第3話 瀬田の話
「舞がキレたっぽい」
大樹は、ブラシを片付ける雄一の背を追い掛ける舞を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「雄一があんまりにも、自分自身のことをどうでもいいと思っているんで、腹が立ったんだろうなって」
「何で」
すると大樹は幼馴染を見上げ、雄一の印象を聞いた。
「
「え?」
「正直に言ってみ?」
優美は、うーん、と考えてから言葉を選んで答えた。
「近寄りがたいな……とは思った」
大樹はアイシングバッグの蓋をしながら頷く。
「だろうな。百人いたら、ほぼ百人がきっとそう思うよ。中にはもっと酷いことを思う奴もいるだろうけど」
「ちょ、ちょっと、そんな風に言うなよ……」
優美が
「俺は雄一の過去のことを、詳しく聞いたことがないから分からないけどさ、傍で見ていれば、あの顔のせいで相当苦労して来たんだろうなってことは分かる」
「まあ、それはそうだと思うけど……」
「だから、雄一は自分の自己評価がすごく低い。色んな事ができるのに、あの顔があいつの自信を根こそぎ持って行っちゃったんだよ。だから雄一の行動の根本には、自分が犠牲になって誰かが得したり、誰かに喜ばれたりすることを良しとしてる。そしてそれを、『自分が必要とされている』と勘違いしている」
「良く分析しているな……」
「バイト先の後輩なんだ。一緒に仕事をしてれば何となく分かってくるさ」
優美はなるほどと思ったが、その一方で意外だと思った。
大樹はルックスがそれなりにいいし、人当たりもいいので、これまで人間関係がこじれるようなことは一度もない。
しかしその代わり、彼は幼馴染以外に誰かと深く関わろうとしたことを見たことが無いのだ。彼女がいた時期もあったが、続いてもふた月程度。その上、優美から見て、大樹は彼女の愛が冷めても気にも留めていないようだった。多分、昔から知っている仲以外の人物と誰かと特別な関係を作ったり、深い中になったりするのは得意ではないのだろう。
その大樹が、身内の集まりみたいな町内会のソフトボール大会に、雄一を連れてきたのだから、優美にとっては驚きだった。きっと彼には大樹の信頼を得る、何か特別なものがあるのだろう。
「じゃあ、着ぐるみのバイトか」
すると、大樹がちょっと不機嫌な顔をする。
「それも腹立つんだよな」
「なんだ、どうした?」
「着ぐるみのバイトはさ、身長で選ばれてんだよ。170センチ未満だから、クマの着ぐるみが着られる。雄一の身長は165か168センチくらいだろう。それなのにあいつ自分の顔が醜いから、選ばれたと思ってる」
「ははあ。でも、雄一君の気持ちも分からないでもない。もし彼が舞と同じようにお土産屋のレジ打ちに立てるかって言ったら、採用担当者は彼を選んでいないだろう」
「……そうかもしんないけど、何でも顔のせいにしなくったっていいじゃないかって思っただけだよ」
優美はふっと笑うと、アイシングバックを握りしめる幼馴染の頭を、ぽんぽんと撫でてやる。
「なんだよ」
「いい友達ができてよかったなって思ってさ」
すると大樹は得意そうに笑う。
「まあね。雄一はさ、純粋なんだよ。普通だったらグレててもおかしくないのに、心が綺麗なんだ」
「そっか」
「初めて会ったとき、雄一は背を丸めてた。猫背どころじゃない。とにかく小さくなってた。俺はそれを見て何だか可哀そうになって、いつも以上に明るく声を掛けたんだ。そしたら、驚いたような顔して泣きそうになってやんの……」
目を細め、涙を堪えるように笑う幼馴染に対し、優美は「うん」と相槌を打つ。
「雄一は臆病なんだ。最初に小さくなってたのも、今考えると、人の反応を恐れていたんだろうなって思う。普通嫌になるだろうし、仕返ししてやろうと思うじゃん。でも、雄一は自分が外見ばかりで判断されてきたくせに、他人にはそうしない。ちゃんと俺を見てくれる。だから信頼できるんだ。多分、舞もそう思っているから雄一のことを怒っているんだと思う。そういう優しい奴を、舞は放っておけないから」
「そっか……」
すると、丁度舞と雄一が用具箱の方からこちらの方に向かってくる。舞が持っていたタオルで目の辺りを拭っているのを見る限り、どうやら泣いたと思われた。
「泣き虫め」
その言葉とは裏腹に、大樹は眩しそうな笑みを浮かべる。
「涙もろいって言いたいんでしょ。あの子は人の痛みに共感しやすいから」
「……そういうことにしておいてやろう」
「全く素直じゃないんだから」
優美が肩を竦めると、舞が「大樹、アイスー!」と言って、雄一と共に走ってくるのだった。
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