第23話 戦争~ゾンビは嫌だよ・4

 9月5日。AM6:00時。

 グレウグ中将は1日の休みをくれた。陛下も了承済みだとか。

 兵士たちにも命を出して、その日は最低14時まで休むことにした。

 正面で戦争が始まってしまえば、さすがに休めないだろうが、幸いなことに今は膠着状態のまま両軍動いていない。

 だがゾンビの見た目と臭気はどんどん悪い方に増している。

 なので、先に膠着状態に耐えきれなくなるのはこっちだと思う。


 さて、幌馬車に戻った俺たち。

 どうせ休むのだからと、魔法の杖にエネルギーを充填しておく。

 かなりの魔力を使った。くったりと疲れて、俺たちは眠りについた―――


 起きた時間は何とPM18:00だった。記録更新だ。誰も呼びに来なかったらしい。

 水玉をつつき起こし、お互いの服に『ウォッシュ』をかける。

 その後『ドレスチェンジ』で着替えである。

 さらにその上に武器防具を身に着ける。


 用意ができたら、マックスとグルンの天幕に会いに行く。

 うっぷ、凄い臭気だな………水玉は心底嫌そうにしている。

 だが、兵士たちの事も考えてか、不満はもらさない。

 2人に会いに行くのは、メラスの戦いで出た傷病者を癒すためだ。


 マックスとグルンの天幕。見張りに顔パスで通してもらう。 

「やあ、起きたか!こっちは臭くて眠りが浅くてね」

「ワシはもう慣れたゾナな」

「あー。儀式魔法の魔力を溜めて疲れたから、長く寝ちゃったんだよ」

「ああー。あれは凄いよね。宮廷魔導士はできないのかな?」

「できたらやってるでしょうね。保有魔力が私たちとは比較にならないほど低いから、魔法の杖に魔力を溜めるのに何十日もかかるでしょうけどね」

「それは仕事にならないねえ」

「一応、前線で攻撃魔法は放っているゾナよ?」

「うん、1時間ほどで引っ込むけどね」

「それでも助かっているのだから悪口はいかんゾナ」

「はいはい………君たちと比べるのが間違いなんだね。S級って凄いんだなぁ」

 

 それはそういう事(S級だから)にしておいてもらいたい。

 とりあえず傷病兵を連れて来て欲しいのだが?

 2人に告げると、2人は天幕の外に顔を出して、傷病兵を連れてくるように言う。

 あとは、昨日の繰り返しである。しかしメンタルをやられた兵が増えていた。

 

