第18話 S級への昇級
5月19日。AM6:00。
うー。昨夜飲み食いしすぎたせいか気分が悪い。また二日酔いだろうか。
今回は以前ほど飲んでないはずなのだが。
一応『キュア―ポイズン』をかけておく。うっ、効いた。
効いたという事は、まだ酒が残っていたという事だ、情けない。
さて、今日は呼ばれるまで宿で過ごさなければならない。
なので、気持ちよさそうに寝ている水玉は起こさない事にする。
亜空間収納から樽を取り出し、小瓶を『クリエイト』して、血の麦を作り始める。
これはいくらあっても困らないからな。最低一日1粒は必要だし。
ドアには鍵がかかっている。いきなり目撃されるという事はない。
「ううーん、雷鳴?血の臭いがします………」
「ありゃ、悪い。起こしたか。まだ6時だぞ」
「6時………こんな時間に使いなんて来ませんよ、何か食べに行きましょう」
「そう言う訳にもな………まだ地理に疎いし、時間がかかる」
「うーん、じゃあ『クリエイトフード』で我慢します」
「俺、まだ昨日の食事が胃にあるから軽いので」
「分かりました。果物を『クリエイト』します」
しばし血の麦作りを中断して、フルーツをむくのを手伝う。
むいた状態で出せればいいのに、と思いつつカットした林檎を口に。
目の前には林檎、梨、葡萄、パイナップル、イチゴなどが積み上がっている。
朝からよく食べるなぁ………知ってたけど。
2人でしゃくしゃくと食べる。味は『クリエイト』品なので安定して普通だ。
ゴミを『キュア(掃除)』してから朝食は終わった。
「そうだ水玉、頼みがあるんだけど」
「はい?何でしょう」
「今度、槍を作ってくれないか?エアロドラゴン戦で、青龍刀では心臓までギリギリだったんだよ。この先を見据えて欲しいと思ってたんだ」
「槍?この間のジャベリンみたいなものでしょうか?」
「いや、もっとしっかりした、白兵戦で使える奴がいいんだけど………もしかして槍の知識ってあんまりないのか?」
「はい、剣か素手が私の戦闘スタイルですから。相手にする分にはいいんですけど、自分が作るとなると困ります」
「そうか………昇級の話の後で、武器屋で1本買って見本にしようか」
「そうして下さると助かりますね」
その後は暇になったので、俺は血の麦作りに戻る。
水玉は亜空間収納から豆と本を取り出して、読みながらポリポリとやりだした。
時間が過ぎて、丁度12時頃。
下の酒場なら気付いてもらえるだろうから行こうか?と相談していたところだ。
ノックと共に「ギルドマスターの使いです」と声が。
「はい、今開けます」
そう言いながら俺は部屋から血の麦作りの痕跡を消し去る。
水玉が部屋の扉を開けた。
使者が固まる、水玉の美貌にやられたらしい。
「使いなのですよね?私たちはどうしたらいいんですか?」
「あっ………すみません、ギルドマスターの部屋に案内します!」
ギルドマスターの部屋の扉を使者がノックして入ると、応接室のようなエリアと、書斎のエリアのある大きな部屋に通された。使者は一礼して扉の所に控える。
「ああ、お二人さんは応接セットのソファに座ってくれよ」
そう言ってくるのは隻眼の、日に焼けてがっしりしたオッサンだ。
ソファに座る。対面には昨日の受付嬢(名札にはエリナとある)も座っていた。
オッサン、もとい男性が座ると話が始まった。
「俺はギルドマスターのルックリンという。エアロドラゴンを倒したって?」
「はい、証拠も提出したはずですが?」
「見たよ。間違いなかった。だが困ってしまってな」
「?何がです?」
「普通昇級試験で倒してもらうランクのモンスターがそれなんだ。性格面の審査では普通、モンスターから隊商を護衛しつつ進んで貰う事になるんだが、お前さんたちは王女を黒龍山脈で護衛したんだって?」
「そうですけど………」
「正直やってもらう事がない。だがなしと言う訳にもいかない。だから依頼を一つ受けてくれ。メデューサが遺跡に出現してな。そっとしておけば無害な事も多いから、最初は様子を見てたんだが、近くの街道を通りかかる隊商に被害が出たんだ。しかし、やりたがるやつがいなくて困ってる。やりにくい相手だからな」
「俺たちは対策があるので大丈夫ですけど………」
「おお、引き受けてくれるか!?」
「それが昇級試験の課題なら」
「よし、細かい事はエリナに聞いてくれ。達成したら俺に報告を。ただし報告に虚偽があれば分かるようになっているから、くれぐれも嘘はつくなよ」
そう言ってルックリンさんは書斎に戻ってしまった。
エリナさんが地図を出してきて、説明に入る。
「アフザルがここで、メデューサが住み着いた遺跡がここです。メデューサは地下にいるようです。遺跡自体は初級のもので、出てもスライムぐらいですね。他のモンスターはメデューサに怯えて寄り付きませんので。遺跡までは徒歩で行きますか?」
