第42話 ケルベロス招来・2
7月30日。AM06:00。
あと一日でグレンパという所まで来た。
もちろん、この時間はまだみんな天幕でお休み中である。
最初、御者の食事を心配したりもしたのだが、なんとこの一行の馬車の御者は、俺たちの物と比べても遜色ない御者人形だったのである。一言もしゃべらないわけだ。
と、いう訳で、12人分の朝食の用意だ。
朝のメニューは「ゴロゴロお豆と干し肉のやわらかスープ」だ。
ベジタリアン(エルフのレディー・L)にも肉食系にも配慮したメニューだ。
ベガティ(トラ獣人)さんなども、植物を消化できないわけではないそうだし。
ああ、あとこれに大量購入してある、おいしいパンもつけるか。
8時。全員が起きて来た。
パンとスープの匂いにつられて展開してあるテーブルにやって来る。
これは俺たちが合流してからのいつもの光景なので、皆さん静かに食べている。
ベガティさんなどは、ぽん、と肩を叩いてねぎらってくれたりするし、ガストン殿は朝から「まぁ一杯やれ」とくる。レディー・Lは微笑んで手を振る、フレージュ殿は綺麗なカーテシーを決め、フレム殿はミロと一緒に小粋なステップをお礼代わりに寄越す。プレティ殿はグッジョブ!のサインがほとんどだ。謎な人である。
好評に終わった朝食を経て、隊列を組んで先に進む。
ん………なんか空気がピリピリするな。
立ち止まってあたりの様子をうかがうと、鳥や虫の声がしないことに気が付いた。
ついで、どっと押し寄せる瘴気が辺りを包む、まずい!
人間ではこの濃度の瘴気にさらされると、命に係わる瘴気あたりを起こす!
(念話:水玉、普通の結界と一緒に瘴気結界も張るぞ!)
(念話:私が瘴気結界を張りますので他よろしく!)
(念話:了解!)
俺は『最上級:無属性魔法:物理範囲結界 範囲×2 威力×10』『最上級:無属性魔法:魔法範囲結界 範囲×2 威力×10』を唱えた。
特殊能力の結界の方が威力は高いのだが、それは無詠唱だ。
他人が大勢いるここで、そんな高等魔法を無詠唱でやると怪しいので呪文を使う。
すぐに、瘴気も遮断された。水玉の魔法だ。
馬車からは激しくせき込む声が聞こえてくる、瘴気が防ぐ前に流れ込んできた分のせいだ。あの量ならまだ体調を崩す程度で済むだろう。
俺は次いで「上級:無属性魔法:魔法個人結界 範囲×4 威力×10」「上級:無属性魔法:物理個人結界 範囲×2 威力×10」をタルガたちのパーティにかけた。
向かって来る者がいたからである―――地獄犬。ケルベロスの部下だ。
こいつらは、馬車の中の要人より、馬上の俺たちに攻撃してきたのだ。
タルガたち4人とこいつら6匹は、いい勝負に思える。
俺たちはって?もう一つ対処しなければいけない物があるのだ。
森の中に顕現しつつあるケルベロスだ―――だが何故か体は石で、あるはずのない翼が付いている。今の所は飛ばず、森から3つの頭を突き出しているが―――?
ええい、手っ取り早く話しかけに行こう。
(水玉、ケルベロスに直接話しかけに行くぞ)
(了解です)
「「『『中級:無属性魔法:フライト』』」」
「おいっ!?お前ら無茶だ!戻ってこい!」
「大丈夫だ!何とかなる!」
「本気か!?」
叫ぶタルガを置いて、向こうからは隠れる位置で、ケルベロスに相対する。
すると魔界語での会話になった。
〈おや、水玉王………女様に、シュトルム公爵様、お目にかかれて光栄ですな〉
〈何で「王女」に間があるのです?〉
〈おお、すみません。王子殿下が王女殿下になられ、我、まだ戸惑っておりまして〉
〈遅いです、早く適応しなさい。で、あなたはなぜこんな所に、そんな変な格好で出現する羽目になったんです?答えなさい〉
〈はい、我にもよくわからないのですが、正規の召喚と思って応じてみればこんなことに。召喚者の姿もなし、軽く暴れたら帰ろうかと〉
〈あなたは帰れるのですか?私と雷鳴はこの世界に閉じ込められているのですが〉
〈我の存在能力がもっと高ければ背後の「帰還陣」からご一緒できたかもしれませんが、我ごときではお二人を通す帰還陣は作れますまい〉
〈なるほど、見えてきましたね、雷鳴〉
〈「魔王」っていうのは俺たちも一緒に帰れる背後の帰還陣を作れる誰か、か。この宗教の本場は南大陸にいるって話だったよなあ?〉
〈やはり雷鳴が「気になる」って言う事は、ほぼ全部、帰還に関する事なのですね〉
〈あのー。お取込み中申し訳ありません、我はどうすれば?〉
〈ああ、適当に私たちと戦って、ギブアップなら帰還陣で帰りなさい〉
〈承知!お二人相手に手加減はしませんぞ!〉
かくして、試合と変わらないのは秘密な怪獣大決戦が始まった。
俺たちに降り注ぐ炎と雷は『特殊能力:結界』で全て防いだ。あとは肉弾戦だ。
狙うは真ん中の首一択、である。普通の長さの刃物では食い込んでも限度があるが、俺たちは『戦技:オーラソード』で4mもあるオーラの剣を作り出している。
俺たちのオーラなので、相手の防御をほとんど打ち破る非常識なものだ。
それで、ケルベロスのまとう多重結界を削ぎ落していく。
ケルベロスはもう帰りたそうだが、首の一つも貰わずにそれはないな。
俺たちは、自分の力が戻っていたことに酔っていたのかもしれない。
ケルベロスの長い蛇の尾が、背後から迫っていたことに気が付かず、結界を侵食されても気が付かなかったのだから。牙は2人平等に突き立てられた。
「まずいっ!毒が―――仮死になる毒か!」
俺は元からアンデッドなので効かないが―――
「ゴホッゴホッ!」
水玉は血―――透明だが血だ―――を吐いていた。何の毒だ?
