第37話 モクモクウォーズ

 統一歴309年。3月19日。AM06:00。


 鉱山解放からはや7ヶ月。

 俺たちは相変わらず月1回ぐらいのペースでコゲツキ依頼をこなしていた。

 これだけコゲツキ依頼をこなしていたら、いい加減そろそろ推薦状が出る、とチェ  リーさんが言っているので、気負わず過ごしていた。


 最近、朝と夜には部屋に大きな浴槽が出ている。

 もし客が来たら大慌てでしまう事になる。が、それはもういい。

 素早くしまうのは特に難しくないからだ。

 何より、風呂を我慢させると水玉の調子と機嫌が悪くなるので仕方ないのだ。

 さすがに旅の最中や理由がある場合(今まで=部屋が狭い)は我慢してくれる。

 だが、できるのに使えないのは嫌なんだそうだ。


 そういうわけで、起きた早々、俺と水玉はお風呂に入っていた。

 熱めの風呂で、気分リフレッシュ。

 今日はレモンバームが湯に入っているので、余計リフレッシュ感が強い。

 ただちょっと、ハーブティーで煮られてる気分になるといえばなる。

 ざばっと湯から上がり、半身浴に切り替える。


「水玉、今日はどうしようか?また図書館でもいいか?」

「いいですけど、今日はバザールでブランチを食べたいです」

「じゃあ、9時には片付けるぞ。いいか?」

「はい、この部屋を取ってから毎日入れていますからいいですよ」


 じゃあ俺は9時まで「水晶の麦」でも作ってようかな?

