第24話 戦争~ゾンビは嫌だよ・5

 俺と、不機嫌な水玉を待っていたのは元気な陛下だった。

「おはよう~。あれ?水玉、不機嫌?食事する暇なかったとか?」

 俺は苦笑していた、確かに食事はしていない。

「食事の暇はありませんでしたが、そんな事ではありません。お気遣いなく」

「そう?じゃあ用件を言うけど、メラスの町とキンナルの町に任命する、新しい領主をここに運んできてくれる?これ大陸地図。帝国側詳細地図はこれ。ウルリカ聖王国の地域詳細地図はレドモンド中佐に渡してあるよね?グレウグに聞いたんだけど、これで飛べるんだよね?最初はダメもとで渡してあったものなんだけど。使える?」

「ああ、マック………レドモンド中佐に渡されていたものなら、覚えています。描かれていた場所ならどこにでも飛べますよ」


 と俺は素直に応じようとしたのだが、機嫌の悪い水玉が陛下に噛みつく。

「やっぱりそれでしたか。お聞きしたいのですが陛下。テレポートぐらい宮廷魔導士ともあろうものが使えないのですか?」

「おいよせ、水玉」

「はは、いいよいいよ。テレポートが使えない訳じゃないのさ。彼らは一度行った事があって、障害物がないと分かってないと飛べないってさ。地図はダメ」

「は?大陸を座標として認識できれば、後は現地の障害物を避ける術式で―――」

「………うん。それができないらしいよ?ねえ?」

 この間俺につかみかかってきた男はいない。

 すみませんと頭を下げる若い男性か一人。

 それと、この状況でも目をキラキラさせている細身の中年の男性がいるだけ。


「だから、僕の家庭教師に就くついでに、彼らの指南もお願いしようと思ってる」

 水玉は嫌がるかな?と思ったのだが―――

「ほう?ビシバシ指導してもいいのですね?」

 乗り気だった、キランと目が輝いている。これは俺が見張ってないといけないな。

「うん、ビシバシやっちゃって」

「分かりました。ではとりあえず雷鳴と手分けして目的の人物を連れてきます」


 俺は口を挟まなかった。水玉が部下を鍛える指導者の目をしていたからだ。

 俺たちは皇帝の命令書を携えて別々に『テレポート』する。

 目的の人物はすぐ見つかり、命令書にも問題はない。本物と認定された。

 ただ突然の事で慌てふためく彼らを気の毒には思った。

 家族とかいるだろうに。命令書で後で合流とか指示されてるんだろうな。

 そう思いつつもザニスに連行、もといお連れする。

「ありがとう、彼らに説明するのは僕からやっとくから、君らは休んでいいよ」

「「失礼します」」


 水玉は来た時と打って変わってご機嫌だ。

「そんなに宮廷魔導士の教育が楽しみか?」

「楽しみですね。凡愚の人間がどこまで変われるでしょうね………」

「………ここで出たらマズイ悪魔こきょうの香りがするが、鍛え直すって宣言で正しい?」

「あ、そういう言い方もありますね」

 頼むからそっちの言い方だけにしてくれよ。

「あと期間は3年だから、そこまで出来ないんじゃないか?」

「ビシバシいけば、儀式魔法まで教え込めるんじゃありませんか?」

「それは無理がある………上級魔法までだろ」

「そうですか………それでもビシバシ行く事に変わりはありませんけどね!」

「はい、はい」


 相変わらずライムグリーンの幌馬車に辿り着いて、中で休む事しばし。

 というか外に出てもゾンビを眺める以外にする事がないのだ。

 12時になった時、また伝令が来た。

「軍と領主様の準備が整いました。ライム連隊が確保しているスペースまで『テレポート』の準備を整えて、おいで下さいとのことです」

「わかりました。すぐ行きます」


 することは簡単だ。チャージしてある魔法の杖の先端で銀に光る魔法陣を描く。

 全員をもれなく陣の中に入れたら、2人で呪文を詠唱。

 そして『テレポート』!驚く人々に軽く場所の説明と被害状況を告げる。

