第41話 ケルベロス招来・1

 7月15日。AM06:00

 大きな部屋が取れたので、水玉と俺は目覚めの風呂タイムだ。

 暑いので『クールダウンれいぼう』をかけてから温かいお湯に入る。

 贅沢してるとは思うが、もともと俺たちは王侯貴族。この程度、当然だ。

 熱い湯は体を活性化させるのだ、朝に入る意味はある。


「なぁ、水玉」

 首まで湯につかりながら水玉に話しかける。

「はい、何でしょう雷鳴」

「例の五芒星に置かれた石、見に行ってみないか?」

 「赤目の犬」を追っていた時からやたら気になるのだ。

「デートの誘いとしては無粋ですね。でもまあ付き合いますよ。私も興味あるので」

 なら向こうに許可を取った方がいいな。

 向こうのパーティリーダーはタルガなので、俺はタルガに連絡を取る。

「もーしもし?タルガ?」「うぉっ!何だ雷鳴か。どうした?」「例の石の場所を詳しく教えてくれないか?」「ああ、あれか。わかった、えーとな………」

 口頭での説明だが大体の場所は分かった。

「それとエルグランドでも、隊商の跡地に埋まってたって話だ」

「わかった。情報ありがとう」「いつでもいいぞ」「ありがと」


 俺はとぷん、と頭までまで湯につかってからざばっと 上がる。

 『ウォーム』からの『ドライ』をかける。心地いい。

「朝飯を食べたら出発だ」

「ああ、そうですね、それがいいです」


 8時。俺と水玉はバザールに来ていた。

 水玉は早速肉串のフルコースだ。様々な家畜の肉が並んでいる。

 牛、ヤギ、羊、豚、鶏、兎、ワニ………etc

 俺は兎は食えないな………タルガのうさ耳を思い出しそうだ。

 俺は大きな椀に、カットフルーツが山盛りになっている奴をチョイスする。

 夏なので、スイカ、桃、ぶどう、メロン、マンゴー、パイナップル………etc

 その合間に、サラマンダーのおっちゃんが握る焼きおにぎりを食いに行った。

 満足度の高い食事だ、このためだけにグレンパを守ろうかという意欲もわく。


 10時。部屋に帰って来た。もちろん風呂セットは片付けてある。

「じゃあまずは、レシュウの町だな。魚人の多い漁業の町で、町の西側に港と砂浜がある。ここにあるオブジェは砂浜の上に浮かんでいるからすぐわかる、だそうだ。各地の見張りにはタルガが伝言しておいてくれるってさ。冒険者ギルドの「スイートハート」だといえば触らせてくれるそうだ」

「では、地図を見てさくっと転移ですね」

「「『『テレポート』』!!」」


 人気のない街道に出た。レシュウの町はすぐそこである。

 入場料を払って町に入るとひたすら西に向かう。1時間ほどで砂浜に出た。

 砂浜に何か浮いているのが見える―――近づくか。

 近づくと見張りの魚人が「危険かもしれないので寄らないで下さい!」と言ってくるが「「黒い瞳」のメンバーの仲間「スイートハート」だ。見せて欲しい」

「あ………!連絡ありました!どうぞ!」


 何の害もないという事だったので羽でくるまれた犬面に触れてみる。

 うん、こんな物を使う召喚は俺たちの世界にはないと断言できる。

 害はなかった、が、劇的な変化があった。

 故郷の瘴気が体に流れ込み―――能力がぐんっと底上げされたのである。

 どのぐらいと言うと全能力+全能力の半分ぐらいだ。

 このオブジェは、故郷とつながっていると見て間違いなさそうだった。

 水玉に「触ってみろ」と身振りで促す。

 触った水玉も驚いた顔になり、俺の方を見る。

(念話:確かに魔界の瘴気が体に流れ込み、失われていた力が戻りました。こうなるとケルベロスが来るというのも本当かも知れませんね)

(念話;俺もそう思う………全部のオブジェを確認しよう)

