第2話 始まりは唐突に・2
視線で水玉に「森はダメ」と応じた俺は『勘』に従う事にする。
説明したと思うが俺の『勘』『予感』『啓示』はれっきとした特殊能力なのだ。
「水玉、未来に続く方向は西だ。西に行くぞ」
「それは『勘』ですか?聞かされてはいましたが不思議です。信じますからね?」
「そう『勘』だ………ありがとう。行動に出すんだ、責任は持つからな」
「ふふふ。頼りにしてます。あなたならミミックとか引っかからないんでしょうね」
「もちろんだけど、むしろ引っかかるものなのか?あれ」
「引っかかった事のある友人がいまして。結構引っかかる人いるそうですよ?」
「丸呑みされるんだろ?中どうなってるんだろうな?」
「さぁ―――?真っ暗だったらしいですよ。友人は中で爆発魔法を炸裂させて口を空けさせて出て来たらしいんですが。チリチリになったと言ってましたよ」
「うへぇー。そんな脱出法があるんだな………」
♦♦♦
夜になる頃には枝道は本道に合流した。
なんと、南の方に大きな街がもう見えている、まだ門も閉まっていないようだ………が、問題があった。
門をくぐるのに銀(多分)貨を渡さなければいけないようなのだ。
多分宝石ではダメで、怪しまれるだけだろう。換金が必要だ。
だが今は夜。大きな隊商なども通っていない。
(仕方ない。水玉、こっそり入るか)
(え?どうするんですか?)
(単に空を飛んで、人気のない辺りに下りるだけだ)
(ああ………確かに有翼人とかは見かけませんね。街の上空も何も見えません)
(そういうこと。脇の森に入って適当な所で飛び上がろう)
俺たちはその通りの事を実行した。
飛行手段は『中級:無属性魔法:フライト(飛行)』である。
実は2人共、自前の翼があるのだが。それを使うのは音がするので避けたのだ。
俺は空中で『教え:観測:縮小国家』を使った。
街単位を網羅し働く術で、都市のミニチュアが両手の上に浮かび上がり、指示した場所や物がある場所を光らせるのだ。大雑把な把握ならこれで十分である。
ちなみにそこからさらに絞り込もうとすると『教え:観測:説明書』が必要だ。
高く飛びながら『縮小国家』に「人のいない通り」と指示する。
光った細い通りに、俺たちは狙い通りに下り立った。うん、人の気配はない。
次に「営業中の換金屋、もしくは質屋」と指示する。表示が2つあったが近い方を選択。大雑把な方向は把握したので『縮小国家』を消す。
細い通路から出て角を2~3度曲がると、そこはもう賑やかな通りだった。
そこでは俺たちの服装もそう浮いてはなかったはずなのだが、何故か道行く人が結構な人数振り返る。主に俺を見ているような気がする。
俺たちの容貌のせいもあるとは思ったが、気になったので耳を澄ます。
すると―――
「勇気あるよなー。黒いコート。アフ教徒と間違われるぜ」
「おいおい、こんな時期に黒い衣装なんてよく身に着けられるな」
「奴隷市場の連中に絡まれるんじゃないのあの二人」
「門番は通したんだ………?アレを………?」
というのが大半の声だった。これはいけない。2人で意見が一致した。
不思議と『勘』は働かなかったのだが、理性でこれはまずいと判断した。
そして噂の元凶らしき「アフ教徒」は、調べるべきと『勘』が囁くので頭のやることリストに入れておいた。
とにかく元の路地に巻き戻り『生活魔法:ダイ(染色)』で服の色を変えよう。
問題なく元の路地に退却できた。さあ、色をどうしようかな?
コートは念じれば色を変じるので、暗い紅色にしておいた。
他は『ダイ』で染めていく。
ブーツとズボンは革なので、焦げ茶色。シャツはコートとお揃い、暗紅色である。
水玉も衣装の色を変える。ジャケットを髪よりも暗い青、ダークブルーに。
靴とズボン、シャツは水色に変える。リボンも水色だ、頭の上で揺れている。
何か別の方向で目立ちそうではあるが、嫌な『予感』はしないからいいか。
もう一度通りに出て行くと、同一人物だと気付く者はいなかった。
が、ちらほらと振り返るものはいた。まあ気にしなくて大丈夫だろう。
なんせ腕を組んで歩いていたので、振り返る理由は想像がつく。
お似合い………とか年下彼氏………とか囁かれていたのが聞こえた。
着いたのは小売商の品や、個人の発見物などを買い取っている買取屋だった。
「何か買い取って欲しいものがあるのかね?」
宝石は水玉のジャケットから外しておいたので、すぐ出す事ができた。
「ほほぅ!純度の高い宝石だね!儲かる仕事をしてきたんだな!」
店主は金貨30枚を寄越した。10枚を銀貨100枚に両替してもらった。
この世界の相場なんて分からないから信用するしかない
金貨と銀貨はポケットに入れる。しまった、不自然だ。
後で財布を作らないとな………
「店主さん、どこかいい宿知りませんか?この街は初めてで………」
そう言うと店主は目が粗いが繊維製の紙に万年筆で地図を描いてくれた。
「「焦げたチーズ亭」1階は酒場だ!チーズとワインがうまいぞ!」
「ありがとうございます!」
「雷鳴、その宿屋に泊まるんです?」
「ああ、色々やる事があるからな」
「?いいですけど私は食事したいです。美味しいのでしょう?」
「
「そういうのもいいと思います!」
