第36話 精霊王のお気に入り

 統一歴308年。8月1日。AM06:00。

 今日も俺たちは規則正しく目を覚ました。

 ………まあ水玉は俺が起こしているのだが。

 

 不気味な村の事件が解決した後、帰って来て報告すると、すぐあの地の蛇と蜘蛛を一掃するために大勢の冒険者が動員された。

 一応、あの周辺の蛇と蜘蛛はいなくなったはずだが、何分森の中なので確証は持てないという事で、居住禁止エリアとあいなった。

 あの集落は、あのまま朽ち果てていくのだろう。

 

 俺たちはその後、6件のコゲツキ依頼をこなした。

 図書館での魔法陣作成や、この世界の魔法について知る事を主目的に動いたので、冒険者としての活動としてはゆっくりだが、1月に1回は依頼をこなしている。

 そのうちに半年が過ぎて、もう夏だ。


 部屋に作るお風呂はややぬるめになり、部屋は『クールダウン』がかかっている。

 今は朝なので風呂は大きな水晶の浴槽ではなく、つぼ湯ならぬ樽湯が出ている。

「暑いのでシャワーが欲しいですけど、ウォッシュで我慢ですかね」

「ユニットバスを作れない事もないぞ?魔法で浴槽の湯を吸い上げるシャワーを作ればいける。幸い水がこぼれても、この宿は水をはじく建材だし」

「本当ですか!ぜひお願いします」

「いいよ。でも樽の浴槽の時は無理だから、大きい浴槽を出してる時だけな」

「朝にも大きい浴槽を出してもいいですか?」

「仕方ないな、まったく………」


 長めのホースとシャワーヘッドを『クリエイトマテリアル』して、後はシャワーヘッドのてっぺんに魔法陣を刻んだら出来上がりだ。

 これくらいならちょちょいのちょいである。

 亜空間収納から大きい浴槽を出して、準備したら水玉にシャワーを渡す。

「うーん、やっぱりシャワーはいいですね」

「できるだけ浴槽の外にこぼすなよー?」

「わかってますよ。………温度調節ができればもっといいんですけど?」

「………自分でウンディーネかサラマンダーに頼んでみろ」

 試してみたらしく、できたと喜ぶ水玉。

 温度を下げるのはウンディーネ、上げるのはサラマンダーに頼んだそうだ。

 まあ妥当な所だな。


 10時。風呂で遊んだ後、片づけと着替えをして階下に下りる。

 そして酒場で朝昼兼用の食事。食べ終わったらロビーに出る。

 目的はコゲツキ依頼の掲示板だ。

 だがコゲツキ依頼の掲示板に行こうとしたら、受付から声がかかった。

「スイートハートのお二人さーん!指名依頼があるのニャ!」


 それを聞いた俺たちは受付に行く。半年で来たか、指名依頼。

 だがパーティ名を、大声で叫ばれるのはちょっと………恥ずかしい。

「ごほん、指名依頼って何でしょうか?」

「えーと、北の首都だったマルグリットに行くまでの道に、ゾルゲ山脈っていう大きな山脈があるのは知ってるニャ?ゾルゲ山脈の中に街道が通ってるのニャ」

「地図の上では知ってますけど、それってかなりここから距離ありません?」

「マルグリットの冒険者がみんなさじを投げたのニャー」

「………一体何があったのです?」

「ゾルゲ山脈には豊富な鉱脈があって、稼働中の鉱山も多いんニャけど………そのうちの一つ、魔道具の動力や魔道具の作成に使われる、精霊石が産出される鉱山が下級の大地の精霊の大群に占拠されてしまったのニャ!精霊石の魔力に惹かれて来たみたいニャンだけど、他にも原因がある可能性もあるニャ。何より厄介なのは人間を見つけたら実体化してぶつかって来る―――ストーンブラストをかましてくるのニャア」


