第19話 戦争の足音

 5月22日。AM6:00。

 メデューサを封印し終えた俺たちは、アフザルの町に戻って来ていた。

 街の門が6時ぴったりに開門していてくれて助かった。

 町の北門から入り、預かり所に幌馬車を預ける。

 ここの預かり所は門が開くと同時にやってるみたいだ。

 そのままそこからほど近い冒険者ギルドに入る。

「確か、直接ギルマスの部屋に報告に行けって言われてたよな」

「ですね。早速行ってしまいましょう。もう出勤していますかね?」

「望み薄だな」


 コンコンと本館の2階にあるギルマスの部屋をノックする。

「はいよー。こんな時間から誰だー?」

「(おお、出勤してた)メデューサを討伐して来ました。雷鳴と水玉です」

「2重の意味で早いな。まあ入ってソファに座ってな」

 部屋に入るとギルマスは積み上がった書類と格闘していた。

 まあ、組織の上に立つ者の宿命である。俺も水玉も故郷ではやっていた。

 俺たちは遠慮なくソファに座り、まったりとギルマスの手が空くのを待った。


 あ、ひと段落ついたみたいだな。

「待たせたな、討伐した証は?」

「はい、この羊皮紙に封印して来ました」

「どれどれ?確かに封印の魔力を感じるな。中身は………生きているのか」

 それが分かるという事は、ギルマスも魔力持ちだという事である。

 確かにギルマスは右手を指無しグローブで包んでいた。

 つまり、ギルマスの手の甲には五芒星があるのだろう。

「破かないで下さいね。出てきてしまいますので」

「ああ、ギルドの方で保管する。よくやってくれた」

「合格ですか?」

「文句なく合格だ。10年ぶりの合格者だな」

 俺は水玉と顔を見合わせる。まさかそんなにS級が少ないとは。

「今タグを作るから、ちょっと待ってな」


 ギルマスは、プラチナのタグに刻印を施しながら、S級は国に軍事招集された場合、応じる義務がある事を教えてくれた。

 その代わり王城の各種施設を使えるらしい。

 例えば訓練場や、図書館、食堂(兵士や侍女が使う所だ)である。

 食うには困らなくなるという事だ。これはどこの国でも共通らしい。

 訓練場は槍の慣らしとして最適だし、図書館には未知の知識があるかもしれない。

 義務があるのだから、特典は利用させてもらおう。


 タグができた。金のタグと交換で受け取り、早速首から下げる。

「「ありがとうございました」」

「ああ、何かあったら俺のとこに来な」


 俺と水玉は話し合って、2~3カ月は依頼を受けないことにした。

 懐は潤っているし、図書館通いもしなくてはいけないからだ。

 だが、戦いの腕が鈍ってしまうのも困る。

 なので、王城の訓練場を利用させてもらうとしよう。

 ギルドにも訓練場はあるが、王城ならいい訓練相手が見つからないだろうか?


 そういうことで、8時。

 冒険者ギルドの酒場―――需要に応えて早朝からやっている―――で朝食をとる。

 この酒場の売りは羊肉料理だが、こんな早くからは要らない。

 羊の乳の具だくさんシチューと、水玉のためにパンを山盛り注文した。

 味は結構良かった。パンも外身しっかり中フワフワだったし。

 今後のためにいい事だ。

 食べ終わったら、早速王城に行ってみるとしようか。


 水玉の希望で、王宮の図書館より先に衛兵の訓練所に行く事となった。

 ちなみに行く場所が練兵場なので平服のままである。

 水玉は俺と全力戦闘してみたいと言ったが、訓練場が崩壊しないかな?

