ハイヌウェレの葬送

白河夜船

ハイヌウェレの葬送

 腕時計を見れば、短針はちょうど「3」を指していた。深夜三時――─明日から連休だというのに浮かれて、オールナイトで上映している映画館に足を運んだ帰りだった。

 何本か映画を見たのだけれど、最後の一本はさすがに疲れてしまったのか、微睡みと覚醒を繰り返し、断片的な映像と音声だけが、奇妙な鮮烈さで記憶の隅に焼きついてる。タイトルを思い出すのさえ覚束ない。あの映画は、どんな内容だったのだろう。

 一人きりの帰り道は退屈だ。暇潰しに、漫然と思い出してみる。


 ………人気のない深夜の道路………並び立つ街灯が、一本だけ明滅している………その傍には門がある………ミントグリーンの大きな門扉………学校の正門………


「ああ、殺してしまった!」


 少女が押し殺した声で叫んだ。死体を囲んだ数人が何事か小声で話し合っている。

 皆、少女であった。

 死体も、死体を囲む者達も、皆、少女。長袖のセーラーを着ており、紺色の生地に白いラインとタイが映えていた。


「だって、この子が云ったのよ」

「ええ、殺してくれって」

「殺して、ばらばらにしてくれって」

「ばらばらにした躰を、埋めるのよ」

「埋めたら、どうなるの」

「生まれるわ」


 そんなことを云いながら、少女達は死体から衣服を剥いでいく。丁寧な優しい手つきで、一枚一枚。蝉の羽化を見るようだった。黒っぽい殻の中からゆっくりと、生白く、美しい躰が現れる。

 少女達は愛おしそうに死体の手足にキスをした。それが別れの挨拶だったのだろう。全員がキスを終えてしまうと、彼女等は解体作業に取りかかった。

 その様子が何とも奇妙だ。

 外れるのだ。簡単に。

 手が、足が、首が、


 ぱきっ


 という小さな乾いた音がしたと思うと、もう躰から外れている。血の一滴も流れていなかった。ただ、断面は赤い。人の内側とは思えないほど、清らに赤い。

 少女達はめいめい死体の一部を抱いて、さめざめと泣いた。明滅する街灯が、ミントグリーンの門扉の奥に佇む彼女等の姿を、ぼんやり照らし出している。


 ぱきっ


 小さな乾いた音が耳に付いて、ハッとした。

 思わず足を止め、辺りを見回す。

 ………人気のない深夜の道路………並び立つ街灯が、一本だけ明滅している………その傍には門がある………ミントグリーンの大きな門扉………学校の正門………

 あしうらがふわふわとして、地面を踏んでいないような、非常に頼りない心地になった。何となく、周囲の空気があやふやに溶けているような気がする。




 ぱきっ


         ぱきっ


   ぱきっ


              ぱきっ


  ぱきっ

























 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………視線を感じる。


 門扉の奥に佇む少女等が、いつの間にかこちらを見ていた。

 めいめい死体の一部を抱いている。

 吐き出した息が微かに震えた。

 タイトルを思い出すのさえ覚束ない。あの映画は、どんな内容だったのだろう。

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ハイヌウェレの葬送 白河夜船 @sirakawayohune

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