 見張りに礼と、ねぎらいのフルーツを渡して、俺たちは次の場所に移動する。


 次はマルコムだ。大河のほとりの町で、翼人の町だ。

 オブジェがあるのは大門の外―――赤目の犬が野営地にしていたところである。

 さっきと同じように見張りが近くにいる。椅子に座って暇そうにしているな。

 さっきと同じ手順で、オブジェを調べる俺たち。

 やはり触ると、力が戻って来る。これで全能力が倍にまでなった。


 マルグリッド、ミンツ、エルグランドも全く同じだった。

 いや、エルグランドだけ瘴気の蓄積量が多く、一気に能力が倍になったが。

 これで能力はほぼ元値+元値×3である。

 これだけあれば、ケルベロスにも負けないだろう。

 俺たちはイラムト大森林の、適当に人がいない所を目指して『テレポート』した。

 

 人気のない所に来たのだ、することは戻った能力の確認、である。

 確認すると、特に攻撃魔法は普段は全力で放たない方が良さそうだ。

 他にも、結界を張る魔法だが、意識するだけで結界が張れるようになった。

 故郷ではそれが普通なので、俺たちにとっては「やっと戻った」という感じだ。


 あと、儀式魔法を通常の呪文として使えるようになった。

 これも俺たちの力量なら、本来儀式は要らないな。


 それと、特殊能力が解禁になった、どんなものかはまだ秘密だ。

 あれだ、ジンの指輪に擬態効果を持たせた『付与術』とかが、今まで使えていた特殊能力だったのだ。他は魔法で代行する方が早い、弱い特殊能力だけだった。

 

 最後に魔法ありの模擬戦をして、検証を終了した。

 ………試合した場所が森からクレーターになってしまったのは秘密である。


 14時。俺たちはグレンパに戻ってきていた。

「夕食までのつなぎに、何か軽いものでも食べませんか?」

「良いね、スープの店に行かないか?」

「久しぶりですしね、いいでしょう」

 という訳で、テント屋台のスープの店だ。

 俺は「グレンパ産トマトのミネストローネ」

 大森林には沢山の村があるから、そこで収穫されたトマトを使っているんだろう。

 柔らかい豆がいっぱい入っていて、個人的にはほっこりする味だ。

 水玉は「チーズときのこのポタージュ」

 俺はまだキノコを食す気にならないが、水玉の神経はクライミングロープらしい。

 美味しかったと言っていた………良かったな。


 16時。部屋に帰ろうとしたところに、チェリーさんから声がかかる。

「ヘイヘイそこ行く「スイートハート」のお二人さん!指名依頼だニャ!」

「帰って来て早々だな………重要な話?」

「勿論だニャ!詳しくは応接室で待ってるニャ!」

「仕方ない、水玉、応接室に行こうか」

 しばらく待っていると、チェリーさんとギルマスがやって来る。

 水玉がギルマスのいつもにも増して色気過剰な格好を見て、顔をしかめているのが見えた。なんせ、スカートの前半分が大事なところギリギリなのだ。

 乳房など、もうこぼれ落ちそうだ。淫魔にこういう人いた気がする。

 こういうのに、上から目線で話されるの嫌いだもんな、お前。


 机の上に、イラムト大森林の簡易地図を展開(テレポートはできないレベル)したギルマスは、東南の道をつつつぅっと、指でなぞって言う。

「今回開催される6大種族会議に出席なさるお偉方がぁん、この街道を通っていらっしゃるのねぇん。それでぇん、護衛してもらえないかなって、ねぇん?」

 ギルマスは俺の方に向かってウインクを飛ばして来る。

 淫魔に誘惑され慣れてもう無効!な俺にはただのバサバサした送風機である。

 だが水玉は、思い切り低気圧。部屋の中に雨が降りそうな雰囲気である。


「ええーっとだニャ、イラムト大森林の手前までは他のパーティが護衛してくれるニャ!2人の護衛は大森林の中だけなのニャ!引き受けてくれるニャ!?」

 チェリーさんが軌道修正を図る。正しいと思う。

「まあ引き受けるけど6人全員?」

「そうなのよぉん」

 あんたは喋るな。ギルマスが俺にすり寄って来る。一体どうしたっていうんだ?

