第11話 ヴァンパイアのヴァンパイア退治

 5月7日。6時。


 あの後焼肉パーティー状態になり、俺の胃の中身はまだずっしりしている。

 ちょっと川のある所まで行って、胃洗浄して来よう………


 ……… ……… ………


 ああー。すっきりした。

 今回の胃の中身は、川魚の餌になった。

 そういえば、街道の真ん中にワイバーンの死体を並べっぱなしだな。

 『中級:無属性魔法:デリート』で消しといてやろう。


 取り合えず、それだけやって野営地に戻ると、水玉が起きて来ていた。

「雷鳴!どこに行っていたのです?」

「ちょっと胃洗浄と、昨日の肉の出どころを掃除しに」

「そうですか、胃がいっぱいだったのですね。では、容量は空きましたね。みんなを起こして朝食にしましょう。保存食しかありませんけど」

「はいはい、水玉は女性二人を起こしてくれ。俺はジンを」

「了解です」


 しばし後、全員が草原でビスケットと、塩と砂糖を溶かした水で朝食をとる。

 森の中ならもうちょっと何とかなったかもと、村の女の子が申し訳なさそうだったのだが、全然構わない、機会があったらよろしく頼むと言っておいた。

 俺はフェミニストなのだ。悪魔も人間も、天使でもである。


 朝食後。

「では私とこの子―――エレンは薬草の採取に行く。君たちがまだいる間に彼女が村に戻るようだったら、仲良くしてやって欲しい」

 子供、もとい14歳のお嬢さんであるエレンは、はにかんだ顔で礼をした。

「わかった。任せてくれ」

 そう言ってエレンに優しく微笑みかけると、彼女は顔を赤くしてうつむいた。

 やりすぎたのか、水玉に脇腹を思い切りつねられる。かなり痛いぞ。


 2人は去っていった。俺たちも出立の準備をする。

 といっても、片付けをして、荷物を担ぐぐらいだが。

「よし、モーグ村までは数時間だ。のんびり歩いて行こう」

「ええ、そうしましょう」「わかりましたぜ兄さん」


 昼過ぎにはモーグ村に辿り着いた。なんというか、活気のない村である。

 依頼書を取り出して一応確認する。

「うん、依頼を出したのは村長だな。誰かに道を聞こう」

 ベンチででくつろいでいた女性がいたので、依頼書を見せつつ道を尋ねる。

「ああ、それならあっちだよ。青い屋根の家………」

 女性は面倒そうにしながらも質問に答えてくれた。


 青い屋根の家に着いた。ノッカーを鳴らす。

「はい………」

 出てきたのは顔色の悪い青年だった。

「すみません、この依頼を受けてきたのですか」

「!そうですか、すぐに父を呼んできます!」

 どうやら村長さんの息子さんだったようだ。

 俺たちは家政婦さんに応接間(キッチンダイニング)に通された。


「はるばるお越しくださり、誠にありがとうございます」

 村長さんは仙人のようなひげを生やした、低姿勢の人物だった。

「いいえ、仕事ですから。詳細を教えていただけますか?」


―――村長さんの話はこうだった―――

 村の男が病死したのだが、埋葬がすんでから、毎夜のごとくその娘がその姿を目撃するようになった。首に噛みつかれ、血を啜ったという。

 最初、村人は相手にしなかった。父親を失った娘の幻想だと思ったのだ。

 だが娘が失血死すると、疑惑が広がった。

 それは、男の家内が同じ死に方をした事でさらなる疑惑に成長する。

 村長が先頭に立ち墓を暴いた事で、くだんの病死した男の、腐敗していない血色のいい死体が発見された。口は血に濡れていたという。

 心臓を取り出し灰にし、家族のものに飲ませた事で、男は現れなくなった。

 だが、今度は家族関係なく、他の姿の吸血鬼が現れるようになった。

 新しい死者から、もう腐敗したはずの死者まで、5~6人は目撃されたという。

―――この事態の収拾を頼みたいというのが依頼だった―――


「ふむ………発生源は多分ダークソウルを持った人間か、高位のヴァンパイアだな」

「雷鳴、ダークソウルとは何です?聞いたことがあるような………」

「ああ、死者を望みのアンデッドにできる魔道具だ。どっちにしても、直接墓に来なければヴァンパイア化はできないから、とりあえず今は、ヴァンパイア化してる人の心臓を破壊した方がいい。誰がそうなのかは墓地に連れていってくれれば俺が判別つくので、お願いできますか、村長さん」