透明なので気付くのが遅れた出血しているのは、口だけではない。
水玉はあらゆる穴から血を流している。出血毒か!
「『キュア―ポイズン 品質×10』!何とか………効いたか?」
まだ、駄目なようだ。
「水玉、俺の血を飲め、強い浄化作用がある」
俺は口移しで水玉に俺の血を飲ませた。容態が安定する。
ちなみにこの間、炎や雷、踏みつけや嚙みつきなど様々な攻撃が来ている。
それを結界で防ぎながら水玉の治療をしていたのだが、そろそろ限界だ。
「お前はそこにいろ!あ、血に色をつけとくのを忘れるな!」
間の抜けたセリフだが、後で皆に水玉が弱っている訳を説明するのに必要だ。
今度は蛇にも注意しつつ、ケルベロスの多重結界を一枚一枚破。
「特殊能力:結界再生阻害」を用いつつ慎重に、だ。
やがて、尾の蛇をすべて切り飛ばされたケルベロスは、降参した―――
だが俺は奴の首を1つ頂いた。
どうせ帰ったら再生される(普通の召喚ならそうだ)のだ、構わないだろう。
水玉の分―――というより「大ダメージを与えたら元の場所に帰った」という説明のために頭を残しておいてもらいたかったのである。
〈悪いな、帰ったらお前のサイズのケーキ持って見舞いに行くから〉
〈必ずですよぉー!?おお痛い!〉
ケルベロスは「帰還陣」に入り、光になって消えていった。
水玉の所に戻る。
すると、ブラックドックを何とかしたらしいタルガたちが駆け寄っていた。
「おい、凄い血だぞ………どこを切られた!?」
「タルガ!それは出血毒という毒の結果だ!キュア―ポイズンの重ねがけで治ったけど弱ってる。俺が担ぐから、そっとしておいてくれ」
「お、おお。お前は元気そうだな」
「毒の効かない体質でね」
水玉を背中に乗せて、6大種族会議のメンバーの元に帰る。
当然だが水玉は心配され、フレージュ殿は同族のよしみだと馬車に入れてくれた。
水玉は2時間ほど大人しくしていたようだが『ドレスチェンジ』で服を着替えてすぐに出てくる。「もう治りましたよ、馬車の中は窮屈です」だそうだ。
8月1日。AM10:00
とうとう馬車がグレンパに着いた。冒険者ギルドで承認を貰ったら後は職員に任せて俺たちはお役御免―――のはずなんだが。
「あっ!帰ってきたニャ!悪いけど追加の指名依頼なのニャ!」
「何事?」
「羽に包まれた犬のオブジェニャ!羽の生えた犬になって人を襲うのニャ!」
「はああっ!?」
「しかも1ヶ所に5体ニャ!見張りはみんな殺されたニャ!」
「なんだとっ!?」
これはタルガだ、他の3名も顔つきを険しくしてる。見張りはアフ教徒だもんな。
「お前たちも飛ぶか?」
「黒い瞳」のメンバーに聞いてみると、みんな大きく頷いた。
「チェリーさん!「黒い瞳」も送り込む。「黒い瞳」がレシュウの町で、俺たちがエルグランドの町だ!」
「大丈夫かニャー?」
「こいつらの実力なら問題ない(と『勘』が言っている)」
「信じるニャ!」
「よし、飛ぶぞ!『テレポート』」
レシュウの町では、大騒ぎになっていた。砂浜の方に面していた地区を中心に ―――漁師の家がほとんどだ―――レーザービームのようなものが乱射されている。
状況は虐殺の様相を呈していた。
そして、もともとオブジェがあった場所には、額をビームで打ち抜かれて死んだ、あの見張りが死んでいた。
「気のいい奴だったのによ………」
「彼のためにも戦おう」
「そうですわ、早く止めませんと。5体、でしたわね」
「固いって言うなら、ボクたちの魔法が有効だよね!」
「こっちが終わったら迎えに来るから、頑張ってくれ!『テレポート』!」
俺たちはエルグランドに飛ぶ。あそこのオブジェは町のすぐ側だったはず。
『テレポート』すると、町の外壁で兵士達が絶望的な戦いをしている最中だった。
『結界』系を強度10出かけて近づく俺たち。
兵士の頭上を飛び越え、動く羽根つき犬のオブジェ(この後は羽犬と呼ぶ)に切りかかる。「特殊能力:刃強化」をかけて、一撃。
元々思いつく限りの強化をしてある刃は、易々とオブジェを両断した。
向こうでは水玉が同じことをやっている。
「刃強化」は多数が所持する特殊能力だからな。