 そして部隊から出た死者の数も増えていた。一昨日を含めると100名に及ぶ。

 その場で、普通の死体には戻してやれたそうだが。

 ―――それでも死者が出た事に変わりなし。

 言ってしまうと、ウルリカ聖王国の簒奪者が全部悪いという事だ。


 と、考えていると、天幕の見張り兵が入ってきた。

「グレウグ中将閣下がお見えになりました」

「入っていただけ」

 見張り兵と入れ替わりに、疲れた顔の中将閣下が入ってきた。

「お前たちもいたか、ちょうどいい」

 そう言って、マックスが差し出した椅子に腰を掛ける。

「………キンナルでしょうか?」

「そうだ。メラスより大きな都市だが、防壁はない。だが首都エザールからある程度離れているため、まだ持っている可能性もある。明日の昼の出発を望むと陛下のお言葉だ」

「分かりました。準備をしておきます」

「………すまんな。我々にできることがあれば言ってくれ」

「お言葉だけで、十分です」

「そうか………以上だ」

 グレウグ中将は一気に老け込んだような顔で去っていった。


「陛下はとことんまで君たちを使い倒す気みたいだね」

「援軍に兵を裂いていなければ、正規軍だけでも撃破できたゾナが、今は向こうより兵力でやや下回っているゾナからな」

「他の町を襲っている可能性とかは無いのかな?」

「幹部は5人とオロンは吐いたゾナ。嘘をついていないのならこれで打ち止めゾナ。ゾンビは操るものがいなければフラフラと生者に襲い掛かるだけだからゾナ」

「後は大将の存在がネックだな。出るとしたらここザニスだ」

「2人がいない間に、出てこないことを祈るゾナ」

「ちょっとグルン、フラグを立てないで下さい」

「ゾナ?フラグ………フラッグ(旗)ゾナ?戦場ゆえ沢山あるゾナが………?」

「違いますよ………もういいです」


 俺たちは天幕を出た。

「水玉、親玉って絶対強いよな」

「『勘』ですか?」

「うん。儀式魔法の媒介に使える、魔法の杖を増やしておいた方がいい『予感』がする。それも戦いの場で魔法陣なしで使えるようにしてくれるやつ」

「そんなの作ったら今日は撃沈ですが………はぁ、やりましょうか」


 そんな魔法の杖を作るのには、かなり根気と根性が必要で、製作には真夜中までかかったが、2本作り上げることができた。魔力は底をつきかけている。

 だが12時間眠ればなんとかなるだろう。俺と水玉は手をつないで眠った。


 9月6日。PM12:00

 ゾンビの臭いが頂点に達している今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

 戦場では見た目も臭いも最悪な事になっています。

 

 今の所倒したゾンビは全て兵隊が埋葬している。

 だが、あちらの方で水源が汚染されたらしく、伝染病が発生しかけた。

 今では、一度沸騰させた水以外は飲むなという命令が下っている。

 この暑いのに、火を使う。兵士たちの指揮が下がる原因が増えたな………

 最も、俺たちには『生活魔法:コールウォータ』があるのだが。


 そんな事を考えながら一昨日も使った『テレポート』の魔法陣を描く広場に到着。

 俺と水玉は『拡声』と『浮遊』を使い、兵士たち全員に見える位置まで上昇する。

「さあ、今回はキンナルの救援に行くぞ!今回も勇敢さを見せてくれ!」

 おおーっ、という声が響く。

「前と同じく魔法陣を描きます!描いている最中に踏まないで下さいね!」


 魔法陣は完成し、兵士たちがその上に乗る。『『テレポート!!』』


 ―――キンナルの町は燃えていた。比喩でもなんでもない。

 町全体が、既に灰になったところを除き、炎上していたのである。

 町外周の壁は無事だが、木製だったらしい大門は焼け落ちているので意味がない。

 無事なのは領主館だけだ。堀があるのが見えるのでそのおかげだろう。

 ………近くに寄ってみないと状況が分からんな。

 燃える物がなくなって鎮火しかけている街の外周にはゾンビの姿が見える。

 とりあえず、兵には「火にまかれない程度に進みつつ、ゾンビの掃討」を命じた。


 俺たちは『フライト』で領主の館の方を目指す。

 何が起こっているのかはすぐに見当がついた。

 そこにいた奴は「ゴリラ背負いのグンゼ」の名通り、巨大な、5mはあろうかというゴリラだった。それ以外の何でもない。

 そいつがボンボン、ファイアボールを放つのだ。街の惨状も納得だ。

 領主の館の入口は跳ね橋になっていたのが幸いしたのだ。跳ね橋は鉄である。

 木の門ではもう燃えていただろう。


 ………うん?そういえば人の体はどこだ?

