第34話 大食いスライム
2月16日。AM06:00。
俺たちが出発して1週間と少し。
寒い、とても寒いので、馬車の中には『ヒートアップ(暖房)』がかかっている。
ヴァンパイア形態なら寒さとは無縁なのだが『定命回帰』中はこたえる。
だが、そろそろ空から索敵を行った方がいい頃だ。
幌馬車を止め、翼を出した。スリットが大変寒い。空に舞い上がるのも寒かった。
水玉は暑さ寒さは関係ないらしく、元気に発進している。
さてそこで見た物は―――
まだ遠いので金色がかった、半透明のスライムだという事しか分からないが、草と地面を食って進んでいるらしく、痕跡がはっきり見える。
ちなみに可愛くはない。いわゆる、アメーバである。核だけが個体だ。
「雷鳴!あれですよ」
「そうだな、確認のために………『ウィークポイント』」
「どうです?」
「ううん?核が弱点だと、ウィークポイントはいうんだが。それと裏腹に俺の『勘』が絶対やめた方がいいとビンビン語り掛けてくる」
「うーん?そうですね、私は雷鳴の『勘』の方を信じますよ」
「俺もだな。どうするか………こういう時は『教え:観測:説明書』!」
スライムに出たメモを読むと「核を破壊すると倒せるが、無数に分裂する。分裂したモノの核を破壊しても分裂する。倒すには体積を0にするしかない」とある。
「体積を0に?………火炎攻撃かな?」
「近づいて行って、やってみましょう」
ところが容易には近付けなさそうだ。俺たちの存在を感知すると、体の一部をカメレオンの舌のようにしてのばし、俺や水玉を捕獲しようとするのだ。
かすったのだが、ジュッという音がして、火傷した。これはまずい。
「遠距離から、いくか」
「そうですね『最上級:火属性魔法:ファイアストーム 威力×10』!!」
いきなりの大技だ。だが確かに体積が減った。
俺たちは『ファイアストーム』を連打する。みるみるうちに減る体積。
だがさすがにやられっ放しではいなかった。
何と翼を生やして飛んで来たのである。
体積が減ってなければ飛べなかっただろうが今は一般家屋位の大きさだ。
………それでも普通は飛べなくないか?
俺と水玉の攻撃は変わらないが、触手を振り回しながらの突進は厄介で、何度も呪文を途切れさせる羽目になった。その上『ファイアストーム』に慣れたようだ。
「雷鳴、効かなくなってます!」
「凍りつけにして砕く、をやるしかないだろう!」
「了解です!」
水玉は『最上級:水属性魔法:アイスコフィン 範囲、威力×10』を放った。
対象を氷漬けにした上閉じ込める術で、俺たちでも喰らったらヤバイ術である。
これを俺が『最上級:風属性魔法:ウィンドストーム 威力×10』で砕くのだ。
きっちり粉々になったが、核はまだ脈動している。
核は青と紫、白のぐにぐにした絡まり合う内臓のような物体だ。
おそらく水分を与えると復活するだろう。
どうするか悩んだ結果、『生活魔法:ドライ』が使えそうだと判明。
威力を×10にして何度もかける。
まるで―――いや、そのものか?―――干物を作っている気分だ。
「これが依頼達成の証拠ですかね」
『ドライ』に疲れた水玉が半目で言う。
なんせ、核だけでその辺の小屋ぐらいあるんだもんなぁ。
「水をかけたら戻りますので、確かめたかったらどうぞ、だな」
俺も疲れたので、そんな軽口が出る。
ちなみにスライムの破片は、核から離れたからだろう、水に戻った。
6時間(!)かけて干物にした核を持って(たたんで幌馬車に押し込んだ。邪魔だ)俺たちはグレンパでの最初の任務を終えて宿に向かって帰るのだった。
♦♦♦
2月24日。AM06:00。
俺たちはグレンパに帰り着いた。
出入り口の馬車預かり所に、馬車を預ける。
冒険者ギルドはまだ開いてないので、食事はこのへんで、だな。
