 水玉は生地が紫色のお好み焼きモドキをぱくついている。

 美味しいか?ときいたらあ~んさせられたので、いただいておく。割とイケる。


 いつまでもくつろいでいたいが、今日はゴムレスの彫刻を作る日である。

 家に帰った方がいいだろう。


 14時。帰って書斎を訪ねた俺たちを見たゴムレスは一つうなずいて

「埋める場所に向かうぞ」

 と言った。自分の家の敷地内に五芒星に埋めるらしい。

 他人迷惑でなくてよろしい。

「デザインは?」

「その悪魔の外見を模す」

「本性と普段の見た目が違う場合は?」

「本性だろうな」

「水玉、ユーフェイウの本性は鳥の頭に人間の体、腕には翼が融合している女だ」

「女性でしたか、分かりました。形状などは?」

「繭型がポピュラーだ。ついたぞ」

 頭やら一カ所目に着いたらしい。水玉が石像を作り出した。

 羽毛に包まれた、鳥の頭をもつ女性の姿だ、かなり近い。

「俺はこれで大丈夫だと思いますけどゴムレスさんは?」

「形はこれで問題ない。今から力を与える呪文を唱える」

「その前に、血を」

「………そうだったな」

 ゴムレスは指を切って、血を彫像に流す。普通の悪魔召喚に少し近付いた。

 そのあと、ジャミル神を讃えよ、から始まってよくわからない言葉の羅列が少しの間響き渡る。もちろん記憶はしておいた。


 俺たちは彫像を埋める。埋めると言っても『トンネル 』にすとん、だが。

 彫像は発光し始めており、俺と水玉に力をもたらした。

 そう、ケルベルスの羽犬の彫像の時と同じ様に、俺たちは力を取り戻したのだ。

 ゴムレスは気付いていないようだったが、他の彫像からも力を得る―――得るというより返却されたという感じなんだが、まあそれは置いといて。

 彫像の設置と俺たちの能力アップは完成した。


 実際の悪魔召喚は6日後だ。

 普通は10日後に自然に召喚されてくるというのだが、それはいけない。

 悪魔に何の強制力もなく、口約束で対価の支払いを後払いでするというからだ。

 悪魔は「誓い」で縛らないと何をするか分からない。

 同族の俺たちが言うのだから間違いない。

 そのやり方で、痛い目に遭った同輩はいないか?と聞くと。

 何人もあるが、やり方を間違ったのだろうと言われている、ときた。

 初手からやり方を間違えてるんだっつーの。


♦♦♦


 02月10日。AM14:00。

 今日、俺と水玉は準々決勝進出を決めて来た。

 技の冴えが増したことに観客も気付いたのだろう、熱狂ぶりが凄かった。

 闘技場では俺は「赤のプリンス」で、水玉は「青いプリンセス」である。

 呼ばれ始めた頃、悪ノリでコスチュームを作ったせいもあってそうなった。

 ちなみに婚約者同士だというのはもう知れている。

 が、さすがに1年も経っていればうっとおしい輩ももういない。

 最初、優勝した時に発表した時は、勘違い野郎が湧いて出たものだが………

 まあ、今はこうして水玉と歩いていても、挨拶や激励が飛んでくるぐらいである。

 

 今日はゴムレスの悪魔召喚の日だ。

 色々レクチャーするためにも、早く帰ろう。


 22時ゴムレスと一緒に、五芒星の中心―――応接間の家具をどける。

「はい、これがユーフェイウの召喚陣です。この魔法の杖で書いて下さいね」

 そう言って、俺は『テレポート』を描くときに使う杖を差し出した。

 大きなダイヤモンドがついているので、宝石の悪魔ユーフェイウを呼ぶのにいい。

 難しい顔でユーフェイウの召喚陣を描くゴムレス。

 ユーフェイウも上級悪魔なので、召喚陣は結構ややこしいのである。


 あとは、連れて来ていた生贄の奴隷を、魔法陣の前に置いて。

 正しい召喚呪文を唱えれば―――

 魔法陣により召喚されてきたユーフェイウが魔法陣の中に現れる。

「我を呼んだのは貴様か、人間よ………って公爵様!?王女様!?」

「あー。俺たちの事はいないものとして進めるように」

「はあ………では、この窮屈な魔法陣から出てもいいかしら?」

「駄目だ、ワシの指示以外で人間を害さないと誓え」

「誓うわ、では疲れたので椅子に座ってもいいかしら?」

「魔法陣の中ならいいだろう」

「あっ、ゴムレス、違う」

「分かったわ」

 ユーフェイウは魔法陣の外の立ち木を一本朽ちさせ、それを材料に椅子を作った。

 まだかわいい方である。召喚主の肉体を使って作る、など日常茶飯事だ。

 今回の甘いやり方は俺たちがいたからだろう、2度はない。

「ゴムレスさん、魔法陣の中で、魔法陣の中にあるものだけを使えが正解だ」

「わっ………わかった」

「よくいままでそれで、無事でいられたな………」


 では次の段階に移る。

「魔法陣から出てもワシの指示以外で人を害さないと誓え」

「魔法陣から出してくれるなら誓いましょう」

「まだだ、ワシにも害を及ぼさんと誓え」

「誓いましょう」

「では、出て来て捧げものを受け取るがいい」

 ユーフェイウは奴隷を愛し気になでると、自分の腕の羽毛で包み込んだ。

 奴隷は手品のように消え失せた。

「儀式(あの石像)と人間の生贄付きだから、ある程度は願いを叶えてあげるわ」

 ここで簡単に「商売繁盛」などと言ってはいけない。

 悪魔はどうとも取れる言い方をすると絶対何かの被害が出る叶え方をするからだ。

 商売の影で人が死ぬとか、従業員が病気になるとか、家族に被害が出るとか。

 ゴムレスにはそれが嫌なら、と答え方を指示してある。

「商品の宝石の質を上げてくれ、それと宝石の絡んだやり取りをする時自然とこちらが有利になる様にして欲しい。人的にも物理的にも損害は出すな。取引相手にもだ」

「公爵様方の入れ知恵ですね………分かりました、この生贄だと、帰還はオマケして1年でしょうかね。それで契約の誓いを結びますか、人間よ?」

「うむ………(とこっちを見る)」

(それでいいと思います、と頷く)

「それで契約の誓いを結ぼう、宝石の悪魔よ」

 ユーフェイウは頷き、何かの力を行使するそぶりを見せてから、消えていった。


「おい、消えていったぞ。悪魔は留まるものじゃないのか?」

「願いさえ叶えれば、魔界に帰るのが普通です。とどまる場合は、もっと人間から搾り取ってやろうという下心があるからですね」

「願いさえ叶ったら、だらだらとまとわりついてくるのは好意か悪意の表れです」

「好意?」

「その人間を気に入ったら助力してやろうとする悪魔もいるのですよ」

「ふん、ワシには縁がないな」

「目的があるとはいえ、私たちも好意で側にいる悪魔ですよ?」

「「魔王」とやらの事が知りたいのだろうが?」

「それだけで、こないだの事件を解決しようとはしませんよ」

「ふん………」

 ゴムレスは満更でもなさそうだ、口元がちょっと緩んでいる。


 この日はそれでおやすみなさいとなったのであった。

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