第29話 皇帝の恋路

 統一歴307年12月01日。AM06:00。

 恒例となった朝の身繕いも、今日が最後だ。

 宮廷魔導士たちはもう卒業したので、生徒はオズワルド皇帝陛下ただ一人。

 もっとも魔法でなくて、剣術だが。短期間でかなり伸びたのではないだろうか。


 8時。今日は卒業試験。場所は皇帝個人の鍛錬場だ。

 俺に一撃でも加えることができたらOKである。

 全力ならそれは不可能だと思うが、今日は手を抜く。

 結果、オズワルドは俺の肩に一撃を入れることができた。

「よくやった。グルンと同じぐらいにはなったんじゃないか?」

「本当は、もっと教えて欲しいけど………」

「けど?」

「残りの1ヶ月、アリエッタとの仲を取り持ってもらわないといけないしね」

「俺らは手紙のやり取りをするだけだぞ?」

「それで良い。出来るだけ毎日書くので、明日からこの鍛錬場に22時に来てくれ」

「分かった」

「絶対に中を読むでないぞ!」

「「分かってるって」」

「むうう………まあ良い。1ヶ月、頼んだぞ!」


 皇帝の間を退出して、教室にいくと、ピンクの姿があった。

「ピンクとも、これでそうそう合う事はなくなるね」

「うん。寂しいよ………毎日会ってたんだもん」

「城にはまた来るから、会う機会もあるかもよ」

「あたしは皇帝陛下直属の侍女だから、あるかもしれないね!」

「その時は、ですます口調?」

「そういう時は、そうしないとダメだもん~!」

「そうだよね。じゃあ、最後になるけど送っていって」


 ギルドの馬車だまりに戻された馬車は、今後使うか分からない。

 手を振りながら去っていくピンクを見ながら、寂しく思ったのだった。


 15時。さて、着替えるのに部屋に戻る。

 これからどうするか?俺にはやっておきたいことがあった。

 強弓と矢への水玉の体の浸透と、矢の魔化だ。

 矢は消耗品と思うかもしれないが、元の矢が入っている無限収納庫に上書きすれば魔化された矢がいくらでも出て来るという事ができる。有用だろう。

 水玉は納得して、処理してくれた。俺も魔化の準備をする。

 終わったら、亜空間収納と無限収納庫に戻した。これでよし。


「水玉、今日は王宮図書館に行くぞ」

 俺の転移の大陸間魔法陣は、西の大陸に関しては完成している。

 あとは、ここの図書館で、どれだけ南の大陸の情報を得られるかどうか。

 家庭教師をやって来た合間に、書籍は調べ尽くしたが、まだあるかもしれない。

「はいはい、真面目ですね、雷鳴は」


 その時、俺を眩暈が襲った―――これは!

「水玉『啓示』がきた………前言ってたように情報を引き出してくれ」

 俺は辛うじてそう言うと、ベッドに倒れ込んだ。


 ぱちり、目を開ける。

「心配しましたよ!もう17時です!」

「すまん。なぁ、啓示の結果はどうだった?」

「「魔王」の玉座の後ろだそうです。南大陸の王の事かは分かりませんでした。知るにはまず、西大陸に渡って知恵をつける必要があるとか………もっと引き出せたのかもしれませんが、私に聞き出せたのはそれだけでした、すみません」

