第35話 不気味な村

 2月25日。AM11:00。

 さて、俺たちは食事に出てきた。

 今回も屋台テントを利用してみようという事で、カレー専門の店に入る。

 3種類ほどカレーがあり、それをナンで食べるスタイルだ。

 2人共辛めの味付けを選んだ。ひとえに寒いからだ。

 だが何と、水玉は普通にカレーを食べるのは初めてだという。

 カレー味のものは食べた事はあっても、そのものカレーというものを食べるのは初めてだとか。ナンを手でちぎって食べるのにも驚いていた。

 食べてみて、辛さに驚きつつも新しい味を気に入ったらしい。

 なら、また来よう。


 13時。俺たちはバザールをうろうろしていた。

 目当ては、お風呂に入れるものの調達だ。

 まずは塩。これは簡単に買えた。

 塩分が芯から体を温め、冷房冷えや夏冷えの解消や、肌を丈夫にするという。

 次に日本酒。酒粕があったのだからあるだろう。実際名前が違ったが売っていた。

 冬にもぴったりでポカポカして、肌もツルツルになるそうだ。

 他にも牛乳や、柑橘類、桃(巨大)、ショウガ、ハーブ全般………などなど。

 俺の血の麦にも使えそうなラインナップだな。

 水晶の麦の方には必要ないけどな、そのままで絶品だから。


 その他にも魔道具の材料や、魔法陣に使う材料があったら買い込んでいく。

 結構な数の素材を手に入れられたが、歩き回っているうちにもう17時だ。


 17時。俺たちは冒険者ギルドに帰って来ていた。

 依頼掲示板に行くかどうか相談したが、今朝も作成依頼をこなしたばかりだし、明日にしようという事になった。

 そのままこの日は酒場で夕食を取った。


 21時になって、風呂タイムだ。

 今更ながらに思うが、この光景を他人に見られたらえらいことだな。

 だがまあいい。浴槽の、純水を温めたお湯に酒を注ぎ入れる。広いので4合ぐらいかな?浸かっていると、体がポカポカして来て肌もツルツルになる。

 水玉は嬉しそうにニコニコと浸かっている。うん、酒は正解だったな。

 欠点は下戸では酔っぱらう事だが、俺たちは問題ない。


 23時。俺はそろそろ眠いな………お休み、水玉。

 その日は育て親である姉ちゃん―――レイズエルの夢を見た。

 タナトスのイバラに触れたからだろうか?

 夢の中の姉ちゃんは、いつものように誰よりも美しくて―――

 そして、その歌声はディーヴァと言うにまさに相応しく―――


♦♦♦


 2月26日。AM07:00。

 俺は少しだけ寝坊をした。

 姉ちゃんの歌声に聞きほれていたらそうなったのである。

 そう言えば夢の歌は、俺も歌っていいと解禁された歌だっけ。

 この先歌う事などあるだろうか?


 俺は寝息を立てている―――呼吸は必要ないのに芸が細かい―――水玉をつつき起こす。ちなみに風呂はちゃんと片付けられていた。

「ふわぁ、おはようございます。お風呂に入りたいですね」

「こらこら、風呂は夜にって決めておいた方がいい。朝食と依頼探しがあるだろ?」

「んー。樽のお風呂でいいので入って行きます!」

「はいはい、1時間だけだぞ」

 

