第10話 アフ教徒

5月3日、6時。


俺が目を覚ますと水玉が、美しい曲線を描く長剣を持って素振りしているのが目に入った。どうしたんだ、あれ?買ったんだろうか?それにしては業物だが………。


「おはよう水玉。それ、どうしたんだ?」

「おはようございます、雷鳴。これは作ったんです。亜空間のタンクから自分の体を出して、剣の形に整えました」

「道理で、業物に見えるわけだ………鞘も自分の体?」

「そうですよ。結構蓄積されてましたからね」


「そう言えば俺も、よろず屋のオヤジに青龍刀を頼んだな………行ってみるか」

「まだ開いてませんよ?」

「そうだった。血の麦でも作るかな」

「じゃあ私は剣の慣らしも終わったので、本でも読んでいます」

「ん、分かった」


 俺は血の麦作りに精を出し………そろそろ店の開く8時ごろになった。

 小瓶に一杯の血の麦を作ることができた。だいぶ溜まってきたな。

 ケープの中の特殊空間に小瓶をしまう。


 水玉は別行動で、酒場で朝ご飯を食べるそうだ。

 冒険者の宿泊客が4階にいるからか、朝の営業もしているのだ。

 最も朝市と違って8時からだが、それでも有り難いことに変わりはない。

 俺は水玉と別れて、3階のよろず冒険屋に来た。


「親父さん、俺の青龍刀、できてる!?」

「おお、運がいいな小僧!昨日の夜遅くまでかかって仕上げたぞ!おい丁稚、持って来てやんな!小僧、柄の所に巻く皮と房飾りはどうする!?」

「ああ、素材だけ貰える?自分でやるよ」

「よし、じゃあこれを受け取れ!」

 俺は出来立ての青龍刀と、柄に巻く皮(茶)と房飾りの材料(茶)と鞘(革製、茶色)を手に入れた。部屋に帰って完成させよう。素振りもしてみたい。

「親父さんありがとう!手入れの道具も買いたいんだけどいいかな?」

「ガッハッハ!砥石ならサービスしといてやるよ!」

「ありがとう!」


 部屋に帰って、青龍刀を素振りする。

 その後『クリエイトマテリアル』で作った標的に直接ぶつけてみた。

 悪くない。薪用の木を一刀両断にできた。さほどの体重も乗せずに、である。

 この青龍刀はかなりの業物といえるだろう。

 ちなみに標的の残骸はちゃんと『デリート』で片づけた。

 

 次に素材を「染色ダイ」で染めていく。

 色は、鮮やかな赤。目立つだろうがこの青龍刀なら恥ずかしくないだろう。

 ちなみに砥石と、その台になる石は亜空間収納にしまっておいた。

 俺は、青龍刀を腰に佩いて水玉を迎えに行った。


♦♦♦


 水玉と合流した。まずジンを探そうという事になる。

 依頼を受けるならアイツも一緒に連れていくからだ。

 あいつがここに馴染むまで面倒見る―――というのが俺と水玉の共通認識である。

 居場所は『下級:無属性魔法:ロケーション(もの探し)』で探す。

 ロケーションの対象は、ジンの指輪だ。あれならよく知っている。

 ロケーションの結果は、市場の方角を示していた。


「ついでです。豆がもうないので買い足しましょう」

「気に入ってたのか?」

「でなければ食べませんよ」


 例のおばあちゃんの店で豆を大量に買い足した。前は買わなかった豆も買った。

 丁度いいことにその時、人波の中でジンの後ろ姿を見つけた。

 ジンは2mはある巨漢。体もごっついので目立つのである。

「ジン!」

「兄さん姉さん!お揃いで。買い物でやすか?」

「違う。いや、それもあるけど。新しい依頼を受ける事にしたから、お前も来い」

「わざわざ呼びに来てくれたんで?あっしごときに………ありがとうございやす」

「分かったら行きますよ、ジン」

 豆を亜空間収納に収納し終わった水玉の音頭で俺たちはギルドへ帰るのだった。


 1階のフロアの掲示板の前。依頼を選ぶのは水玉で、俺たちは見てるだけ。

 様々な依頼のある中で、水玉はよりによっての依頼を選んだ。

「ヴァンパイア退治の依頼です!これでいきますよ!」

 多分水玉は、俺とどう違うのか見たいのだろうが………

「はぁ。なぜか『勘』もこれにしろって言ってるし………しょうがないな」

「そうですか?じゃあ、受付に持って行きましょう!」

 受付はこれを受理し、俺たちは準備に入った。


 とは言っても大体の装備は整っている。食堂で保存食を買うぐらいだろう。

 時間もまだ昼過ぎだし、このまま出発してもいい感じだ。

 あ、ちなみに依頼を寄越した村は徒歩3日ぐらいだ。食料が荷物を圧迫するな。

 ………目的の村で亜空間収納が使えないという話は無かった。

 なので、亜空間収納に入れてしまってもいいか?

