第14話 パルケルス帝国への道行き・1
セイレーンとの歌対決から約4カ月が過ぎた。
今の日付は統合歴303年、3月12日である。冬ももう終わりだ。
お馴染みの朝市から帰ってきた俺たちに、メリンさんから声がかかった。
「雷鳴くん、水玉ちゃん、推薦状が出たわよ!最速記録よ!」
「え、ホントですか?」
「もちろん!2人にはいつも無理聞いてもらっってたからね。パルケルス帝国に行っちゃうのはちょっと寂しいけど、S級になって欲しいから」
確かに受付で直接頼まれる依頼も、数多くこなしてきた。
その結果だと言われれば、嬉しいものである。
俺たちはメリンさんから厚みのある封筒を1つ受け取る。これで二人分らしい。
「ありがとうメリンさん」
少し寂しい気もするが、ここにいても元の世界には帰れないだろう。
俺たちは急ぎ旅支度を整えることにした。
さて、部屋に戻って推薦状を亜空間収納にしまい込むと相談タイムである。
お題は「パルケルス帝国の首都アフザルまでのルート」である。
ひとつはこのミザンから出るパルケルス帝国の港湾都市イシュランまで海路で国境を越えて、そこから首都まで延々と北上するルート。
もう一つは先に北上し、パルケルス帝国に続く街道に突き当たったら東へ進んで国境を超えるルート。どっちが早いとも言えない。
だが、1つ特記すべきことがある。
後者の国境を陸路で渡るルートのほうだ。
これは国境に横たわる黒龍山脈を横断しなければならないルートなのだ。
ワイバーンをはじめとするドラゴンが多く住まう難所である。
これのせいで、シェール王国とパルケルス帝国の貿易は海路が中心なのだ。
とはいえ、俺と水玉の意見は前から何となく決まっていた。
「私はやっぱり黒龍山脈を越えたいですね。竜の住処なんて見てみたいです」
「魔界にはドラゴンがいないからなあ………ならやっぱりそのルートだな」
一応黒龍山脈を迂回するというルートも残っているが、それぐらいなら海路で国境を超える。そのルートは余計な時間もかかるので却下である。
ルートが決まればやる事は早い。まず幌馬車の調達である。
馬車で行くのは、黒龍山脈には一応街道が通っているからだ。危険ではあるが。
集うのはワイバーンがほとんどだそうだが、真竜が見られる可能性もある。
さて、馬車は町の入口で買える。俺たちは早速出かけることにした。
大きさは、2人だけなので2頭立ての物を選んだ。荷台も慎ましいものでいい。
屋根と雨よけ。あとは荷物を置けるスペースがあればそれでいい。
だが主に寝るのに使うので、マットレスを敷き詰めておく。馬車の揺れは有名だ。
あとは身軽な冒険者稼業だ、乗り込めば終わる。
俺たちは明日出発することにして、その日はメリンさんやよろず屋のおやじ、あとギルドマスターへ挨拶して回り、市にも寄って顔見知りに挨拶して回る。
朝市はこの時間ではもうたたまれてているので、挨拶は明日の出発前だ。
そんなこんなで時間が過ぎ、夜になった。
水玉は最後となる酒場での飲み食いを楽しんでいるようだ。俺は部屋に帰る。
しばらくは保存食中心の食事になるだろうからな。楽しんでおくといい。
部屋に水玉が帰ってきたので、俺は水玉に切り出した。
「十分「血の麦」が溜まったから、街を出たら『定命回帰』の術を使おうと思う。術を調整して、見た目は17~18歳にするつもりだ」
「おや、では私も見た目を調節して19~20歳にならないとですね」
「そうだな。20歳ぐらいの見た目になったら、しばらくは成長を止めていいと思うんだが、それまでは徐々に上げていこう」
「これであなたと普通に食事ができますね」
「夜の眠気もマシになるしな」
その後は、俺はしばらくなくなる予定のヴァンパイアの眠りについた。
3月13日、ミザンからの出発の日だ。
朝市に寄って、水玉は食べ物屋の人たちと別れを惜しんでいた。
街の入口に預けてある馬車の所に行くと、メリンさんが見送りに来てくれていた。
「また、会えるかしらね」