 結局2時間入っていた。もう9時だ。

「ご飯は朝昼兼用だな」

「ああ、そんな時間ですか?」

「というか、もう部屋で済まそう。フルーツなら風呂の中でも食べれるだろう?」

「はい、巨大フルーツですね。大きいのに大味になってなくて美味しいですよね」

「そういや栽培方法を聞いたら、人間が世話するけど、収穫はゴーレムだって。世話も一部ゴーレムがやってて、西方大陸はゴーレム技術が進んでるみたいだ」

「へえ………じゃあ、私たちの馬もゴーレムに変えません?」

「ああ、そうだなあ………うん、その方が気を遣わなくていいよな」

「じゃあ、今日の予定は決まりですね!」

「まぁ、依頼掲示板は明日でもいいか………」


 俺たちはギルド掲示板には寄らず、馬車預かり所に向かう事にした。

 服を整えて、防寒具に身を包んだら、出発だ。

 馬車預かり所でよく見てみると、馬がつながれたまま置いてある馬車が複数ある。

 預かり所の人に聞いてみると、どうもゴーレム馬らしい。珍しくないんだな。

 それなら、と、まず馬を預かり所で引き取ってもらう。

 その後は俺が馬車をけん引して―――カブトムシか何かになった気分だ―――町から見えず、かつ広い場所まで行って止まる。有翼人にも注意だ。


 周囲を確認したら『クリエイトマテリアル・ラージ』で大きな鉄の塊を複数作る。

 その後は『クリエイトゴーレム・アイアン』で馬型ゴーレムの作成だ。

 ゴーレム作成は水玉の方が得意なのでお任せする。

 すると、リアルな馬が2頭出来上がって来た。

 それに2人で『ダイ(染色)』を駆使して、リアルになるように色を付けていく。

 そして命令権を、俺と御者人形にも渡してもらって訓練することに。

 普通の馬車として機能するようにさせるまでに夜9時までかかった。半日だ。

 俺たちはくたくたになって、門の閉まる前にと、門をくぐって帰ったのだった。


 ゴーレム馬と馬車を預けて、ギルドに帰った頃にはもう10時だった。

「ねえ雷鳴、あの馬車に名前をつけたらどうでしょう?」

「ライムグリーン号みたいにか?」

「はい、レディ・ピンクでどうでしょうか?」

「御者人形もピンクの髪と目、服装だし、幌がショッキングピンクだから特に違和感はないな。ちょっと俺が恥ずかしいけど………別にいいんじゃないか?」

「では決まりですね。壊れないように今度使う時、私の体を浸透させておきます」

「そこまでやったら唯一無二だな」

「そういう物があってもいいと思います。武器防具や装飾品はまた別ですが」


 その後酒場で食事をして、俺たちは眠った。さすがに疲れたのだ。


♦♦♦


 2月27日。AM06:00。

 俺は疲れが取れてない感覚と共に目を覚ました。

 もう少しゴロゴロしてたら回復するかな?ゴロゴロしてみることにする。

 すると水玉が起きてきた。

「何をしているのです、雷鳴?珍しいですね」

「疲れが残っているからしばらくゴロゴロしてみようかと思って」

「なら私はお風呂に入ります!」

「いいんじゃないか?昼までダラけてよう」


 昼頃にはすっかり元気になっていた。

 いつもキッチリ行動しすぎなのかもしれないな、と少し思うがこの異世界での時刻確認と暦の確認はもう癖になってしまっている。

 元からスケジュールにうるさい方ではあったけどね。


 さて12時。酒場で昼ご飯を食べたら「コゲツキ依頼」の掲示板へGO

 相変わらず選ぶのは水玉に任せるが、本当に厄介そうな依頼ばかりだ。

 だが俺たちには、力押しで解決しそうな依頼が多くて面白みがないともいう。

「雷鳴。選びましたよ。行方不明事件だそうです」

「ふぅん?毛色が変わってるな。いいんじゃないか?受付に行こう」


「ニャニャ!この依頼かニャ!」

 チェリーさんの説明によると、グレンパからアニーという町へ行くための街道で、まだグレンパ周囲のイラムト大森林から出ない位置、森の中に村があるという。

 その村は、いつも巨大作物をバザールに持ってきていた。

 なのに、ぱたりと来なくなった。

 それを不審に思ってギルド依頼で様子を見に行かせたのだという。

 グレンパではそういう業務も冒険者ギルドの仕事なんだとか。