「本当に判別がつくのですか?」

「掘り返してみれば真実だとわかる事と思います」

「………分かった。今夜にでも行いましょう。あなた方は夜まで休んで下さい」

 俺たちは村長さんの家に泊まる事になった。

 部屋は2人部屋が二つだった。意外に広い。


 2人部屋に入った俺に、水玉が質問してきた。ジンは別室だ。

「雷鳴、雷鳴は犯人をどう考えているのです?」

「うーん、図書館で調べてはみてたんだけど、この世界のヴァンパイアって特に高等生命体でもないみたいなんだよね。ここで発生したような土臭いヴァンパイアがせいぜいで。だから俺は犯人はダークソウルを持った人間じゃないかと思ってる」

「ダークソウルとは、アンデッドを創造するだけですか?」

「いや、実は暗黒魔法の全てを使える能力を術者に付与するんだけど………」

「けど?」

「威力や回数は使用者の力に依存するんだよね。だから使用者がへぼいと、真価を発揮できない。魔力持ちが使用者でない限り、大した事は無い。油断禁物だけどね」

「他にも何かあるんでしょう?」

「分かるか?ダークソウルはヴァンパイアに力を与えてくれる。太陽への抵抗力とか火への耐性とか、眠りを浅くしてくれるとか。俺が持ってる能力もあるけど、火への抵抗力と眠りがもっと浅くなるのは魅力だ。出来れば欲しいな。壊したことにして回収したいから、ダミーを用意しておこうと思う」

「分かりました。口裏を合わせるようにしておきます。ジンにも伝えてきますね」

「そうか?でもジンは俺がヴァンパイアだってこと知らないだろう」

「異常だって事はもう認識してますよ。強引にでも納得させます」

「えーと、そうか。じゃあ頼む(気の毒に)」


 夜の12時。俺は眠気を強引に抑え込んで、村長さん宅に集まった村の男たちと合流した。じろじろと見られるが、気にしないようにする。

「良いか、説明通り、この方が指示した墓を暴くぞ」

「でもよう、違ったらどうすんだ?」

「その時は元に戻せばいい。責任はとってもらうがのう」

「大男以外は、綺麗な顔だぜ、へへっ」

 下卑た笑いの村人に俺と水玉は絶対零度の視線で応じた。

 水玉はともかく、俺のヴァンパイアの邪視が発動した。男は青くなり黙り込む。

 そこへ村長さんが号令をかけた。

「いらん事を言うな!とにかく墓地に行くぞ!」


 墓地で俺は「ヴァンパイア化している墓」と念じながら『教え:観測:説明書』を使った。アイコンが指し示した場所を「説明書」の中身を確認しながら伝えていく。

 ヴァンパイア化した墓は8つもあった。

 全て血で肥え太っているか、乱杭歯に血が付着しているものばかりだった。

 全てのヴァンパイアから心臓を抜き取り、燃やしていく。

 これでヴァンパイアはおしまいだ、俺だってこれをやられたら死ぬ。

 まあ、俺の心臓は元の世界に置いてきてしまったので、ないのだが。

 燃やした後の灰は、村人全員で飲むという。

 正直余計な風習だと思ったが言わずにおいた。


「まだ、ヴァンパイア化を起こした奴の始末が残っています。俺たちはそこの古い霊廟に隠れて犯人を待ちますので、村長さん達は墓を元に戻してください」

 俺の指示した墓がすべてアタリだったので、村人の態度は改善されている。

 不思議な力を持ったシャーマンだと認識されたようだ。

「廟の中は埃だらけです。掃除しましょうか?」

「いや、自分たちでやります。有難う」


 それから、徹夜での見張りが始まった。

 基本的には村の衆は近寄らないようにしてくれているようだが、例外もあった。

 リズと一緒にいたエレンが帰って来て、話を聞き、俺たちの所に食料を持って来てくれるようになったのだ。危険を感じたら来るなとは言っておいた。

 

 5月9日の朝方。俺は見張りをしていた。

 水玉は暇だと言って、買い込んでいた小説を読んでいたのだが。

「まあ、水玉に見張りの仕事とかはあまり期待してないからいいけどな」

 そう言うと

「失礼な!それぐらい私にもできます!」

 そう言って夜間の見張りを交代してくれたのだが………大丈夫だっただろうか?

