第13話 セイレーンとの歌対決

 異種族の奴隷解放からほぼ半年が過ぎた。

 今の日付は統合歴302年、11月10日である。秋だ。


 今まで何をしていたのか?

 別大陸転移の魔法陣の解析をしつつ冒険者ギルドの仕事をしていたのである。

 

 魔法陣の構築・解析は、正直ここの知識神神殿の図書館では資料が足りなかった。

 ここの世界の別大陸は単純なテレポートの魔法陣だけでは渡れないらしい。

 呪文の存在を失念していたが、複雑な呪文も必要だったのだ。

 

 例外は北大陸バルバロイ。

 船でも頑張れば来られるし、転移の魔法陣も割と簡単に完成した。


 だが西の大陸と南の大陸との間には魔力の力場があり、それを抜ける術式を魔法陣に組み込む必要があるが、予想外な事に魔法陣とセットで呪文も要るのだ。

 西の大陸の魔法陣は写真記憶したので分かるが、その部分の呪文が分からない。

 南大陸のは両方分からない。

 その力場についての詳しい情報がないと、魔法陣を起動させる複雑な呪文が完成しないのだ。その情報がミザンの街の図書館には欠けている。

 位置指定は正確と思われる地図を写真記憶してるので、大雑把なら何とかなるが。


 さて、冒険者ギルドの方は、メリンさんに聞いたところ俺たちの実力なら、1年ほどしっかり依頼を解決していればS級に推薦されるだろうという事なので、さらなる知識を求めてミザンの街を出るのは推薦を貰った後でもいいかという事になった。

 どうせ、帰れる条件はまだ不明だ。急いでも仕方がない。

 なので、このまま依頼をこなしていき、半年後に推薦を受けてミザンの街を立つつもりである。愛着が出てきたので寂しい気もするが。


 さて、諸々の事は置いておいて、今日は水玉の買い物に付き合わされる予定だ。

 水玉の分だけでなく俺の秋冬服も買うので完全に他人事ではないが………正直俺は荷物持ちだと言えよう。

 どちらにせよ、まだ朝6時なので商店は開いてない。

 水玉の朝市での朝食に付き合うとしよう。


「雷鳴、行きますよー」

「はいはい。今日はお前お気に入りのもち屋が出てる日だったよな」

「そうです!いろんな味があって楽しいですよ。雷鳴もいかがです?」

「もちは、水洗いじゃ落ちない事があるからヤダ」

「え?胃に直接『キュア』をかければいいのでは?」

「胃まで『キュア』されそうになって、自分の魔法に自分で抵抗する感覚がする」

「要は嫌なんですね?まあそれならそれでいいです。早く行きましょう」

「はいはい」


 朝市に来るのも慣れてしまった。

 水玉には馴染みの食べ物屋台から、誘いの声がかかっている。

 今日も水玉は買ったもの―――両手に一杯ある―――をペロリと平らげた。

 食いっぷりの良さも屋台の人たちには魅力なんだろうな。

 ちなみに俺が食べないのはもう周知されているので誘いの声はかからない。

 

