第21話 戦争~ゾンビは嫌だよ・2

 9月04日 AM12:00

 俺たちは直属の上司ミニッツ少将の居所を探し当て―――探し当てるのが大変だった―――オロンの吐いた情報と、ゾンビの弱点を伝える。

 ミニッツ少将は難しい顔をしてそれは上層部に上げるべき内容だろうと言った。

 そりゃそうである、敵の首魁と幹部の情報、敵の弱点の情報なのだから。

 だが縦社会の軍隊では、次に報告しなければいけないのはグレウグ中将だ。


 何故かミニッツ少将に同行し、グレウグ中将の所に報告。

 すると、中将は私から国王陛下に報告しておくと言ってくれた。

 それと、改めて俺たちには自由行動を許すと言葉をもらった。

 ついでにライム連隊の呼び名を、俺たちが退任する時まで正式名称にしてくれた。

 特に王に会いたいわけでもなかった俺と水玉はお任せしますモードである。


 昼頃から、ゾンビがとみに増えている。水玉が不機嫌だ。

 今のうちに作戦を、部隊の皆に伝えておく方が良さそうだな。

 マックスとグルンに相談して了承をもらったので、俺はみんなに呼びかける。

 『下級:風属性魔法:拡声』『下級:無属性魔法:浮遊』っと。

「俺たち「ライム連隊」は正規軍には入らずに進む!

 北方向へ相手の側面を迂回して背後を突く!目的は幹部のあぶり出しだ!

 幹部は俺たちが相手するので、遭遇するまでは俺たちを先頭にして突き進め!

 患部に遭遇したらみんなは周囲のゾンビを防いでくれ!頼むぞ!

 俺たちについてこい!!栄光は諸君に!!」

 よく見えるように高い所から。身振り手振りを交え大音声で。基本だろう。

 兵隊たちはうわぁっと沸き立っている。


 そして夜。PM10時。相手はついに動き出した。ゾンビは夜行性か?

 動きとしてはゾンビを前面に押し出しての平押しだ。まあゾンビだからな。

 だがここまでゾンビが多いと壮観………いややっぱ気持ち悪いわ。

 俺たち自由行動で良かった………と、水玉と顔を見合わせて頷いた。


 俺はマックスとグルンに、予定通り北方向に敵を迂回すると告げる。

 そして背面のゾンビを、先頭に立った俺たちが『フライト』をかけての『物理個人結界』でどかどかと弾き飛ばしながら進んでいく。

 とは言ってもそんなに早くはない。兵士たちがついて来られるぐらいの速さだ。

 兵士たちはかけ足をしながらの戦闘で悲鳴を上げている。

 が、後方ゆえに敵は少ない。なので、頑張ってもらうとしよう。


 しばらく進むと、巨大な三尾の狐に下半身が融合した異形に遭遇した。

 高速詠唱の魔法でこちらの軍に結構なダメージを与えている。

 狐に融合した上半身からは頭が3つ生えている。

 それで高速詠唱なのだから、普通の兵には手も足も出ないだろう。

 だが対抗手段はある。

 余分に魔力を使うのでやっていないが、無詠唱で対抗する事は可能なのである。


 俺たちは背後の兵士たちに無詠唱で『魔法範囲結界』を拡大してかけ、マックスとグルンに、手が空いたら狐の背後を攻撃することを頼んで、敵に向かっていった


「妖狐サメール!俺たちが相手だ!」

 (「魔法個人結界 範囲×2 持続時間×10」)

 水玉が無詠唱で術を放つ。取り合えず魔法結界を張ったようだ。ナイス。

 サメールはぐるり、と3つ首を回しこちらを向く。ちょっと怖い。

 そして3つの頭から『エネルギーボルト』の弾幕。

 うぉっ、結界を張っていても押される………が隙間がある。

「俺は頭を叩く!水玉は乗騎の相手をしてくれ!」

「了解しました!」


 頭の方に弾幕を縫って近づく。当たるのはすべて結界が弾いてくれるが、近くに行けば行くほど、魔法は防げるのだがエネルギーの質量が結界を押しとどめるのだ。

 物理攻撃でこいつを沈黙させるには―――これしかない。

 (『ミュート 範囲×3 威力×10』)