 まあいい、だだっ広い練兵場があるので、やってみようか。


 水玉と俺は練兵場の端と端で向かい合う。遠い、がすぐに縮まるだろう。

 ルールは魔法アリ、教えアリ、武器・盾・防具は絶対破損するのでナシである。

 最初の行動は俺だった。まずは水玉と並ぶ身体能力にならないと話にならない。

「『教え:剛力10』『教え:頑健10:理外の外殻』『教え:瞬足10:飛行』」

 次に行動した水玉は、こちらに向けて魔法を放って来た。

 『最上級:火属性魔法:ファイアストーム』だ。威力マシマシである。

 練兵場は景気よく炎に包まれたが、俺は『魔法個人結界』が間に合って無傷だ。

 次に水玉は『最上級:風属性魔法:ウィンドストーム』を放って来る。

 さっきの『ファイアストーム』が風で吹き上がり大変なことになっている。

 だが威力に期待した一撃ではないだろう、練兵場を砂煙で包むためのものである。

 読んだ通り水玉は砂煙に紛れて、こっちに向かって突っ込んできていた。

 迎撃するために俺も走る。走りながら『教え:血の魔術:血の炎』を放つ。

 水玉が顔をしかめ、少しスピードを落とした。有効なようだ。

 そこへ狙いすましたパンチ。水玉は両手をクロスさせて受けた。恐ろしく固い。

 だがピキ、という音もした。ダメージにはなっているはずだ。

 その後はお互い引かず体術の応酬となった。

 飛んで跳ねて、練兵場をフルに使う。

 水玉は俺に全てブロックされているが、俺は水玉に有効打を入れている。

 何故か?俺と水玉ではスピードが全く違うのだ。『瞬足』の教えのためである。

 一応水玉も『フィジカルエンチャント:スピード』しているが及ばないのだ。

 やりあううち、水玉のダメージが許容量を超えたようだ。緊張感が一気に高まる。

 お互いこれが最後で最高の一撃―――確実にどっちも大けがを負うだろう。

 だがお互い再生するのだ。それもまたよし―――ん?