「………大群って、どれぐらい?」

「わかんないのニャ………歩くと絶対ぶつかるぐらいだとか」

「………鉱山の規模は?」

「小規模ニャ。これが地図」

 うん、まあややこしくはない………

「ん?この最奥の「湖」っていうのは?」

「採掘してると水が出てきた時期があって、採掘し終わったかなり大きな空間が地底湖みたいになったらしいニャ。人工湖みたいなものらしいニャ」

「なるほど………そこにも何かありそうだな。まあ下級精霊なら、精霊を吸引・封印するアイテムを作れるのでいけます。下級精霊ばかりなんですよね?」

「それも多分なのニャ………ごめんニャ?」

 おいおい………

「まあ、何とかなるんじゃないですか?行きましょう、雷鳴」

「………しょうがないな」


「ニャ!受けてくれるかニャ!じゃあ依頼書を発行………受領印をポン、ニャ」

 チェリーさんは俺たちに鉱山の地図と、鉱山までの地図と、依頼書を渡してきた。

 仕方ない、旅の準備だ。


 今回の旅は長い。ここグレンパから北に向かうのだが、まず20日程行ったところにセーグという町がある。ここはゴーレムの名産地らしい。

 そこからさらに6日ほど言ったあたりに鉱山「S-3」がある。

 北の首都マルグリットから行った方が明らかにいいのだが(14日で済む)さじを投げたらしいので仕方ない。根性のない事である。


 11時。とりあえず、旅の食料を買いにバザールへ。

 亜空間収納に入れれば劣化しないので、新鮮な食材を大量に買い込む。

 その他にもチーズとか、パン、調味料も買い足しておく。

 ひとしきり買いそろえて宿に帰った。


 宿に帰ったら精霊封印の壺を作りにかかる。

 まず、特殊な土と泥、粉にした鉱石を呪文を唱えながらをこね上げる。

 つぼの底になる部分に術者の血液で魔法陣を描き、対応した宝石を嵌めこむ。

 地の精霊はパールやサンゴ、琥珀やべっ甲以外ならどの宝石でもいい。

 なので、ガーネットをチョイス。地中から産出されるからだ。

 ガーネットをはめこみ、呪文を唱えると、土は淡く光った。

 最後に魔法陣を底にする様にツボを成形、最後にサラマンダーに焼き上げて貰う。

 うん、まずまずの出来だな。相当な数の下級精霊を吸い込むことができそうだ。


 準備していたら、もう15時だ。

「どうする?もう出発するか?封印の壺はもう一つあった方がいいと思うんだが」

「馬車の中でも作れます?」

「んー?うん。さっきのでコツは掴んだから大丈夫だと思うけど」

「じゃあ、遠いですし出発してしまいましょう」

「そうだな、じゃあ馬車を取りに行こうか」


 レディ・ピンク号を預かり所から出したら、街中を北西の門に向けて進む。

 ここ半年、毎回の事なのだが注目の的だ。

 冒険者が乗っていると知れ渡っているので「がんばれよー!」と声援まで飛ぶ。

 俺は恥ずかしいので顔を出さないが、水玉が手を振っている。

 なにはともあれ、無事に北西の門から、北の街道に出ることができた。


♦♦♦


 8月19日。AM08:00。

 ゴーレムの町、セーグに辿り着いた。

 馬がゴーレムで疲れ知らずだったので、2日も短縮できたのだ。

 セーグの預かり所に馬車を預けに行ったら、そこの女将さんに声をかけられた。

「お嬢ちゃんたち、セーグは初めてだね?」

「はい、そうですよ?何故でしょう?」

「ゴーレムの髪と目だよ」

 