「わからない。これからどうなるか全然わからないからね」
「あら、そうなの?そっか………寂しいわ。でも、行ってらっしゃい!」
「「行ってきます」」
元気よく見送ってくれたメリンさんに感謝である。
さて、馬車でミザンの街を出て、行きかう馬車も少なくなり始めた頃。
俺は一旦御者をやめ、幌の中に入ると「血の麦」を一粒飲んで『教え:変化:定命回帰』を使う。調節したので、一気に20歳にはならず17~18歳になった。
御者席に座り直した俺を、水玉がしげしげと見つめてくる。
「なんだか、この年齢のあなたは新鮮ですね」
「まあ………そうかもな。水玉も姿を変えたら?」
「そうですね………はい、終了」
後ろを見るとより大人っぽくなった水玉と目が合った。うん、確かに新鮮だな。
「あとはひたすら北上だな。街道上にある町や村には寄って行くとしても」
「黒龍山脈に一番近い町までどのぐらいですか?」
「北の街道を30日、分岐する東への街道を10日ぐらいだから………40日?」
「長いですね………」
「この世界の旅なんてこんなもんだろう。ちなみに街の名前はヴルミだ。黒龍山脈から派生した鉱山を抱える街だよ。ミザンの街よりは小さいかな」
「へえ………珍しいものがあるといいですね」
♦♦♦
予定より長くかかり、34日が過ぎた。
日付が4月17日になったところで、北の街道の東への分岐点が見えてきた。
出発して10日もしたところで保存食に飽きが来た俺たちは、狩猟したり『クリエイトフード』で食物を生成したりして、それを街道脇で料理して進んでいた。
予定より時間が長くかかったのはそのためである。
ここから東へ向かうのだが………目の前にはそれ所ではない光景が広がっていた。
目の前と言っても、先をうかがうためにかけた『望遠視力』で見た先の話だ。
「水玉。なんか先の―――西に分岐してしばらくいったところで。100人以上の人数で戦闘が発生してる………いや、してたみたいだ。それでもう決着がつきかけてる状況。妙に装備の整った盗賊と、騎士だね。騎士が全滅しかかってて………豪華な馬車の所で最終防衛ラインを築いてるって感じ」
「うーん?厄介事の臭いがしますけど、どうします?恩でも売ります?」
「騎士の全滅も近いな………まあ、助けるか」
「では『望遠視力』で見えている範囲ですし『テレポート』しましょう」
「それでいこう。あ、人間相手の戦闘だから手を出されるまで出すなよ」
「懐かしの魔界法。あなたには戒律ですね。遠方の地ですが従いますとも」
「じゃあ最後に残った騎士と盗賊の間に割り込むようにテレポートするぞ」
3.2.1.「『テレポート』!」
俺たちは傷ついた最後の騎士と盗賊の間に出現した。
「味方する!」
騎士にひとこと言うと、剣を構えて盗賊たちに向き直る。
向き直った俺に、ほとんど反射だろうが攻撃してくる装備のいい盗賊(?)たち。
でも攻撃されたからには反撃できる。
俺たちは盗賊を鎧袖一触にする。慌ててこちらに援軍に来る盗賊たち。
だが俺たちは盗賊の剣を受けて「攻撃された」と認識すると、即反撃して撃破してしまう。と言ってもそこまで簡単ではない。盗賊たちは強かったのだ。
俺たちは本気モードになっていた。
最初の奴らは油断していたから簡単だったが、集団で襲ってくる盗賊は舐めたものではない。しかも後列から矢の雨が降ってきた。当たりそうなものは盾で防ぐ。
どうも盗賊は40名近くが生き残っているようだ。
「水玉、弓兵は攻撃してきたとみなす。攻撃魔法を」
「了解です『最上級:水属性魔法:アイスストーム』」
後列の弓兵はその場限りではない、持続する氷の嵐に巻き込まれていく。
凍りつくのは時間の問題だろうな。逃げ出すやつはいるだろうが。
討ちもらしを片付けるのは水玉の担当だ。
俺は前列の盗賊たち―――15名ほどになった―――と剣を交える。
だがさすがに人数がが多いので、反撃しかできないのでは苦しい。
うん?指揮官が混ざっている―――こいつを討てばいいか?
