第40話 「赤目の犬」を追って・3
6月25日。PM20:00。
夕食後、タルガが昨日の五芒星の懸念の報告をしてきた。
「レシュウだけでなく、奴らの野営地の後を調べて貰ったら、マルグリット、ミンツ、マルコムでも体を羽で包んだ犬頭の人間のオブジェが見つかった。やはり触ると光り出して、浮き上がったらしい。今は監視している。壊すのは無理だったそうだ」
「じゃあ、ないのはエルグランドだけなのか」
「そういうことだ、お前の見立てが正しければ、今から設置するんだろう」
「体を羽で包んだ犬頭………か」
「犬のモンスターと言えばケルベロスでしょうね。でも、彼を召喚してもねえ。守らせたいものでもなければ、混乱と破壊をふりまくだけだと思うんですけどねえ?」
「混乱と破壊………?そういう邪教がありますけど、関係ありますかしら」
ひょこりとリーフィーさんが話に入って来る。
「今の段階では何とも。可能性はあると思うけど………それの名前とシンボルは?」
「確か、混沌神またはジャミル教。シンボルは赤いロウソクですわ。最近できた邪教で、本部は南方大陸だと聞きますわね」
「気に留めておくとするか、みんなも、幹部が身につけてないか確かめてくれ」
「「「「了解」」」」
7月13日。PM22:00。
明日の深夜2時は「赤目の犬襲撃作戦」の日である。もう数時間だ。
この日に備えて作戦は練られてきた。
まず、全員が「赤目の犬」のキャラバンからやや遠い平原にテレポートで出現。
水玉を残して、全員が幹部と首領の拘束に動く。
首領と幹部の居場所は、魔術に偽装した『説明書』で特定する。
そして目的の場所まで、夜陰に乗じて忍び込む。
首領が持つ認識阻害のマジックアイテムは俺とタルガで解除する。
拘束後「認識阻害」が解けて混乱しているだろうキャラバンから奴隷を逃がす。
各自と奴隷の目的地は俺たちが出現した場所。
水玉が大規模テレポートの魔法陣を描いて待っていることになったのだ。
エルシーに帰った後、幹部の体は徹底検査する。
赤いロウソクのシンボルを持っていないか確認する。
地面に埋めていった奇妙なオブジェが何なのかも聞き出す。
動いている実働部隊の事も聞き出す。
その情報を持って、俺たちはグレンパに帰還し、冒険者ギルドに情報を流す。
冒険者ギルドにエルグランドとも情報を共有してもらって「赤目の犬」の隊商を監視してもらう。ちゃんと違法な品を取り締まってもらうためだ。
リズさん達は、奴隷を売っている実働部隊の情報を得たら、奴隷解放に動く。
水玉と、部屋で再確認した内容はこんな感じだった。
「私的には興味のある問題は、犬人間のオブジェですね」
「本当にケルベロスが来ると思うか?」
「んー故郷の様式とは違う所足りない所が多いですよね。どうでしょう?」
「来るとしたら、五芒星の中央に位置するグレンパだな」
「私と貴方がいるじゃありませんか。大丈夫ですよ」
だが、いまだに俺たちは元の力を取り戻せていない、ここでは無理と諦めている。
大規模召喚で彼が―――「悪魔」ケルベロスが故郷の力のまま来るなら大問題だ。
そうなれば俺たちに対処はできるかどうか―――
♦♦♦
時は過ぎていき7月14日。AM02:00時。集合時間だ。
神殿前で集合して、全員俺の周りに集まってもらう。
「じゃあ行くぞ。準備はいいか!?」
「はい」「応!」「大丈夫だ」「いつでも行けますわ」「OKだよ!」
「『テレポート』!」
出現したのは草原の丘の上だ。
エルグランドの町の外壁と、それに沿って野営している隊商の姿が確認できる。
荷物が多すぎて町の中に入らないから外で野営しているのだ。
商談には幹部が町の中に入るが、この時間には帰っているのが確認済みである。
俺は全員に『インビジビリティ(透明化)』をかける。
