帰還への道標

フランチェスカ

第1話 始まりは唐突に・1

 青い空、白い雲、さんさんと輝く太陽、そよぐ風。

 背中には草の柔らかい感触、見回してみればここは丘の上の草原だ。


 待て。

 ………俺は魔界で寝てたんですけど?


 確認しよう。

 俺は魔界の悪魔だ。ヴァンパイアでもある。

 今、太陽の下で平気なのは「特殊能力:陽光無効」があるおかげだ。

 だがさっきまで、結婚予定の彼女と一緒に寝ていたのだが?

 だから、目に入る光景は天窓からの魔界の空。沢山の月のある夜空のはずなのだ。

 そして当然室内にいるはず。なのに、草原ってなんだよ。


 だがこういう事―――異世界転移は、俺にはままあることだった。

 俺の敵が、俺を殺すのは難しいから、せめて邪魔にならないようにどこかに行け、と異世界に転移させてきたりとかは、よくある話なのだ。もう慣れている。

 防ぐ方法も複数講じているのだが、今回は突破されたのかもしれない。

 

 だが、帰る方法は必ずある。

 この世界のどこかに元の世界に帰れるトリガーないし出口があるはずなのだ。

 

 脱出の条件は一緒だが、あとは異世界でなく魔界とは別の星に飛ばされただけという可能性もある。夜空の星を見れば位置や時代がわかるのだが………

 真っ昼間の草原で分かることではない。ここで夜を待つか?


 まあでもそれは置いといて。まずは服が問題だ。その理由は―――

 俺は、パジャマなのである。ここはそのままかよ。裸じゃないだけマシか?

 とりあえず「『生活魔法:ドレスチェンジ』発動」

 お着換えの魔法である。うーん、発動はしているのだが着替えができない。

 ということは………この魔法にはあらかじめ服を登録しなければならない。

 これは、登録しておいた服が初期状態に戻っているようだ。


 仕方なく、これはできると知っているので「展開、コート」と声に出す。

 すると黒い滑らかな革のコートが俺を包み込んだ。

 これはきわめて特殊なマジックアイテムで、決して切れず汚れず、ある程度の物なら内部に収納も可能だ。ただ、まだこの下はパジャマなので何とかしなくては。


 「『生活魔法:クリエイトマテリアル』発動」

 軽量の小さい物に限られるが、物質を作り出す魔法だ。

 ………よし!成功した。無難な普段着が出現したのだ。

 灰色のシャツ、黒い革ズボン、黒い革靴を、呪文1回につき1個出現させる。

 作るのは面倒だったが、着て一息ついたのでよし。


 他に確かめておかないといけないのは「亜空間収納」といって、次元と次元の狭間にポケットを作り、そこに大量の物を収納しておける魔法だ。

 はたして、いつも使っている奴にアクセスできるだろうか。

 空間に手を入れるイメージでいつもの亜空間収納を呼び出す。ダメだった。

 正確に言うと、亜空間収納を新規で作るモードにしかならないのだ。

 仕方ないので新規に作っておいて、ため息をついた。

 あとの魔法はおいおい確認するしかないか………


 もう一つの俺の術、ヴァンパイアの術『教え』の一つも一応確認しておこう。

 「『教え:観測:説明書』」これは、その場にある俺が注目しそうだと思ったものを血を媒体に読み取り、勝手に目印(付箋みたいなもの)をつける『教え』である。

 ちゃんと目印が付いた。草原の草だ。触ると、詳しい説明が出てくる。

〈イエリコ草。イエリコ地方にのみ生息〉

 ………なるほど『教え』は正確に発動している。

 俺が知りたかったこの辺の地名が知れた。

 草は摘むか迷ったが、平原に普通に生えてる草だし見送っておいた。


 他には―――と見回してみると、俺の今居る丘(結構高い)から見下ろせるほかの丘に、術者の身内を示す目印が!慌ててそちらに向かう。


 間違いない、そこですやすや寝ているのは、俺の結婚予定の彼女だった。


 しかし姿が問題だ。彼女は俺と違い人に見える悪魔ではない。

 人型ではあるが、体が透明な水晶なのだ。ただし強度はダイアモンドよりもある。

 それはともかく。早く起こして人間に化けて貰わないと。

 

