第15話 パルケルス帝国への道行き・2

 統合歴303年4月18日。ガラガラと馬車が進む。


 昨日あの後、レティシア姫の一行は、分岐点まで進んだ俺たちと合流した。

 馬車の内訳はまずレティシア姫と侍女のミーナさんの乗る馬車。

 これは元のが破損したので小さな馬車に乗り換えている。

 それと食料と野営のための天幕などが乗っている馬車、財宝の乗った馬車である。

 財宝の乗った馬車はパルケルス帝国への贈り物であるため絶対外せないのだとか。

 そのそれぞれに無事だった従僕が御者としてついている。

 明らかに馬車の運転に不慣れっぽい人もいるが―――頑張れとしか言えない。


 騎士たちは姫の馬車の近くで警戒を怠らない。

 過敏になっている人もいるが、殺されかかった後なのだ、仕方ないと言えよう。

 その辺は上級騎士のサラさんがうまくケアしてあげているようだ。


 夕方になり、騎士たちと従僕が天幕の準備をする。

 ひときわ大きい天幕は、レティシア姫、ミーナさん、サラさんが使うものだ。

 ただ、従僕のうち料理人が生き残らなかったとかで、俺たちに料理の心得はないかと聞いてきた。水玉が「ありますよ、雷鳴が」とあっさりバラす。

「期待しないで下さいよ、雑炊に色がついた程度の物になります」

「それでもいいので、頼めませんか」

 姫に頼まれたのでは仕方ない。俺は焚火の所に行って何ができるか考えた。


 結果、俺が作ったのは焼肉屋で「クッパ」と呼ばれているアレである。

 干し肉で味をつけ、乾燥肉を柔らかくし、奇跡的に残っていた卵を投入。

 食料を積んでた馬車は、横転してかなり材料がダメになったみたいだからな。

 これで、あとは乾燥野菜にたっぷりスープをしみこませたら完成だ。

 他人がいるので『クリエイトフード』が使えないのが痛いな。

 

 それでもみんな喜んでくれたので、頑張った甲斐はあるというものだ。

 姫様たちは天幕の中で、その他の人間は焚火を囲みながらの食事だ。

 冒険譚を教えてくれと言われて、水玉がこの1年にした冒険の話を披露した。

 あんまり調子に乗ってボロを出すなよ?と『念話』でツッコんでおいた。


 特にセイレーンに勝った話は好評で、何か歌ってみてくれと言われた。

 歌詞も伴奏も無くていいなら、というと、それでもいいという。

 しぶしぶ俺は練習曲の中から得意なのを選んで、歌って聞かせた。

 あとで半端なものを聞かせるな、と姉ちゃんそだておやに怒られそうだ。

 歌は大いに好評。癒し系のものを選んだのも大きいのだろう。

 歌と食事の効果もあり、騎士や従僕たちとの距離が縮まったようである。


 4月19日

 馬車の中でゲームをするので是非、とサラさんが俺たちを呼びに来た。

 俺は御者なので行けない。なので、水玉を送り出した。楽しんで来るといい。

 何故か御者席の俺に並行してついてくるサラさん。

 姫様たちの護衛は水玉に任せるのかな?

 聞いてみると、どうもそういう事らしい。サラさんは俺に話があるようだ。


「昨日、外で他の騎士たちと話していたこと、こちらの天幕にも聞こえていたぞ」

「ああ………お恥ずかしい話です」

「Aクラスの試験でワイバーンと戦ったというのは本当なのか?」

 ああ………武闘派のサラさんはセイレーンの話よりそっちが気になるか。

「本当ですよ。1匹だけで助かりましたね。剣がなくなっていたもので」

「ワイバーンを魔法で落としたとか聞こえてきたが………」

「はい、風属性は地属性に弱いので」

「初めて聞いた………魔力持ちでは常識なのか?」


 どうだろう。図書館の本に書いてあったので、一般的だとは思うのだが。


「俺たち今まで、他の魔力持ちとあまり接触がなくて。育て親の師匠からはそう習いましたが、他の魔力持ちがどう認識しているかまでは………」

「なるほど………今度機会があったら魔力持ちに聞いてみよう」

「ミザンの図書館の本には書いてありましたから、ご存じじゃないかと思います」


 その後も色々なモンスターとの戦闘につて話に花が咲いた。

 一番厄介なモンスターは?と聞かれたので、即答で人間です、と返しておいた。

 本音である。なにせ一度攻撃を受けてからでないと攻撃できないのだから。

 サラさんも何か思う所があるのか、なるほど、と納得していた。


「時に雷鳴殿」

「殿はいいですよ。呼び捨てで」

「そうか?ではそうさせてもらう。雷鳴も敬語は止めて私の事はサラと呼んでくれ」

「分かった、サラ。で、何だ?」

「黒龍山脈を超えるのに何か策はあるか?」

「ジャベリン(投げ槍)をたくさん購入しようと思ってる。翼の被膜を破りたいから。とにかく連中は地面に落とさないと厄介なんだ。落としてからなら血管の太い、首を攻撃するのが有効だな。打撃武器があるなら頭でもいい」