「ストップ、ストップ!!」

 勇気のある事に俺たちに駆け寄って止めに来た奴がいる。

 背が高く、フワフワした茶色の髪に、優しそうなとび色の目が特徴の男だ。

「おっ!?」「えっ!?」

 2人共思わず最後の一撃を、その彼にお見舞いしそうになり根性で引っ込める。

 茶髪の兄ちゃんにこれを食らわせたら、あの世に行ってしまう。

「なんだ?今いい所だったのに」

「いや練兵場の被害を見てよ」

 見回すと植え込みは燃えて風でもげ、練兵場に埋まっていた岩は露出。

 水玉や俺が一撃を耐えるために踏ん張った地面はクレーターと化している。

 まあ、す・て・き(はぁと)な有様である。


「あ、すまん………練兵場っていってもここまでやるとまずかったか………」

「噂以上だね。今回のS級は飛び切りだ、って噂だったけど」

「噂?噂になってるのか?」

 彼はタメ口に気を悪くする様子もなく教えてくれた。

「援軍を引き連れてシェール王国に帰った騎士たちがね、色々と」


「ああー。エアロドラゴン戦のこととかか………」

「他にもたった2人で40名以上の盗賊を退けたとか」

「口止めしとけばよかった………」

「いやあ、この光景を見たら意味ないと思うよ。うん」

「そうか、じゃあとりあえず修復しとくよ。水玉も頼む」

「はいはい地面の穴と岩は『オールリペア』でっと」

「俺は植え込みに『範囲回復』っと」

 練兵場は時が巻き戻ったように元に戻った。ちょっと焦げ臭いが。


 茶髪の兄ちゃんは綺麗になった練兵場に呆気に取られている。周囲の兵士もだ。

 いや、茶髪は反応がおかしいな。笑い出した。

「あっははは!凄い!ホント凄いね君達、色々と!」

「そうか?終了直前に割って入れたあんたの方が凄いと思うけど」

「そうかな?ありがとうとでもいうべき?ちなみに僕の名前はマックス。見知りおいてもらえたら光栄だね。一応中佐(大隊長)をやってる」

「そっか、マックス。心配をかけて悪かった。何か他にできる事はあるか?」


「特にないけど………良ければ今度手加減して手合わせしてくれないか?」

「いいけど、どこに行ったら会えるんだ?」

「案内するよ。ついでにお昼ご飯をどう?質より量だけどね」

「お受けしましょう。半端に上品な物よりそういう物の方がいいです」

「おや、お嬢さんは高級料理は嫌い?」

「そういう訳ではありません。が「高級風」というのだけは嫌ですね」

「ふうむ、微妙な好みなんだね」

「あ、そうそう、彼女は水玉、俺は雷鳴だ。よろしくな、マックス」


 マックスは途中で行き会った女官に俺たちの分の食事を頼んでくれた。

 そして彼の部屋に行くまでは、一緒に練兵場を見ていた兵士たちがついてきた。

「おーい、お前らー。そろそろ仕事に戻れーい」

 そう言われ、蜘蛛の子を散らすように退散した彼らの視線はやはり水玉にあった。

 これだから1人にするのは危ないのだ。ただし、相手にとって。

 ちなみにマックスに与えられているという部屋は、寝室と書斎、応接室がひとまとめになった感じの所だった。中佐という身分ではこんなものだとマックスは言う。


 マックスは話しやすく、俺たちはここまで来た経緯を話す。

 野には達人(設定上の俺たちの育て親)がいるのだなあと感心している。

 魔法に関する調べものがしたいのだという俺たちに王城の書庫には知識神の図書館にないものがあるから、是非訪問するべきだと進めてくれた。

 そうこうしているうちに食事が運ばれてきた。

 山盛りの麦飯に、肉汁たっぷりな焼肉、山盛りのサラダにコンソメスープだ。

 うん、こんな感じの食事でいいんだよ、俺たちは。


 歓談しているうちに14時になった。

 ひとまず知識神の神殿に行くのでいとまを告げる。

「あ、王城の図書館に行く時は、ドレスコードがあるから気を付けて」

「ありがとうマックス。一応そういう服は持ってるからそれ着て行くよ。マックスは暇な時間とかあるのか?いつ誘いに来たらいい?」

「特に決まってないんだよ。この部屋にいなければ誰かつかまえて聞いてくれ。あ、その時はレドモンド中佐の方が通りがいいと思うよ」

「了解した」

 マックスは城門の通用口まで送ってくれた。


 知識神の神殿への道を歩きながら。

「やっぱり雷鳴はすごいです。元の世界でならまた違う展開になったのでしょうけど、それでも勝てるかどうかわかりません」

「俺も結構ギリギリだったよ?でも確かに元の世界なら違う展開になるだろうな」

 俺たちは笑い合った。


 図書館は、ミザンの3倍は広かった。これは目的のものがあるかもしれない。

 入口では模写用の紙とペンが売っていたりして活気もある。

 俺はどの本から読むか迷いながらも、一応別大陸についての本を探した。

 読むのにも探すのにも時間がかかるのだけは間違いないようだ。


 ~時は過ぎ 8月20日。AM6:00。

 外は暑い………ミザンの町の夏よりかはマシだが、それでも暑い。

 一応この宿の部屋は「生活魔法:クールダウン」で冷房してあるのである程度涼しいが。水玉はそれでも下着だけでベッドに突っ伏している。

 目のやり場に困るんだけどな………。


 俺たちがアフザルに到着してはや3カ月が経とうとしている。


 図書館と、王宮の図書館を並行して使って行う調べものは順調だった。

 西大陸の力場の情報は王宮の図書館にあった。今解析している最中である。

 南大陸の力場の情報はなかった。これはもう西大陸で調べるしかなさそうだ。

 水玉は双方の図書館で西大陸の地理や風俗を調べたりしてくれている。

 たどり着いても、服装や貨幣の常識が分からないとどうしようもないからな。

 それはそれで重要な情報なので、しっかり情報収集してもらっている。


 練兵場の方は、本気ではもうやっていないが(噂は城中を駆け巡ったらしいが)派手な術も使えるので使わせてもらっている。マックスと、あとマックスの友人でこれも気さくな壮年の男性グルンさんと手合わせすることもあった。