寒いので温まるものが欲しい、と、俺たちは屋台テントを利用してみる事にした。
スープの専門店らしく暖かいメニューが豊富である。
俺は「具沢山のミネストローネ」で水玉が「ビーフシチュー風デミグラススープ」
かなり大きな椀で出てくるので、食べごたえがある。
水玉は他にも何種類も食べたが美味しいと言っていた。
冬場にはいいな、また来ようか。
7時半。そろそろギルドの開いている時間だ。
チェリーさんにスライムの核の干物を渡すと、?という顔をされたので説明する。
ギョッとするチェリーさん。
「ほ、本当にあのスライムを倒したニャ!?」
「苦労したんですよ」
「途中で火炎攻撃に耐性を持ってしまって」
「結局氷漬けにしてから粉砕したんです」
「その後『ドライ』でひたすら乾かして」
「で、結果がソレです」
「お、奥で鑑定してもらってくるからロビーで待つニャアアアア」
チェリーさんが「お休み中」の札を出し、引っ込んでしまったので仕方なく待つ。
「どうやって鑑定するんでしょう」
「『鑑定』の魔法じゃないか?やっぱり」
「ここまで大きいギルドなら、魔力持ちを抱えてそうですもんね」
「だろうなぁ」
そんな事を話している間に、結構早くチェリーさんが帰って来た。
「本当の、本当に、本物だったニャ!!」
そう言って、チェリーさんはラッパを吹き
「コゲツキ依頼の達成者が出たぞー!!ニャ!」
ロビーで拍手が起きた。
「アイツらか!」「早速やってくれたぜ」「スゲェなあ………俺たちも」「馬鹿、実力をわきまえなさい」「次は何かね?」
「はい、これは報酬の金貨600枚なのニャ!」
じゃらっと報酬が渡される。さすがコゲツキ依頼の報酬、高額だ。
「ところで、さっきの報告と経歴から考えて、2人は魔力持ちとして実力者ニャ?」
「そうですね、否定しませんよ」「私もですね」
「じゃあ、魔法の品物を作る事も出来るかニャ?」
「物によりますけど、得意な方ですね」
「薬も作れるかニャ?」
「できますけど………何でですか?」
「こないだの応接室に来るニャー」
8時。俺たちは「こないだの応接室」に移動した。
ギルドマスターまでいる。一体なんだというのか。
俺たちがソファーに腰かけると、ギルドマスターが口を開いた。
「あのねぇ、スラム街から疫病が発生してぇ、一般区域にも伝染しそうなのぉ」
「ニャ!水際で食い止めたいけど、新種の疫病で、医者もお手上げなのニャ!」
「症状は、ひたすら高熱。熱が高くなりすぎて死んでしまうのよぉ」
「この伝染病に効く薬は作れないかニャって………登録したばかりの冒険者さんだけど、経歴を見込んで相談させてもらうニャ。どうかニャ?」
「んー。材料があるかどうかにもよります。2種類ほど思い当たりますけど………」
「どんなぁ、材料かしらぁ?」
「一つは召喚魔法の成否で決まりますので、やってみますとしか。もう一つは酒粕と「赤いサトウキビ」を砂糖にしたものと、「黄金ショウガ」が必要です。名前は違ってるかもしれないですけど。できるだけたくさん、集めてみてくれます?」
「いいわぁ、やってみましょう。明日の8時にここに集合ねぇん」
応接室から出て、俺は真っ直ぐ自室に向かった。水玉は何も聞かずついてくる。
部屋に入ると、
「ねえ、雷鳴。召喚って、もしかして元の世界からの召喚ですか?」
と聞いてきた。察していたか。
「そうだ。俺たちが召喚されてきたという事は、ここには元の世界への通路がどこかにあるはずだからな。前から試してみたいと思っていたんだ」
「私も興味ありますね。何を召喚するんです?」
「「惑星カタリーナ」で「死神タナトス」の加護を受けた「タナトスのイバラ」だ」
「………病気が治りそうには聞こえませんね」
