第8話 トラップ・ハウス
4月24日。いつもの通り6時に目が覚めた。
水玉が目を覚まさないので、俺は「血の麦」作りをはじめる。
備蓄をしていけば、この街を出たあと『定命回帰』で大人の姿をとれる。
『定命回帰』したら睡眠不要なので有用なのだが、1日1樽の血が必要なのだ。
水玉とも時間の折り合いがつくし、備蓄しておくにこした事は無い。
水玉が「血の匂いがすりゅ………」と起きてきた。
「ああ、悪い。備蓄しておこうと思って」
「ああ、なるほど………ふぁ。私は顔を洗ってきます」
戻ってきた水玉は、樽の中身に『凝縮液粒』をかけ圧縮する過程を見学する。
俺はそのうち一つを今日の分として飲み込んだ。ううん、力がみなぎる。
どうせまだ受け付けは開いてない(8時から)しジンとの待ち合わせも8時なので「血の麦」を作る作業をしながら、水玉に話しておきたいことを話す事にした。
「水玉、おれの超常能力には、『勘』『予感』『啓示』があるのは知ってるよな?」
「はい、ちょっと前―――40万年程前でしたっけ?説明を受けたように思います」
「そのうち『勘』『予感』はまごうかたなく、俺の意識に作用する能力なんだが」
「?『啓示』は違うのですか?」
「うん、それは俺の意識がなくなって、知りたい事や知るべきことを口走る能力なんだ。意図的に使う事も出来るけど、突発的に降ってくることも多い」
「私は、それを記録しておけばいいのですか?」
「それもあるけど、聞きたいことを具体的な表現で話させて欲しい。質問していけば啓示状態の俺は喋るみたいだから、うまく誘導して欲しい」
「………ぶっつけ本番になるのでしょうが、私の力の及ぶ限りやってみます」
「ありがとな。意図的にやらない限り、いつなるか分からないが頼むぞ」
しばし沈黙。
「雷鳴」
「ん、何?」
「まだ喉笛に噛みついて、血を啜りたいという気持ちにはなりませんか?」
げほっごほっ!
「いいいきなり、何言いだすんだ」
「噛ませてあげると言ってるんですから、聞くのは権利でしょう?」
「まったく、もう。多分もう少し余裕があるよ。でもいいのか?噛まれたらSEXが生ぬるく思えるような快楽を感じるんだぞ?」
「甘美ではありませんか。期待しているぐらいですよ?大体私たちは、結婚間近の婚約者同士でしょう。何の問題があるというのです」
「うん、まあそうなんだけど………な?まあ、水玉がいてくれて良かったよ」
「うふふ。お返しに噛めばいいんでしたっけ?」
「いや、それはベッドの中ではそうだけど、普通に噛みつくだけならいらないよ」
「おや、それはつまらない。結婚後を楽しみにしていましょう」
「まったく、呪文使ってる最中なんだ。舌噛むかと思ったぞ………」
その後はまた沈黙が続いた。水玉は俺の作業をジーっと眺めている。
さて、「血の麦」が小瓶ひとつになる頃には8時になった。
部屋の中の物を片付ける。
片付ける、と言っても『キュア(ゴミ消去)』と亜空間収納の併用で、時間はかからない。あっさりと血生臭い物体は消え失せた………か収納された。
「さ、下に行くぞ」「はあい」
♦♦♦
ジンはもう来ていた。俺たちと同じく、新しい装備、新しいバックパックだ。
「おはよう」「お早うございます」「おはようごぜえますです!」
3人で顔見知りの受付嬢の所に行き(名札に「メリン」とある)依頼書を提出した。
「あー。これね。この館のどこかに、定期的に「黄金のブランデー」が出現するのよね。場所は色々なんだけど」
「トラップハウスだというのは?何故でしょう?」
「うん、解除しても解除しても、種々様々な罠が設置されるのよね。それでトラップハウスと呼ばれるようになったのよ。頑張ってね?あなた達なら大丈夫でしょう」