 水玉が資材置き場になっている、お馴染みになった空地で食事する間、大抵俺はそれを微笑ましく見守っている。

 食欲がわかないわけではないが、胃洗浄はまとめて夜と決めているので胃の中で痛まれると嫌なのだ。口臭の原因にもなるし。

 というか食欲が残っている時点でヴァンパイアとしては珍しいのだが。


 その後は商店が開くまでの間、珍品がないかと水玉と店を見て回る。

 そうそう俺たちの目に留まるものはないので、この日は冷やかすだけになったが。


 10時だ。そろそろ商店の開く頃合いである。

 水玉は上機嫌だ。

 この後はひたすらショッピングに引っ張りまわされたとだけ………。

 ちなみにやはり俺の衣服も買っていた。選ぶ手間がなくて、いいといえばいい。


 夕方になり、冒険者ギルドに帰りついた俺はかなり疲れていた。

 荷物持ちは苦にならないが、女性の長時間の買い物に付き合うのは疲れる。

 その上、部屋に帰ったら服を『ドレスチェンジ』に登録するためのファッションショーが待っている。終わったら寝たい。


 などと思いながら受付を通り過ぎようとした時、メリンさんから声がかかった。

「雷鳴くん、水玉ちゃん。あとでちょっといい?明日でもいいけど」

「明日で。今、疲れているので、真面目な話なら明日の方がいいでしょう」

「わかったわ、朝一でお願いね!」

「わかりました、すみませんね」


 そのあと、買ってきた物をコーディネイトしながら二人で着替え『ドレスチェンジ』に登録していく。一度やれば後は楽なので我慢だ。

 終わったら、俺はベッドに突っ伏す。食事に行く気力が出ない。


「何やってるんです雷鳴?寝るには早いですよ?」

「食事、俺も行かなきゃダメか?」

「せめて一日一回ぐらい、食べてる姿を見せないでどうするんですか」

「今日ぐらいいいじゃないか。食欲がわかないんだよ」

「連れ回し過ぎましたか?もう、仕方のない人ですね。明日に備えて寝て下さい」

「メリンさんは何か用があるみたいだったしな。また明日」

「はい、また明日」


♦♦♦


 11月11日。AM6:00。


 起きたら水玉は寝ていたのでつつき起こす。

 受付は7時には開くので朝一の約束を守るなら、もう起きていた方がいいだろう。

「水玉、起きろー(つんつん)」

「うぅん?あぁ、おはようございます。起きました」

 相変わらず目覚めのいいことである。

「メリンさんに話を聞きに行く約束してたろ」

「そうでしたね、身繕いしましょうか」


 7時になる頃には『ウォッシュ』で全身の洗浄を済まし、新品の秋服に身を包んだ状態が完成していた。

 受付まで下りるとメリンさんはもう出勤して来ていた。

「「おはようございまーす」」

 受付前であいさつした俺たち。

 だがメリンさんは何故か必死さを覗かせる表情で言った。

「おはよう。早速なんだけど2人は………というか雷鳴君は音楽の心得あるわよね?というかあのピアノは聞いたことがないほど上手かったわ」


 あー、ピアノ。8月にやった「冒険者ギルド新人歓迎パーティ」での話だな。

 新人がかくし芸を披露しなければいけなかったのだが、会場にたまたまピアノがあったので、俺がピアノを弾いて水玉が踊ったのだ。大好評だった。

「確かにピアノは得意ですけど………それがどうかしました?」

「歌の心得ってない?」

「歌………」

 俺は口ごもった。そこへ水玉が小声で聞いてきた。

(雷鳴のお義母様おかあさまは比類なき歌姫。まさか習っていないのですか?)

(習ってるよ。歌ってOKの許可が出たのは数曲だけど………)

(なら、そう答えたらいかがです?)


 水玉に背中を押されて俺はしぶしぶ口を開く。

「ピアノと同じぐらいには歌えるよ。レパートリー少ないけど」

「えっ、そんなに?あのピアノ、みんながうっとり聞きほれていたじゃないですか。それならセイレーンに挑戦してみてくれませんか?」

「………は?セイレーン?」


 セイレーンとは。美女の上半身と魚の下半身を持つとされる(諸説あり)生物だ。

 海の岩礁から、美しい歌声で船乗りを惑わして遭難させると言われている。

 そのセイレーンに挑戦してくれというのはどういうことなのだろう?


「どういうわけでそんな依頼………依頼ですよね?が出たんです?」

「実は………」


 メリンさんの話はこうだった。

 このシェール王国の首都フルーレに向かう、隣国パルケルス帝国の物品を積んだ船が、セイレーンに惑わされた。だが遭難するのではなく港に戻されたのだという。

 だが彼らの中で、運よく魅了の歌声に惑わされていなかった者が持ち帰った伝言。

 これが問題だった。

 そのセイレーンは歌声で自分を負かすものがいない限り、ここから退かないと宣言したのだ。もちろん武力で討伐しようとはした。

 だがそのセイレーンは討たれてもすぐに復活するのだという。

 しかしセイレーンの出没する海域はどうしても航路から外せないという。

 仕方なく吟遊詩人などに頼んではみたが、最後にはみんな負けを認めてしまった。

 そういうわけで王都まで使いを出して、王立劇場のプリマドンナに来てもらえるようにしようかどうか、ギルマスが悩んでいる最中だというのだ。


「そういうわけで雷鳴くん、できたら成功して欲しいし切実なんだけど、失敗しても構わないから引き受けてくれない?推薦状も早くなるかもよ?」

「まあ………いいですけど。負けると姉ちゃんそだておやが怖いんで勝つつもりで行きます」

「そう祈ってるわ!でないと本当に王都に使いをやらなくちゃ」

「プレッシャーだなあ………」

「じゃあこの依頼書を持って行ってね。依頼人の事はは依頼書に書いてあるから!」


 依頼書を、2階の冒険者の酒場で覗き込む俺たち。

 朝ごはんをとりつつだが食べてるのは水玉だけだ。

 書いてある内容は簡単なものだった。

 港の東地区の船「カメリア号」の船長に依頼書を見せて乗船し、依頼を遂行せよ。

 出航時間は12時。それまでに「カメリア号」まで行って下さい。

 結果がどうあれ、報告のために「カメリア号」は一度ミザンの街に戻ります。


「そう言えば港には輸入品でバザールが開かれてるんだっけか」

「朝食を済ませた後も時間があります。見に行きましょう」


♦♦♦


 10時になった。俺と水玉は港東地区のバザールに来ていた。

 いろいろ珍しいものがあるので、俺も水玉も興味津々である。

 パルケルス帝国は織物が発達しているらしく、メインは布や服であった。

 服は少し様式が違うが、素材以外にあまり違いはない。


 俺が見つけたのは、日光にキラキラと輝くパールブルーのリボンだった。

 芯にワイヤーが入っており、好きな形に整えられる。

 水玉のために買って、プレゼントしたら抱き着かれた。

 しっかり抱き返して、人目もはばからずにキスを交わした。

 

