第22話 戦争~ゾンビは嫌だよ・3


「それはいいですけど………皇帝陛下が俺たちを呼んだのは、俺たちの異常性とやらを言い立てるつもりじゃないんでしょう?何の用でお呼びに?」

「うむ!それなのだが………2人に家庭教師になってもらいたい!」

 周囲からどよめきが起こる。制止する声も起こる。

「黙れ、朕はもう決めたのだ」

 皇帝のまとう極寒の空気に黙る周囲。後が面倒そうだな。


「はぁ。急ぐ旅じゃないのである程度ならパルケルス帝国にとどまりますが」

「3年間の士官を申し付ける!どうだ?」

「どうだ?水玉?」

「それぐらいならまぁ、いいんじゃないでしょうかね。急ぐ旅ではありませんし。でも側近の方が私たちに文句を言って来たら、この話は無かったことにします。嫌味や文句を聞くために仕官するなんて冗談じゃないですからね。これは今からですよ?」


 何人かが文句を言おうとして皇帝の冷たい視線に固まる。

 これが後できっちり周知されてくれればいいのだが。


「じゃあいいんだね!戦争が終わって、帝都が通常運転に戻ってから3年ね!

 いつから仕官してもらうかはまた使いの者をやるから、それまで軍にいてね!」

「「了解しました、陛下」」

 S級の軍徴集は法律で決められているので、元から否やはない。

 俺たちは謁見の間から退出した。やれやれである。

 兵も夜番以外は寝ている。

 俺たちも、ライムグリーンの馬車に帰って、ひっくり返って寝た。


 9月5日。AM8:00時。

 昨日遅かったので寝坊してしまった。

 『ドレスチェンジ』し、装備を身につけつつ水玉を見ると、寝てないか早めに目を覚ましたようだ。本を読みつつ焼き栗を口に運んでいる

 寝る必要がない水玉をうらやましく思ってしまう瞬間である。

 いや、俺も『教え:疑似人間:フルタイム』を使えばできはするのだが。

 昨日は既に呼ばれたのが夜中だったのでかけ損ねたのだ。


 そんな事を考えつつ、準備を終えると、また、兵士がボフボフと幌馬車のカーテンを叩く音がした。今度は何だ。

「グレウグ中将がお見えです!」

 俺と水玉はため息をついて幌馬車から出るのだった。


 グレウグ中将はマックスとグルンに挟まれて座っていた。

 ライム連隊の指揮所の、唯一の天幕の中である。

「陛下は貴君らを非常に高く買っておいでだ」

 第一声である。はあ、それは昨日の一件で分かったよ。

「貴君らは『テレポート』という一瞬で遠方に移動する魔術を使えるとか」

「使えます。命令はメラスの町かキンナルの町の掃討命令でしょうか?」

「なっ!?幹部の他にゾンビが1000体も居るのだよ!?」

「ええ、でも命令は掃討命令なんでしょう?」

「うむ………そうなのだ。陛下は何を考えておられるのか………」

 グレウグ中将は額に指をあてて、苦悩しているようだ。

「買いかぶり過ぎとは思いますが、できるだけの事はやって来ます」

「頼んだぞ。昨日の事は聞いている。信頼しておるからな!」

 この人はいい人なんだけどなぁ………陛下が無茶振りするだけで。

「最初の目標は敵首都から近いメラスの町だ、頼んだぞ!」


「「マックス、グルン。話は聞いたよな(ましたよね)?」」

「ああ、地図がいるんだよね。でも、テレポートではたくさんの兵は運べないんだろう?ゾンビの掃討と現地の保全はどうするつもり?」

「ゾンビの掃討は私たちでもある程度できますけど、確かに兵は必要です。けれども、テレポートでは20名がいいところ………普通のテレポートなら、ですが」

「?普通じゃないテレポートって何だい?」

「儀式魔法を使う。大きな魔法陣を書いて、儀式をするんだ。兵士全員を魔法陣に乗せると、あら不思議。乗った奴全員が目的地に到着するんだよ」

「………ホント?マジで?」

「ホントですよ。まあそれでも1000人はギリですけどね。ちょっと準備が必要だから幌馬車に戻りますけど、全員が集合できる空きスペースを確保しといて下さいね」


 俺と水玉は幌馬車に乗って、カーテンを厳重に閉めた。

(水玉!儀式魔法『テレポート』を発動させるための杖を作るぞ!内緒でな)