 対象を黙らせる呪文だ。威力を極限まで高めておいて良かった。

 感じた抵抗力はかなりのものだったのだ。

 だがそれだけではすまなかった。サメールの3つの頭は、こっちに向けて光線を放って来たのである。光線は結界をすり抜け、俺に当たった。

 

 正確には水玉製のバックラーに、だ。ひびが入った。

 これはうかうかしてられないぞ………俺は隙ができるの覚悟で『教え』をつかう。

 いつもの3セットだ『剛力10』『頑健10:理外の外殻』『瞬足10:飛行』

 予想通り、俺に着弾した光線。だが理外の外殻はダメージを最小限に止める。

 俺は高速で飛び上がり宙に浮くとランダムに飛行しながらサメールに近付く。

 光線は外れた。俺はサメールの首の根元に槍を突き立てる。

 響く悲鳴。俺は高速でそれぞれの頭の喉を突いてやる。

 女をむやみに苦しめるのは趣味じゃないのだ。

 頭は首の根元に向けてしぼんでいった。

 だが、嫌な予感がしていた俺はまだ戦闘態勢を解いていない。


 残った上半身の手のひらと腹に口が出現し、呪文を詠唱し始めたのだ。

 この呪文は………本当に高速詠唱できるのか謎だが、とにかくマズイ!!

 俺は詠唱が終了するより早く動け、体、と願いながら超高速で青龍刀を引き抜いて全ての口を切った。呪文は?………無事中断した。

 だが、中断のため、溜めていたエネルギーが行き場を失ったのだろう、ビームになって俺を襲う。それはバックラーをこわし、俺の胸に痛打を与えた。


 痛ってえ………肋骨にヒビでも入ったか?まあ自動で治るだろうが………

 ここまでエネルギーが溜まってたのたら、もしかして本当に発動できたかもしれないな。何が? 『儀式魔法:メテオストライク(隕石衝突)』が、である。

 普通儀式のいる魔法は高速詠唱でも通常詠唱でも発動できないのだが、エネルギー次第によっては発動したかもしれない。

 それだけサメールのエネルギー量は多かったのだ。

 切られた上半身は顔と同じようにしぼみ、いまや巨大な狐だけになった。

 その狐も水玉に撃破され、今は地に伏している。

 何やらいつの間にか狐の頭も3つに増えており、水玉もバックラーが壊れている。

 あちらも手ごわかったのだろう。


「雷鳴!北側のゾンビが無秩序になっています!」

『フライト』で俺の所まで来た水玉が報告する。水玉に異常は………ないな。

「南の秩序がまだ保たれてるって事は幹部がまだいるって事だな」

 おれは『拡声』をかけると部隊に向けて叫ぶ。

「もう一匹いくぞぉぉぉ!行けるな野郎ども!?」

もちろんです!ついて行きます!うぉぉぉ!などと声が返って来る。大丈夫そうだ。


 ちなみにさっきの巨大狐戦では、彼らは狐を後ろに下がらせないように頑張ってくれたそうだ。意外な健闘だな、職業兵士は伊達ではないか。

 それなら、シェール王国に援軍に行った軍にも期待できそうである。

 他国に送り出すのに国の恥になる軍は送り出さないだろう。

 国の王、オズワルド陛下の事は知らないが、凡愚な人物ではないと『勘』がいう。


 さて、さっきと同じ手法で敵の南へ南へと進んでいたのだが―――

 南戦区域のゾンビ達の上を高速で飛び回りながら、巨大な蝙蝠が友軍に超音波を放っている。遠くてよく見えないが俺たちの軍はかなり混乱している。

 そのせいで、ゾンビが優勢だ。餌食になる兵も見えた。

 まずいぞ、さっさとあの蝙蝠を止めないと!