 後はお任せして、今度は普通のテレポートで帰還。これを2回やった。


 特に疲れてはいない。

 エネルギー切れの「テレポートの杖」が出来上がっただけである。

 俺たちは念のため杖のエネルギーを充填して、6時間の休みについた。


 ………?反射で腰の時計を確認する。PM13:00だ。

 えらく外が騒がしい、カーテンを開け覗いてみると、本陣の方が騒がしい。

 理由はすぐに分かった。敵陣に巨大な竜が出現していたのだ。

 俺は慌てて水玉を起こし、姿の見えたマックスたちの方へ走った。

「ああ、今呼びに行こうとしてたんだよ!」

「あやつ、少し前からあそこに陣取っているゾナ」


 その時、竜が動いた。竜の吐息ブレスだ。正面に展開していた部隊目がけてである。

 ここからでは防御の魔法が届かない―――

 そう思った時、防壁の上から魔法が飛んだ。

 宮廷魔導士の『上級:風属性:広範囲型ウィンドシールド』である。ナイスだ!

 だが全てはカバーしきれず、カバー範囲から漏れた者は悲惨だった


 ブレスの効果は「死」結果はゾンビ化だった。

 10数名の兵士がブレスの直撃を受け、なすすべもなくゾンビに変貌したのだ。


 俺と水玉はあわてて『フライト』

 ブレスを受けた部隊の辺りまで飛ぶ。

 そこの壁にはオズワルド陛下も出てきている。宮廷魔導士も一緒だ。

「雷鳴、水玉!あのドラゴンが倒せるかい!?」

「やってみましょう!でもあれはただのドラゴンじゃない、ドラゴンゾンビです!」

「それであんなおかしなブレスを………」

「ブレスはできる限り防ぎますが、こっちに来たらさっきの呪文をお願いします!」

「分かり申した。だが拙者とアースクル殿で、5回が限度でござる!」

「まあ、ないよりマシでしょう。こっちでできるだけ防ぎます!」


 俺たちは、ドラゴンゾンビの方に向かった。

 途中で1回ブレスがあったが、水玉が『魔法範囲結界 範囲×2』で受け止める。

 かなり大きな結界となったので、後ろへは行かなかったようだ。

 近づいてみると、ドラゴンゾンビの背中の上に、王冠を被り豪奢な服装をし、腰に剣を佩いている人物を見つけた。

「お前がフランキーか!?」

「軽々しく余の名前を呼ぶな!余はウルリカ聖王国の王だぞ!」

「名乗ってるだけだろ。みんなお前が王だなんて認めてないぞ」

「そんな事はない!見ろ、眼下の臣民を!」

「あれ(ゾンビ)が臣民に見えるなら、お前の頭は腐ってる!」

「お前たちの陣営からも寝返った(ゾンビ化した)者どもがいるだろう!」

「………お前の脳みそが腐ってるのはよくわかった。問答無用だ!」


 水玉がドラゴンゾンビは、ドラゴンでもゾンビだから嫌だと言ったので、俺がドラゴンゾンビを、水玉がフランキーを担当する事になった。


 ドラゴンゾンビを『ウィークポイント』で調べたら、中身がなくなり肋骨の見えている胸の中に浮かぶ、紅いスイカ大の宝珠を指し示した。

 あれは何だ?『教え:観測:説明書』で見てみると、暴威の闇宝珠グランド・ダークマターと出た。

 充電期間中じゃなかったのか?復活してたのか?

 いや、ここの人間全員がゾンビになってないのだ。充電中なのだろう。

 あの宝珠にはその間もドラゴンゾンビの核になれる強さがあると見た方がいいな。

 しかし乗騎までアンデッドじゃないと従ってくれないとは。

 フランキーは器が小さすぎる。


 俺は慎重にドラゴンゾンビに近付く。ブレスは全て防いだ。

 近づくまでに『剛力10』『頑健10:理外の外殻』『瞬足10:飛行』を使用。

 ドラゴンゾンビの腐肉を貫いて暴威の闇宝珠へと槍を直撃させる!

 ギィィン!!何と、かすり傷もつかない。宝珠は異様に硬かった。

 ドラゴンゾンビが爪、爪、牙、尻尾と攻撃を加えてきたのを防ぎつつ距離をとる。


 どうも宝珠には普通の攻撃は効きそうにないと『勘』がいう。となると魔法か?