 水着美女から採血って、なんか変なシチュエーションだけど。

 水玉は気にしてないようだし、いいか。


 9時だ。風呂セットを片付ける。

 浴槽とシャワーの魔具は水玉の亜空間収納へ収納。

 水は『デリート(物体消去)』と『ドライ(乾燥)』だ。


 部屋から出、ロビーを横切ろうとしたら、呼び止められた。

「スイートハートのお二人さーん!推薦状と急ぎの試練が出てるニャー!」

 おおっと。それは受付に行かないとだな。

「推薦状は、これニャ。グレンパで出たものだから受領済みの扱いにするニャ」

「了解です」「お任せします」

「で、試練なんだけど、ファンガスが出たニャ!」

「げっ!」

「何ですか?それは」

「モンスターじゃなくて、特殊なキノコの胞子なんだ。禁制品だし、自然発生したらすぐ分かるから滅多に出ないんだけど………誰かがまいたんだろうな、胞子を」

「感染すると?」


「2週間以内なら行動がおかしくなるけど治癒魔法の『キュアーシック』で助かる。

 2週間を超えるとキノコ人間になって、そこら中に胞子をまいて回る………

 そうなると神聖魔法の『蘇生』でないと助からない。

 3週間だと手遅れ。ただ胞子をまく、歩くキノコになり果てる。

 今回はどのケース?」


「手遅れなのニャ―。小さい村がひとつ全滅だという報告がもう入ってるのニャ。

 報告してくれた連中もファンガスの胞子で汚染されてて大変だったニャ。

 試練はファンガスの始末と周辺の浄化だニャー。

 キミたちなら感染しても『キュアーシック』使えると思ってニャ」

「使えるけどさ………試練というかほとんど指名依頼だよね?」

「だってコゲツキ依頼をあんなにクリアしてるペアに、何頼んでも今更ニャ」

「はいはい。準備を兼ねてバザールに行こうか水玉」

「あ、これ試練の依頼票なのニャ。場所とか書いてあるニャ」

「はい、いただいていきますね」


 あまりやる気になれない依頼だが、気を抜くわけにはいかない。

 ファンガスは寄生した人間の身体能力を大幅に上げる。

 なので、集団で来られるとそれなりの敵なのだ。

 依頼票に村の人口が書いてある、100人だ。確かに小さい、極小と言っていい。

 だがファンガスが100体という意味だと考えると決して小さくない。

 まぁ、できることなど、防毒布を作ることぐらいだ、食事の後でいいだろう。


「今、キノコだけは食べたくないな」

「ふむ、キノコになっちゃうかもしれないですね」

「そういう事を真顔で言うなよ!?」

「だってファンガスってそういうものなんでしょう?」

「あれは食わなくてもなるよ………」


 結局俺たちはブランチなのでということで、スープのテント屋台を選んだ。

 俺は「ハーブチキンのレモンスープ」を。

 水玉は「かぼちゃのカレーポタージュスープ」をそれぞれ頼んだ。

 水玉は、かぼちゃが柔らかくて甘い、とご機嫌だった。

 俺のは鳥がゴロゴロ入っていて食べごたえがある。

 レモンとバジルがいいアクセントになっていた。

 キノコを使ったメニューは、水玉はどうか知らないが俺は意図して避けた。


 食事を終わらせて、部屋に帰り依頼票を精査する。

 場所はここから7日、イラムト大森林の中の村。今回の目的地は北西だ。

 ファンガスに村が汚染されていることが発覚したのは7日前。

 冒険者の一団によって発覚した。その時点ですでに、住民は胞子をまくようになっており、その場に『蘇生』が使える術者もいなかったので、報告を優先したらしい。

 ファンガスの群れとやり合える格の冒険者ではなかったようだ。

 彼らもファンガスに罹患していたが『キュアーシック』が間に合ったそうだ。

 間に合って幸運だったな。


 さて、防毒布を作ろうか。

 と言っても布に薬剤をしみこませて乾燥させるだけだが。

 だが、その薬剤を作るのが難しい。「死者の防病液」という薬剤だ。

 複雑な魔法陣と、材料が多く要る。

 しかし俺は普段の買い物が功を奏し、材料は全て持っている。


 魔法陣を大きな羊皮紙に描き、俺の血と炭の粉を混ぜた染料でなぞる。

 魔法陣の各部に必要な媒介を設置し、中央に中ぐらいの瓶を置く。

 ほのかに光り出した魔法陣に、呪文を詠唱する。

 呪文が終わる頃には魔法陣は綺麗に消え去り、中央の瓶に中身ができていた。

 その薬液を顔を覆えるショール(綿)にしみ込ませて………完了。


「水玉、はいこれ」

「ありがとうございます。でも私にファンガスが罹りますかね?」

「死体でも関係ないから、俺はかかるけど………水玉はどうだろうな。まあ万が一の時のために装着しとくのがいいと思うよ」

「かかっても『キュアーシック』で治るんですよね?」