 観察してみると、ゴリラが四つん這いになっていたので見えなかったのだが、青い人の体が四肢をゴリラに磔にされる形で存在していた。

 何かしているようには見えない。『ウィンドボイス』で声を拾ってみよう。


「あー、もうどうでもいい」「僕の魔力を無駄遣いするなゴリラ」「あー気が遠くなってきた」「ホントもう帰りたい」………という感じだった。

 そのとき、ゴリラが立ってドラミングする。領主館がにわかに慌ただしくなる。

 ゴリラが一際巨大なファイアーボールを吐いたのだ。

 領主館から魔導士らしい人物が『中級:水属性:アイスボール』で対抗する。

 ファイアーボールはやや威力を減衰させながら跳ね橋に当たって、跳ね橋を灼熱させた。これはまずい。連続でやられると橋が溶けて崩壊しかねない。


 俺は『教え』を身に纏う。『剛力10』『頑健10:理外の外殻』『瞬足10:飛行』

「水玉、どっちがいい?」

「ゴリラですかね。ネクラはちょっと」「じゃあ任せた」

 水玉はゴリラの顔付近へ、俺は再び四つん這いになったゴリラの腹に飛んでいく。

 とりあえず青い男、グンゼの顔面目掛けて槍で突きかかる。

 するとグンゼの顔面にシールドが展開される。無詠唱だ。

 突くと割れてしまったが、俺の一撃を受け止めた。侮るのはよくなさそうだ。


「どうでもいいよ」「でも死にたくない」「コイツを取ってくれ」「どうでもいい」

 ………一応死にたくないのか?だが死んでもらう。

 俺は魔力の展開が間に合わないスピードで、高速で何十回も刺しまくる。

 だがグンゼは急所だけを守り、四肢や肩は血まみれになりつつ生き延びた。

「誰だ俺を殺そうとするやつはぁぁ!」

 無詠唱で『ファイアーボール』が飛んできた。サイズは普通だが強化されている。

 俺も無詠唱で『魔法個人結界』を張り、それを受け止める。

 結構な魔力だ。ゴリラに融合させるには惜しい人材だったのではないだろうか。

 それとも敵(暫定)国王フランキーの師匠の趣味だろうか?

 

 さて、もう一度刺すか。

 今度は全力の一撃だ。これで貫通しなければまた無理をすることになる。

 くらえ!