短距離『テレポート』で指揮官の前に行き、当てるつもりのない一撃を見舞う。
指揮官は乗ってきた「お前たちは何者だ!」と問いを発しながら切りかかってきたので「冒険者だ!」と答えながら剣を受け止める。
水玉は15人の盗賊と一歩も引くことなくやり合っていた。
なにせ水玉に当たった刃はすべて「ギィン」と弾かれるのだ。そして反撃。
順調に盗賊は減っていっていた。
迂回して豪華な馬車のある方へ行こうとした盗賊は騎士が止めた。
馬車からは乗客が出てきており、絶望的な表情で周囲を見渡していた。
これまたきれいな貴人と侍女である。
できれば馬車にこもっていて欲しいのだが………。
ちなみに1体1の戦闘では盗賊より騎士の方に分があるようだがそっちに行った盗賊は一人ではない。水玉は戦線を下げて貴人と侍女の前に立ちふさがった。
ちなみにこの騎士、気付くのが遅れたが女性である。助けて良かった。
俺はフェミニストなのである。
そんな事に気をとられていたら、指揮官の攻撃が肩に当たった。
服に血がにじむが、こんなものは『特殊能力:超速回復』ですぐに治る。
俺は気合を入れて剣を構え直した。
ほどなく、俺が指揮官を(殺してはいないが)討伐した事で、盗賊たち―――10名ほど―――が壊走した。攻撃はされてないので見逃す。捕まえると後が面倒だ。
俺は指揮官には『ルーンロープ』をかけておく。
水玉は女騎士に「大丈夫………じゃありませんよね『回復×3』」と言っている。
青い顔をした貴人が深々と俺たちに頭を下げてきた。
「あの………ありがとうございます。この上ご迷惑をかけるのは申し訳ないのですが、できれば倒れている騎士たちを助けてくださいませんか?」
俺と水玉は顔を見合わせた。悪魔的にあまり善行を積むのはよろしくないのだが。
「助けを求められたら断ってはならない」が俺の戒律。やるしかないか。
「分かりました。死者以外は助けられます『治癒魔法:範囲回復:威力10倍』」
これをかけられて、生気を取り戻した者が生存者である。
騎士は大体5名ほどが助かったようだ。他にも従僕が2~3名助かった。
盗賊はほとんどの騎士にとどめを刺していたのだ。ますます盗賊ではない。
「あなた達だけでも………良かった。でも他の者たちは………」
貴人が落ち込んでいるのを気遣いながら、女騎士が口を開く。
「あなたたちは何者だ?突然現れたように見えたが」
「魔力持ちのAランク冒険者だよ。S級への推薦状を持ってパルケルス帝国の首都に行くところだ。ここの惨状を望遠魔法で見て『テレポート』で駆け付けた」
その言葉にうつむいていた貴人が顔を上げる。
「魔力持ちの冒険者とは何て心強い。攻撃魔法も回復魔法も見事でした。パルケルス帝国の首都まで私たちの一行に加わってくれませんか?もちろんお礼は致します」
「姫!私たちがいるではないですか。人数を減じたとはいえ………」
「いいえ、この人数では黒龍山脈をこえるのは厳しいと思うわ」
「えーと、そっちの事情を聞いてから決めさせてもらえるかな?」
すると今まで黙っていた侍女さんが一歩前に出て、向こうの事情を語ってくれた。
シェール王国の首都は今危機にある。北大陸バルバロイからの略奪船が首都城下を略奪していくからである。この世界では軍艦というものはあまり発達しておらず、水際で巨人たちを止めるのは難しいのだと。
もちろん騎士団が出るのだが、巨人は難敵で、略奪を止められるのは一部だけ。
そこでパルケルス帝国に援軍を求める使者として貴人―――長女のレティシア姫を送り出したらしい。お姫様には酷な道行だと思うのだが。
兄がいるそうだが、騎士団の団長でもあるし各領主からの援軍をとりまとめる役目があるので残ったという事だった。