「兵は弓攻撃!俺は上空に上がる!水玉、状態異常の対策をして着いて来い!」

「はい、あなたは最初から無効ですからね『上級:無属性魔法:状態異常無効』!」

「可及的速やかに始末をつける!行くぞ!」


 俺たちは蝙蝠に接近していく………と、超音波の圏外でも聞こえる声がする。

「殺して!殺して!私を殺して!」

 まだ『拡声』が効いているので叫び返す。

「何故そんなに殺して欲しがっている!?」

 蝙蝠の上に下半身を埋め込まれた女。恐らくは「ランザーネ」は混乱の超音波をまき散らしながらこちらにやって来ようとしている。

「殺して!もう人を殺す手伝いは嫌よ!この体だって嫌よ!なのにフランキーに命令されたらもう止まらないのよぉーッ!!殺して!自殺も出来ないのよ!」


 彼女はこちらに近距離からメッセージつきの超音波を発した。

 状態異常にはかからなかったが、予期しないダメージがあった。

 超音波の性質だろう、近距離で浴びるとすさまじい頭痛が起こるのである。

 武器の届かない距離でこれとは………ランザーネは魔法で倒すしかなさそうだ。


「気を付けてぇー!私は心臓を一撃で仕留めないと高速再生するのよぉー!」

 魔法でそれは難しい。決めた。俺は外見を変えないまま『定命回帰』を解く。

「雷鳴?どうするのです?」

 水玉は気付いたか。

「想った通り死体の脳に超音波は無効みたいだ。俺が上半身をやる」

「なるほど。私はまた獣の相手ですか。やれやれですね」

「悪いな。殺して―――解放してやってくるよ」

「やっぱりあなたは悪魔にしては優しいですね。天使になれそうはありませんが」

「それは無理だな―――行ってきます」


 いま楽にしてやろう。俺はロングスピアで、心臓の位置を正確に突く。

 それだけでランザーネは動かなくなった。

 そしてずぶずぶと蝙蝠はランザーネを吸収して―――2つ頭になった。

 ランザーネの名前が本名かは知らないが、気の毒に。水玉の援護に行くか………

 

