☆KAC20237☆ 輝く笑顔 (桜井と瀬田⑥)

彩霞

第1話 怒り

「舞。アイス買ってきたぞー」


 舞がブラシを使ってグラウンド整備をしていると、瀬田がエコバックを携えて、小野木と共にコンビニから戻って来た。

 一緒に試合をしていた町内会のメンバーや応援していた子どもたちは、昼食を食べるため、すでに近所の公民館へ移動していている。ブラシ掛け以外の片付けは終わっていたので、あとはやっておくと舞と瀬田が言ったためだ。


「やった! 雄一、大樹がアイス買って来たって!」

「あ、うん……」


 他人事のように返事をする雄一の一方で、舞は嬉々としてブラシ掛けを走って行う。

「ブラシ掛け」は、先に「トンボ」という整備器具を使ってある程度地面をならしたあと、ピッチャーが立つプレートを中心に円を描いてかけていくのだが、トンボと違って横位置に並び一斉に出来ないため、一人ずつ交代してやらなければならない。

 雄一は、アイスが溶けたら勿体ないと思い、舞に近づいて交代を買って出た。


「僕がやるよ。折角買ってきたアイスが溶けるといけないし……」


 すると舞は一瞬、「え?」と怪訝な顔を浮かべたが、すぐに「そう? じゃあ、お願い」とブラシを渡す。少し気にはなったが舞の表情の変化が一瞬だったので、雄一はそのまま彼女からブラシを受け取って引っ張り始めた。


(意外と重いな……)


 横幅が1.5メートルくらいあるからだろうか。引っ張ってみると思ったよりも重い。


(でも、この重みが砂をきれいに均すんだろうな)


 雄一がそんなことを思いながら2周ほど回ったとき、「舞はアイスを食べ始めただろうか」と思いそっとベンチの方を見てみると、彼女はアイスを食べるどころか、何故か仁王立ちをしてこちらを怖い顔でじっと見ていた。

 雄一は驚いてさっと顔をそむける。


(あ、あれ……? アイス、食べてない? どうして……?)


 雄一は頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになり、さらに舞からの謎の圧を感じて気持ち早足で作業を行う。


 内野全てが均されたところでブラシ掛けは終わり。

 そのためブラシを用具室の傍に戻していると、後ろから「雄一」と声を掛けられた。振り返ると、顔をしかめている舞がいる。何か怒らせることでもしただろうか。


「あ、あの……、何か変だった?」

 すると、舞は「変?」と眉を寄せて言う。

「えっと、だって……なんか、怒っているみたいだから……」

 もじもじと言う雄一に、舞は腰に手を当て大きく息を吸ってから尋ねた。

「私が怒っているとして。何に怒っているのか分かる?」

「えっと、ブラシ掛けが足りなかったのかな……、ごめん、もう一回やるよ」

「そういうとこだよ!」


 舞は強い口調で言う。


「ごめん……」

 訳が分からないまま謝る雄一に、舞は首を振る。

「そーじゃない……。どうしてあんたが謝んのよ。何でそんなに我慢するの?」

「が、我慢?」

「大樹はあんたのアイスも一緒に買って来てんの。分かってる?」

「え? あ、あの……」

「やっぱり分かってない」

 舞がため息をつくと、雄一はよく分からなくてまた謝った。

「ごめん……なさい」

「違うのそうじゃない。私たち友達でしょう? どうしてそんな遠慮するの、って言ってんの」

「と、もだ、ち……?」

 雄一はきょとんとして、まるで壊れたロボットのように言葉を繰り返した。

「そうだよ。友達」

「あの……」

「もしかして雄一の中では違うの? 私も大樹も、雄一とはもう友達だと思っているのに?」


 その言葉に、雄一の胸はぐうっと熱くなる。嬉しい。とても嬉しいことを言ってくれている。だが今までの記憶が、雄一をそちら側に行かせてくれない。


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