女王の珍しくないこの東大陸では、こういう使者が女性でもおかしくないという。
それで50名もの兵力で護衛して進んでいたのだが………結果はごらんの通りだ。
盗賊たちは最初、こちらの倍の人数がいたらしい。
100人の盗賊って………ありえないだろう。おとぎ話かよ。
ちなみにこの一行にも一応魔力持ちはいたのだそうだが、最初の不意打ちの弓の斉射で死んでしまったという。運が悪いとしか言いようがない。
その替えではないが、報酬は払うので同行してくれないかという事だった。
ちなみに侍女さんの名前はミーナ、姫直属の女騎士はサラというそうだ。
「うーん、嫌ではないけどな。水玉は?」
「別にいいですけど。黒龍山脈を通っていくのですよね?」
レティシア姫が代表して、そうです、とうなずく。
「それともこの人数では無理でしょうか?」
「いや、そんな事はないと思いますよ。どうせ2人で抜ける予定だったんで」
「ええ、ですからそれは任せて下さって結構ですよ。けど捕虜の指揮官に話は聞いておきましょう?なぜ盗賊のふりをして、姫様たちを襲ったのかをね」
「ええ………分かりますわ。大規模な盗賊団などではないことは」
レティシア姫の言葉に女騎士サラさんが首を縦に振る。
「こいつらの整った装備、高い技量。こんな盗賊団は変です。騎士たちにはトドメまでさしていたのですよ。普通の盗賊ではありえません」
サラさんに生き残った5名の騎士が賛同する。侍女のミーナさんも賛同した。
ちなみに騎士の間ではサラさんが一番偉いようだ。戦闘能力も高かったしな。
「では、拷問して聞きだすのは面倒ですし『上級:無属性魔法:心読み』で背景を聞き出しましょう。わたしが心を読み取りますので皆さんは質問をどうぞ」
「便利だな。そんな魔法があるのか」
「私たちのオリジナル魔法です。他にも使える人はいるかもしれませんが」
そう言って水玉は指揮官の頭を鷲掴みにし『心読み』をかけた。
質問する役はレティシア姫になった。まずは―――
「あなたは誰に命じられて、襲撃を行いましたか?」
「オコナー中将からです。この人自身は中佐。名前はベオンですね」
「オコナー中将。エリック兄様の近衛兵団の指揮官ですね………となると、どう考えてもエリックお兄様が関わっていますよね?」
「イエス。エリック殿の命令だ、と出世を約束されていたようです」
「どういう命令だったのですか?」
「騎士はできれば皆殺し。できなくても必ずレティシア姫だけは殺せと」
「襲ってきた盗賊団の所属は?」
「このベオンの部下―――要は近衛騎士だそうです」
「………王位継承権のためですか?」
「さあ?それについては彼は知らないようです」
「………ならばもういいです。私の聞きたいことは聞きました。彼を殺してください。生かしておいても害になるだけです」
非情なようだがレティシア姫の選択は正解だと思う。
自分の騎士たちを殺された怒りもあるだろうが、彼女は冷静だった。
国を背負う教育をされているだけあり、きちんと判断を下せる所に好感が持てた。
俺は迷わず、命乞いを始めた指揮官ベオンの首を落とした。
「逃げた盗賊に扮した騎士が、お兄様に現状を伝えてしまう前に出発しましょう」
レティシア姫がそう言ったので、俺たちは道の合流地点に自分たちの馬車を待たせていることを告げ、そこで合流しようと言った。
姫様たちは無事な馬を集めて、馬車を編成し直したら―――と言っても少人数なのでそれほど手間はかからないだろうとの事だが、こちらに向かうと約束してくれた。
俺と水玉の退屈な旅は、王女様の護衛にランクアップした。
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