「いや、いいよ。それにしても魔王の玉座の後ろかぁー」

「先は遠そうですね」

「まあ、目標が明確になった事で良しとしよう。やっぱり転移の魔法陣の研究は無駄じゃなかったんだ『勘』に従っておいてよかった」

「そうですよね、着実にやりましょう」

「ああ………そうだな。恋文の依頼が終わったら、シェール王国の首都フルーレに行こう。西の大陸に一番位置が近いから、失敗の可能性が減る」

「わかりました。まずは恋の橋渡し、ですね?」

「さらにその前に………晩メシどうする?」

「今日は屋台がいいです!」

「了解。19時ごろに出発という事で、暇をつぶすか」

「22時には陛下の鍛錬場へ忍び込むのですよね」

「『テレポート』でいいだろう?万が一のことがあってもミリオンとバルケッタ、マックスにグルンが知ってるだろう?」

「見つかるのは屈辱ですので、ステルスモードのテレポートで行きますよ!」

「何だそりゃ?ああ、テレポートの光を消すのか………」

「そうです!」


♦♦♦


 22時。俺たちはオズワルドの鍛錬所に『テレポート』した。

 オズワルドから無言で渡される、結構分厚い封書。

 受け取った俺たちは、頷いて『テレポート』した。

 アリエッタ嬢の私室はすぐそこだ。とても詳しい地図と見取り図のおかげである。

 『浮遊』で2階のアリエッタ嬢の部屋まで飛んで、水玉を先に立ててノックする。

 いきなり男の顔を見るより、水玉の方が安心するだろう。


 そこからのやり取りはうまくいった。

 窓を開けた侍女らしい女性に、水玉は「皇帝陛下からアリエッタ様へ文でございます。本人と確認できない限りお渡しできません」と言ったのである。

 戸惑いながらもグリフォンの封蝋を確認して、アリエッタ嬢を呼びに行く侍女。

 首尾よく似顔絵と照合して、本人に封書を渡す事に成功した。

「お返事は、明日の同時刻に取りに参ります。新しい封書もお持ちします」

 そう言って、俺たちは『テレポート』で掻き消えた。


 12月02日

 19時までを図書館で過ごして、今日は冒険者ギルドの酒場で夕食だ。

 また、オズワルド皇帝の鍛錬所まで行き、封書を受け取る。

 そして、アリエッタ嬢の部屋。

 本物だと文書の中身で判明したらしく、笑顔の侍女に迎えられる。

 入って、お茶を飲むよう誘われた。まあ、別段怪しい恰好ではないからな。

 大人しくお茶を頂くことにして、アリエッタ嬢が返信を持って来るのを待つ。

 その後、返信を受け取った俺たちは『テレポート』の説明を侍女とアリエッタ嬢にして、『テレポート』オズワルドの鍛錬所まで飛んだ。

 返信を受け取ったオズワルドは、それは緩んだ顔をしていた。


 12月30日。AM10:00 。

 今日はアリエッタ嬢と順調に愛をはぐくんだ皇帝が、彼女と会う日である。

 連れに行くのは勿論俺たち………ではない。オズワルド本人にやらせる。

 こっちから飛ぶのは10名前後だから簡単だ。

 だが連れてくるのは100名(と、こちらの10名)ほどの大所帯。

 だから儀式魔法を使って飛ぶのだ。いい訓練になるだろう。

 陰からこっそり見てはいるので、間違っていたら正せる。


 オズワルドは、立派に役目を果たして見せた。腕は俺たちが保証するレベルだ。

 110人全員を練兵場に飛ばしてみせたのだ。魔法陣も正確だった。

 110人で本当にギリギリだったと後で聞いたが、それでも立派なものである。

 もちろん練兵場は人払いをしてあった。


 宮殿から、案内の侍女が出て来て、それぞれを園遊会に案内する。

 アリエッタ嬢だけは、室内で皇帝と2人きりだ。

 どういう会話があったのか、とかは興味はあるが聞かないことにした。

 園遊会は「皇帝陛下とアリエッタ=イシュランの婚約がなされた」と侍女たちがふれて回ることで、最高の盛り上がりを見せた。

 良かったな、皇帝陛下。