「うん、初期ならな。でも治っては罹患するって状況だと、罹患するたびに症状が重くなっていくんだ。だからこの防毒布がいるんだ。わかった?」

「理解しました。ろくでもない胞子ですね」

「だから受付で言われた時、げっ、てなったんだよ」


 13時だ。そろそろ馬車を取りに行こう。

 ………が、その前に受付だ。チェリーさんが空くのを待ち、声をかける。

「俺たちはファンガスを全滅させるのはいい。けど、胞子のつきまくった森への対処はどうすれば?浄化と言われても困る。罹患した動物を焼き尽くすのか?」

「大丈夫。その対処でいいからやって欲しいのニャ。

 ファンガスは生物につかない限りは無害だニャー。

 あとはその辺の植物に不用意に触れないよう通知を出すニャ。

 ファンガスから離れた胞子の寿命は1週間ほどだからニャー」

「………了解」


「水玉、今回は幌馬車で行けそうにない。ファンガスにかかった生物がうろついてたり、死んでたりするのを見逃すからな」

「幌を取って荷車状態で行けばいいじゃありませんか?見晴らしもいいでしょう?」

「その手があったか、それでいこう」


 俺たちは道で行きあう「生物全て」を条件にして『教え:観測:説明書』を使いながら進む。時々元気そうなやつでもかかってる事があるので要注意だ。

 元気そうなやつには『キュアーシック』が効くので、治してやりながら進む。

 そんな事をやりながらなので、進む速度は極めて遅い。

 だが6日目に入ると、道端でキノコを生やして死んでいる狼とかが増えてきた。

 そういうのは炎魔法で焼却処分するしかない。


♦♦♦


 8日目の午前中に入ると、よたよたと街道を歩いて進むきのこ人間が。

 防毒布、装着だ。


 あまり寄りたくないので、戦闘は槍で行う。

「雷鳴、こいつら弱点は?」

「心臓!でなければ完全に炭にするしか!」

「どこにあるのか分かりませんよ!大体炭にするってそれ、戦闘の後でしょう!『ウィークポイント』をいちいちかけるしかないのですか!?」

「残念ながら、そういう事になる!」

「面倒くさい!!」

 一体だけだったので、戦闘はあっさり終わったが黄色い煙がもくもく上がった。

 防毒布をつけておいて良かった。


 ほどなく、村にたどりつく。

 

 そこは、キノコ人間の集落だった。

 俺たちは、できる限り拡大して『ウィークポイント』をかけ、自分が『ウィークポイント』をかけたファンガスを獲物として見定める。

 キノコの下の人体を、強化して操っているファンガスは、群れれば強敵だった。

 攻撃は打撃で、当たれば水玉にひびが入るほどだった。すぐ治っていたが。

「水玉!大丈夫か!?」

「油断しただけです………!」

 俺も、すぐ再生するとはいえ、背骨を折られた。

 地面に倒れ込んだ時にはおしまいかと思ってしまったが、水玉が魔法で援護を飛ばしてくれた。背骨は瞬時につながったので、根性で跳ね起きる。

「ありがとな!」

「こっちが危なくなったらお願いしますよ!」

「勿論だ!」

 負傷しながらも戦闘を重ねていると『ウィークポイント』をかけなおす事になる。

 第一陣を倒しきったようで、第2陣が来たのだ。

「これ!100体前後なんですよね!?」

「依頼票にはそう書いてあった!」

「ああもう面倒くさい!」

 着実に減らしていくが、こっちもダメージを受ける。

 打撃を受けて、水玉の体でコーティングしてある盾が粉々になった。

「嘘だろ………どんな馬鹿力だよ………」

 打撃を受けずに、武器で流すスタイルに切り替える俺。

 槍では受けにくいので、心臓を貫きにくいが青龍刀に切り替える。

 パキリ、と水玉の方も盾が砕けた音がする。

「大丈夫か!?」

「あなたこそ!」

 ファンガスは、第3陣までいた。何度『ウィークポイント』を使ったやら。

 だが徐々に動くファンガスは減り………動く者がいなくなる。

「ふぅ、これで終わりですか?」 

「………そうっぽい………」

 俺は息を整えながら、水玉に応じる。

 多分民家に赤ん坊のファンガスとかがいるだろうが………それはいい。

 村ごと骨まで燃やし尽くすからだ。


 とりあえず、ファンガス達を担いで一カ所にまとめる。

 次に、燃える水(ガソリン)を要所要所にまいて回る。

 ファンガス達にもたっぷりかけてやる、チリも残さぬように。

 最後に『最上級:火属性魔法:ファイアストーム 範囲×10』を村と周囲の森林に連発。盛大な火事になった。ファンガス達はよく燃える。

 盛大な送り火になったのだった。


 ちなみに俺たちは胞子を体中にびっしりとつけている状況だ。

 『キュア』では消えないが『ウォッシュ』で落とせるので、お互いにかける。

 ふう、もうファンガスは勘弁してもらいたいものだ。

 