(まずは『クリエイトジュエル』ですね。任せて下さい)

「『最上級:無属性魔法:クリエイトジュエル』:ダイヤモンド」

 拳ほどのラウンドカットのダイヤモンドが出来上がる。俺ではこうはいかない。

 水玉の石に対する技術があればこそ。見事だ。

 

 俺はそれが丁度嵌まる形のそれっぽい杖を『クリエイトマテリアル』する。

 それに特殊な魔力を注ぎ込みながら呪文を唱え、合体させる。

 それから二人で杖に魔力を注ぎ込む―――壊さないように量には慎重に。

 杖は即席の魔法の杖にも関わらず、俺たちの魔力の半分を呑み込んだ。

 俺と水玉の半量なので、結構すごい魔力が溜まった事になる。

 十分魔法陣に魔力を注ぎ込む事ができるだろう。


 俺と水玉の魔力回復に半日はかかりそうだ。

 なので、俺は幌馬車の近くを通るライム連隊の兵士をつかまえる。

「行動は16時だ。その時間までに空きスペースの周りに全兵士を集めておいてくれ、と俺が言っていたとマックス―――レドモンド中佐に伝えてくれ」

「はっ、伝令、承りました!」

 若い兵士は走って行った。

 頼むぞ、兵士。俺たちは魔力が減ってだるいので、暑い外に出る気がしないのだ。


 しばらくして。

「雷鳴ー、水玉ー!」

 ぶわっと遠慮なくカーテンが開く。マックスだ。

「暑いから早く乗り込んで閉めろ!」

 俺は仕方なく奥へ行く。

「おお、では遠慮なく。あ、はいこれ、地図ね」「遠慮なくゾナ!」

 地図は受け取ったが、グルンもかよ。水玉、場所空けてやれ。

「ああー。ゾンビの臭いがしないー。いい香りがするー」

「暑くて死にそうだったゾナー。くんくん、確かにいい匂いがするゾナ?」

「お二人とも。多分私の香水の匂いだと思いますが?」

「ああ、なるほど、女の子だねー。癒されるなぁ」

「水玉殿はいつもお洒落ゾナー」

 あ、水玉の機嫌が上方修正された。


「ちなみに『消臭』の魔法も入口付近に張ってあるよ。水玉がうるさくて」

「当たり前でしょう。でないと寝れませんよ!」

「冷たいスポーツドリンク(塩分と糖分、レモンで味をつけてある水)もあるよ」

 と、俺は亜空間収納から手製のスポーツドリンクを取り出し振る舞ってやる。

「俺たちは準備で魔力を使いすぎてね。だから休憩してたんだ。お前らはちゃんと栄養取った?簡単なもんなら出してやるよ?」


「それは有難い―――すごく。兵たちにおすそ分けできないのが残念だけど………」

「皆、敵軍の見た目と匂いに参っているゾナ。昨日の友軍の姿が変わり果てて敵軍にいたりするから余計ゾナ。敵の数がかなり減っているから持っているが、ゾナ」

「そこは頑張ってもらうしかないですね。今日敵軍の補給源を潰しに行くのですし」

「うん、激励はしてるよ。それでも暑気あたりで倒れる者もいるけど………」

「わしらの方が倒れそうゾナ」

 グルン、それは堅パンをもぐもぐしながら言う台詞じゃないと思うんだ。

 スープもごっくごっく飲み干しているし。

「おかわり、ゾナ」


「はいはい、おかわりね」

「雷鳴は家庭的だよね。結婚したら水玉ちゃん楽ができるんじゃない?」

「結婚したら料理を習うつもりです、が、追いつくには遠そうだと思っています」

「俺は水玉が作ってくれたものなら何でも食べるよ」

「っ!美味しくなければ意味がないんですっ!」

 水玉はプイと向うを向いた。これは照れてるな。男3人でニヤニヤしてしまった。


「わしらを練習台にしても構わんゾナよ?」「そうそう」

「………検討しておきます。言っておきますが食べれるものを作る事はもうできるんですからね。毒みたいな料理は作りませんっ」

 うぉ、王族の試練のために習ってなかったら毒料理だったのか!?