 俺と水玉はオズワルド陛下に挨拶して、いとまをもらう事にする。

 陛下はアリエッタ嬢を別室に行かせ、俺たちの話を聞いた。

「どこに行くつもりか聞いてもいいかな?」

「シェール王国の首都フルーレに滞在のち、西方大陸に行くつもりだ。フルーレは魔法陣を使うのにぴったりな立地なんだ。一番西方大陸に近い場所だからな」

「西方大陸か………それなら多少だがかの地の金貨を持っておる。餞別にやろう」

「それは助かる!どうしようかと思っていたんだ」

「持って来よう」

 オズワルドはすぐに帰って来て、凝った装飾の金貨を10枚くれた。

「旧いものではなく北と南の戦争の後でできた一般貨幣だそうだぞ」

「どこでこれを?」

「うむ、港町イシュランに、危険を冒して来る冒険商人がおってな。そこからだ」

「なるほど………」

 俺たちはオズワルドと雑談を少し交わし、いとまを告げた。

「また会えるか?」

「わからない。オズワルドは知っているだろう?」

「そうだな………帰れるといいな」

「ありがとう」

 俺たちは退出し、目立たないように王宮を抜け出した。


 16時。俺たちは冒険者の宿に帰って来ていた。

「この部屋とも今日でお別れか………」

「そうですね、雷鳴。………ふむ、しかしどういうルートで行くのです?」

「王都フルーレにいきなり着くのは怪しい。誰ともすれ違わないのは不自然だ」

「じゃあ、レティシア姫と出会ったあたりに飛びます?」

「合流点だな、それでいいんじゃないか?人気も無かったし」

「あそこから30日程でシェール王国の首都フルーレに辿り着きますね」

「じゃあ、食材を補充しにバザールに行くか!」

「はい!」


 川の恵みの魚、周辺の農地でとれた作物、解体したての羊肉、豊富なフルーツ。

 それらを根こそぎ買っていく。

 なにせもう来られないかもしれないのだ、遠慮してたらすぐに無くなる。

 亜空間収納では腐る事はないのだから、いっぱい買っておけばいいのである。

 あと買い食いもしておこう。

 あとで酒場でさよならパーティをするつもりだから、俺は控えめにな。

 水玉は………何も言うまい。底なしだ。

 鉱石、染料、薬品、薬草、材料の類もたくさん買っておく。

 万が一、こっちの大陸に戻る時の備えも兼ねて。

 ただしメインは魔道具とかを作るためのものである。


 18時。買い物をして帰ってきた俺たちは酒場でこう叫んだ。

「俺たちは、明日の朝ここを立つ!きょうは奢りだ、じゃんじゃん頼んでくれ!」

 と言い放った。しばらく皆ざわめいていたが、ノリのいい奴らはいるものだ。

「お、やったぜ!」「奢りだ!」「送別会だー!!」

 と騒ぎだし、お祭りムードが広がる。

「エールだ!」「火酒だ!」「つぶれるなよ!」「もうつぶれてる!」「早!」

 などと声が飛び交いやかましい事この上ない。

 だがここの面々ともこれで多分お別れだ。微笑ましい気分になる。

 今日は弾き語りを求められたら応じてやるつもりである。

 騒がしい宴会は、夜中の2時になるまで続いたのだった。


 統一歴308年。01月01日AM06:00。

 俺たちはどちらからともなく起き出して、出発の準備をする。

「冬ですし、温かいコートを着ておいた方がいいでしょうか?」

「幌馬車の中は『コンティニューウォーム(持続暖気)』で暖かいぞ?」

「ああ、そうでした。じゃあ出しておくだけにしましょう」

 『ドレスチェンジ』に含まない服は、亜空間収納に入っているゆえの会話である。

 俺はいつものコートを調節して、少し分厚くする。

 それが終わったら、いよいよ出発だ。

 受付に下りると、受付嬢みんなが手を振ってくれた。嬉しいものだ。

 手を振り返して、さよならは言わない。


 そして馬車預かり所に行って、ライムグリーンの幌馬車を、王宮に預ける。

 マックスとグルンを呼び出して託したのだ。