「いいえ、幌馬車で行きます」
「なら、丸1日もあれば着くはずです」
「用意したいものがあるので、出発は明日でもいいですか?」
「はい、期限はありませんので良いですよ。説明は以上です。達成したら直接ギルドマスターの部屋を訪れて下さいね」
「「分かりました」」
ギルマスの部屋を出て、自分たちの部屋に帰って来る。
「ふぅー。メデューサか。俺もお前も石化はしないけど、それを知られるのもまずい気がする。『ウィザードアイ(魔法視覚。不可視の魔法の目が視界の代わりをする)』で対処するか。別に鏡でもいいけど………それは面倒だよな」
「それが無難ですね。あと証拠品の持ち帰りは………やっぱり頭でしょうか」
「それに関しては考えがある。「封印の書」を1ページだけ作ってみようかと」
「弱らせた相手を封印できる書ですよね」
「そう。本を作ってもいいけど時間がかかるから1ページだけ」
「いいんじゃないですか?私は朝言っていた槍を見に行きます。武具店の店主に聞けば丁度いいのが分かるでしょう。見本は買って来てもいいですよね?」
「いいんじゃないか?装備してない物をいきなり持ってても不自然だし」
「じゃあ、2本買ってきます」
さて、水玉が出かけたので封印の書………違うか。封印の紙を作る事にする。
材料は羊皮紙と、ヴルミの街で仕入れた鉱石をすり潰したものと薬草が何種類か。
それを必要量―――大した量ではない―――水で練った物を使う。
練られたものを羊皮紙の上に置き、かなりの量の魔力と呪文を繊細に注ぎ込む。
これは俺が何度も作った事があるからできるだけで、普通は結構難しいと思う。
鉱石と薬草は魔力と呪文に導かれて、羊皮紙の背に魔法陣を描き、定着した。
成功したと思う。1回限りの使用しかできない品なので実験はできないが。
悪魔(俺)の血で作業できたらもっと簡単だったんだけどな。
それをやると作成方法を聞かれた時、挙動不審になりそうなのでやめておいた。
俺が封印の紙を完成させてほどなく、水玉が帰ってきた。
その手にはショート・スピアーとロング・スピアーがある。
「サンプルです!店の親父さんお勧めの2本ですよ。あなたが欲しいのはショート・スピア、ロング・スピアーのどっちです?長さも教えてください」
「お、おお?そうだな、ショート・スピアーは青龍刀とあんまり変わらない長さだからロング・スピアーかな?長さは2mほどで………」
「ではショート・スピアーの方は返してきましょう。ロング・スピアーの2mを2本買ってきますね!買ってくる槍も、折角なのでしまい込むのではなく私の体でコーティングしたらどうでしょうか?強度に問題は出ないと保証します!」
「あ、ああ。(勢いに押されて)俺はそれでいいよ」
水玉はすぐ戻って来て、戸口のカギをかけるとコーティング作業にかかった。
なんでも、元の素材に浸透するので、コーティングと言ってもほとんど水玉の体と変わらない硬度が得られるのだとか。
その上で元の素材の柔軟性も失わないというのだからコーティングした方がいいのは明らかだった。槍の柄は木製だから柔軟性が損なわれないのはいいことだ。
「ちょっとかさばるけど、万が一ダンジョンに踏み込む時以外は、亜空間収納に入れずに持っておこうか。ダンジョン内で振り回すのは基本無理だろうからな」
「そうですね、わざわざ柄を削ってくれた親父さんに悪いですからね」
「そうだったのか………今度俺からも礼を言うかな」
もう夕方だったが、俺たちはアフザルの町の観光に出た。
アフザルには粘土や頁岩の多く採れる所があるらしく、ほとんどの建物は煉瓦だ。
夕日が赤い煉瓦を際立たせて、町並みはとても美しい。
赤くないが美しいのは王城。これはどうもコンクリートでできているらしい。
その上から白い塗装がされており、その威容は大国の城だと実感させてくれる。
王城のある北東区画は貴族の屋敷になっており、美しい家が多かった。
南西は主に居住区。どうも
北西側には神殿と冒険者ギルド、冒険者向けの酒場、神殿関係の店がある。
南東側は純粋な商業区域だ。ちゃんとした店もあれば大規模なバザールもある。
俺は知識神の神殿の位置を確かめる。ミザンよりはるかに立派な門構え。
聞いてみたところ、大陸随一の蔵書量を誇る図書館があるそうだ。
後日に期待である。
日が暮れかかってきたが、バザールがなおも盛況なので寄ってみることに。
まず目が行ったのは屋台料理だった。
アメリカンドッグ(名称は違うだろうが)、川魚の串焼き、羊(この辺では肉と言えば羊らしい)肉の串焼き、ケバブのようなもの、お好み焼きのようなもの、揚げた餅、揚げパン(甘い)、ベビーカステラ、今川焼っぽいもの、ポテトフライ………etc
中でも焼き甘栗は水玉が気に入って、無限収納庫に登録してくれと頼まれた。