兵士たちが動揺しつつも職務に忠実に「何者だ」と誰何したきたので「冒険者ギルドからの助っ人だ、チーム名は「スイートハート」!」と返すと、歓声が上がった。
「コゲツキ依頼キラーだ!」「助かったんだ!」という声が聞こえる。
有名だろうと思ったから安心させるために言ったけど、そんな内容で有名なのか………いや、まあそういう内容になるかもしれないな、あれじゃあ。
呑気な事を考えつつ、全部片づけて次へ飛ぶのに大した時間はかからなかった。
次々と、マルコム、マルグリッド、ミンツに飛び、最後にレシュウの町に戻る。
決着が、着こうとしていた。
剣の攻撃が通用しないらしいリズさんとタルガは、呪文使い2人を守っている。
羽犬には、光属性の攻撃が有効で、それで4体倒したという事だった。
2人の魔力は尽きかけだ、俺と水玉は『治癒魔法:魔力付与』をする。
補給を受けた二人の魔法は、きっちりと羽犬を倒したのだった。
「お疲れさん、他の羽犬は全部片づけて来たよ」
「マジかよ、お前ら本当に化け物だな」
「失礼な、努力の結果だよ」
ある意味では―――要は元の世界では―――それは本当である。
努力の結果を制限されているのが、今の現状なのだ。
「ここも片付いた、地域の皆さんに対してできる事もない………グレンパに帰ろう」
「そうだな、リズさん。早く報告して被害地のケアを頼まないと」
「じゃあ、皆さん飛びますよー?『テレポート』!」
♦♦♦
15時。ようやくグレンパでは騒ぎがおさまっていていた。
もっとも裏方は大忙しだろうが。
俺たちもケルベロスの事を話したので、裏ではパニックだろう。
そのせいか、普段は3人いる受付嬢が2人しかいない。
それでもチェリーさんの窓口で、被害地のケアを頼む。
そうしたらチェリーさんに代わりにと頼まれて、6大種族会議の一行を豪華な宿に案内して仕事終了となった。
後は使用人ギルドの面々が面倒を見てくれるだろう。
「あー、雷鳴。俺たち6大種族会議の帰りの警護も頼まれててな、時間がかかるから宿が要るだろ?まあ、お前らも途中まではきっと頼まれると思うけどよ。ここのギルドの宿ってどうだ?」
「俺たちは不自由なく使ってるよ。食事は出ないけどな。俺たちに聞くなら食事処を聞いた方がいいと思うね」
「じゃあそれを聞く」
タルガが素直にそう言う、他のメンバーも異論はなさそうだ。
なので、バザールの中を案内して回った。
1年以上ここにいるので、複雑なバザールの中はもう俺たちの庭である。
一番手軽な所として屋台の立ち並ぶ一角を案内し、座って食べたいなら、とテント屋台をひとつひとつ解説して回る。全部把握してるのかと、みんな驚いていた。
俺のお勧めといえば、鮮魚売り場(川魚)での、串に刺して焼かれている焼き魚だ。
これと、巨大フルーツ売り場のカットフルーツのセットは絶品である。
水玉のお勧めは、冒険者ギルドの「ルブウの巨大ステーキ」である。
全員で一切れ(達成したら半額になる)で挑戦してみるといいと言っている。
俺からは、普通にステーキメニューで頼んだ方がいいと思う、と言っておいた。
結局彼らは、勧めに従って冒険者ギルドで宿をとる、と言ってくれた。
「黒い瞳」のメンバーが2人一組で宿屋に消えてから、俺たちはチェリーさんの所に向かった。帰りもあのメンバーを護送するのか聞くためだ。
「そうなると思うニャー。けどギルドマスターが直接伝えたがってるニャー」
「めんどくさい人だな………まあ、いいけど。あんなので業務に支障は出ないの?」
「雷鳴が絡まなきゃ有能な人なのニャ。罪な男だニャ」
「やめてくれ………」
「(スルーして)ところで、議会っていつまで続くのですか?」
「各地に散ったギルドメンバーからの報告を待つ必要があるからニャ。特にバルンのギルドからの報告は信用できニャいから、外から向かわせないとでニャ。諸々考え合わせると2か月は続くんじゃないかニャー?」
「そんなに?じゃあ、その間に依頼を受けたりしても?」
「2ヶ月以内に終わる依頼ならニャー」
「わかりました、考えます。さあ、行きましょう、雷鳴」
「ああ、さすがに疲れたな」
俺たちは、自分たちの部屋に帰る事にした。ああ、疲れた。
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