 魔法でもかなりの高威力が必要そうだ、と『予感』がいう。

 ドラゴンゾンビのブレスを防ぎながら考える。

 ………とりあえず、思いつく限りの魔法を試すか。


 しばらく時間が経過して。

 ドラゴンゾンビと俺の戦闘はまだ終わりが見えていなかった。

 頭を砕き、首を切り落としたのでブレスこそ止まっているが、爪や牙や尻尾の攻撃は止んではいない。死体な分普通のドラゴンより攻撃力は上だろう。

 シャレにならない。

 『頑健10』と『理外の外殻』があるのにあちこちに切り傷ができていた。


 また攻撃が来た。出来るだけ避け、当たるのは防御する。

 このままではジリ貧だ。頭を切り落とした以外、有効打がないのだから。

 こいつの視界は、どうも宝珠から与えられているらしい。

 だから目がないペナルティもない。ブレスを止めただけだ。

 俺の切り傷に毒が発散され『治癒魔法:キュアーポイズン』が必要になる有様だ。


 また怪我をして、キュアーポイズンをかけているとき、それは来た。

 背中のフランキーを振り落とさない攻撃に終始していたドラゴンゾンビが、体勢を変えて強力な攻撃を繰り出してきたのである。

「くっ!?」

 さばききれないっ………!


 何とか攻撃をやり過ごしたが、視界が狭い。

 そう、片目を持って行かれたのだ。顔には深々と爪痕。

「雷鳴!『回復×10』『キュアーポイズン』!」

 水玉がこっちに来て治癒魔法をかけてくれた。

 傷は自動で再生しているのだが、大ダメージだったので助かる。

 それより、水玉が来たという事はやっぱりそういう事か。

「フランキーを倒したんだな!?」

 再度来た攻撃を、今度は余裕をもって避けつつ聞く。

「倒したので、こいつが暴走しているようです!」

「コイツの弱点の核だが、どうやっても壊せない!強力な魔法が要る!」

「では!?」


「作っておいた儀式魔法の杖を2つとも使うぞ!」

「使う魔法は!?」

「悩んだが、核を標的に『メテオ』だろう。直撃させるぞ!」

 俺たちは再度攻撃してきたドラゴンゾンビの攻撃を避けつつ詠唱を開始する。

 魔法陣は必要ない。この杖は魔法陣なしでも使えるように作った。

 最初から儀式魔法のひな形の魔法陣が杖に彫られているのである。

 よって、必要なのは呪文のみ。


 宙にたゆたう岩の王よ 汝の僕を貸し与えよ

 願わくば 我が敵の頭上に 汝の僕を遣わしたまえ

 その威光は 遥か地上にまで届く

 われらが敵を滅ぼしたまえ


「「『『メテオ』』!!」」


 炎の帯を引いて、この世界(星)の近くを漂っていた隕石が地上に落下してくる。

 それはドラゴンゾンビを押しつぶし、暴威の闇宝珠グランド・ダークマターを粉々に砕いたのが見えた。少し勿体ない気もするが仕方ない。

 さらに、隕石はゾンビ軍団の半数を消し飛ばしていた。

 味方は巻き込まない。対象選択型の魔法として呪文構築したからだ。

 風圧でちょっと浮いたかもしれないが、それぐらいだろう。


 ウォォォォォォ!!本陣の兵からの大歓声だ。

 ちなみに、たまにブレスの余波を防いだらしい宮廷魔導士は青息吐息だった。

 余波とはいえ何があるか分からないので、防ぐのは正しい。

 宮廷魔導士のいる街の壁の上に着地し、お疲れさんと言っておいた。

 オズワルド陛下は、早速騎兵を率い、掃討戦に打って出たらしい。

 フットワークの軽い王様である。


 俺たちは「ライム連隊」に戻った。

「雷鳴!水玉!さっきのは何だい!?凄かったなあ」

「水玉と俺で、魔法の杖を使って、短縮儀式魔法を2重にかけたんだ」

「正直よくわからんゾナが、よくぞ被害を最小限に止めてくれたゾナ!」

「(こっちでの)人生で一番苦戦したよ~」

「ドラゴンゾンビが、さらにいうなら闇宝珠が凄かっただけですね。フランキー本人は死霊術と暗黒魔術が達者なだけでした。3つに頭が分裂したりもしましたが」

 水玉の方も手間取りはしたって事だな。


 ともあれ、後は正規軍に任せよう………と思ったら「ライム連隊」にも出撃命令が下っているそうである。名目上の大佐である俺たちも行かねばなるまい。

 じゃあ、ゾンビを吹っ飛ばしに行くか!水玉は嫌そうだけど!


