第26話 皇帝陛下の家庭教師・1
統一歴304年。01月01日。AM06:00。
俺たちの外見は、俺18~19歳ぐらい、水玉20歳ぐらいに成長している。
今日は皇帝の家庭教師として仕官する日、そして皇帝の新年の挨拶の日でもある。
朝から俺たちは身支度に余念がなかった。
とは言っても『ドレスチェンジ』で服を変えて整え、髪を整え、水玉に化粧してやるだけなのだが、それが結構大変だった。
俺たちは2人とも社交界の華だった身だ、自然と気合が入ってしまう。
水玉は黒いドレスだ。スカートは薄い布を幾重にも重ねて膨らませてある。
袖は繊細なレースで作られており、上位はシンプルな黒。
それも、ダイヤの首飾りで華やかな印象になっていた。
俺?袖なしのコートと、ドレープのあるシャツ、クラバットに黒いズボンだ。
男の恰好なんて、毎日一緒でないならそれでいいと思う。
9時。参内の時間は10時だ。もう行かないと。
冒険者ギルドから、ドレスと礼服のコンビが出て行くのはさぞ目立っただろう。
だが、この日に備えてちゃんと馬車はギルドに置いてもらってある。
幌馬車ではない。2人乗りの慎ましいが高級な馬車だ。
御者はゴーレムを訓練しておいたもの。
城への道のりを短距離とはいえ歩いていくのは変なので買ったのである。
俺たちは時間通りに着き、馬車を預かる役の使用人に馬車を預ける。
俺たちに注がれる好奇の目は数多い。
主に外見のせいである。俺たちは絶世の美女と美男のコンビだ、と。
そう見えていると見て間違いはないだろう。
愛想笑いを振りまきながら、するすると新年の挨拶の会場まで進む。
お互い貴族が話しかけてこないようにする間の取り方は心得ていた。
謁見の間に着くと、身分順に並ぶ。俺たちは出口に近い方だ。
しばらくすると陛下が現れ―――ちょっと成長したな―――新年の挨拶と、先だっての戦いの事に触れ、新しい近衛隊長と副隊長を紹介する。
グルンはすっかり風格が出て、近衛隊長が恥ずかしくないようになっていた。
マックスも雰囲気は出ているが、ややノリが軽そうな所は変わっていない。
よく見たら、会場の警備は「ライム近衛騎士団」の面々なようだな。
というか鎧がライムグリーンなので目立つ。
そして俺たちの番だ。
「余の新しい魔法の家庭教師を紹介する!S級冒険者の雷鳴と水玉である!」
俺たちが進み出て完璧な作法で皇帝と貴族に礼をすると会場がどよめいた。
(美しい)(S級の冒険者が出たのは10年前じゃあ?)(図書館で見た事があるぞ)(陛下はあの二人に手をつけられたかしら?)(本当に家庭教師か?)
勝手なうわさが飛び交っているな。
「この2人は先の戦いで幹部と王の簒奪者を全て倒した強者。抗議は聞かぬぞ!」
皇帝の声で黙る会場。俺たちは再度礼をして元の場所に戻―――ろうとしたら、侍女にもっと位の高い位置にねじ込まれてしまった。
家庭教師になった事で位が上がったらしい。覚えておこう。
その後、庭が解放されて、盛大な新年パーティが行われた。立食形式である。
料理は、俺たちが「普通」と評する出来栄えであった。
俺と水玉が宮廷料理に下す判定としてはかなり高い方だ。
庶民の料理の方がいい、と言いつつ、水玉は控えめに料理をつまんでいる。
話しかけてくる人は沢山いた。ほとんどが俺たちと陛下の関係についてだ。
それで、先の戦争の事を少し語ったら、それが知りたい人に囲まれた。
俺たちに力量があるか確かめたい人も混ざっている。
おかげで、弾き語りこそしなかったが、戦争での「カツヤク」を語る事になった。
水玉もフォローしてくれたが、この話題はもういいって感じである。
挙句の果てに(皇帝がGOを出したので)練兵場で、魔法を披露する羽目になった。
移動して、練兵場。急遽敵兵に見立てた的が用意される。
派手なのを見せて、早々に納得してもらおう。俺は水玉と相談する。
まず、50体ほどの藁人形がある。
それを水玉が「最上級:水属性魔法:アイスストーム 威力×10」で巨大な氷の壁に封じる。巨大な城壁のようなものが練兵場に出現したのだ。
それを俺が「最上級:風属性魔法:ウィンドストーム 威力×10」で氷ごと砕き散らした。粉々である。大きな氷の塊が観客の前に落ちた。
ギャラリーはシーンとしている。
だが、拍手が聞こえる。皇帝だ。それは伝播し、万雷の拍手となった。
これで2度と文句はくるまい。俺たちはガーデンパーティに戻った。
しばらくすると謁見の間に呼ばれた。
「やあ、二人とも。さっきは見事だったね」
「即席で放てる術の中から、派手なのを全力で放っただけですよ」
「それでも、だよ。この国に2人のような術者はいない。で、家庭教師の事だけど、明日から毎日8時から14時までよろしく頼むよ。宮廷魔導士たちも一緒にね」
「分かりました」