 それでも水玉が作ったのなら食べただろうけど、改善されててよかったぁー。


 さんざん飲み食いした後、カードゲームで遊んだりして―――けちょんけちょんに負かした。悪魔にゲームなんぞ挑む方が悪い―――2人は出て行った。

 あとはゆっくり体を休めておこう―――。


 ほぼ魔力が最大まで回復したころPM16:00時になった。

 俺たちは幌馬車から杖を持って出る。

「雷鳴。体調のすぐれない10名ほどを除いて、部隊の隊員は全員揃ったよ」

「なに?10人も?連れてこい、治してやるから」

「メンタル面だろうって奴もいるけど………」

「関係ない。元気にしてやる」

「わかった。連れてくる」

 

 ほどなくして、12名の傷病者が連れてこられた。

 傷と病気は水玉に頼む。8人ほどだ。残り4人はメンタルだそうである。

 俺はメンタル面で参っている兵士に『教え:治癒:精神治癒』を施す。

 兵士の顔色は見る間によくなった。

「この効果は次に受けるショックは和らげない。今を乗り越えるのを助けてくれるだけだ。でも今はついて来てくれるな?またショックを受けたら俺のとこに来い」

 兵士たちは癒しの反動で泣きながら、はい、といった。

 隣では水玉に癒された兵士たちが、女神を見る目で水玉を見ている。


 さて、ようやく準備ができただろうか。

 俺と水玉は『拡声』と『浮遊』を使い、兵士たち全員に見える位置に行く。

「さあ、メラスの救援に行くぞ!全員だ!」

「今から私が魔法陣を描きますので描いている最中に踏まないで下さいね!」

 おー!という声が唱和した。水玉が降下して魔法の杖で魔法陣を描き始める。

 魔法の杖を1つしか用意してない(2本作る余裕はなかった)ので、魔法陣を描くのは水玉だけだ。浮遊しながらするすると、まず円を描き、五芒星を描く。

 魔法陣が銀色に輝き出し、兵士たちが息をのむ。その後は呪文を書き込む。


「完成しましたよ!皆魔法陣の中に入りなさい!はみ出てはダメですよ!」

「よし、メラスの救援に行くぞ!」

 水玉と二人で地図を見て位置を決める。

「「目指すはメラスの大門前!『テレポート』!」」


 当たり前だが、いきなり目の前の光景が切り替わる。

 メラスの町は、タマネギ状に城壁がある街なのだが、4つある壁のうち2つは突破されていた。何故か遠くでドオン!という破城槌のような音が響いている。

 俺たちが到着した町の大門は、既に町人のゾンビ化した姿であふれかえっていた。

 まだ組織的な動きはしてないな………よし。


「皆、俺たちは音のする方に向かう!皆はゾンビを掃討しながら進んでくれ!まだこのあたりのゾンビは組織立って行動していない!簡単に倒せる!」

おおー! はい! などのいい返事が続く。

「マックス、グルン、任せたぞ!」

「はいはい。頑張って指揮をとるよ」「同じく、ゾナ」


 俺と水玉は『フライト』をかけて、ドォン、ドォンという音の源まで飛ぶ。

 それは2の壁の大門だった。

 間違いない。イッペラポスランサーのイムニスだろう。

 イッペラポスというのは、鹿の上半身に馬の下半身をした怪物だ。

 目の前にいるコイツは、普通のイッペラポスよりはるかに巨大だが。

 それに跨る巨人がいる。こいつがイムニスか。

 だが、城壁の門を崩すという行動はしているものの、こいつから知性を感じないのだが………?うん?イムニスの肩にインプ(小悪魔)がいる。

 『ウィンドボイス(聴音・送音)』で音を拾ってみると―――

「イムニス、城壁をもっかい攻撃や」

 指示を出している?水玉にこれを伝えると。