 そのあたりで時間が来た。11時だ。12時出航なのでちょっと早めに行くのだ。

「また来ましょうね」「そうだな」

 そう言いながら、目的の船を探す。「カメリア号」だったな。

 その辺の人に聞きながら探したところ、ガレオン船よりは小型な船の一つを見つけることができた。船体が太く大きく、荷物をたくさん積めそうな船である。


 働いている水府をつかまえて声をかける。

「冒険者ギルドから派遣されてきました「スイートハート(この半年の間に使うようになった俺たちのチーム名。水玉が決めた)」です。船長さんに紹介してください」

「あっ、ハイ。お待ちしていました。ついて来てください」


 船長さんは温和そうな白髪交じりのナイスミドルだった。

「お待ちしておりましたぞ。今日はもう誰も来ないのかと思いました」

「あ………すいません。もう少し早く来た方が良かったですか」

「いえ、来てくれただけでも有難い。今日こそセイレーンを退散させてください」

「はい、全力でやらせていただきます」

「セイレーンの出現する地点に着くのは夜になります。ゆっくりしていてください」

「分かりました」


 俺たちは水夫に客用の部屋に案内された。その後は放置プレイである。

 仕方ないので、大人しく本を読んでいることにする。

 途中から水玉にせがまれたので、歌詞なしでラララと歌い始めた。

 気合を入れすぎると俺の歌は何かの呪歌に発展するため手を抜いているが。

 それでも部屋の前に水夫のものらしき気配がしては立ち去って行った。


♦♦♦


 夜になった。21時である。

 水夫が「もうすぐです」と呼びに来たので甲板に出る。海はやや荒れ模様だ。

 

 かすかな歌声が聞こえてくる………

 それはどんどん近づいて、やがて歌詞が分かるようになってきた


「海の歌を さあ聞きなさい

 さざ波の奏でるメロディーもよく聞きなさい

 そして私の歌を聞きなさい

 海に魅せられた者 それを私も魅了する

 今宵も溺れてゆきなさい

 この腕で抱きしめる事はできないけれど

 愛しているわ 魅せられた者たちよ」


 船が止まった。おそらくだが、どうもほぼ全員が魅了されたらしい。

 魅了されていない船員の慌てた声が聞こえてくる。

 もちろん俺たちは無事だ。魅了に対しては2人共、耐性がある。


 波の向こうの岩の上に、金の髪をした美女が見えた―――下半身は青い魚の尾だ。

 セイレーン。その姿を見て俺は微笑んだ。今から負かすのだから。

 そして水玉に「ダンスに付き合ってくれ」と囁く。

 そして歌いだす―――。


「さあ 僕の所においで

 そうしたら君の手を取るよ」


 水玉は滑るようにやってきた。俺は恭しく手を取る。


「君におじぎをして キスをしたら

 荒波も静まる ほらごらん」


 おじぎをして水玉の頬にキスしたら、荒れていた波は凪いだ。


「君の手を取り美しく踊ろう

 そうしたら女神は 抱きしめてくれる」


 水玉の手を取り優雅にターンする、そして彼女は俺を抱きしめた。

 

「聞いて 聞いて 聞いてくれるかい

 君を想いを奏でる歌を」


 俺も彼女を優雅な動きで抱きしめた。


「聞いて 聞いて ああ聞こえているよ

 君に捧げ奏でる歌を」


 見つめ合いつつ歌い上げてフィナーレだ。


 魅了の解かれた船員たちが周囲に集まって来ていた。大きな拍手が起こる。

 歌った歌は状態異常無効化の呪歌にしていたので、正気に戻ったのは当然である。

 おれたちはそっと抱き合っていた状態を解いて、みんなにお辞儀する。

 人垣の隙間からセイレーンが見えた。

 目が合う。彼女はこちらに投げキッスとお辞儀をよこし、波間に消えていった。

 どうやら勝ったようだ。


 セイレーンの様子を確かめたらしく、人垣の中から船長さんが満面の笑みで出て来て「去っていきましたな、本当に有り難うございます」と言った。

「役に立てたようで何よりです。少し恥ずかしかったですけどね」

「いいえ、王都の劇場でも十分、いやもしかしたらそれ以上の腕かと」

「有り難うございます」

「ではゆっくりお休みください。朝には港に帰っていますよ」


 船室のベッドは狭くて硬かったが、俺はゆっくり休ませてもらった。

 死体にベッドの具合は関係ないのである。


 水玉は夜中、故郷にはない美しい海を堪能していたようだった。

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