 胸を俺の腕に押し付けてくるのは勘弁してもらいたい。


 チェリーさんに助けを求める視線を送ると、やれやれと首をふって

「何だかニャー、雷鳴はここ最近で「最強」になったらしいのニャー。女の本能でわかるとか言って、絶対オトすって聞かないのニャー」

「あー、ギルマス、迷惑なのでやめて下さいね」

「そんな訳ないわぁん、満更でもないはずよぉん、うふっ」

 俺はギルマスを俵担ぎにすると、部屋の外に放り捨てた。

「待ってぇ、どうしてなのぉん、そんな小娘どもがいいって、おかしいわぁん」

「おかしいのはあなただ。ちょっと振り返ってみればいかが?そもそも、言ってなかった気はしますけど、俺と水玉は婚約者同士です」

 ドアを閉めて、鍵をかける


「で?護衛対象は6人全員?お付きの人は?」

「あー、ごほん。6大種族会議では、付き人はグレンパで調達ニャー。使用人ギルドが面倒を見るのニャー。それまでは護衛以外は単独行動ニャ。魔法の袋にものを詰め込んで旅してるから、馬車も一人一台なのニャ」

「それは助かる。いつ行けばいいんだ?南東の道なら通り抜けた事があるから出口にテレポートできる。いつでもどうぞ」

「助かるニャー。10日後の朝8時ニャ。S級冒険者が行く事は事前に通知済みニャ」

「了解。ギルマスには俺は最強でもないし、水玉一筋だって言っておいてね」


「言うだけ言ってみるニャ………あ、あと6大種族会議の面子だけどニャ。

フレージュ(有翼人の女の子。100歳) ガストン(ドワーフのナイスミドル。200歳)

レディー・L(エルフ女性。3000歳) フレム(妖精族。300歳)

ベガティ(獣人族(トラ)40歳) プレティ(レプラコーン。150歳)だニャ!