 ところがその冒険者が帰って来ない。

 確認のために人を行かせたが、それも帰って来ない。

 それが何回も重なって―――行きたがる人がいなくなった。

 それで、コゲツキ依頼の仲間入りをしたそうだ。


「なるほど………まあいいです。やりましょう」

「ニャッ!受領印ニャ!ぽん!頑張って欲しいのニャ!」

「行方不明になるのは嫌ですからね。頑張りますよ。地図をください」

「はいはい、さらさらっと………ここ、この石碑の位置から、森の中に入って行ってどん詰まりに村があるはずニャ。確認は5年前だけどニャー。行程は3日程ニャ」

「了解です」「わかりました」


 何か今回はホラーじみてるな、などと思いつつ準備にかかる。

 バザールに行って、食材をたくさん買い込むのだ。

 ちなみに野営食を作るのは、俺の役目である。

 いっぺん水玉にやらせてみたのだが、包丁を持つ手が危なっかしくて見てられなかった。刃物の通らない体でなければ、きっとケガをしていたに違いない。

 おかげで出来上がった野菜炒めの味はよく覚えてない。


 武器防具の点検も終えて、出発である。

 レディ・ピンク号を預かり所から出して、いざ出発。

 さすがアイアンゴーレムの馬だけあって、馬車は結構な速度で進んでいった。

 道中、水玉は自分の体を馬車に浸透させていた。

 これで、槍が降っても大丈夫な馬車の出来上がりである。

 俺は、金属プレートに「レディ・ピンク号」と刻んで幌馬車の正面に取り付ける。

 うん、それっぽくなったな。

 ついでに言うと、御者人形も先日の調整でそれっぽくなり、まるで人のようだ。


 3月1日。PM19:00。

 石碑の場所が分からなくて、一度行き過ぎたらしい。

 戻って来て発見した頃には、到着予定日の翌日の夜になっていた。

 誰も手入れしていないらしく、石碑の周りは草ボーボーで見えなかったのだ。

 急いで村に行く細道に入る。これ、この馬車でなければ通れなかっただろうな。

 それほど草ボーボーだったのである。


 21時、やっと着いた。

 ………ん?何故か村の入口に迎えらしき人がいる。兄妹のエルフのようだ。

 聞き忘れていたが、ここはエルフの集落らしい。

 そこまでたどり着くと、彼らはニコニコしながら、

「遠い所をお疲れでしょう、お客様」

「温泉と食事、宿泊所がありますよ」

 そう言われて馬車から下り、案内されるのについていくが………

「俺たちより前にこの村に来た冒険者はどうしてるんだ?」

「さて………私たちにはわかりません」

「後で村長に聞いてみたらどうですか?」

 知らないというのなら、そうするしかないか………


 案内された温泉はいい湯だったが、あまり手入れされてない感じがした。

 お風呂好きの水玉も、なんとなく落ち着かないらしい。

 そもそも、ここまで来るまでの民家も、何だか苔むしているというか、自然に帰りかけているというか………要は手入れされていないのだ。

 畑も、ここに来るまでの光景と同じく草ボーボーだった。

 エルフだから、意図的に草木を受け入れている?いや、違う気がする。

 早々に風呂を上がると、入口でさっきの兄弟がじっと佇んでいてびっくりした。

「ずっと待ってたのか?」

「いいえ、今来た所ですよ?」

 何か落ち着かない………


 22時。同じ感じは食事まで続き―――食事の対面に座った、どうしても20代の女性に見える村長さんに、俺たちの前に来た冒険者の行方を聞いてみる。

「それならこの村に住んでおるよ。今日はもう遅いから明日訪ねればどうじゃ?」

「え?住んでる?なぜですか?」

「さてのう、この村の居心地が良かったのではないかえ?」

「本人に聞いてみないと分からないか………」

 ちなみに食事は乾物が主で、なんかしなびたような気分になる食事だった。


 宿泊は村長さんの家だった。

 なんとなく苔むしているような、生暖かい空気のする部屋である。

「落ち着きませんね………ベッドは大丈夫ですか?」

「どれどれ………」

 確かめたが、すこしじめっとしているぐらいで普通だと思う。

「まあ………気分はよくないけど大丈夫だと思う」

 俺たちは微妙な気分のまま眠るのだった。