「透明化は誰かに攻撃するか、解除と念じたら解除される。じゃあ『説明書』!」
全員に見えるようにかけた『説明書』で、ターゲットの天幕を確認する。
俺たちは速やかに目標地点に忍んで行った。
首領の天幕。
認識阻害の効いてない俺とタルガには、道のりは違法な品のオンパレードだった。
ファンガスの胞子、マンドラゴラやベラドンナの種、ユニコーンの角。
生きたペガサスや、キメラ、グリフィン、巨大ムカデ、などなど………
ただ、奴隷はここではないらしい。他の天幕の方なのだろう。
するりと入り込んだ俺とタルガは、寝ていた首領の首に刃を押し当てた。
「タルガ、この首から下げてるのが認識阻害のアイテムだ。魔力を感じる」
「じゃあ壊すぞ、よっ………と」
何だか空気が変わった気がする。真夜中なので、まだ騒ぎは起きないが。
首領が目を覚ました。
咄嗟に何か呪文を唱えようとするが、俺はハンカチを口の中に押し込む。
さらにその上から口に猿ぐつわを噛ますタルガ。
「おい、おっさん、妙な事は考えずについてきな。なにをやっても首が飛ぶぜ」
俺はこっそりと『アライヴ』を首領にかける。
死を一度キャンセルして、HP1で蘇らせる呪文だ。
俺はこの呪文の事をタルガに耳打ちする。親指を立てるタルガ。
実際、こいつを連れ出そうとしたら、暴れはじめた。容赦なく首を切るタルガ。
生きてはいるが瀕死なので歩かせるのは止め、タルガと二人で担ぎ出した。
水玉が居るはずの丘の方が、銀色に光り出している。魔法陣ができたのだ。
リズさんとリーフィーさんとミロは、幹部を脅しつつ奴隷の解放に向かったのだろう、200人はいるだろう男女を連れていた。
戦場で2000人の輸送をした魔法陣なので問題はないだろう。
だが、奴隷解放で侵入は気付かれ、蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
用心棒はこちらを追撃してくるが、首領をタルガに任せ、俺が魔法で迎撃する。
といっても相手は知性ある人間だから『スリープミスト』で、非致死性攻撃だが。
全員が丘に描かれた魔法陣に辿り着いた。
「水玉、いいぞ、エスケープだ!!」
「了解!『儀式魔法:テレポート』!!」
俺たちは、エルシーの堀の前に設けられている広場に到着した。
アフ教の信者たちが、声をかけながら元奴隷たちを町の中に誘導する。
神官たちがやって来て、俺たちから幹部と首領を引き取った。
時刻は4時になっていた。
「尋問はひと眠りしてからな。また『心読み』をかけて欲しいし」
「それは、俺と水玉で手分けして当たるよ」
「頼む。おやすみ」
「「おやすみ」」
♦♦♦
7月14日。AM08:00
朝食に呼ばれて寝ぼけまなこで部屋を出る。4時間寝たから充電は一応OKだ。
「………みんな起きたばっかりか」
「そりゃそうだよー」
「わたくしは寝れませんでしたわ」
「私もだな」
「おいおいお前ら、今日は尋問だぞー?」
「分かっている。雷鳴が首領、水玉には幹部連中をお願いできるか?」
「いいよ」「構いませんよ」
朝食が済み、俺はタルガと、水玉はリズさん達と聖堂の地下に下りる。
ずらっと続く独房のような部屋。ほとんどはカラだ。
たまに、酔っ払いが放り込まれていたりする。
「れっきとした牢なんだけど、ああいう奴らでもいないと使わないんだよな」
とタルガ。エルシーの町は平和なようだ。
タルガが首領の牢の見張りに話しかける。
身なりは昨日首領のボディーチェックをしている人物だ。
「ボディーチェックで何かあったか?」
「赤い目のネックレスを隠し持っていた以外、何も。ただ、気になる事を」
「何だ?」
「赤いロウソクについて聞いたところ、赤目の犬の目はそのロウソクを見たから赤いのだとか申しておりました」