 勝敗は言わなくても分かるだろう。


 色々思い返していたら、8時になっていた。水玉を起こす。

「うー………クールダウンをかけていても暑いです」

「水玉は冬生まれ冬育ちだもんなあ」

「あなただってそうでしょう?」

姉ちゃんそだておやの都合で、ほぼ常春の地で育ったんだ。訓練では暑い地域に行かされたこともあるし、ある程度慣れてるんだよ」

「ふぅん………私は暑くなるのでドレスチェンジするのが嫌ですね」

「外に出られないだろ、ワガママ言わないの」


 コンコン、ノック音がする。

「帝国近衛大隊長のレドモンド中佐だよ、起きてるかい?」

 水玉は慌てて『ドレスチェンジ』する。言わんこっちゃない。

 着替えたのを確認して、俺はドアのカギを開けて客を招き入れた。

「こんにちは。あれ?涼しい………」

 マックスである。彼とはずいぶん親しくなったが訪問を受けるのは初めてだ。

「冷房の魔法だよ。で、朝から何か用なのか?」

「帝国からの招集だよ。僕は説明役」

「………とりあえず入って椅子に座れ、何があった?」

 椅子は2脚しかないので、マックスと水玉を座らせて俺は立つ。


 マックスはガラスでできた室内を珍しそうに見ながら、口を開いた。

「それがさあ、ウルリカ聖王国との関係が爆発したんだよねえ。侵攻してきた」

「へ?温和な国だと聞いてたけど?」

「王位が簒奪されたんだよ。何でも新国王は、王都の騎士や兵士たち、さらには民間人まで全てアンデッドに変えたらしい。そいつらは国王とその側近たちからの命令しか受け付けないとか。この情報を持ってきた密偵も命からがら脱出して来たって」


「民間人を戦力にするためにアンデッド化させるのは分かりますが、兵や騎士も?」

「そうなんだよ水玉ちゃん。僕はとんでもない話過ぎて未だに現実味がないけどね」

「王都以外の町はどうなった?」

「もちろん、アンデッドになんかなりたくないから、各領主は徹底抗戦の構えだね。特にキンナルとメラスかな。でもいつまで持つかわからない」

「アンデッドと言いますが、一体どんなアンデッドになったというのです?」

「誰でも知ってるゾンビだね。騎士はゾンビナイト、兵士はゾンビソルジャー、民間人は普通のゾンビやゴースト。共通しているのは理性がないって事さ」


「その他のモンスターは目撃されてないのか?」

「いるにはいるみたいなんだけど。側近たちの直属らしいよ」

「なるほど………で、「レドモンド中佐」は俺たちに何を要請したいのかな?」

「うん、うちの常備軍は普段は4万人いるんだけど、援軍に2万人貸し出してるから、今2万人なんだ。分が悪い」


「それで?」

「ゾンビ化は、失敗―――死んでしまう事もあるようで、今向こうの戦力は本来の戦力から数の上では下がって、3万弱みたいなんだよ。幸い聖王国内にも抵抗勢力があるから、こっちに向かってくるのは2万弱のようでね。これなら何とかなるかもしれない………と言う訳で、皇帝陛下は国境沿いで向こうの「首都エザール」に近い「ザニスの町」に全兵力を置くつもりだ。相手が不死者なのが分が悪い所だけど………」


「で、俺たちはその軍に混ざればいいのか?」

「陛下いわく、僕とグルンの大隊合計1000人を直属につけるって。僕たちが援護するから、2人には大規模殲滅か指揮官狩りをお願いするよ。戦闘が始まる前はザニスの町の近くで、側近らしき人物が近隣の村人に目撃されているということだから、その調査もお願いしたいな」

「分かった。出発は?」

「なんと今日だよ。昼には立つから呼びに来たのさ」

 なんてこった。

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