(罠はかかって踏みつぶせになる可能性大だけどな。俺の『勘』は小さいトラップには効きが悪いし、自分以外に手が回るかどうか)
「はい、行ってきます!」
トラップハウスは町から2日のところにあるそうだ。
「保存食がいるな」
「あ、でしたら3階のよろず屋に行けばありますよ」
「メリンさん、ありがとう」
俺たちはよろず屋に寄ってから出発した。
「トラップハウスは森の中みたいですね。道中、狩りもできるのでは?」
「そうだな、何か仕留めよう」
道中俺は、シカを一頭仕留めた。ちなみにさばくのも俺。
ジンは手伝おうとしてくれたのだが、1人の方がやりやすかったので断った。
「雷鳴は器用ですねー」
「
調味料は塩しか持ってなかったので『クリエイトフード』でコショウと焼肉のタレの塩だれとニンニクだれを追加。
今回食べる分以外は亜空間収納に収納しておく。
水玉とジンには薪拾いをしてもらう。
その間に『クリエイトマテリアル・ラージ』で焚火テーブルを準備。
それと、肉を切り分けて―――腸は離れた所に捨てに行った―――おいた。
『クリエイトフード』で、野菜も出して………完璧だ。
水玉とジンに大好評でした。ジンは野菜の存在に?という顔をしてたけども。
♦♦♦
4月27日の夜、トラップハウスに着いた。
うーん、見た目はただの白い屋敷だな。だが入口が見当たらない。
「雷鳴、敷地に入って屋敷の周りをぐるっと回ってみましょう」
「そうだな、なんか気乗りしないけど、それしかないか」
「『勘』ですか?」
「いや………そこまで言うほど強い感覚じゃない、気にするな」
「じゃあ行きましょうか」
俺たちは、俺を先頭にして進む。
荒れ放題の庭を進んでいくと、なんとなく嫌な予感がして立ち止まる。
「どうしたんですか、雷鳴?先頭が嫌なら交替しますよ?」
そう言って俺が止める暇もなく、先に行ってしまう。
「こら水玉!
慌ててジンが後を追う。オイコラ、お前も動くな。
ほどなくして「ひゃっ?」という水玉の悲鳴?が聞こえてきた。
仕方ないのであとを追いかける。
そこにはトリップ・ワイヤーに引っかかった水玉の姿が。
足にワイヤーを巻き付ける仕掛けがあり、引っかかった者を木の上から吊り下げる罠である。本来は狩猟用のものだ。
「だから言ったのに」
「いいから、下ろしてくださ~い」
「はいはい」
縄を切って下ろしてやると。
「びっくりしました。でも楽しかったですね」
「お前ね………もうお前が先頭でいいんじゃないか?」
「いいんですか?頑張ってみます!」
そして―――
ねたっ!
俺は最後尾なので引っかからなかったが、水玉とジンが変な落とし穴にはまった。
深さは腰までしかないのだが、穴の中にねとねとした何かが満たされているのだ。
「こ、これは………蜂蜜!」
「ホントでやす………」
2人を引っ張り出すのに結構苦労したことを、ここに記しておく。
ちなみにここで『キュア』をかけようとしたら、キャンセルされてしまった。
『ウォッシュ』も同じ。どうもこのトラップハウスの力のようだ。
仕方がないので、入口から出て『ウォッシュ』をかける羽目に。
こんなんで大丈夫なんだろうか………
続きの道を進む。2~3回蜂蜜トラップに引っかかったが、もうそのまま行く事にする。抗議は無視だ。先頭をやりたいと言ったのは水玉である。
しばらく進むと、屋敷の裏手に出た。小さいが扉もあったが………
その扉の真ん前で蜂が巣を作っている。1匹が30センチぐらいありそうなやつである。もちろん巣も巨大だ。これもトラップの1種なのだろうか?