 この世界のスタンダードは人間だと俺の『勘』が言っているのである。

 俺の『勘』や『予感』『啓示』は決して普通の勘ではない。

 俺のヴァンパイア氏族に受け継がれてきた父祖の特殊能力である。

 ほぼ、外れる事はない。

 という訳で早く起きろ「水玉すいぎょく!起きろ!」


 ぺちぺちと頬を叩くと、水晶なのに柔らかい。思わずぷにっと突いてしまった。


「うぅーん、雷鳴らいな?もう朝ですかぁ?えらく眩しいですね」

「目を開けてみろ。色々大変だから」

「うー。うん?………何ですかこれは!?」

「な?」

「人界?なんで?………空間事故?」

「まあ、ほぼそれで合ってるんじゃないかな………取り合えず説明するな」


 俺はさっきから考えたり、試したりしていた事を全て水玉に伝えた。

 そのうえで、取り合えず人間に見える格好になれ、とうながす。

 説明を聞いた水玉は頷いて水晶のような体に色をまとった。


 その姿は

 白磁の肌、コバルトブルーの腰まである長い髪、コバルトブルーの瞳、桜色の唇。

 そして男を魅了してやまない胸尻足と―――

 要するにすこぶるつきの美少女であった。年のころは18歳ぐらいか。

 どう見ても魅力度以外は普通の少女だ。


 ちなみに俺の外見は艶のある黒髪ショート、真っ白な肌、深紅の瞳をしている。

 客観的に見て相当な美少年であろう。16歳ぐらいの外見だ。


 2人共もっと平凡な容姿をとるべきなのだが、変身魔法は長続きしないし、メイクは道具も無ければ限界というものもある。諦めた方が良さそうだった。


「で、雷鳴?『クリエイトマテリアル』で出そうにも私はここの人間のスタンダードなんて知りませんよ?お任せします」

 そうだなあ、俺もここのスタンダードなんて知らないが。

 経験上どこでも通用するように考えた結果―――


俺は自分とお揃いにすることにした。コートは変更して茶色いジャケットにする。

後は俺と同じ。旅装なのでスカートではなくズボンだしな。


「うふふ、あなたになったような気分ですね、似合いますか?」

「意外と似合う。あ、髪は旅人らしくリボンか何かで結んだ方がいいぞ」

 水玉は黒いリボンを『クリエイトマテリアル』して結んだ。いかん、可愛い。

「と、取り合えず水玉、これからどうするかなんだが―――」

「はい。私にはなにをしたらいいのかさっぱりですので、お任せします」

「………おい。この手の経験も、王族の試練でしてるだろう?」


 そう、水玉は魔界の王女だ。ついでに俺は公爵。

 俺たちの結婚は王女の降嫁なのである………って、それは横に置いておこう。

 王族には試練がある。それに備えてこういう場合の訓練もしてる筈なのだが?


「まあ、こうかな?って感じで分かりはしますよ。でも不安です」

「実際の試練ではどうしてたんだ」

「行き当たりばったりですね」

「駄目だろそれ………分かった。俺がリードする」

「そうしてください(いい笑顔)」


「(がっくり)………わかった。まずは『無属性魔法:最上級:クリエイトジュエル』で、程々に宝石を作る」

「金貨とかでないと怪しまれないですか?」

「金貨は現物がどんなのか分からないだろう?前の町で、依頼を受けて護衛したら宝石で支払われたって言い訳だ。うさん臭くても、一度本物の金貨を見ればコピーできるから、換金する最初だけのリスクだ。だから小粒の宝石以外作るなよ」

「わかりました………石に関しては妥協したくないのですが仕方ありませんね」

「お前、俺が言わなきゃ何作ってた?」

「ブリリアントカットのダイアモンドとかでしょうか。手のひらサイズの」

「勘弁してくれよ………」


 その後、慎ましい数のの宝石ができた。質は慎ましくないかもしれないが術の仕様なので仕方なし。またまた『クリエイトマテリアル』で小袋を作り、そこに宝石を入れる。水玉の上着の裏地に縫い付けておく事にした。針と糸はご想像の通りである。


「まず丘から下りるか、身体能力の把握をかねて障害物のある所からな」

 俺と水玉は丘を下………りかけて中止した。飛んだり跳ねたりして気付いたのだ。

 というかいつもの調子で行こうとして転んだ。

 うん、身体能力はきっちり落ちているな。


 この世界の普通の能力なんて分からないから、用心する必要がありそうだ。

 俺は『教え』の中にバフ(能力上昇)系のものがあるから、何とかなると思う。

 水玉は、体の構造を考えると盾役も務められるのだが、能力の見極めがつくまでは、あまり無理をさせない方がいいだろう。


 この日はもう一度丘の広い場所まで戻って、今の体の把握に努めることになった。

 

 夜は星を見た。今いる星が分かるかもしれないからだったが、全く見覚えのない星空だった。どうも完全に異世界に来てしまったらしい。

 異世界らしく月は3つ。大きくて黄色い月。赤い中ぐらいの月。紫の小さな月。

 呼びかけてみても、魔界の月のようにお茶目にウインクはしてくれなかった。


♦♦♦


 次の日。


 午前は体の感覚を覚えるのに費やした。

 水玉とは初めてとなる(魔界でもやったことがなかった)模擬戦闘もした。

 水玉………武器を持っていなくても、軽い打撃で十分痛いぞお前の体。

 『クリエイトマテリアル』で作った木刀で相手してみたがへし折れてしまった。

 だが俺がバフ系の『教え』を全力で使ったら素手で圧倒できた。

 水玉は素の状態では俺よりも強いが、全力の俺には劣るという事が分かった。

 これで水玉がバフ系魔法を使ったら?結果はそれでも俺の勝ちだった。


「さすが、私の夫となるだけはありますね」

 水玉は負けたのにご満悦だ。俺は面目が保てて正直ほっとしている。

 正午には体の感覚は完璧に把握。

 やることが無くなったので、いよいよ丘を下りようという事になった。


 丘を下りたらここは街道の本通りではなく、多分枝道だという感じがした。

 昨日も今日も行き来する人を見なかったのはその為だろう。

 だが石畳などではないにせよ、きっちり除草され踏み固められた土の道である。

 通ろうと思ったら馬車も通れるだろう。痕跡はなかったが。


 さて、どっちに向かおうか。道は西と東に向かっている。

 水玉がその辺に落ちていた棒を拾う。まさかあれをやるつもりか?

 水玉は棒を立てて倒した。その先は森だった。

 「どうします?」という目で俺を見つめてくる水玉に俺は無言で首を横に振った。

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