「じゃあ、俺は先に宿にあがるよ。どうせ食べられないし」
「あ………そうでした、ヴァンパイアは………」
そう、俺は死体なので、食べ物は食べても消化されずに胃の中で腐ってしまう。
そのせいであとで吐かなければいけない。だから食べないのが正解だ。
唯一『教え:変化:定命回帰』という生者に1日だけなれる教えがあるが、大量に体内の血を消費するので、安定して血が供給されない限り取れない手段だ。
安定して供給されても、ヴァンパイアである利点の方が大きいのが難点だな。
俺は「焦げたチーズ亭」に辿り着くと迅速に宿の部屋を取った。
運よく4人部屋ではあるが個室があり、俺は真っ直ぐ部屋へ。
だが、酒場に水玉を1人で置いておくのはかなり不安である。
俺の用が済んでも帰らなかったら様子を見に下りよう、うん。
部屋に着いた俺は取り合えず扉に鍵をかけた。
今から作るのは「俺の食事」すなわち「血」だからだ。
俺は昨日今日でかなり体内の血を使ってしまっている。
吸血衝動が抑えられなくなる寸前なのだ。耐えられたことを褒めて欲しい勢いで。
さて、以下はレシピだ。
『中級:無属性:クリエイトマテリアル・ラージ』でワイン樽を作る。
『教え:癒し:人工血液』で美味しくはないのだが、普通の血と同じ効果を持っている血を作り出し、樽の中にワインボトル1杯分ほどそそぐ。
最後に『教え:血液増量』で血をワイン樽1杯にまで増やす。
血樽ができた。抱えて一気飲みする。ああ、生き返る。
ヴァンパイアには厄介なことがいくつもある。
日光、昼夜反転は克服しているが、血への渇望と、人間(悪魔でも可)の喉笛に噛みつきたい欲は抑えの効くものではない。
俺は恵まれている。『人工血液』の教えを知るものは少ない。
そしていつでも首を噛んでいいという婚約者もいるのだから。
さて、次は今後のためにやることだ。
血の樽を作っては「教え:癒し:凝縮液粒」で米粒大に凝縮していく。
この教えは、俺のオリジナルだ。
それを『クリエイトマテリアル』で作った小瓶に貯めておく。
これでいつでも一粒で樽一杯の血が摂取できるのだ。
これを繰り返して小瓶を一杯にした。
一応、同じ効果を持った「血の麦」というものを
二つとも一粒でお腹がいっぱいになるファーストフードといえるだろう。
あっと、もう午前零時が近いかな。眠くなってきたな。
普通のヴァンパイアなら夜明けが近い!と慌てる場面だ。
俺は「起きていやすい・起きやすい」という特徴を、ヴァンパイアになった時に獲得しているので我慢できるが、普通はそろそろ眠気の限界だろう。
ちなみに普通のヴァンパイアは耳元で爆弾でも爆発しない限り起きない。
俺は大声で起こされれば目が覚める、ぐらいの違いがある。
俺も眠気に抗えるうちに水玉を迎えに行かなくては。
しかし、眠気の来る時間を正確に知るために、時計が欲しいな。
♦♦♦
水玉が葡萄酒の瓶と焦がしチーズを前にして、葡萄酒をこくこくと飲んでいる。
周囲は、普通だ。むしろ良い雰囲気だ。
ただ、ごろつきっぽい男が3人、テーブルの周りに倒れているのが変ではあるが。
「水玉、ただいま。満足したか?」
「雷鳴!ここは「安くて早くて美味しい」ですね!」
「はは、店のおじさんにそう言われたのか?」
「そうです!」
庶民の味を気に入ったらしい。まあここの店もいいのだろう。
水玉はパクパク食べてごくごく飲む。底なしでうわばみだ。
もちろん理由がある。水玉の体は取り込んだものを溶かしてしまう。
溶けたものは体積にならないのか?
答えは予備の体になって体内の亜空間に収納されます、だ。
だから水玉は怪我をしてもそのタンクがある限り修復されるのだ。
食べさせておいたのはそういう理由もあったのである。
「水玉。それ食べたら宿上がろうな。俺がMAX眠いから」
「そうですか?私は睡眠不要ですが、それなら一緒に眠りを嗜むことにしましょう」
「………ところで水玉、この床の上で寝てる連中は何だ?」
「粗野な口説き方をしてきたのでビンタ一発でのびたのが1人と、その兄貴分らしいろくでなし2人です。往復ビンタをプレゼントしたら寝ました」
「あー。やっぱり。そんなところだろうとは思ったんだ。モミジがついてるし」
やっぱり俺たちの身体能力は、元からは落ちていてもここの常識に当てはまらないぐらい高いらしい。気を付けないといけないな。
「宿のオヤジさん、他の店員さんも、連れが失礼しました」
「いいさ。見ていて爽快だったからな。あいつら当分大きな顔はできんだろうな」
「ありがとうございます。じゃあ一緒に宿に上がりますので」
「ケロッとしてるから心配いらんだろうが優しくしてやれよ!」
「はい、これでも大事にしてます」
「水玉、食べ終わったな。上にあがるぞ」
水玉は拍手と口笛に送られて、俺の後を追ってきた。
あの3人、多分鼻つまみ者だったんだろうな………
きっと閉店後も気絶してたら裏口から放り出されるんだろう運命だ。
同情?俺の水玉に絡んだのだ。するわけがないじゃないか。
その日は水玉に何とかお休みのキスをしたあと、ベッドに倒れ込み入眠した。
明日もしなければならない事がたくさんある………
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