「そうか………「赤目」は赤いロウソクも同然だと考えた方がいいな」
俺たちは首領の独房に入る。早速俺が首領の頭を鷲掴みにする。
「お前は返事しなくていい、ただ俺の質問を聞いてろ」
タルガがそう宣言して、尋問開始だ。俺は『心読み』を使う。
「まず………赤目の犬と混沌神のつながりは?」
「混沌信者の一部にしか過ぎないが、混沌神を奉じる者だそうだ」
首領がギョッとした顔をする、頭が読まれているのだから無理もない。
「混沌神とは何だ?」
「我ら信者以外の人類を滅ぼす力だ。邪魔者はいなくなり理想世界が訪れる!だと」
「地面に埋めてったおかしな石像?の意味は?」
「魔界から破壊者ケルベロスを呼ぶためだ!逆五芒星だ!エルグランドにももう埋めた!ははは!もう知ったところで手遅れだ!ケルベロスがくればあの石像は生命を持って動き出す!だって」
ケルベロスは俺たちが死んだら行く、魔界の地獄の門番だ。
クソ真面目な奴で、破壊者ではないのだが?
というかこのジジイの口から魔界の名が出るとは思っていなかった。
この世界にも魔界がある?だが魔界なんてこの世界で集めた知識にはなかった。
それに何故、逆五芒星の事を知っている?
この世界での知識を多く集めたが、逆五芒星の考え方はないはずだぞ。
それに召喚の儀式として不完全に過ぎるがこの世界ではこれでいいのか?
疑問が尽きないな………
「いつ、そいつは来るんだ!?」
「わからないらしい。教団の上層部に言われた通りにやっただけだと」
「おいおい………100年後かもしれないってことか?」
「うーん、こいつもいつ来るのかは分からない。憂さ晴らしにやったみたいだな」
「ふざけやがって、それなら動いている実働部隊の事を教えて貰おうか」
「それは―――」
この質問はまともに機能した。
今独立して動いている実働部隊は6つだという事が判明したのだ。
奴隷売買が3つ、違法生物・薬物を扱うのが3つ。
これは冒険者ギルドのネットワークで探す他ない、俺たちが情報を持ち帰るのだ。
「それと、把握してる限りの商品の種類だ」
「これは―――」
この質問もスムーズに読み取れた。
タルガが目録を作る。
「この2つの情報、頼むぞ」「ちゃんとギルドに伝えるよ」
「それは信用して頼むが―――もうひとつ質問だ。使い魔はどうした?」
首領の顔が苦々し気に歪んだ。痛い所を突かれたらしい。
「ふーん、バルンの町が混沌神の本拠地だから、そっちに向かわせたみたいだな」
「呼び戻せ、今すぐにだ」
がくりと首領がうなだれる、俺は慌てて頭を掴んでいた手を離した。
「………自殺した。歯に仕込んだ凶悪な魔法薬だと最後の記憶に出た」
「………クソッ、でも使い魔との接続は切れたよな!?」
「ああ、混沌神の本拠に情報を持ち帰るのが最後の望みだったようだけど、それが果たせないと知って絶望した。それで自殺したみたいだった」
「まあ、欲しい情報は取れた。グレンパに伝えてくれよ、雷鳴」
「任せろ………ところでエルシーに冒険者ギルドがないのは何故なんだ?」
「6大種族会議で承認が出ねえんだよ。一神教の町だからって。受け入れる準備はあるんだけど、こればっかりは大神官様になんとかしてもらうしかねーな」
そんな事を話しながら、俺は部屋に戻る。タルガも部屋に帰るようだ。
「行く時は、ちゃんと呼ぶんだぜ!?」
「おう」
水玉を待つ。今は10時だ。
ずっと水玉と一緒だったから、1人でいるのが落ち着かない。
魔界でも、結婚してしまえば一緒にいられるが、俺たちはお互いする事も多い。
多分、当分は多忙な結婚生活になるだろうな。
水玉は、12時に帰って来た。
「はあ、幹部の知っていることにバラつきがあったので大変でした。雷鳴は?」