ジンは後ろで待機していてもらって、針の効かない俺と水玉が殲滅する事にした。
手に入れたのは大量の蜂蜜である。瓶に入れて持って帰ることにした。
さて、裏口だが………
「この扉、嫌な予感がするんだが、入口はここしかない気もする。どうする」
「かかって、ふみつぶせばいいんじゃないですか?」
「………仕方ない、ここから行くか。この扉しか入る場所はなさそうだし………。道中確認したけど窓もなかったし」
「ああ、窓ですか。でも私の体重を支えられるロープなんてないでしょう?」
「うん、それもあったから言わなかった」
体重についてはジンが「?」という顔になっているが黙殺する。
裏口の扉を開く。そこは15~16畳の何もないがらんとした空間だった。
全員が入ると、入って来た扉が「ばたんっ」と勢いよく閉まる。
開けようとしてみたが無意味だった。
扉はもう一つ。廊下か続き部屋に出るのだろうと思しき鉄の扉だけだ。
―――そして、部屋の気温がぐんぐん上昇している。
元凶は床だ。まるで鉄板のようだ。ブーツのゴムが柔らかくなるのを感じる。
「水玉、その鉄の扉を壊すぞ!」
慌てているのは、俺は火傷に対してはは普通の人間と同じか、それより遅い治癒能力しか持ち合わせてないからだ。
火傷にヴァンパイアの高速再生は効果を発揮しないのである。
それを知っている水玉は即座に動いた。部屋の扉に体当たりしたのだ。
『剛力10』をかけて、手伝う俺。ジンも手伝ってくれた。
体当たりする事5回。鉄の扉が歪んで、ドガっと屋敷の廊下に倒れる。
俺たちは、水玉はともかく、大急ぎで部屋を出たのだった。
トラップはまだまだある。
例えば「体温に反応する接着剤」
これは、人の体温にさらされるまで乾かない接着剤だったらしい。
これが扉のノブに塗られていたのだ、たっぷりと。
引っかかったのはもちろん水玉。ノブを持った瞬間「ぬと」という音がした。
水玉の体でなければ、引っぺがすのに手のひらの皮も剥がす羽目になっただろう。
その後、手から接着剤の残りを剥がすのに躍起になっていたが自業自得である。
例えば「吹っ飛んでくる扉」
扉に触った瞬間向こうの部屋で爆発音がし、扉が吹っ飛んで来た。
そのまま廊下の行き止まりとキスする羽目になっていた。
あ、これも引っかかったのは水玉である。
激突跡から平然と身を起こし「ホコリが凄いんですけど………」とべとべとの下半身を見下ろす。ホコリと蜂蜜で凄い有様だ。ジンより汚くなってしまった。
他には有名な「吊り天井」とか
これはドアを破壊できるまでの間、水玉をつっかえ棒にしてしのいだ。
「兄さんと姉さんって一体………」
ジンがドン引きしていたが、俺は見た事は言うなと釘を刺しておいた。
「恩人の変な噂なんぞ広めたりはしませんぜ」
律儀な奴である。一応信じておいてやろう。
こんな感じで、ほぼすべての部屋や廊下で罠に遭遇した。
黄金のブランデーを見つけたのは、隠し部屋だった。
その隠し部屋に入ると、ウィィィンという音とエレベーター特有の浮遊感がした。
俺たちは警戒しただけだったが、ジンはかなり気味悪がっていたようだったな。
エレベーターが止まって扉が開くと、そこは広い部屋で中心にちょこんとブランデーと思しき瓶が置いてあった。それを回収する。
問題は、ここが地下で、エレベータはもう動かないようだという事だ。
殺意の高い罠である。俺たちでなければ餓死するところだ。
吊り天井や鉄板焼(?)の部屋でさえ、ドアをどうにかできたら出れたのだ。
それを考えたら殺意の高い罠といえよう。
だが、俺と水玉には魔法がある。
「「『中級:地属性魔法:トンネル』」」
壁に斜め上を向けて『トンネル』を連発する。ジンには先頭に立ってもらった。
「兄さん姉さん、心配いりませんぜ。誰も居ませんや」
そう聞いてぽこっ、と顔を出したのはトラップハウスの庭だった。
這いあがり、水玉に手を貸す。めちゃくちゃ重い。
「雷鳴、失礼なこと考えませんでした?」
「いーやぁ?滅相もない」
「怪しいです」
「それより綺麗にしたいだろ。早く入口に戻ろう」
「おっとそうでした」
………帰り道で、水玉は肩まである蜂蜜落とし穴にかかった。
「ふうー。やっと綺麗になりました。結構苦労しましたね。このブランデー、飲んでしまいたいぐらいですよ」
「言うと思った。でもまず『教え:観測:説明書』だ」
『黄金のブランデー。いかなる病も傷も治すエリクサーの一種。コピー不可』
「………と、出た。」
「………残念ですね」
「それがな、水玉。俺には無限収納庫っていう特殊能力があってな。登録したものを無限に取り出す事ができるようになるんだ」
「それ、できるんですか?」「やってみよう」
結果、可能だった。
無限収納庫の中はリセットされていたが登録するのは自由らしい。
「じゃあ、終了ですね!」
「ギルドに報告をしに帰るか」
「報酬は金貨9枚でしたね」
「じゃあ1人3枚だな」
「えっ!兄さん姉さん、いいんでやすか!?あっしは何もしてないですぜ!?」
「一緒に冒険して罠にもハマったろ」
「荷物も一任してしまいましたし」
「ありがてぇ………ありがてぇ………」
「こら、気持ち悪いから拝むな」
「そうです、正当な報酬として受け取りなさい」
「はい………そうさせていただきやす(拝む)」
「はあ………せいぜい崇拝しておきなさい」「言っても無駄か………」
そして俺たちは帰路についた。
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