 夜中、猛烈に嫌な『予感』がして飛び起きる。

 ベッドの、頭があった位置に、奇妙な小さい黒蛇がいた。

 とりあえず捕まえる。

 水玉は―――これも飛び起きてきた。

 半透明の体に戻っており、お腹が見えるようにパジャマをめくっている。

 水玉の腹の中には、拳ほどもある蜘蛛が捕らえられていた


「どうしたんだ、それ!?」

「さっき、気が付いたら体内にいたので、捕獲しました。水晶で閉じ込めたんです」

「ちょっと待てよ『教え:観測:説明書』」

 蜘蛛の上にポップしたマーカーをつついて説明書を読む。

 モアロの子蜘蛛―――口から入って体内に寄生。寄生された者はやがてモアロの蜘蛛になってしまう、非常に危険な蜘蛛。親蜘蛛が近くにいることが多い。

「………だって。水玉には通用しなかったみたいだけど。俺は嫌な予感がして飛び起きたら、枕元にこの黒蛇がいたんだ」

 俺たちは蛇に出た『説明書』も読む。

 モアロの子蛇―――口から入って体内に寄生。寄生された者はやがてモアロの蛇になってしまう、非常に危険な蛇。親蛇が近くにいることが多い。

 嫌な予感がしたという事は、俺は水玉と違い体内に入られたらアウトなのだろう。


「気持ち悪いですね」

 そう言って体内から蜘蛛を出す水玉。蜘蛛は生きているらしくうごめいている。

「俺の『勘』だけど、生かしててもロクな事はない。潰してしまおう」

「了解です」

 俺たちは蜘蛛と蛇を始末した。死体は『デリート』で消去する。

 すると、村全体がざわめいてたように感じられた。


 殺された………殺された………子蜘蛛と子蛇が殺された。報復だ!殺してしまえ!

 そんな声がどこからともなく響く。

「水玉!家の中にいたらマズイ気がする!」

 水玉は無言で、木で出来た窓を蹴り破った。

 『勘』の導くまま戦闘態勢に入る。水玉もそれに習った。

 俺は『剛力10』『頑健10:理外の外殻』『瞬足』をかける。

 水玉も『フィジカルエンチャント・パワー・スピード 強度×10』をかけた。


 村の中は人間大の蜘蛛と、長さだけなら人間5人分はありそうな蛇で満ちていた。

 面倒だが、知性のある相手だ。戒律の専守防衛が適用されるので、俺は近距離で攻撃してきたやつを受け持ち、反撃で潰していく。

 水玉は全開だ。

「『上級:風属性魔法:サンダーフィールド 威力×10 範囲×10』!!」

 威力マシマシの『サンダーフィールド』は、ほとんどの蜘蛛と蛇を殺傷した。

 蜘蛛も蛇も、死んでもエルフの姿には戻らなかった。

 逃げる個体には、俺が『教え:支配:影縫い』をかけて動きを止める。

 これは攻撃ではないので、戒律には抵触しないのである。

 水玉は確実に全滅させていった。


「貴様らぁぁおのれぇぇ」

「私たちの子供たちがぁぁ」

 ひときわ大きな倉庫をぶち破り、2体の蜘蛛と蛇の親玉が出てくる。遅い。

 糸と、毒を飛ばして攻撃してきたので、戒律の条件クリア。

 俺も攻撃に参加できるな。


 巨大蛇と巨大蜘蛛はとにかくしぶとかった。

 空を飛び、糸と毒を吐いてくる。

 さすがに喰らって無事にすむとは限らないので、必死で避けて魔法を打ち込む。

 そのうち、当たらないことに業を煮やしたのか、直接噛みつこうとしてきた。

 だがそれは、思うつぼというものだ。

 水玉が蜘蛛の、俺が蛇の頭部を落とす。

 だが頭を落としても動き続け、頭だけで噛みついて来ようとした。

 どこかの昔話のような光景だ。

 だが最終的には頭を粉々に砕き、胴体を氷漬けにした後風魔法で砕いた。

 それでようやく動きが止まった。まぁ、前回のスライムよりマシだ。


 集落全体を回ったが、普通のエルフの生き残りはいなかった。

 『サンダーフィールド』にやられた蜘蛛と蛇の死体は大量に見つかったのだが。

 あと、係累と思しき蜘蛛やヘビは徹底的に駆除したが、完全とはいかない。

 地道な掃除は帰って報告後、他の冒険者にお任せしよう。


 レディ・ピンク号に乗って、俺たちは不気味な村を出たのだった。

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