 なんでもセーグでは、ゴーレムに植毛し、生きているような瞳をはめこむのが普通らしい。どこでやってくれるのか聞いたら、ここでもやっているという。

「やってみるか?水玉」

「面白そうですね!」

 もっと凝る人は、皮膚を張り付けたりもするそうだが、さすがにそこまではいい。

 色の指定をして、髪と目を装着してもらう事にした。

 ゴーレムの主人認定を一時的に職人さんに移譲して、お任せである。

 明後日の朝には出来上がっているそうだ。


「時間ができたな」

「そうですね。………ねえ雷鳴?あれはなんでしょう?」

「んあ?」


〈セーグ名物!食べられる土と岩の店!〉


「え………食べられるのか?」

「そう書いてありますよ、行ってみませんか?」

「まあ待て、あれは観光客向けだろう。さっきの女将さんに地元民の店を聞こう」

 女将さんから「可食砂」と「可食岩」の店の情報を聞き出した俺たちは、その店に向かう事にした。本当にこの辺りでは食べられる砂と石が採れるらしい。


 紹介された店はそれなりに客足のある大き目の店だった。

 ファミリーレストランといえばわかるだろうか?あんな雰囲気なのである。

 メニューは普通の定食屋と大差ない。

 ただすべてが砂や岩石からできているというだけだ。

 悩んだ挙句、俺は「可食岩の味噌煮」定食「可食砂の味噌汁付き」を選んだ。

 水玉は「可食石のから揚げカレー風味」定食「可食砂のスープ付き」だ。

 

 運ばれてきたものは、衣がついている水玉のはともかく、味噌煮はどう見ても石だった。恐る恐るフォークを刺すと、サクッとした手応えであっさり切れた。

 口に運ぶと、うん?ホクホクした白身魚のような味がするのにサクサクしている。

 歯触りがいいし、意外なほどにおいしくて思わずペロリと食べてしまった。

 みそ汁の具は大き目の砂粒だったが柔らかく、煮込んだタマネギのようだった。

 水玉も目をキラキラさせながら唐揚げを食べている。


「………夜も可食石の店を探してみるか?」

「可食石で有名な宿とかあったらそこがいいと思うんですけど」

「また女将さんに聞いてみるか。金はかかってもいいからって」

「そうですね」


♦♦♦


 8月21日。AM06:00。

 この2日間、ずっと可食石ばかり食べていた気がする。

 気がする、じゃないな。毎食可食石だった。栄養ってあるんだろうか?ミネラル?