 俺は蝙蝠の2つ頭を引き受けた。今の俺は超音波が完全に無効だからだ。

 口に槍を突きこんだが、高速再生されてしまった。これは―――

「水玉、心臓を狙え!」

「蝙蝠の心臓なんてわかりませんよ!ええい『アイアンスピア 範囲×10』!」

 水玉は今の手法を繰り返すつもりらしい。場所を代われない以上、仕方がないか。

 おれはとにかく、味方の兵士に混乱の超音波がいくのを阻止することにする。

 槍を高速で蝙蝠の頭に抜き差しするのだ。嬉しい作業ではない。


 ぴたり。蝙蝠が静止した。そのままぶすぶすと炭化し、塵になっていく。

 水玉のローラー作戦が、ようやく当たったようだった。

 さすがに胸元に心臓があると見て、集中させて術を放っていたので早かったのだ。

 ランザーネもこれでゆっくり眠れるだろう。

 俺は血の麦を一粒飲み込むと、もう一度『定命回帰』した。年齢はそのままだ。


 パニックから回復つつある味方の兵は、統率を乱し出したゾンビの群れに、少しづつだが優位に立ちつつあるようだ。

 俺と水玉は高空から戦況を見て、側近はもういないと判断。

 「ライム連隊」の皆も限界だろうし、引くことにした。


「よーしお前ら!俺たちの勝利だ!帰還するぞ!先頭は俺が、しんがりは水玉が守る!もう少しだけ走り抜けて帰るぞ!」

 おおーっ!と威勢のいい声。側近を2体撃破したのを見たのだ。当然だろう。

 俺たちは元の北門付近まで、戦場を迂回して帰ったのだった。


 事後処理をマックスとグルンに任せ、ライムグリーンの幌馬車の中に戻る。

「なあ水玉」

「なんでしょう?」

「バックラーだけど、買ったのがまだ亜空間収納に入っているよな」

「言いたい事は分かりました。私の体の浸透処理ですね?」

「うん、頼めるか?なしだと心もとないだろう」

「今やってしまいますよ。貸して下さい」

 10分ほどかけて、俺たちは特製のバックラーを手に入れた。前のより高性能だ。

 そこで、兵士がボフボフと幌馬車のカーテンを叩く音がした。

「緊急です!皇帝陛下のお使いが、雷鳴様と水玉様を呼んでおります!」

 夜中の2時だぞ。なんてパワフルな皇帝だ。

 俺たちは顔を見合わせた。何の用だろう。断るのは無理そうだ。

「すぐ行く!」

 戦場だ。平服で勘弁してもらおう。


 使者は腰の曲がった仙人のようなヒゲの、お爺さんの文官だった。

 だが若い者には負けないほど眼光は鋭い。

 なぜか2人共順番にガンを飛ばされたが、俺は正面から力を込めて見返す。

 水玉も静かに見返していた。

「ほっほっほ、陛下が見初めるのも納得じゃわい。ついてきなされ」

 お爺さんはすぐに普通に戻ると、俺たちの先に立って歩き始めた。

 俺たちは視線を交わし、戸惑いつつ使者についていくのだった。


 領主館の謁見の間、そこにオズワルド=ルイス=パルケルス陛下はいた。

 なんと、14歳ぐらいの少年だ。摂政がいる様子もない。

 彼が実権を握っているのだろう

 一体何なのだろうと思いながらも俺たちは一応ひざまずいて首を垂れる。

 作法は図書館で一応学んでおいたのである。


「雷鳴、水玉、敵の指揮官の撃破、ご苦労であった。朕は嬉しく思う」

「「勿体ないお言葉です」」

「そう?じゃあ顔を上げて!堅苦しいのはここで終わり!」

 はい?戸惑う俺たち。一応言われた通り上半身を上げ、周囲を見渡す。

 苦々しげな者、ニコニコしているもの、ため息をついているものなど様々だ。


「君たち凄かったよね!実は『ウィザードアイ』でずっと見てたんだ!」

「えっ?そうだったんですか?」「警戒していませんでしたね」

「うちの宮廷魔導士でも知らない呪文を連発していたよね!」

「どれの事か分かりませんけど」

「君、どれの事か話して」

 指名された宮廷魔導士は真っ赤になった。屈辱だと感じたのだろう。


 無言を貫く彼に、オズワルド陛下は静かに

「命令が聞けないなら、そんな臣下はいらないな」

 という、彼はたまりかねたのか、口を開いた。

「陛下!その者たちが異常なのです!あんなにたくさんの魔法―――ッ!?」

「だからそこの所を解説して欲しいんだよ。分からないかい?」

 これ以上、下らない行動に出るなら本当に要らないよ―――

 陛下はそう続けた。宮廷魔導士は黙り込む。


「だんまりかぁ。本当に処罰が下る前に、解説してくれればいいんだけどなぁ?」

「………まず呪文の並行使用です。行軍中に併用していました」

「え?そこからなのか?」

 宮廷魔術師は俺たちを睨み

「普通は脳の処理が追い付かないのです!それに『フライト』『物理魔法結界』ともに私の知らない魔法です!その他にも、同じ魔法でも威力が桁違いだったり、やたらと範囲が広かったりしたのは何故なのですか!いや、お前たちは本当に人間か!?」

 堰を切ったように俺たちの魔法の異常性を並べ立てていく宮廷魔導士。


「下らないな。俺たちは人間だし、自分の勉強不足だろ。俺たちは図書館で存在が確認されてる魔法以外はほとんど使ってないし。魔法の増幅は基本だぞ。知らないと言われそうなのなんて、使ってても身体強化の術(教え)ぐらいだろ」

「なっ、なんだとぉー!図書館にある術をホイホイ使えたら苦労はない!」

「だから研究不足なんだって」


 宮廷魔導士は掴みかかってきた。俺は他の宮廷魔導士の反応を窺ってみる。

 コイツと同じ列に並んでいた奴―――残りの宮廷魔導士は2人か。

 反応は?無反応1人、目をキラキラさせてこちらを見ている者1人だな。


 俺は掴みかかって来ていた宮廷魔導士を引っぺがして、皇帝に尋ねる。

「どうするんですか、これ?」

「衛兵!客に乱暴を働いた愚か者を牢に入れておけ!手を煩わせて悪かったね」

 どうも、皇帝陛下は自分に合わない側近を、俺たちの事にかこつけて処分したかったようだな。勘弁してくれと言いたくなる。

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