「万が一真竜と出会った場合は?」

「ワイバーンと同じだ。けど、魔法でも羽を攻撃した方がいいかもな。あとは魔法で逆鱗を割り出し集中的にそこを責める。飛行魔法も使おうと思っている」

「なるほど………この道を選ぶだけあってしっかり考えてきているのだな」

「襲ってきたワイバーンを落としたら、始末は協力してくれるよな?」

「もちろん。数は少ないとはいえ、それぐらいはするつもりだ」


「それでだな………もう一つ相談なのだが」

「うん、何?」

「ワイバーンは馬が目当てで襲ってくるだろう?馬をどうしようかとな………」

「うーん、俺たち………いや水玉にまだ言ってないから俺は、か。馬型のゴーレムを作って、馬はヴルミの街で売ってしまおうと思ってる」

「ゴーレム?警備などに使われている石のアレか?」

「見た事がないので断言できないが、多分それと似たようなものかと」

「馬の形のゴーレムなどあるのだな」

「術者の想像力次第かな。固定観念に囚われちゃダメだ」

「なるほど………騎士の馬は変えるわけにはいかない。だが、馬車と荷車の馬は頼めないだろうか。少しはマシにならないかな?」

「いいよ。ワイバーンに大量に来られたら、何とかするのに骨が折れるから。でも騎士たちに馬ごと攫われないように言っておいてくれ。それが一番心配だ」

「うっ………よく言い聞かせておく」

「ワイバーンが迫ってきたら、剣を真上に掲げるんだ。ワイバーンがひるむから。あと、持ち上げられる前に馬を捨てて逃げること」

「わかった………」


 そうやって先の相談をしていると、後ろの馬車からキャアキャア言う声とともに中にいた女性たちが出てきた。走ってこちらの幌馬車に飛び移って来る。

「あー、本当にフカフカですよ姫様」

「本当、普通の馬車って揺れるし固いですものねえ。こちらの方が開放的ですわ」

「でしょう?いいマットレスを敷いているので、座り心地もいいのですよ!」

 ………大体状況が読めたな。向こうの馬車は固くて揺れるのだろう。

 たしか、使用人の使っていた馬車に乗っているはずだからな。

 女性たちは幌馬車の上で、カードゲームを再開しだした。

 まあ、水玉が仲良くなって良かった。

 サラは憮然とした表情をして、苦言を呈しに行ったが………。


 4月20日

 この日は雨だったので、外にいる物は皆雨具を身に着けている。

 俺は雨に濡れたくなかったのだが、姫様一行の前で分身とかする訳にもいかない。

 あと、マットレスの上でゲームするなら土足厳禁!と俺が言ったので、幌馬車の後部に靴を脱ぐ場所が設けられた。そう、姫様たちはまた遊びに来ているのだ。

 今回はサラも付き合わされたようだが、御者席の方に寄ってきている。

 

 どうも姫様たちは、水玉が教えたトランプでもできる魔界の遊戯に夢中なようだ。

 結構物騒な名前のついたゲームのはずだが大丈夫なのだろうか。

(サラ、姫様たちって物騒な物にも免疫あるの?)

(もちろんだ。王国を継ぐかもしれないお方だからな。この間の黒幕、エリック様はレティシア姫様より年下なので、焦っているのだろう)

(なるほど。こうしてみると天真爛漫な姫だけど………?)

(公務の時は威厳ある方だよ)

(へえ、見てみたいな)

(黒龍山脈の手前、ヴルミの街で見られるだろう)

 