♦♦♦


 9月18日。AM09:00。

 ゾンビを1体残らず掃討し、オズワルド陛下と一緒に先頭集団に混じって進んだ。

 「ライム連隊」も先頭に立っている。

 ウルリカ聖王国の首都エザールを目指して11日だ。

 もう1日もすればエザールに入る。


 『クールダウン』の魔法はすぐに陛下に知られ、かけてかけてとうるさいので、そんなにかけたいなら教えると言ったら、すぐ飛びついてきた。

 便利魔法なので、呪文を唱えたら魔力があればすぐ使える。

 他にも簡単な魔法があれば、行軍中に覚えたいというので、宮廷魔導士も急遽呼び寄せ―――2度手間が嫌だったのだ―――幌馬車の中で簡単な授業である。

 『クリエイトマテリアル 』と『コピー』は、絶対俺たちから習ったと言わないことを誓う事で教えることにした。

 悪魔相手の誓いは絶対だ。漏らそうとしたら死ぬ。教えてないけどな。

 皇帝陛下だけは何かあると感づいてるようだったが。


 何回かに分けて教えたので、今では教えられる限りの生活魔法が使えるようになっている。みんな必死で呪文を覚えて使えるようになったのだ。


 それと、水玉と俺は、魔力を成長させるための手段を教えていた。

 これは元の世界では悪魔・天使・人間問わずやる事である。

 体の中に、魔力を使って、魔力を溜めておくための疑似容器を作るのだ。

 他の臓器と位置がかぶっていても構わない。イメージが大事だ。

 次に、全身の血管に魔力を巡らせ、容器の中に魔力を流しこみ、溜めていくイメージをつくる。限界まで溜めたら、それがその人の現在の保有魔力だ。

 容器がいっぱいになったら、容器が膨らんでいくイメージをし続ける。

 そうしているうちに、容器は魔力を多く受けても大丈夫になっていく。

 それを毎日欠かさずやりなさいというのが教えだった。

 常識的な教えなので、安心だろうと思っていたら。


「ついでに魔力を増し、ついでに寿命を延ばす術も教えましょう」

 と水玉がいう。おいおい。水玉、何を教える気だ。

「体外を漂う魂のかけらなどを、体内に取り込む呪文を教えます。取り込んだ魂は―――とはいってもあくまで欠片ですよ?それはあなたたちの魂と魔力になります」

「間違って魂を吸い込んだりはしませんか?」

 これは、無表情な方の宮廷魔導士、ミリオン=アースクルだ。

「問題ありません。そんな危ない呪文は教えませんよ」

「それでも、魔力が増えるのは有難い!なぁアースクル殿!」

 これは、いちいち目をキラキラさせていた奴だ。好奇心いっぱいという感じ。

 名をバルケッタ=マーリクという。


「2人共ウルサイぞ。朕が覚えるのを邪魔するな!」

 何といっても一番覚えがいいのは皇帝陛下なのだ。

 基本的に俺は皇帝につきっきりで教えている。

 水玉は微妙に皇帝と相性が悪いので、宮廷魔導士を担当している。

 とは言っても幌馬車の中だ。お互いの講義は丸聞こえ。

 なので、結局2人でやっている感じになっている。

「それじゃあ、その2つを毎日欠かさず行うようにしてくださいね。魂の吸収は1日に何度やっても構いません、というか折に触れてやりなさい」

「そういう事なんで陛下、今日の授業はここまでです」

「うん、ご苦労だった。2人の講義は面白い」


 時間は16時だ。

 後は水玉と、授業の方針を話し合って過ごした。

 3年間の計画を立てておくのだ。

 生活呪文は覚えるだけなので簡単だが、下級呪文は呪文の理論構築から教える。

 多分、彼らは習ったものを、深く考えずに使っているだけなのだ。

 それを自分で魔法が構築できる所まで持って行く。簡単な事ではない。


 夜は更け、保存食を食べて、マックスたちの訪問を受けたりしつつ過ごした。

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