目についたものから味見をしていき、すっかりお腹いっぱいになった。
お腹いっぱいにならない水玉はなおも目移りしている。
水玉が満足したあたりで、俺は薬の原材料を売っている屋台―――漢方薬の材料のようなものだ―――を見つけたので、魔法陣の素材と薬の素材を買った。
水玉はその近くの屋台でピンクの口紅とパール入りのリップグロスを買っていた。
アイシャドウはどれが似合うかと聞かれたので、明るい水色を選ぶ。
「水玉は目鼻立ちがはっきりしてるからダークカラーで締めないで、これだけでいいと思う。あとはチークを買おう。血色の良くなるレッド系が似合うよ」
選んだものは俺が買い、水玉に渡す。これぐらいは男ならできないとな。
「今度使います!」
水玉はニコニコと上機嫌だ。それでいい、その顔を見てたいものだ。
俺たちはメデューサとの戦いに備えて、ようやく宿に帰ったのだった。
5月20日。AM6:00。
俺は目を覚まし、昨夜の希望で腕枕で寝ていた水玉を起こす。
一晩中の腕枕のせいで、腕からは感覚がなくなっていた。頼むからどいて欲しい。
水玉は普通より重いのだ、よく俺は寝続けられたものである。
「う~ん、もう少しこのまま………」
「ダーメ。さっさとメデューサを倒してしまおう。やることが宙ぶらりんなのは性に合わない。朝ごはんは『クリエイトフード』の果物な」
「意地悪………仕方ないから起きますよ。どうせ今6時なのでしょう?」
「あー。そうみたいだな」
俺たちは果物を朝食にしてから、ギルドを出た。
北の道を真っ直ぐ進むと馬車の預り所が見えてくる。南にはもっと大きい所があるそうだが、俺たちのは大型とはいえ幌馬車ひとつなのでどの預かり所でもいい。
「お姉さん、ピンクの幌馬車を出してもらえる?」
「あいよ。変わった色の幌馬車だよねえ。またのご利用を」
「うん、またよろしく」
馬はゴーレム馬から、この預かり所で買った馬に交換してある。
俺たちはエリナさんのくれた地図の通りに、街を出て東南に進路をとった。
丸一日かかるという事なので明日の朝には辿り着くだろう。
夜は水玉に御者を代わってもらって寝よう………
5月21日。AM6:00。
俺は幌馬車の中で目を覚ました。馬車は止まっているようだ。
「水玉、着いたのか?」
「あ、おはようございます。多分あの廃墟だと思います」
睡眠不要の水玉は元気ピンピンである。
元は小規模な神殿だろう、今は石の枠組みだけになってしまった廃墟が目に入る。
「じゃあ、行くか。最初から目を閉じて『ウィザードアイ』で行こう」
「はい。封印の紙を忘れないで下さいね」
しかし廃墟に踏み込んで階段を探す俺たちの前に、最初に出てきたのはスライムだった。天井から落ちて来て水玉の頭を包み込んだのだ、不注意だった!
だが水玉は酸素不要である。今も「何事?」という顔で平然としている。
俺は落ち着いて、槍の慣らしも兼ねて槍でスライムの核を貫いた。
核が破壊されると、ばしゃっと水に戻るスライム。
「悪い悪い。天井に注意してなかった。『生活魔法:ウォーム(暖め乾燥)』」
「ん、もう。びっくりしましたよ。いいです、私が警戒しますから。」
そんなこともありつつ、先へ進む。
探してみると、地下への入口は隠されてはおらずすぐに見つかった。
俺たちは気配を探る。
「いるな………こっちの様子を窺ってる」
「さっさと下りてしまいましょう」
俺は先頭に立って階段を下りる。
地下はそう大きくない礼拝堂になっていた。
「ウフフ………恐れをなして来ないのかと思えば、ようやく来たのね、冒険者」
「悪いけどこれで終わってもらうよ、メデューサさん」
「たった二人のくせに!その閉じた目でどこまで戦えるというの!」
叫んだメデューサが剣を片手に迫る。その剣をバックラーで弾く俺。
これで攻撃は受けた。反撃できる。
メデューサに隙が生まれる。そこを後列から槍で突く水玉。
「ギャアア!何で!?見えているの!?」
「水玉、もうちょい弱らせないと封印の紙に入れられない!」
「わかりました!」
うろたえているメデューサを、俺は袈裟切りにする。尻もちをつくメデューサ。
水玉が無慈悲にその腹に槍を突き立てた。
「もういいですか?悲しいほど弱いですね」
「ああ、もう封印できる。最大の武器を封じられてるんだ、こんなもんだろう」
俺は羊皮紙をメデューサに突きつけ『
メデューサの姿はその場から消え、そっくりそのまま封印の紙に移ったのだった。
『ウィザードアイ』を解除する。俺と水玉はしばし視界の違和感を振り払った。
来てから帰還の途に就くまで2時間かからなかったな。
俺たちにとってメデューサとはこんなものだ。
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