 いや、言わなかっただけかもしれないので、やっぱり駄目だな。

 大きな荷物を背負って、俺たちは出発したのだった。


♦♦♦

 

 5月6日、昼過ぎ。

 あと数時間で目的の村―――モーグ村に到着すると言ったところでトラブルだ。

 だが俺が望んでいたトラブルであるとも言える。

 なるほど『勘』が騒ぐわけだ。


 少し先で、ワイバーン(下級の竜、飛竜とも)3体を相手取って大立ち回りを演じているのは、黒ずくめの服装からしてアフ教徒。それも有翼人のようだ。

 背中の服が大きく破れて、薄緑色の鳥の翼が出ている。

 図書館で調べた限りでは有翼人は俺たちと同じく、翼の出し入れができたはず。

 なのであれは、空中戦に対応するために翼を出したのだろう。


「水玉、あれを助ける!俺たちも翼を出すぞ!破れる服は後で直す!」

「助ける利があるのですね?」

「そうだ!」

「分かりました!」


 俺は荷物を下ろすと翼を出す。黒竜の強靭な翼は盛大にシャツを切り裂いた。

 上着はケープなので問題ない。というか翼を通すための穴が自動で開いた。

 俺のコート(今はケープ)は何度も言うが特別製なのである。

 水玉は上着を着ていないので、翼が水色のシャツを貫通して出てきた。


 飛行して近づいてみると、アフ教徒の有翼人は後ろに子供を庇っていた。

 そして気絶してないのが不思議なほどの重症なのがわかった。

 あと、黒ずくめの恰好なので近寄るまで分からなかったのだが、女性だった。

 女性なら、利がなくても俺は助けていたかもしれないな。


「水玉ワイバーンを任せる!ジンは子供を連れて退避!俺はこの人の治療に入る!」

「任されました!」「へい、了解でさあ!」

 俺は有翼人の元まで飛んでいき「通りがかりだが助ける!」と言って有無を言わさず抱え込んだ。所謂お姫様抱っこというやつだ。

 「子供が………」というので「任せろ」と答える。

 それでも起き上がろうとしたが、丁度水玉がワイバーンを仕留めた所だったので、それを見せて「治療はしておくから眠れ」というと、呆然とした顔で気絶した。

 薄緑の長髪と、緑の目が美しいお姉さん―――20歳代―――である。

 ボディーラインもかなりのものだ………って今は彼女の介抱だ。


 取り合えず右手に広がる草原―――左手側は森―――に子供と有翼人を運ぶ。

 運ぶ過程で有翼人の手当は済ませておいた。

 子供も徐々に落ち着きを取り戻していた。

 子供と言っても14歳ぐらいで、フードとケープを纏い、森に入るつもりだったのだろう、大きなかごを持っている。赤ずきんちゃんのような格好だ。

 もしかして薬草の採取にいくつもりだったのかもしれない。

 モーグ村は薬草の産地だからだ。

 その辺をできるだけ優しい口調で聞いてみると、こくりと頷く。


「そのお姉さんが欲しい薬草があるっていうから、護衛してもらって森に入る所だったの。でも普段は出ても1匹のワイバーンがあんなに出て………お姉さんは私をかばってたからたくさんケガして………お姉さん―――リズさんは大丈夫なの?」