「こまごまとした事は、彼女―――侍女のピンクから聞いて」
皇帝は壁際を指し示す。愛らしいピンク髪の少女がそこにいた。
装いはピンクのショートドレス。主流はロングドレスなのに珍しいな。
皇帝に礼をしてそっちに向かうとピンクは、いくつもある扉のうちの1つを開けて手招きした。だまってついていくと、応接室のようなところに辿り着く。
そこに入ると、ソファを勧められる。
彼女は後頭部でひとつのお団子にした頭をぴょこんと下げる。
「あた………わたし、水玉様と雷鳴様付きになりましたピンクと申します」
「気取らないで、普通の話し方にしてくれた方が嬉しいな」
「え、本当?これでいい?あたし、育ちが良くないから………」
「その方がいいよ」「まあ私もいい事にしましょう」
「ありがとう。えーと、細かい話だったね。これから3年間、あたしが馬車の御者をして、馬車の管理もします。7時半に迎えに行くからね」
「「了解」」
「あと、馬車はライムグリーンに塗ってだって。近衛騎士の指揮が上がるからって」
「ああ………まあ塗り替えとくよ」
「着いたら最初は教室まで案内して連れて行くからね。帰りも送っていくよ。それぐらいかな?疑問はある?」
「教材で必要な物は言っておいた方がいい?」
「あ、もちろん」
「なら、的あての的。丸い奴。あれを10個ぐらい用意してもらえる?」
「確か練兵場の倉庫にあったから、チェックしておくね!」
「頼む。俺たちが伝えることはそれぐらいだな、水玉?」
「異論ありません。まずはコントロールからですからね」
「じゃあ、今日はもう帰っていいよね?御者頼める?」
「はいっ!」
馬車だまりから、持ち出してきてくれた馬車に『ダイ(染色)』をかける。
俺たちの通勤用馬車は本体から馬具までライムグリーンになった。
ピンクが驚いている。これを、
冒険者ギルドまでは近いとはいえ、噂になりそうだ。
ピンクに冒険者ギルドへ送ってもらい、馬車置き場に駐車させてもらう。
そこでピンクと別れ、また明日という事になった。
今は18時だ。どっと疲れた。部屋に帰って着替えよう………
俺と水玉は、冒険者たちに茶化されながら部屋に帰った。
どこから漏れたのか、俺たちの家庭教師の件はみんなが知っているようだ。
部屋に帰って、着替え、どうしようかと相談する。
冒険者の酒場では、今日の事でからかわれるだろう。
嫌ではないが、もうちょっと疲れていない時に相手したいものである。
なので、夕食はバザールで取る事に決定した。
部屋で20時まで休んでから出発する。
定番の―――水玉のお気に入り羊肉の串焼きに、俺のお気に入りの特大腸詰め。
大河の恵みがもたらす野菜や果物も豊富だ。買っておいて旅で食べることにする。
他には鶏のから揚げ、これも俺のお気に入り川魚の串焼き。野菜が食べたくなったら、野菜を丸ごと買ってかぶりつくもよし。俺はトマトにした。
水玉は焼きとうもろこしを頬張っている。
ラストはラーメンで〆た。
普通は体に悪いのは分かっているのだが、悪魔にソレは適用されない。
最後にご飯を投入して食べるところまでやってしまうのだ。
帰ったら10時だ。明日も早い、もう寝てしまおう。
すり寄ってきた水玉を抱きしめて眠った。
♦♦♦
01月02日。AM06:00。
部屋で用意をして待っていると、ピンクが呼びに来た。
コンコン「ピンクでございます!」
外なのでそれらしく話しているのだろう、何だか微笑ましい。
「はーい、今出る!」
「お二人とも、今日もお美しいです!」
今日の水玉は、トップはマリンブルー。肩と腕がむき出しである。
スカートはマリンブルーからスカイブルーにグラデーションしている。
薄い布を幾重にも重ねてボリュームを出すタイプのスカートだ。
俺?俺は昨日のデザイン違いだ。
そのまま、ギルドの馬車置き場に向かい、ライムグリーンの馬車に乗る。
王宮に着くと、ピンクは馬車を馬車係に任せて、俺たちの案内をした。
「ココが教室だよ」
覗くと、右端が立派な机、その左隣2つも程度の差こそあれ立派だった。
室内には講義に必要そうな物―――書籍や紙とペン―――がどっさり置いてある。
ピンクは案内が終わると、ぴょこんと礼をして立ち去った。
ちょっとしたら宮廷魔術師の2人がやってきた。
愛想のないミリオン=アースクルと、好奇心旺盛なバルケッタ=マーリク。
「「お早うございます、先生!」」
「おはよう、2人共魔力が上がってるね」
「先生の教えのおかげでございます」
「そう!あれは凄いです!魔力量が3倍になりました!」
「それはよかった。ところで呼び方の相談なんだけど、ファーストネームで呼び捨てにしても構わないかな?やりやすいように」
「………それがやりやすいならいかようにも」
「全然構わないですよ~!むしろ呼んで下さい!」