「作成者が血を流しながら編むことで、様々な加護を約束してくれる。俺のこのコートは「1000年ドラゴン」の皮を加工した物と「タナトスのイバラ」を編んだもので出来ているんだ。
「人間なんかを助けるために、あなたが血を流すのは嫌ですよ?」
「まあ、今回は実験だ。成功したらそれ以上は人間に与えるのはよすよ」
「冒険者ギルドは求めて来るかもしれませんよ?」
「その時は、推薦状のためだよ。推薦状を貰った後なら、断るかな」
「うーん………イヤですが我慢します。出来るかどうかも分からないですしね」
「そういうこと、じゃあ召喚するぞ」
「………微かに照らされた深淵の底 聞こえ来るは深き嘆き 照らされるは緑の海 その闇に浮かぶタナトスの愛よ 散る為だけに咲いた薔薇よ 散る為にわが手に」
部屋に闇が訪れて、昼なお暗い洞窟が見える。
その洞窟の中に咲いているのは、求めていた蔦薔薇。
洞窟を埋めている蔦と薔薇が俺の周囲を囲うようにして顕現する。
それを、棘の激痛を覚悟して、俺は束にして引きちぎった。
それは俺の血に濡れて、手の中に残り、召喚は終わった。
「ちょっと雷鳴………『回復』!」
「あ、ああ。ありがとう水玉。成功したな」
「成功したではありません!何でそんな採り方を………」
「この薔薇の特性なんだ。血を流さないと持ち主になれない。あ、水玉は薔薇の棘に触るなよ。俺は姉ちゃんの特訓で慣れたけど、普通は気の狂うレベルで痛みを与えてくる棘だから。俺も徐々に慣らしたんだ」
「なっ………
「俺ができるようになりたいって姉ちゃんにねだったんだよ」
「………もう、何といったらいいのか………でも、私もできるようになりたいです」
「帰ったら姉ちゃんに頼んでみる。でも、とりあえず今はこれでアイテムを作ろう」
水玉が見学する中、俺は手を棘で傷つけ、その血を棘に縫っては棘を折っていく。
一つ棘を折るためには一度その棘で、指に傷をつけないといけない。
それを全ての棘に行った頃には、痛みで疲労困憊だった。
だがそれを我慢して、蔦を繊維といえるほど細く裂いていく。
水玉に助けてもらうのはNGだ。自分一人でやらなければいけないのだ。
最後にその繊維で、人形を2つ編んでできあがり、だ。
水玉は心配そうに、だが黙ってじっと見ていた。
「これが「治癒の人形」病を無限に吸い取る人形だ。渡すのは1つにして、もう1つは俺たちで持っておこう。役に立つかもしれないし」
「私はあなたが血を流した物を渡すこと自体嫌ですけどね」
「戦闘で負傷する事もあるだろう?」
「それは、そうなんですけど………何ていうか、イヤなんです」
「………ありがとう、水玉」
俺と水玉は長い口付けを交わした。
作るのに時間がかかって、もう19時だ。俺は水玉を食事に誘い出した。
寒いので、外に出ずギルドの酒場で食事である。
水玉が「ルブウ」の特大ステーキを頼むのはもう仕方ないとして。
一緒に食べようと言って、つくね鍋を頼んだ。あったまるし。
水玉はきっちり両方食べていた。俺はステーキを見るだけでお腹いっぱいだ。
21時。部屋に帰り一緒に風呂に入る。
今日は正直、魔物討伐より気力が要ったので、肩まで湯につかって癒された。
市で、香草を買って、風呂用に調合するのもいいな………
水玉はまだ浸かっているというので、俺は先に寝ることにした。
おやすみ………
♦♦♦
2月25日。AM06:00。
起きたらびっくりしてしまった。
水玉が夜の間にやったらしい、浴槽がガラス―――いや水晶でできた物に代わっていたのである。そこに浸かる水玉も、着色を解除して水晶のような体に戻っていた。
「水玉?おはよう」
「あ、もうそんな時間でした?」
水玉の体表に色が戻る。本当に元通りかよーく見るが、大丈夫そうだ。