「俺たちのとこはこんな感じ(と記憶球を渡す)」
「ケルベロスですか?疑問だらけですね。血を伴わない召喚で呼べますか?石のあったところに死体もあったとか言うならともかく………」
「俺もそう思うけど、考えても無駄なんだよな。対処療法で行こう」
「行き当たりばったりという奴ですね、ではわたしも(と記憶球を渡して来る)」
俺は記憶球を呑み込んだ。なるほど、全員が混沌神の信者だったと。
儀式の事は何も知らなかった。礼拝のつもりでやっていた。
だがそれぞれが監督している独立部隊が2つずつあり、詳しい情報が聞けた、と。
その辺はグレンパに伝えるところだな。
後細かい在庫を管理している男が一人おり、エルグランドでの危険物回収に役に立ちそうだという事だ。早くエルグランドに伝えてやらないといけないな。
そして俺たちはグレンパとエルグランドに情報共有させなければいけない。
ので、そのために早く帰らないといけないと。
「よし、全員の部屋を回って、帰る事を告げよう」
みんな分かっていたので、すぐに集まる。
「雷鳴。何かあったらこのお守りですぐに連絡してくれ」
「あ、それなんだけど全員に作っておいた。暇だったんでな」
「おお………花の形のお守りか………ガラじゃないが感謝するぜ」
「可愛いですわ。あなたって料理といい、器用ですわよね」
「おー!ミニサイズだ!分かってるね!」
「そのミニサイズは苦労したよ。他のみんなのとは造りが少し違うんだ」
「いえーい!」
ミロが喜んでくれたなら、作った甲斐があるというものだ。
「さて、俺たちはグレンパに飛ぶよ」
「「「「いってらっしゃい」」」」
♦♦♦
7月14日。PM13:00
俺たちは、グレンパの南東の門から少し離れた無人地帯に出現した。
とりあえず南東の門に向かい、顔見知りの門番に挨拶する。
そのまま東地区にある冒険者ギルドへ向かう。
帰って来たんだと思う程度には、俺はここに馴染んでいるようだ。
チェリーさんの受付に並ぶのもいつものことだ………内容は違うが。
チェリーさんに依頼票を渡して「ここでは言えない報告がある」というと、「応接室で待つニャ。ギルマスも向かわせるニャ」と返って来た。
応接室でしばし待つ………とチェリーさんとギルマスが、連れだって入って来た。
2人が席に着くが早いか、俺は報告を始める。
まず、エルグランドに置きっ放しの違法な品の件だ。目録を引っ張り出して渡す。
「あらぁん、これが目録ぅ?うわあ、ブラックな品ばっかりねぇん」
それから混沌神の件。召喚の件もだ、目標地は多分ここだとも。
「けるべろす?知らないモンスターニャ。強いのニャ?2人が言うって事は相当だニャー。姿形は、頭が三つあるブラックドックで巨大?了解ニャ、警戒させるニャ」
「あとわぁ、独立して動いている違法商人のグループねぇん?それもこちらで指名手配するわぁ。迷惑きわまりないものぉん」
「よろしくお願いします」
「報告はこれで全部ニャ?じゃあ2人は自由にしていいニャー。急いでエルグランドと情報を共有することにするニャ。他の冒険者ギルドともニャ」
「旅の疲れを癒してねぇん」
15時。俺たちは冒険者ギルドの酒場に来ていた。
一応タルガと「報告完了」「ご苦労さん」というやり取りはした。
さて、遅い昼食だ。
水玉はしばらく食べてないからと「ルブウ」の巨大ステーキである。
俺は「チキン南蛮定食」をオーダー。昼の定食がまだやっていたので。
ここのチキン南蛮は、タルタルソースがたくさんかかっていて旨いのだ。
一気に日常が戻ってきた気配がするな。
たとえ色々な意味で、仮初のものであったとしてもだ。
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