 まあ、俺は寝られたからいいんだけど。

 そして早朝の朝もやが晴れぬうちに、黒いローブを着た女性がやってきた。

 

 彼女は黒い球体を手のひらに乗せている。この波動、間違いなくダークソウルだ。

 ヴァンパイア化していた墓に向かい何事か囁いている。

 が、それは恐らく無駄な事だ。もう彼女のシモベはいない。

「シモベがどうしたのか、戸惑っているのか?全員心臓を焼いたよ」

 俺の声に、はっとした様子で振り返った女性は、暗黒魔法を使った。

「『暗黒魔法:ウーンズ(負傷)』!」

 俺は簡単に抵抗してみせる。効果は消失。だが条件は埋まった。

 俺の戒律の一つ「相手より先に攻撃してはならない(知性のないモンスター除く)」が解除されたのである。廟から水玉とジンも出てきた。


 俺は彼女を殺すつもりで青龍刀を振るった。

 生きてここの村人に引き渡しても、待っているのはろくでもない未来だと感じていたからだ。おそらく殺してやった方が親切だろう。

「あの人を殺したくせに!あの人を返せ―――!!」

 その叫びを最後に、犯人の女性は死んだ。ジンに村長を呼びに行かせる。

 その間に黒い、割れたガラス玉とダークソウルをすり替えておく。

 本物の方は俺が体内に取り込んだ。

 体調がすこぶるよくなる。気分は爽快だ。


 ジンが村長を伴って帰ってきた。村長は死体を見て声を上げる。

「おお、この女は―――」

「ご存じなのですか?」

「よそ者と結婚すると村を飛び出した女です。皆でよそ者には石を投げました」

「あの人を殺したくせに、あの人を返せと言っていましたが」

「よそ者に当たった石が所に当たったのでしょう。村に戻ってくればいいものををするとは、けしからん」

「………そう、ですか。葬儀ぐらいは普通にしてあげてくれますか」

「もちろん、十字架にさらして鳥に食わせて清めた後、きちんと埋葬します」

「………そうですか」


 少し後味の悪い結末になった。

 水玉はケロッとしているがジンの顔色が少し悪い。

 あの女性には悪いが、俺たちでは村の風習を止めることはできない。

 鳥葬を見送るのはよしておいた。あの女性も望まないだろう。

 

 せめても、ということで、この村の薬草を買って帰ることにした。

 村長が割り引いてくれるように声をかけてくれたので、厚意に甘える。

 俺はあの魔法陣を完成させるための草を求めた。

 品薄になっていた薬草も、エレンがリズと採取してきたので揃っていた。


 血の麦(凝縮液粒)に混ぜ込む香草も買っておく。味と香りが変わるのだ。

 ライラック、ジャスミン、カモミール、ミント………etc

 結構大量に買い込んだと思う。亜空間収納に入れておいた。


 買い物を済ませた後、村長に依頼終了の印を依頼書に貰って出立する事に。

 水玉は食料品店で、食料を買い込んでいた。


「ジン、大丈夫か?」

「うす………いや、残酷なものだと思いやして」

「でも、あの女性を生かして渡したら、きっとろくでもない事になってた」

「そうでやすね………リンチで済めばいい方だったでやしょう」

「村人の慰み者になってたのは目に見えてる」

「で、やすね」

「ミザンへ帰ろう」

「はい」

「………「麦畑の豚」亭へ行かないとだしな」

「そうでやすね………仲間を助けないと!」

「その意気だ!元気よく行こう!」

「気ぃ使わせちまってすいやせん!」


 帰り道は、何事もなく進んだ。

 

 5月12日。夕方。ミザンの街に辿り着いて、冒険者ギルドへ。

 依頼書を提出して、経緯と結末を説明する。

 受付のメリルさんは手早く処理を終えてくれた。

 俺はジンに、明日の夜集合と告げてから、休息をとるために水玉と部屋に戻った。


「雷鳴、聞きたいことがあるのですが」

「ん?何?」

「明日の夜「麦畑の豚」亭へ行くのですよね」

「そうだよ」

「アフ教徒に手を貸すと言ってましたよね」

「ああ。念入りに変装すればそうそうバレないと思うけど?」

「そうですけど、何故手を貸すのです?」

「………向こうの大陸に行ったとき、事情を把握して助けてくれると助かるから」

「それは必要な事なのですか?」

「そう思う―――向こうに理由を聞かれても同じように返すつもりだ」

「それは帰るのに必要な事なのですね?」

「俺の『勘』『予感』が確かならね」

「………いいでしょう、善行を成すのは気が進みませんが、そういう事なら―――」

「ああ、俺も善行を成すのは、理由がある時だけだ。リズさんを助けたみたいに」

「そう言えばあの魔法陣は覚えたのですか?私は写真記憶しましたが」

「ちゃんと俺も、写真記憶で頭の中にあるよ。

 いつになるか分からないけど、応用も出来そうだし使うつもりだ。

 すぐには使わないと思うけど解析はしておくべきだな」

「ふむ、分かりました。あなたを信じます。話は以上ですので、あとは食事しましょう。付き合ってもらいますよ?」

「12時までで勘弁してくれよ?」

「分かってますよ、ダーリン」

「だっ!?」

 噛んでしまった。俺は笑顔の水玉を見て、深々とため息をついたのだった。

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