第2話 輝く笑顔

「う、れ、しい……けど、でも、僕、なんか……」

「もしかして、顔のこと気にしてる?」


 雄一は目を見開く。誰もが触れてはいけないと思って触れて来なかった、雄一の顔のことを舞は突然出して来た。


(何故だろう。顔のことに触れると、まるで剥き出しの心に触れられているような気分になる……。怖い……)


 雄一は何と答えたらいいか分からなかった。言葉が出てこない。何か言うたびに、自分を否定してしまうようで恐ろしく、何とか小さくこくりと頷いた。


「気にするなって言う方が無理か……」

「……」


 二人の間に長い沈黙が流れる。

 舞は何も言わないし、雄一もどうしたらいいか分からない。


(舞さんが怒っている理由は、何となく分かった。きっと僕の思い過ごしではない思う。だけど……自信が持てない……)


 雄一が俯きながら悶々もんもんと考えていると、舞の足元にぽたぽたと何かが落ちて来た。雨が降ってきたのだろうかと、不思議に思って顔を上げると彼女は泣いていた。


「舞さん……?」

「見ていれば分かる。雄一が顔のことで色んなことを諦めてること」


 舞の言葉に、雄一は胸が締め付けられる。自分が背けていたものを突き付けられ、苦しい。思わず胸の辺りをぎゅっと掴んだ。


「……それは仕方がない、こと、だよ……。僕の顔は醜い。そして人は美しい物の方が好きだ。……舞さんだって、そうでしょう?」


 すると舞は雄一を、ギッと睨みつけた。


「じゃあ、何で私が雄一にこんな話をしていると思う?」

「それは……」

「私もきれいなものは好きだよ。でも、雄一と友達でいたいって思うのは、顔のことを差し置いても有り余るいいものがあるからだよ」

「で、でも……僕なんか……」

「いい加減、顔のことで自分を卑下するのはもうやめろ!」


 舞の強い言い方に、雄一はびくりとする。


「今までのあんたの周りがどうだったか知らない! どうせ、雄一のいいところを見ないで外見で判断して来たんだろ! でも、あんたは優しくて、心が温かくて……自分のことはどこかに置いておいて、誰かのことを優先させちゃう人なんだよ……。今日だってそうでしょう?」

「ち、違うよ。ソフトボールのことは、僕もやりたかったんだ。誘ってもらえて、とても嬉しかったから」

「じゃあ、アイスのことはどう? 私が『雄一の分のアイスもある』って言ってんのに、どうして私だけに先に食べろって言うの?」

「それは……溶けたら勿体ないと思って」

「雄一の分も買ってあるって言ってんのに? 買ってきた大樹の気持ち考えてよ。それに私があんたにブラシを掛けて置いて、一人でアイスを食べてたら、すごく嫌な奴だ……」


 舞の指摘に、雄一はハッとする。


「……ごめん!」


 空気を和ませるためでも、場を収めるためのものでもなく、大樹と舞と雄一の関係が横一列に並んでいるからこその「ごめん」という言葉に、舞は涙を拭いてようやく笑う。


「分かったんならいい」

「ごめん……!」

「もういいって……」

「……」

「さっきも言ったけどさ、雄一が顔のことで悩んでいるのは知ってる。そのせいで、自分のことは駒としか考えてなくて、自分の気持ちよりも他人が喜ぶことを優先して考える気持ちも分かるよ。だけど、顔のことを言い訳にしないでよ。私たちの間では引け目を感じないでよ。私も大樹も同情しているから一緒にいるわけじゃない。友達だから一緒にいるんだ。そこ、間違わないで」


 雄一は、小さな頷きを何度かした後、今度は大きく首を振って頷いた。


「……はい」


 自分のことを考え、心配してくれる人が傍にいてくれることに、雄一は心からの笑みを浮かべる。

 それは、彼の火傷のある歪な顔に引け目を感じさせない、美しくて輝かしい笑顔だった。

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