 高級宿に泊まったので朝食もついており、ここでも可食石のメニューだ。

 食べ終わったら、そろそろ馬車を受け取りに行ってもいい頃だ。


 馬車を受け取りに来たが、予想はしていたものの驚いた。

 馬が本物そっくりなのはまだしも、御者人形が人間の少女に見えるのである。

「これは、レディ・ピンク号の「ピンク」は彼女の名前って感じですね」

「俺もそう思う………今度綺麗な服を買ってやろう」

 気を取り直し馬車を出発させたが、水玉は御者人形ピンクの髪を結っていた。


♦♦♦


 8月26日。AM09:00。

 快調に飛ばして、予定を短縮して鉱山「S-3」に入る山道まで来た。

 ふもとに馬車は残していくが、あんなのを盗もうとするやつはいないだろう。

 万が一いてもピンク(御者人形の名前になった)に戦闘行動を教え込んである。

 夜の娯楽でやったことだが、アイアンゴーレムに戦闘行動を教え込んだのだから凶悪な留守番になる。なので、対象は「馬車を持って行こうとした奴」に絞ってある。


 さて、鉱山のマップを見ながら攻略開始だ。

 最初に入った坑道はキラキラと輝く地属性の精霊たちで満ちていた。

 俺たちを見つけると、素早い動きでやってきて問答無用で体当たりしてきた。

 慌ててかわして入口付近へ。これは危険だ。聞いていた通りである。

 俺は入口から「土精霊封印の壺」を作動させる。

 壺はこのエリアにいた精霊を全部吸引し封印した。


 このエリアにはトロッコがあった。

「水玉。押すから壺持って乗って行くか?」

 水玉がうなずいたので、トロッコに乗せて、もう一つの「土精霊封印の壺」を持たせ、常時発動状態にしておく。掃除機の完成である。

 残り4つのエリアのうち2つは、これで簡単に精霊の排除ができた。

 問題は残りの2つであった。


 奥へ続くエリアに足を踏み入れかけた俺は、急ブレーキで止まる。

 このまま突っ込むのはマズイ気がしたからだ。

 水玉もトロッコから下り、警戒する。

 先のエリアから強い魔力を感じるのだ。


 「『魔法個人結界 範囲×2』」

 呪文をかけて次のエリアに踏み込む。

 そこには土精霊の上位種、ウォーノームが顕現していた。

 小精霊たちと同じく、最初から敵対的だ。

 いきなり『ロックブラスト』がとんで来た。結界を張っていてよかった。

 結界を維持したまま、接近戦に持ち込むが「ウォーノーム」というだけあってこいつらは接近戦も得意だ。

 強化した方がいいだろう『剛力10』『頑健10:理外の外殻』『瞬足10:飛行』

 水玉も『フィジカルエンチャント・スピード・パワー』をかける。

 これでぐっと有利になった。

 ウォーノームの槍と剣を交え、槍を叩き折る事に成功する。

 あとは、ゴーレムのものと似た「精霊核」を叩き割れば顕現する力を無くすはず。

 『ウィークポイント』で核は見えたので、俺がフォローして水玉が叩き割る。

 それを2回繰り返した。ウォーノームは精霊界に帰ったのだ。


 「「『魔法個人結界』『物理個人結界』」」

 2人共呪文をかけなおす。強化呪文はまだ効いているな。


 最後のエリアはこれまでの5倍はあると地図にある。地底湖になったエリアだ。

 そこから威圧感をビンビンに感じる。

 最上級クラスの地の精霊がいると見て間違いない。

 俺たちは最大限警戒しながら、地底湖エリアに歩を進めた。


 そこにいたのは、巨大な亀だった。

 甲羅はぎざぎざした岩山のようになっており、顔と四肢も岩石のようだ。

 巨亀は何か虹色の物を食べている………精霊石じゃないか?あれ。

 食べ終わるが早いか、亀は俺たちに向かって光線を吐いた。

 扇状に広がるので、避けるのはちょっと無理がある。結界は正解だった。

 『ウィークポイント』をかけると、頭と腹が光った。水玉に伝える。

「腹はちょっと無理ですから、頭ですね。ブレスが怖いですけど」

 そう言った瞬間、一気に湖から出た巨亀が踏みつけ攻撃に出てくる。

「前言撤回。腹に潜り込めそうです!」

 腹を槍で刺した瞬間、巨亀が叫び声を上げる。

「GYORUGEEEEE!!」

 踏みつけ攻撃をやめ、地底湖に戻ってしまう巨亀。

 こうなると厄介だ。ダメージ覚悟で頭を叩くしかない。

 そう思って攻撃を仕掛けた。

 ………の、だが。ブレスの収束部分である口元は予想以上にヤバかった。

 相手にも痛打を与えたが、ブレスで結界が消し飛び、俺は鉱山の壁にしたたかに叩きつけられた。強制的に『定命回帰』を解かれ、ヴァンパイアに戻る。

 何故かと言うと、死亡ダメージを受けたからだ。

 後頭部に岩が深々と突き刺さっている、疑似人間モードでは即死ダメージだ。

 引き抜くと、どっと血があふれ出た。だが再生はもう始まっている。

「大丈夫ですか!?雷鳴!?」

「ギリ無事だ!結界を強化して接近しろ!」

「はい!『魔法個人結界 範囲×2 強化×10』!!」

 俺の分もかけてくれたようだ。助かる。

 俺は、水玉を追って再度接敵。背中は血まみれだが傷はほぼふさがっている。

 そして巨亀は水玉に瀕死に追いやられていた。

 最後の抵抗とばかりに、ブレスを全方位に吐き散らすが、結界は強化済みだ。

 悪いけど、死んでくれよ。

 俺は、水玉が半ば断っていた巨亀の頭の残りを切り落とした―――


 巨亀はどうも大精霊の具現化したものだったらしく、倒すと消えてしまった。

 しかし、アレの存在を事前に報告されなかった………いや上位精霊の存在すら報告を受けなかったことを考えると、前任者は小精霊にやられたのか。

 情けない限りだが、もう一度鉱山を見回り、何もなかったのでこれで任務完了だ。


「雷鳴『ウォッシュ(洗浄)』『キュア(汚れ掃除)』」

「ん?ああ、血か」

「死体じゃなければ死んでる傷ですね。本気で心配したんですよ?」

「『定命回帰』が解けてヴァンパイア状態になったから無事だったんだ。ああ『定命回帰』をかけなおさないとな………」

「久しぶりに16歳のあなたを見ましたね。あ、20歳にもどった」


俺たちは軽口を叩きながら帰路についたのだった。

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