「どうしました、そんなに見つめて?」
「きちんと元通りか観察してた」
「無粋な人ですね。嘘でもいいから見とれてたと言いなさい」
「見とれるのは、いつもの事だからさ」
「………!もう!バカ!」
「おいおいバカはないだろう………?」
そういえば今日は8時に応接室集合だ。
食事は部屋でとれるもの―――買っておいた巨大果物になるな。
アフザルで購入した果実もまだ残っているので、食べてしまおう。
もっしゃもっしゃと平らげていると、すぐに時刻は8時に近付いた。
8時。応接室。
ノックをすると2人は先に来ていた。
「意外と簡単に手に入ったわぁ。全部『アポート(取り寄せ)』で遠方から取り寄せたのぉ。量が要るというから使ってない倉庫に積んでおいたけどぉ。そちらは?」
「ああ、成功しました。この人形を病人に押し付ければ、どんな病も治ります」
「えっ?じゃあ、こっちの準備は無駄だったの?」
「いえ、これは1つしか作れませんから。もう一つの「万病の甘酒」も作ってしまいましょう。倉庫に材料が全部入る鍋を用意してくれますか?火は要りません」
「見学しててもいーい?うふっ」
ギルドマスターがすり寄って来た、困った人だな。
「ギルドマスター。俺の恋人は水玉ですから、よしてください」
「略奪愛も燃えるわよ?」
「あなた、それ以上雷鳴におかしな真似をしたら殺しますよ」
「あーら、怖い怖い」
水玉は氷のような眼差しでギルドマスターを見つめる。殺気も漏れてるな。
チェリーさんが毛を逆立てて後退しているな。
「わ、分かったわよう。冗談の通じない子ねぇ」
俺はあえて口を挟まず、一同は移動した。
倉庫の中を検分したが、目的のもので間違いないようだ。
「これで大丈夫です。「万病の甘酒」を作りますので鍋を」
「そうすぐには………」
「ニャ、炊き出し用のを借りてこようかニャ?」
「いえ、いいです。ただし、今から見ることは秘密にすると誓って下さい」
「一体何を?」
「鍋をつくり出すんです」
「まさかぁ!無から有を作り出すなんて!」
「できるのです。信じて秘密を誓うか、貧民の炊き出しを奪うか考えなさい」
「………本気なのぉ?」
「本気でなければ言いません。誓って下さい」
「………いいわ、誓いましょう」「チェリーも誓うニャ!」
「ふう………じゃあ、私がやります。『クリエイトマテリアル・ラージ』」
部屋の真ん中に、魔女の大鍋という感じの巨大鍋が出現した。
「じゃあ制作開始しますね」
俺は固まった2人に向けてそう言うと、甘酒づくりに入った。
とはいっても、材料を目分量で鍋に放り込み、呪文を唱えながら大きな木のお玉でまぜるだけである。かなり低レベルの術なので、まずは呪文をひたすら繰り返す。
『おいしくおいしくおいしくなぁれ、病がみんな逃げ出すように………』
呪文を繰り返しつつ、魔力を適量注ぐだけで完成するのだ。
これは俺にもできるが、本来魔女の術の一種で、俺の子飼いの魔女でも作れた。
あまりに重い病は治らないが、どんな病も治す人形があるから大丈夫だろう。
よし、完成したようだな。
人形と甘酒の効能を、いまだに唖然としている2人に説明する。
「病人に普通の椀に一杯飲ませてください。それで治ります。治らなかったら人形を背中に押し付けて下さい。治らない病はまずないはずです」
「今回の依頼は終了ですね?」
「え、ええ。飲ませて回るのはぁ、神殿の人にやってもらうからぁ、ここまでよぉ」
「ニャッ、今回の報酬ニャ!」
渡されたのは重い袋だった。前のも合わせて、もう買い物には困りそうもないな。
11時か。俺たちは何か食べに行こうと、甘酒を作った倉庫から離れるのだった。
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