「つまらんな、朕もそれがいい」
「「皇帝陛下!?」」
「では教室の中だけ限定でオズワルドとお呼びしましょうか?」
「本当か!?やった!」
「ですから全員席について下さい」
全員が大人しく席に着いた。
「さて、皆さん順調に魔力量が増えているようで何よりです」
「次は魔力のコントロールだ」
「皆さん『エネルギーボルト』は使えますよね」
こっくりと頷く生徒3人。
「あれを使って、魔法の増幅の訓練をするぞ」
「おお!戦争の時にお見せになっていたあれですな!?」
「バルケッタ君。正解。今日は練兵場で訓練を行う。オズワルド、人払いよろしく」
「任せろ!」
「では練兵場に行きましょう。ノートとペンは持ってね」
皇帝陛下は練兵場に行く道すがら文官をつかまえて、人払いを命令していた。
ただし、ライム近衛騎士団の面々は例外にする、とも。
まあ、あいつらならいいか。
練兵場にはマックスとグルンが見学に来た。兵士も数人ついている。
俺たちは練兵場に的を並べる。昨日ピンクに頼んでおいた奴だ。
ちょっとはそっとでは倒れないように埋め、『中級:無属性魔法:物質強化』もかけておく。4時間ぐらいしか持たない強化だが、練習なのでそれでいい。
「さて、3人共。まずはコントロールの練習だ。30m先の的の中央に当ててくれ」
「コツは、目標まで魔力で導火線を作るイメージをする事です」
3人が一斉にエネルギーボルトを唱えだす。小さな的なので盛大に外していた。
俺たちは3人の所を回りつつ、コツを伝授する。
「記憶球(自分の記憶を他者に読み取らせる)」を作って、疑似体験させたりもした。
それが功を奏して、2時間後にはかなりのスコアを記録するようになった。
「よし、これで戦場で相手に当たるな。自主練は欠かすなよ?オズワルドもプライベートの鍛錬所ぐらいあるんだろう?」
「あるとも」
「よし、じゃあ次だ。各自筆記の準備!」
「威力増大の術式を教えますよ」
「呪文は末尾に―――だ。短いけど、どれぐらい威力を上げるか、これで自分の魔力に指令を出すことができる。まずは2倍から行ってみよう」
「はーい、呪文を覚えたら位置についてー」
再度的に向かって呪文が飛ぶ。簡単だったかな?すぐ全員ができるようになった。
「じゃあ、段階を上げていこう3倍、6倍、10倍だ」
「ちょ、ちょっと待って下され、雷鳴殿」
「うん?バルケッタ、どうした?」
「そのぉ………魔力切れです」
「何だそんな事か。他の2人もか?」
頷く2人。大丈夫だ、ちゃんと対策はしている。
「では、私たちが『治癒魔法:魔力付与』を行います。幾らでも訓練できますよ!」
何故か3人が絶句したが、俺の知った事ではない。
その後、エネルギーの扱いに苦労しながら、的を倒せるまで訓練は続いた。
14時だ。
「今日はここまで!しっかり復習しておくように!」
そう声をかけて、迎えに来ていたピンクの所へ行く。
「すごかったねぇ~。あの訓練風景は他に漏らせないよ」
「マックスにグルン、ライム近衛騎士団はいいのか?」
「あれは特別だよ………っとそういえば。シェール王国に援軍に出てた軍が帰って来るって。街が賑やかになるねぇ~」
「首尾はどうだったんだ?」
レティシア姫、サラ、ミーナさんの事は一応気になっていたのだ。
「上々!もう略奪に来ないって約束を取り付けさせたって」
「そうか。心配の種が減ったな」
ライムグリーンの馬車に乗って、冒険者ギルドの馬車置き場へ。
「また明日ね!」「「ああ(ええ)また明日」」
元気なピンクに見送られて、自分たちの部屋へ帰る。
服を平服に戻してこの後どうするか相談する。
そろそろ冒険者ギルドの酒場で、状況説明した方がいいだろう。
よそよそしい奴と思われるのも寂しいしな。
よって、この後の時間は部屋で過ごした後、酒場で過ごす事にする。
酒場に行くまでは「水晶の麦」を作らせてもらう事にした。
どうせ酒場で使った分の「体」分の食事をするだろうからだ。
結果、俺の手元の「水晶の麦」は40粒になった。そろそろ常用してもいいかな?
18時になって、1階の酒場に下りる。当然平服である。
席に着くが早いか人に囲まれてしまった。
昨日今日の服装の訳を聞かれたので、包み隠さず話す。
そしたら「冒険者からそんな奴が出た事に乾杯」と酒宴モードに。
「何かにかこつけて酒が飲みたいだけだろ、お前ら!」
と言ったのだが、それの何が悪い、と開き直られてしまった。
ついでに弾き語りもさせられた。
この弾き語り、ギルドの職員から別のギルドにも伝わっているそうだ。
どうせなら、シェール王国のレティシア姫あたりにも届いていたらいいのに。
そんなこんなで、騒がしい夜は更けていく―――
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