 ここで声を戻す。

「ヴルミの街でジャベリンをたくさん調達するつもりだけど、調達は任せても?」

聞いたらサラでなくレティシア姫が答えてくれた。

「もちろんですわ。それぐらいはさせてくださいませ」

ついでだ、気になっていた事を聞いておこう。

「ヴルミの街で、兵士を補充とかする予定はありますか?」

「もちろんですけど………」

「多すぎる兵士は守れません」

 これは先に言っておかねばならない。俺はハッキリと主張した。

「でも、パルケルス帝国に侮られるわけにはいかないのです」

「それは分かります。でも兵士を多くするなら、私たちの守りはレティシア姫とそのお付きに限らせて頂きます。手が足りませんから」


「水玉ちゃん?」

 姫が水玉にすがるような視線を送るが水玉は困ったように、

「2人で大勢を守るのは不可能だと私も思います。黒龍山脈で何かあったら犠牲者はどうしても出るんじゃないでしょうか」

 実際には特殊能力まで使えば何とか、といったところだろうが。

 それは、バレる訳にはいかないのは水玉も認識しているだろう。

「そう………今の人数の方がいいのね。わかりました、そうしましょう。姫である私がいれば何とかなるはずです。その代わり護衛はよろしくお願いしますよ」

「分かりました、レティシア姫。私があなた方2人を守ります。雷鳴はその他に気を配って下さいね」

「分かってる。使用人は守る。騎士は………できる限りね」

「保証はして下さらないの?」

「昨日サラとも話しましたが、何があるか分からないので」

「姫様、私たち騎士は自分で動きます。雷鳴がカバーしきれないのは当然かと」

「そう………分かりました。でも、またこの間のような事が………」

「そんなひどい事にはしません、それは安心してください」

「ええ………」


 この間の事は姫様のトラウマになっているらしい。さもありなん。

 俺たちは姫様を宥めながら、ゲームに興味を戻させたのだった。


 4月27日。

 ヴルミの街に着いた。

 街の衛兵の所に着くと、姫は手を空に掲げた、空にユニコーンの紋章が輝く。

 ユニコーンはシェール王国の紋章。

 それを手に埋め込んだ魔道具で空に投映できるのは王族だけだ。

 このシステムは他の国でも使用されているらしい。

「シェール王国の第一王女、レティシアです。開門なさい!」

 おお、普通に威厳がある。さすが王族である。

「はっはい!お待ちください!」

 慌てて衛兵は上司の元へ。上級の衛兵がやってきた。

「失礼しました、王女様。大門開門!」

 旅の商人などの通行では開かない、街の大門が開く。意外と迫力があるな。

 俺たちは門を抜けヴルミの領主館へと入って行った。


 結論から言うと、ヴルミの領主には多数のジャベリンを用意してもらう事になり、一行はしばし領主館での滞在となった。

 と言っても衛兵扱いの俺たちは、街の宿屋が貸し出されたのだが。

 だが上等な宿だったので満足だ。食事以外は。

 明後日までお呼びはかからないとの事だったので、今日は休む。

 特に日中だけとはいえ、ずっと御者をやっていた俺は疲れていた。

 水玉は「石の声が聞こえる」と、外に出ていったが。

 ふざけているのではなく、水玉は本当に石の発するメッセージが聞ける。

 石から情報収集をしてくると出かけて行ったのである。


 帰ってきた水玉は

「石が言うにはここの領主の奥方様は、精神の病気だそうです」と言う。

 何でも領主の浮気を極端に警戒しており、その相手を石化させてしまうのだとか。

 また領主のオッサンがいい女に目がないらしい。

 おいおい、王女様たち、誤解されて襲撃とかされないだろうな。

 サラが夜の番をしているはずだが………

 心配になったので、領主館に向かう事にする。もう夜更けだが仕方ない。


 領主館に辿り着いたが、取り次いでもらうのに時間がかかった。

 無事に王女様の所に辿り着くかと思われたその時、金切り声が聞こえた。

 嫌な予感がして走って駆けつけてみると、身分の高い女性と思われる女が、鬼ババのような形相で、血のついた石のナイフを滅茶苦茶に振り回している。

 そして王女様とミーナさんの前にサラが立ちふさがっており、肩から血を流している―――それも石化しかけているのが見えた。水玉が集まってきた衛兵に叫ぶ。

「それは「石化のナイフ」です!不用意に近寄らないで!」

 石化のナイフだと分かったのは、おそらく石のナイフの声が聞こえたのだろう。

 俺はサラの方に駆け寄る。

「サラ、大丈夫か!『治癒魔法:石化解除』!「治癒魔法:回復」!」


 水玉が女性に『ルーンロープ』をかけ、手から石のナイフを奪い取る。

 水玉は元々石なので石化のナイフの効果はないのだろう。

 そこでようやく目に入ったのだが、ここの領主がサラの足元で震えていた。

「領主様、何でこんな所に?」

 そう聞くと、ごにょごにょと「姫にお話がありまして………」という。

「もう夜更けですよ?」

「い、いえその………明日でもいいお話でした、はい」

 この態度を見る限りこのオッサンはクロだ。

 奥方をうまくまいて(と思い込んで)姫にアプローチしに来たのだろう。

 確証はないが、奥方に誤解される行動をとった時点で迷惑極まりない。


「それは分かったがご領主、あの女ははじめ姫様を襲おうとしたのだぞ。王族を、しかも石化の効果のついたナイフで、だ。どう処分されるつもりか?」

 サラが静かな怒りを込めて領主を問い詰める。

 領主は泣きそうな顔で「離縁して実家に帰します」と答えた。

 サラが耳打ちしてくれたが、奥方は大富豪の娘で、領主にかなり資金援助をしてきたらしい。それを失うのが痛いのだろうという事だった。

 呆れた話である。


 改めて奥方を普通のロープで拘束して、部屋に戻す。

 水玉が耳をすますような動作をしながら、

「雷鳴、あの奥方の被害者が地下牢で石になってますけどどうします?」

「ご領主、石から元に戻してもしてもいいですよね?」

「えっ………それは………何でそんな事が………」

(サラが睨む)

「はっ、はい!もちろんですぅ!」

 俺は結局5人程を『石化解除』することになったのだった。

 彼女たちはもれなくパニック状態だったので丁寧になだめた。

 その後、身元のしっかりした娘は領主にしかるべき場所へと帰すように確約を取り付けた。これは事情を聞いた姫様が手伝ってくれた。

 帰る所がない娘は、姫がヴルミの街で就職先を世話するという事で落ち着いた。

 おかげで滞在時間が1日延びることに。

 そして俺たちはようやく宿へと帰るのだった。やれやれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る