「寂しいねえ。もっと居たらいいのに」「無理を言ってはいかんゾナ」

 俺たちが新しい幌馬車を探す、と告げると近衛隊のものを一つくれた。

 うん、大きいし、頑丈だ。ありがとう。

 水玉が『ダイ(染色)』でショッキングピンクに染めたら2人共絶句したが。

 後は寝具の店で、マットレスを買うだけである。

 マックスとグルンに別れを告げて―――ずっと見送っていた―――寝具店へ。

 いつかのように驚かれつつ(今回のは色のせいもあるだろうが)靴を脱ぐ場所を残して、マットレスを敷き詰める。冒険者セットを奥に置いて………完成だ。


 俺たちは北門を出た。

 クレイゴーレムを作る。ちょっと凝って、球体関節人形の女の子みたいにしてみた。水玉が楽しそうに自分の服を着せている。

 後は「ダイ」で人に見えるように色(目鼻もつけた)をつけ、御者席に座らせる。

 幌馬車の御者席の背後から、俺が時々指示を飛ばして使うのだ

 とりあえず今は、来た時にはなかった感慨を込めて「『テレポート』!」だ。


 パッと風景が移り変わる。

 見覚えのある、街道のT字路。懐かしい気分になってしまう。4年ぶりか?

 つい、あの時のように『望遠視力』で遠くを見てしまう。

 そうそう盗賊に襲われてる人なんて―――いたよ。

「水玉、商人らしき隊商が襲われてるぞ」

「おや本当に?助けます?」

「うーん。そうだな、得があるかもしれないし―――助けるか」


 盗賊は哀しいほど弱かった。

 いやもう、2人で『テレポート』しただけで、すごく驚かれたのだ。

 知性があるので、攻撃を受けてから返すという手順を踏まないといけないのだが。

 反撃する時物凄くつまらなかった。

(ちなみに戦の時の幹部は、操られていたので知性がないという扱いだった)

 前は盗賊じゃなかったが、まだマシな一撃をくれたというのに。

 今回はコン、に対してズバァッと返してる気分だ。

 途中で逃げていったが、アジトの場所は別に知りたくない。放置でいいな。


「あ、ありがとうございました。僕は塩を扱っている商人のスティックと申します」

「塩!?こいつらはそれを知ってたのかな?」

「いいえ、金目の物を寄越せとだけ………5台ある荷車全て塩です。年に一度の仕入れの時期でして。ミザンに行って、フルーレに帰る所なんです」

「あー。何だったら俺たちの馬車を持って来るまで待ってくれたら同行するけど?」

「?馬車?」

「魔法の『望遠視力』で見て、『テレポート』で来たからね」

「あっ、魔力持ち………」

「そういうこと。待っててくれる?」

「はい!」


 そういうわけで、塩商人のスティックが同行人になった。

 俺たちが馬車ごと『テレポート』してきたら、卒倒しそうになっていた。

 いや………これは俺たちが悪い。すまん、悪かった。

 でも、気のいい奴だったので、俺は、アフザルの食物を使って料理をし、異国の料理を楽しませてやった。喜んでくれたので何より。

 スティックはフルーレでの店舗の場所を教えてくれ、遊びに来て欲しいと言った。

 塩を使った料理を振る舞ってくれるそうだ。

 いいな、それ。遊びに行こう。


 02月01日AM06:00。

 フルーレに着いた。特に何もなく、あっさりとした道行きである。

 東の門の中に入る。アフザルと違い一つしか門はない。

 パルケルス帝国は大国だったのだなと思う。立地の問題もあるが。

 フルーレはスラウ半島の先にある都市だからな。

 俺たちは一応スティックの店までついて行き、店の前で別れた。

 店には立派な看板に「ボリバリー塩店」とある。老舗らしい。

「ありがとうございました。絶対遊びに来て下さいね」

「ああ、寄らせてもらうと思うよ」

 俺たちは手を振ってスティックと別れた。

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