「もう治療は済んでるよ」

 嘘ではない。回復魔法の重ねがけであっさり傷は塞がっていた。

 貧血ぐらいはあるかもしれないが、それ以上は支障なかろう。

 とりあえず彼女はジンが張ったテントに寝かせる。

 血だらけだったので「キュア」をかけておいた。綺麗になったな。


「うーん………」

 あ、目を覚ましたな。がばっと身を起こして―――貧血だろう。頭を押さえた。

「ど、同胞が助けに来てくれたような気がしたが―――夢か?」

「いいや、ここに居るよ。水玉も入って来て」

 俺と水玉の翼を見た彼女は目を丸くしている。

「獣人も居るよ」

 指輪を外したジンの姿を見た彼女はますます驚いた顔になっている。

「い、一体今までどこにいたんだキミたちは!?」


 俺は自分たちの偽の経歴と、こっちは本当のジンの身の上を話した。

「………あの奴隷市にまだ同胞がいただと!?何て事だ、仲間に知らせないと!」

「そこなんだけど、リズさん………でいいよね?ぶっちゃけアフ教徒の目的って何なの?どう考えても全奴隷の開放………とかじゃないよね?ずっと疑問だったんだ」

「………同胞である以上キミたちも無関係ではないな。他者に漏らさぬようにしてくれるなら話すが………?」

「それは大丈夫、約束するよ」

「そうか、それなら………助けて貰った恩もあるし………実はあれは、裏で売買される同胞を解放するため、混乱を招こうと奴隷の開放をして回っているに過ぎない。迷惑であることは重々承知しているけれど………」


「アフ教徒の教義が奴隷解放だというのは?」

「間違ってない。だからきちんとした開放ができれば人間も解放してやりたいんだ。だが私たちには数も資金も足りてない。同胞を送り返してやるぐらいしか………」

「それだ!同胞を送り返すってどうやって!?詳しく教えてくれたらミザンの街でアフ教徒に協力してもいい!」

「え………本当か?」

「本気だよ。そこの獣人とその仲間も送り返してくれるなら、だけど」

「それはもちろんだ。異郷の同胞よ。協力してくれるのならば、ワイバーンを倒した腕も見込んで、教えよう。この魔法陣を使うのだ」


 リズは使い込まれた大きな羊皮紙を広げる。

 これは………西の大陸レン=グラントへの転移の魔法陣の書き方か!

 俺はその羊皮紙を『特殊能力:写真記憶』でしっかり記憶した。

 どこにどんな染料を使うかまで書いてある。

 記憶を持ち帰ったら、即調べてみなければ。

 なぜそんなに気になるのか?

 『予感』がビンビン働くから―――としか言いようがないな。


「リズさん、もしかして4大陸の詳細な地図とか持ってない?」

「あるぞ?見たいのか?」

「ああ、見せて欲しい」


 手渡された地図を『写真記憶』する俺。

 図書館の地図の100倍は精密な地図である。魔大陸の首都や町まで載っていた。

 あとは、魔法陣を解析したら、大雑把に出現する場所を指定できるだろう。

 お礼を言ってリズさんに地図を返した。


「手伝ってくれるという事だけど、実は魔法陣の染料になる薬草が足りなくて、モーグ村に来たんだ。その採取をしてしまわないといけない」

「俺たちはモーグ村に出る吸血鬼退治に呼ばれたんですよ。俺たちもそれを解決しないとミザンには戻れません」

「そう、なら帰ってきたらスラム街の「麦畑の豚」亭に来てくれ。店主に「アフの同胞」に会いに来たと言ってくれ。話が通るようにしておく」

「了解。多少長引いても大丈夫かな?」

「大丈夫だ。詳細をジンさんに聞かなければいけないしな………」

「分かった。出来るだけ早く行くようにするよ」


 それから、彼女の背中の破れた服を『生活魔法:リペア(修復)』してあげたりして、感謝されたり驚かれたりしているうちに夕方が来て―――。

 今から森には入れないという事で、一緒に野営とあいなった。

 ちなみにもちろん俺と水玉の服も『リペア』済みである。


「ちなみにリズさん。アフ教徒が黒ずくめなのは何か理由があるの?」

「聖なる色………とかじゃないぞ。活動しやすくするためだな。オフの恰好なら怪しまれなくなるだろう?そのために黒装束で統一しようという話になったのでな」

「あー。なるほど」


「雷鳴!ワイバーンの肉を持って来ました!捌くので今日は焼肉にしましょう!」

 静かだと思ったら、食欲に走っていたか。どこまで話聞いてたかな?

「あー。お前香草入りの塩とかも持ってたもんな。リズさんもどうぞ」

「わ、ワイバーンを食べるのか?」

「尻尾の毒のある部分は除いてますから大丈夫ですよ、リズ」

 さらっと呼び捨てにしているが、水玉だと違和感ないんだよな。

「そういう問題では―――」

「もも肉もひと固まり持って来ましたから、食べましょう!」

 これは、押し切られるな。


 俺は生暖かく、水玉とリズの攻防?を見物したのであった。

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