 議題はバルン(赤目の犬の本拠地)の処遇をどうするか、だニャ」

「了解です(特殊能力「完全記憶」起動。情報を記憶)チェリーさん、それじゃ」

 外に出て、ギルマスと鉢合わせしたくなかった俺は「転移」と念じる。

 使えるようになった特殊能力の一つだ。俺と水玉は部屋に戻った。


 18時。水玉が不機嫌です。

「水玉………言うまでもないだろう?俺が好きなのはお前だよ」

「故郷にはお妾さんが沢山いるじゃないですか?」

 故郷の事まで持ちだして来るとは、かなり拗ねてるな。

「あれは、抗争で全滅した分家のために子供が必要だからだよ。知ってるだろう?」

「離縁した正妻さんは?」

「あれは親が決めた結婚だよ?彼女本人も離縁を望んでたの、知ってるだろう?それに次の当主は水玉の子が継ぐって事にしただろ?」

 正妻オーロとの契約は「男の子を生むまで」正妻でいる、だった。

 その子を育てたら、離婚しよう、と元々お互いに話し合っていた。

 彼女は雷鳴=ラ=シュトルムの公爵夫人の座より自由を選んだのだ。


「………ギルドマスターをどう思います?」

「俺たちが能力を一部取り戻したのを感づいて、勘違いしてる可哀想な人だよ」

「本当に?」

「水玉は、おれがあんなのになびくと思ってるのか?心外だな」

「そう、ですね。あんなのにピリピリして、馬鹿みたいです」

 水玉が元に戻ったので、頭をぽんぽんと叩いた。

「この旅は2人の旅だ。帰りたくなくなるな………姫様」

「結婚したら公爵夫人ですよ………ちゃんと帰りましょうね」

「ああ………この世界にも俺たちの世界の物があるんだ、帰れるさ」


♦♦♦


 7月25日AM06:00

 今日は6大種族会議の出席者を迎えに行く日だ。

 風呂は水玉が夜中に入っていたけど、それだけ。朝は無しだ。

 何故かって?6大種族会議の選出者を迎えに行く場所の下見に行くからだ。

 部屋でフルーツを食べて朝食にすると、装備を身に着ける。

 今回は馬車に随伴しないといけないので、馬がいる。

 俺たちは預り所のゴーレム馬を出して、1頭づつ騎乗する事にした。

 7時には、俺たちは現地に移動していた。

 現地とその周辺にはおかしなところはないな。ここで待つか。


 7時半、ガラガラと馬車の車列の音がする。待ち合わせより早いがこんなものか。

「おーい、雷鳴、水玉!」

 空耳かと思ったが、これは確かにミロの声である。

 小さくて見えないが近くに居るのだろう。

「引継ぎに来たぞ!」

 馬車の列から騎乗したタルガの姿も見えた。

「え!もしかして全員いるのか!?」

 一番先頭の馬車から離れて来たリズさんが事情を説明してくれる。

「冒険者ギルドが気を回してな。我々は6大種族会議の参考人として呼ばれたのだが、途中まで護衛も担当して来た。だがイラムト大森林は危険だ。刺客が隠れ放題だからな。それで最高戦力を出してきたという訳だ」


「そうか。じゃあリズさんたちも一緒に行くのか」

「うむ、そういう事だな、よろしく頼む。6大種族会議参加の方々の紹介は野営の時にでも行おう。2人は先頭に立ってくれ。………あとな、申し訳ないのだが、夕食を作ってくれるか?みんなもう固形食に飽き飽きしててな………」

 使用人を随伴できない決まりなら、そういう事になるだろうな。

「あはは………急に言われてもバーベキューぐらいしかできないぞ?」

「それで十分だと思うぞ?」


 食生活のしのばれる事を言って、リズはやや後方に下がっていった。

 みんな魔法の袋や亜空間収納があるんじゃあと思ったが、食料を多くしまえるほどの容量はないらしい。俺たちが特殊なのだと言われたが違うと思う。

 何故なら皇帝オズワルドと2人の宮廷魔導士は、俺たちが教えたらほぼ無限の容量を持つ亜空間収納を作ったからだ。術式が違うのだと思う。


 夕食時、それぞれが街道に馬を止め、バーベキューグリルで俺があぶっている食材に寄って来る。この台は画期的だと評判だった。

「肉ありますよー、ベジタリアンなら野菜もあります、キノコもあるよー」

 キノコに関しては、俺以外が食べるのなら焼くのは構わない。

「秘伝のタレ(俺が調合した)につけるとうまさは倍だよ!」

 お皿を回すと、目も回している人がいた。有翼人のフレージュ殿だ。

「食事の準備って………S級のする事ですか!?」

「俺たちの好きでやってたことが、向こうの一行に広まっただけで………普段は他人の分までは作りませんよ。皆さんは特別扱いです」

「そ、そうなの?じゃあ、ありがたくいただきます」

 何というか、素直な娘である。


「野菜があって嬉しいわぁ―――携帯食って何だかわからないですものね」

 エルフのレディー・Lだ。やっぱりこの人はベジタリアンだったか。

 無言で、大きな肉串をタレに絡めて食べているのは獣人族のベガティだろう。

 トラの獣人だ、どう考えても肉食である。

 妖精族のミロとフレム殿は、机の上に置いておいた、イチゴを抱えて満足そうだ。

 図書館で作り方を知った腸詰ソーセージめの試作品にかじりついているのはレプラコーンのプレティ殿だな「試作品なんです、イケますか?」と聞いたら親指を立てていた。

 よし、方向性はあっているようだから、これからもっと作ろう。

 

 最後に、カレーパウダー(自作)を振りかけた肉の塊をむんずと掴んだ人物が。

 ドワーフのガストン殿である。

「どうです?イケますか?」

「かぁーっ、酒が進むわい。お前さん達もどうじゃ」

 そうして亜空間収納から杯を出して来るガストン殿。

 ドワーフの杯を断るのは確か非礼に当たる。

「「いただきます」」

 中身はドワーフの火酒だった。2人共顔色も買えずに胚を干す。

 だが、水玉は素で平気なのだが、俺は少しズルをしている。

 「侵入分解」という特殊能力で、体内に入ってくるものを全て無害な原子に分解してしまうのだ。もちろんONにしっ放しでは、食事ができないが。

 なのでこまめに切り替える。


 俺と水玉はガストン殿に気に入られて、その夜を過ごしたのだった。

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