「面白い、そんな茶番で私が倒せるか試しましょう。今回は人間?を貰いますよ」

「じゃあ俺はイッペラポスの方だな」


 さて、イムニスは水玉に任せるとして、イッペラポスの突進を止めないと門が持ちそうにないな。なら、これだな「『下級:無属性魔法:スロウ 威力×10』!」

 だが、イッペラポスは角をぶんぶんふる仕草をしてこれを振り払う。

 なんだと?抵抗を封じるために、魔力を威力に変えて込めた一撃だぞ?

 こいつ、魔法が効かないのでは………?

 試しだ「『中級:火属性魔法:ファイアーボール』」

 同じ反応、ファイアーボールは吹き散らかされた。


 なら、自分の方に強化をかけるまでだ。

 『剛力10』『頑健10:理外の外殻』『瞬足10:飛行』

 俺はイッペラポスの前方に回り、空中に魔力で足場を作り突進を受け止める!

 手がかなり痺れたが………いける!

 突進の命令が崩れたからか、イッペラポスは角を振り回し俺に襲い掛かってきた。

 だが飛行している俺には簡単に角は当たらない。

 剣を抜き放って『教え:変化:巨大化』を剣にかける。

 それを―――イッペラポスの首に叩きつける!

 イッペラポスの首は半分近く切断されるがまだ暴れる。

 

 もう一度、狙いすました一撃を、と思う俺に嫌なものが見えた。

 イッペラポスの首が高速回復している。

 即死ダメージじゃないとダメって事か―――

 なら、負担は小さくないがしょうがない。

 俺は『剛力』がすでにMAXでかかっているこの体に『フィジカルエンチャント(身体能力付与)・パワー 威力×10』を重ねがけした。

 ビキビキと悲鳴を上げる俺の体。

 もう一度剣を振り上げて―――

 今度は切る音さえ聞こえなかった。

 イッペラポスの首は、両断されて落ちたのだ。

 

 降下して、『フィジカルエンチャント』を解く俺。このままでは体がもたない。

 歓声が壁の上から降って来る。兵士たちのものだ。

「私たちは帝国軍のものです!帝国を受け入れるなら私たちを受け入れなさい!」

 水玉が叫ぶと、領主らしき人物が叫び返してきた。

「受け入れます!私の身は引退で勘弁してください!」

「それは上層部に言いなさい。この戦争にケリがついたら、身分のある者が派遣されてくるでしょう!それまでは大人しくしていなさい!」

「はっ!はい。分かりました」

「それと、ゾンビの掃討に兵を回しなさい。こちらの手勢だけでは限度があります」

「わかりました。大佐!」

「はっ、部下を回します!」


 城壁のやり取りはひと段落ついたようだ。

 後は残ったゾンビの掃討だな―――


 水玉は『センス・アンデッド(アンデッド)』を駆使し、隠れている(というか家の中にいる)ゾンビを探し当て、兵士に知らせて回った。

 俺は最初、兵士たちを鼓舞しながらまとまったゾンビを始末して回っていたのだが、まとまったのがいなくなったので、高速飛行で町を回り、ピンで歩いているゾンビを始末して回った。それも居なくなると水玉の手伝いだ。


 徹底して行ったので、夜が明ける頃にはゾンビは根絶されていた。

 どこかにいる可能性は否定できないが、それはこの町の兵士の役目だろう。

 大佐、と呼ばれていた男に、それは任せた、と言っておく。

 任せて下さい、と言っていたので大丈夫だろう、多分。


 俺たちはもう一度、儀式魔法でザニスの野営地に帰るのだった。

 グレウグ中将は、報告を聞いて心底安堵した表情で、俺たちを称賛した。

 悪い気分ではないがもう寝たい………

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