 パキィィンとシールドが破壊されて吸い込まれるように心臓に槍が到達する。

「ごぼっ………死にたくない………『カース』」

 おっと、最後っ屁か?悪いけどな、俺のコートは呪いを防ぐんだ。

 ふむふむ、コートからの情報によると生涯足が動かなくなる呪いだったようだ。

 解呪は難しいだけで、できたようなので、水玉が受けてても大丈夫だったな。


 その時、ゴリラの体が倒れ込んできた。慌てて飛びのく俺。

 水玉の姿を見て一瞬ギクッとする。真っ赤だったのだ。

 しかし考えてみれば水玉は血を流さない。返り血だと次の瞬間には納得していた。

 そして水玉がすぐ『キュア』したので、血は跡形もなくなった。

「しぶとい敵でした。もう少し素早ければ痛手を負っていたでしょうね」

「俺は予想外に器用な敵だった。最後に『カース』とか仕掛けてきたしな」

「なんですって!喰らってないでしょうね!?」

「ああ、このコートは呪いを弾く―――いや吸収分解するから」

「いつも脱がないと思っていたら、そんな効果もあったのですか」

 ちなみに今、コートは袖なしの超薄型ロングベストという感じに変化させてある。

 もうコートじゃない?まあ便宜上コートと呼んでるだけだからな。


 そんなやり取りをしていたら、城門の周囲の壁の上から歓声が聞こえてきた。

 その歓声をぶち壊すようにキンキンした声がする。

「貴様ら、そのゴリラを倒したのか!?ちゃんと倒したんだろうな!ぬか喜びだったらタダではおかんぞ!おっと近寄るな!不審者め!」

 むか。恰好からして防衛軍の偉い奴か。

「疑うなら自分で見に来い!俺たちはパルケルス帝国の者だ。追って帝国から人が来るまで黙って待ってろ!解放軍たる我らに対してのお前の態度は伝えておく!」

 俺は城壁近くに飛んで寄り、兵士から今の暴言の主の名前を聞き出しておいた。

 ついでに領主は町を捨てて、マーロウの町の親戚を頼りに逃げた事もだ。

 彼らはロクな司令官もなくここで耐えていたらしい。

「そうか………できるだけ早く新しい領主が来るように陳情しておく」

「お願いします!」


 さて、次は燃える街の消火だ。血の麦を一粒口にする。

「町の中の人間に告ぐ!今すぐ燃える家屋などから遠ざかれ!水が行くぞ!」

 『教え:血の魔術:炎を呑み込みし龍』

 視界内の炎を全て消すまで、水の奔流が進む術である。直撃しても死ぬほどの勢いではない、が溺れかねないので警告必須だ。魔界こきょうでは気楽に使ったものだが。

 ちなみに今の俺の視界は町全体が見える高空だ。

 つまり術は町全ての炎を消し止める。

 水玉はゾンビの掃討に行ってもらった。嫌な顔をしていたが、行ってくれた。

 きっと触れずに(武器も触れずに)倒してくるだろう。


 全ての炎を消し止めた後、俺もゾンビ掃討戦に参加。

 炎がゾンビの動きを阻害していたのか、生き残った人も結構多かった。

 彼らを領主館に入れる入れないで、またひと悶着あったのだが、兵士たちが独断で跳ね橋を下ろしてくれた。これも上に伝えておこう。


 PM18:00

 俺たちは来た時と同様、儀式魔法版『テレポート』で帰還した。

 魔法陣が起動した光を見て駆けつけたらしい、ミニッツ少将とグレウグ中将がそこに駆け付けていた。丁度いいので、敬礼しつつそちらに向かい、今回の報告をする。

 2人は唸る。グレウグ中将が口を開いた。

「それなりの軍勢と領主に据える者を早く送らなければいかんな。どちらの町もだ。早めに人員選抜をするよう皇帝陛下に働きかけてみよう。領主となる者とそれにつける軍の送迎は頼めるか?」

「軍に関しては、1回につき半日休みを貰います。あと軍は1000人がほぼ限度です」

 嘘は何も言ってない。杖にチャージするのに魔力の半量を使い、軍を送迎したら杖の魔力は空になるのだから。こればかりはどうしようもない。

「うむ、分かった。皇帝陛下に言っておこう。総員休んで良し」


「総員っ!休んで!良し!」「お前たち!休んで良しゾナ!」

 マックスとグルンが声を張り上げる。兵士たちは各自の居場所に散っていった。

「あ、傷病兵は待ちなさい!気分が悪い者もです!明日に回す必要はありません!」

 水玉が叫ぶ。確かにそうだ。

「気分が不安定な奴はこっちにこい!」

 俺と水玉は手早く処置を終えた。

 聞いたところ、今回は死傷者はいなかったそうで良かった。

 悪魔の台詞ではないが「ライム連隊」の兵士には情が移っているのかもしれない。


 幌馬車に戻った俺と水玉はテレポート用の魔法の杖にチャージを行う。

 さっきの任務で魔力消費しているが、許容範囲内である、問題ない。

 ゴリラ背負いのグンゼ戦は、あまり魔力は消費してないのだ。

 チャージを完成させた俺たちは、チャージの疲れからくる安らかな眠りについた。


 9月7日。AM6:00。

 俺たちは共に起きたばかりだった。

 こんな状況なので服はしっかり着ているが、まだダルイ。

 その時、カーテンががボフボフと叩かれた「伝令です!」

 タイミングの悪い登場をする奴である、水玉の機嫌が急行落下したぞ。

 水玉が不機嫌そうにカーテンを開ける。

「何ですか!?」

「え、ええと、雷鳴様と水玉様に皇帝陛下から、呼び出しです!30分以内に謁見の間へ来るようにと………」

「ああー。多分占領地の領主の件だろうな。テレポートで連れて来いって事なんじゃないか?こっちから問題提起したし、俺たちに来るのは仕方ないだろ?」

「宮廷魔導士にテレポートが使えるのはいないんでしょうか?」

「いないか、いても往復で魔力が尽きて役立たずになるんだろ」

「役に立たない………。伝令、承りましたと返事しておいて下さい」

「はい!」

 伝令は去っていった。水玉は機嫌悪そうに綺麗な服に『ドレスチェンジ』する。

 俺も多少かしこまった格好になっておいた。

 要は2人共、宮廷図書館に行く時の服だ。

 水玉の不機嫌は幌馬車を出た時の光景―――何が変わった訳でもない。ゾンビの群れだ―――で余計酷くなりながら、謁見の間まで続いた。

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