 森の延焼は『ブリザード』で食い止めたので起こらなかった。

 燃えたのは村の30m四方。それだけ燃やさないと安心できなかったのだ。

 俺たちの衣服も村と一緒に燃やし、防毒綿ももう使い物にならないので燃やす。

 『ウォッシュ』で体の方も綺麗にして着替えた。

 俺たちは悪魔なので黙祷とかはしないが、ファンガスの菌を持ち込んだ奴がろくでもないとは思う。なぜだろう、持ち込んだ奴の事を知る必要があるように感じる。


「雷鳴、炎ももうおさまって来ましたね。盛大な送り火。もういいでしょう?」

「そうだな、原因の根本が捕まってないのが何だけどな」

「それは官憲の仕事でしょう?気になるのですか?」

「ああ、なんとなく気になる『勘』かもしれない」

「なら、門番の兵士にでも、進捗を聞きに行けばいいではないですか」

「………そうだな、そうしよう」


 俺たちは、炭の山となった村と森をふりかえって、そこを後にした。


♦♦♦


 4月5日。PM14:00。

 俺たちはやっと、グレンパに帰り着いた。

 道中ずっときのこに警戒していたので、もううんざりしている所だ。


「お疲れさまでした!」

 顔見知りの門兵が声をかけてくる。

「おつかれさん。ファンガスまいた奴の情報って上がってる?」

「私はよく知りません。何か解ったらギルドの方に報告が行くと思いますが」

「なるほど、ありがとう」


 さて、ギルドに帰って来た。チェリーさんに報告する。

「うんうん、ありがとニャー。確認のために人を送るから、それで裏付けが取れたら晴れてS級だニャ。確認待ち―――15日程かニャ、待機していて欲しいニャ」

「分かった。ところでファンガスの胞子を持ち込んだ奴の目星はついたか?」

「持ち込んだ奴はまだだけど、注文した奴の目星はついてるのニャ。今は泳がせてるけど、再度接触しそうになければ捕まえて尋問ニャ」

「その情報、俺たちにも教えて貰える?」

「構わないのニャ。聞きに来るニャー」

 ありがとうと言って、俺たちは受付から離れた。


♦♦♦


 4月20日。PM08:00。

 お風呂を切り上げて階下に下り、ロビーに行くと

「スイートハートのお二人さーん!試練の成功が確認できたのニャ!」

「良かった。処分漏れはなかった?」

「なかったニャ!」

 まあ『説明書』をかけながら進んでいたからな。

「はい!これがS級の認識票だニャ」

「ありがとう」

 2度目の取得だから、というのもあって何か感慨深い。


「それで、例のファンガスの件はどうなってる?」

「それニャ!どうも売ったのは魔物の販売と、奴隷商人を兼ねてる組織らしいニャ。

 名前は『赤目の犬』とかいう組織らしいニャけど………。

 接触方法は、特殊な呪文を唱えるだけ。魔力持ちかどうかは関係ないそうニャ。

 その後は使い魔を使での接触だそうで、ヤバ気だと姿を現さないんだそうニャ。

 だからここで行き詰ってるのニャ」

「うーん、知り合いのアフ教徒に聞いてみようか?」

「そんな知り合いがいるのかニャ!?是非頼むニャ!じゃあこれを預けるニャ!」

 言って、目の形のついたネックレスを出して来るチェリーさん。

 アフ教徒の物と違い、白地に赤い目である。あっちは黒地に金の縫い取りだ。

 それを受け取って、俺たちは一度自室へ帰った。


『………ズさん、リズさん聞こえるかな?』

『………驚いた。雷鳴なのか?』

『そうだよ、聞こえてるみたいだね。用があるんだけど、いいかな?』

『ああ、問題ない』

『「赤目の犬」って組織、知ってる?』

『どこでそれを!?』

『かくかくしかじかで………』

『私たちは、今そいつらを追っている。良かったら協力してくれないか?』

『いいよ。何故か気になるんだ』

『ならば、グレンパの東南にある小さな町「ミーツポイント」にて落ち合おう。時間はかかるが、私たちは今ミンツにいるから、同時ぐらいに着くはずだ』

『分かった、ミーツポイントだね』

『ああ、着いたらまた連絡を』


俺たちはミーツポイントの町に行く事になった。

チェリーさんに報告すると、彼女は「紅目の犬、追跡」の依頼書を出してくれた。

期間は無期限なので、ありがたい。どこまで行くか分からないからな。

依頼書を受け取って、俺と水玉はまず腹ごしらえに向かったのだった。

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